2章 15話
謁見の間での騒動のあと、城をでたヴェイグとマシィナ。
このまま次の行動に移りたかったが、日没の時間までいくらもない。
土地勘が無いのも危険だと判断したヴェイグは、とりあえずナイガスで1泊する事にしたが……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
城門を出ると、相変わらず雪が深深と降り続いていた。
厚い雲が太陽の光を遮り、街全体を灰色に染める。
どんよりとした天気が時間の感覚を狂わせる。
これから動きたいのはやまやまだが、恐らくあと数時間で完全に陽が落ちる。
慣れない土地だ。
今日のところは街で1泊した方が良さそうだな。
それに、一人ではないというのは何とも行動しづらい。
「マシィナ。お前が怒ろうがどうしようが、俺の行動に影響はない。嫌だと言うなら共に行動しなくていい」
喋る度に鼻の奥から喉にかけてチリチリと浅く鋭い痛みが走る。
かなり気温が下がってきてるな。
白い息が寒さを更に演出する。
俺は大きめに一つ息を吐いた。
「……魔王から、言われている。離れる訳にはいかない。ほんとに、死ねばいいのに……」
「あー。はいはい」
それにしても、すんなり城から出れたか。
あいつらは馬鹿でも、驚くべき馬鹿ではないらしい。
人ひとり殺したが、追っ手が来る気配はない。
少なくとも、こちらは全面的に敵だとは言っていないし、戦うのであれば街にも被害と混乱が生じる。
俺が最初から殺すつもりなら、街は無事では済まさない。
戦力差も考慮に入れて追っ手は無し。
当たり前の判断だ。
今日くらいは静かに寝れそうだな。
「今日はここで宿を取る。何処かおすすめはあるか?」
「……外門近くの門前宿。移動も容易いし、門兵は近いけどその分人の出入りの監視がしやすい……さっさと死ね……」
「なるほどなぁー。ならそこにするか。じゃあマシィナは部屋をとってあとは自由にしていろ。俺は少し街を見てくる」
「……」
俺がそう言うと、マシィナは明らかに何か言いたげな視線を向けている。
こいつとの会話もだんだん慣れてきた。
会話というか、コミュニケーション?
人間は慣れる生き物だって言うけど、あれは事実だ。
それを今痛感している。
「安心しろ。無差別に殺したりしない」
「……分かった……」
マシィナはそう言い残すと、霞む視界の向こうにゆっくりと消えて行った。
やけに、素直だったな。
「あんなでも、少しは理解しているのではないか?」
頭の中に直接響く、凛とした声音。
何だか妙に落ち着く気がした。
もちろん本人には言えない。
「ネヌファ。何の話だ?」
思考だけで会話するのにも、慣れてきた。
やっぱ慣れってすげぇー。
でも会話に集中し過ぎると、他が色々と疎かになる。
注意は必要だ。
「最善だったとはいえ、また派手にやったなぁ」
「余計なことは言わなくていい」
「別に言うつもりはないよ。ほんとにヴェイグは不器用だ」
「それが余計なことだ」
俺はネヌファとの脳内会話を続けながら歩き出す。
「何処に行くつもりだ?」
「んぁ? ちょっと鍛冶屋を覗いておきたくてな」
「お前に武器は必要ないだろ?」
「買うんじゃないさ。言葉通り、見るだけ」
雪を踏みしめる音。
衣服が擦れる音。
自分の呼吸音。
とても、静かだ。
人通りはある。
もう何人もとすれ違ったのに、どこか現実味がない。
降り頻る雪のせいか。
それとも、俺の記憶のせいか。
俺の一部は、まだあの雪の日に囚われたまま。
……それで、いい。
「ヴェイグ。ここが鍛冶屋なんじゃないか?」
ネヌファの声が俺を現実に引き戻した。
「……あぁ。ちょっと入ってみるか」
俺は何処か上の空で鍛冶屋の扉を開いた。
結論から言うと、鍛冶屋でたいした情報を得る事は出来なかった。
だが、ナイガスは鍛冶が盛んという予想は当たっていた。
どうやらこの周辺の山では特殊な鉱石が何種類か採取出来るらしく、そのお陰で随分昔から産業として発展してきたらしい。
興味深い点とすれば、その鉱石は多量のアストラルを蓄積出来るらしい。
それがどういう事かは分からないが、何か意味があるのかもしれない。
人間が魔族相手に何年も戦い続けられるとは考えづらいしな。
「それにしても、無茶な移動をしたもんだな」
突然の話題。
まぁ、言われるとは思っていたけどな。
「あぁ。アストラルゲートだからな。普通に死んだと思ったわ」
「普通は死ぬぞ?」
「分かってるよ。それにしても、あんな芸当出来るもんなのか? まぁ実際出来たからここに居るんだが」
「無理だな。魔王だから成せる技、と言ったところか」
「やっぱり魔王すげぇーで片付くのかよ。理屈の分からないのは好きじゃない」
「一応理屈は通っているんだけどな」
「そうなのか?」
「それより、宿はここだろう?」
鍛冶屋を出て外門方面に街道を歩くと、意外に早く宿へと到着した。
石造りの外観。
木製看板には酒瓶が彫られている。
……飲み屋じゃないのか?
などという不安を抱えながら恐る恐る扉を開けた。
俺は入口で雪を払うと、正面にあるカウンターへと近づく。
人は居なかったが、カウンターの上にはベルが置いてある。
俺は徐にベルを鳴らした。
「はーいっ!」
元気の良い声が奥の方から聞こえた。
するとパタパタと軽快な足音と共に一人の女性が姿を現した。
「すみませーん。今ちょうど仕込みをしてましてぇ」
「いえいえ、ここ宿屋ですよね?」
「はいっ! 1階は酒場をやってましてぇ、2階からは宿屋ですぅ」
年齢は22、3くらいか?
マナの様な栗色の髪は、肩までで切りそろえられている。
目は糸目。
それ、本当に見えてるの?ってくらい糸目。
元気は元気なんだが、何処かおっとりとした雰囲気と喋り方をする女性だ。
そして、巨乳だ。
……巨乳だ。
「宿泊ですかぁ?」
「は、はいっ! 先に無表情な女性が来て部屋を取ったと思うのですが」
あぶねぇ。視線が。目のやり場が。
だって、見ちゃうじゃん?!
俺だって一応男だもんっ!
「あぁ! あのお客様のお連れ様ですねぇ。確かに来られましたよぅ。お部屋は2階の1番奥ですぅ。夕ご飯は是非1階でとってくださいねぇ。サービスしますからぁ!」
……サービス。
絶対ここで食べよう。
俺は促されるまま2階への階段を登ると、1番奥の部屋へと進んだ。
流石に全て石造りという訳ではなく、内装や床には木材が使われている。
これはこれで嫌いじゃない造りだ。
部屋の前に到着すると、扉の手すりに手を掛けた。
あとはベッドが柔らかければ文句はないな。
俺は期待を胸に扉を開けた。
目に飛び込んだのは、白く細い肩。
華奢なうなじ。
蒼い髪が肌の上を滑る。
程よい肉付きの下半身のライン。
薄いシャツからは下着が透けて見えた。
正直、綺麗で見蕩れた。
「……」
「すまん。そんなつもりは無かったんだ。でも、余りに綺麗だったから……」
俺、何言ってんだろ。
「ーーーーッッ!!」
マシィナは自分の身体を抱き、その場でうずくまった。
見えるマシィナの横顔は、無表情。
だが、頬と耳が紅く火照っている。
素直に、器用な奴だと思った。
どういう顔面構造してるんだか。
でも、見た目だけはいい女だ。
何か、俺まで恥ずかしくなってくる、じゃんか……。
「……ね……」
「えっ?!」
うずくまり、小さく震える身体。
俺が知らない、マシィナの一面。
「……し、しね……」
「……すまん……」
俺はマシィナから視線を切ると、静かに部屋を出た。
いつも読んでいただきありがとうございます。
気まずい雰囲気になってしまったヴェイグだったが、マシィナの知らない一面を見る。
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これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




