2章 14話
女王であるセラシュと謁見中のヴェイグとマシィナ。
しかし、話を聞くどころか事態は悪い方へと動いてしまう。
遂にはベルドリンの指示で兵士が抜剣してしまうが……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
別にマシィナを助けてやるつもりは無い。
ただ、見ていて不快だっただけ。
事情は知らないが、こちらの話をまともに聞こうとしない。
街ではこの戦時下で、極度に緊張状態が続いている様にもみえなかった。
要衝が落ち、どう考えても北方軍に押されている現状の中で、国内でも混乱を招く様な言動。
混乱を、マシィナを避けているとは言えなくもないが、それにしてもやり方が稚拙過ぎる。
マシィナの方に非があるのかもしれないが、それを差し引いても、愚か。
この一言に尽きる。
「お前、今何と申した!」
「……殺すと、そう言ったんだ」
ベルドリンと呼ばれた男は、明らかに焦った様子を見せた。額には大粒の汗。
見た目通り肝の小さい男だ。
「あなた達、私の前でそのような事は……」
「へ、陛下っ! こ奴らは敵に御座います! 即刻処分を進言いたしますっ!」
まったく、悠長なもんだ。
本当に敵なら今頃全員死んでる。
この状況で平和ボケとは、逆に肝が据わっているのかもな。
十中八九、ただの馬鹿だろうが。
それにこの女王……セラシュと言ったか?一目見た時から思ってはいたが、これは駄目だ。
お飾り、もしくは傀儡。
どちらでも同じ事か。
兎に角、役に立たない。
それでも俺のやる事は変わらないからなぁ。
今回もとんだ貧乏くじだ。
俺は何で毎回面倒に巻き込まれるのか……。
考えるのは辞めよう。
どうせ答えなんて出ないからな。
「処分ねぇ……。この程度の戦力で俺を排除出来るとでも? 甘く見られたもんだな」
「あなたは、何者ですか?」
不安気な顔の女王セラシュ。
いや、セラシュ女王か?
まぁどっちでもいい。
また可愛い女性なのは大歓迎だが、今度は本格的な役立たずとは。
俺の女運が悪いのか?
個人的な希望としては、世界が悪いという事にして欲しいところだよ。
「俺はヴェイグ。魔王アバルスの命令によりここに来た。話を聞く気はあるか?」
とりあえず話し合いのテーブルについてもらわないと。なるべく穏便に……。
「やはり魔王の手の者かっ! こいつを殺せっ!」
……穏便に。
ベルドリンの号令と同時に兵士達が抜刀。
俺に向かい剣を振りかぶった。
……穏便……。
……やはり、愚か。
ここまで浅慮なのか。
実力差すら分からないとは。
流石に、苛つくな。
剣が振り下ろされるまでの刹那。
俺は跪きながらマシィナに視線を移した。
相変わらずの無表情。
だがマシィナの頬を冷や汗が流れるのを、俺は見逃さなかった。
上手く事が運ばなかった焦り。
交錯した視線からは、マシィナの様々な感情を読み取ることが出来た。もちろん、憶測だが。
目は口ほどに物を言うってな。
大事な事だから二度言うが、俺にそんな能力や特技はない。
全て、憶測だ。
悪いが、俺はそんなに優しくない。
多くを求められても、それをこなせる程、出来た人間じゃない。
だから、お前が求める様な行動は取れない。
そろりと立ち上がった俺は、目の前の兵士の鎧に掌を当てた。
迷う事なく。
「ヴェイッ……!!」
「遅い」
次の瞬間。
鈍い破裂音。
兵士の身体は内側から破裂。
ひしゃげた骨格は無残に地面に叩きつけられ、蒼い絨毯を黒く染め上げる。
飛び散った肉の破片、臓物は散乱し、目の前の女王の白いドレスを紅く彩った。
今正に剣を振り下ろさんとしていた数名の兵士は、その場に硬直。
カタカタと、鎧が小さくぶつかる音が耳に障った。
一瞬の静寂。
「……殺すと、言ったはずだ」
俺の言葉だけが、微かに反響した。
「無能なお前らの命令によって一人の生命が失われた。前線では、これの比にならない兵士の生命が日々散り続けている。その現実から目を逸らして、お前らはオママゴトか?」
「おま、お前は、何を……」
「うるせぇぞ豚。てめぇもバラされてぇか?」
俺は汚物を見る目でベルドリンを睨みつけた。
流石のベルドリンもたじろいだ様子。
女王はと言うと。
恐怖に染まりきった瞳。
口を覆う掌は小刻みに震え、そこに女王の威厳なんて物は微塵もない。感じない。
今まで見てきた誰よりも、上に立つ資格の、器の無い者。
誇りも、信念も、覚悟も、矜恃も、何も無い。
俺が最も嫌いな種類の生物。
吐き気がする。
「話し合う気がないのなら、こちらから一方的に話させてもらう」
「ヴェイグ、あなたは……」
「表情が変わらなくて分かりづらいんだよ、お前。なんだ? 怒っているのか?」
「死ね」
「今のは良かったな。少しだけ眉間にシワが寄った感じがしたわ。感情が無いフリして、勝手にキレてんじゃねぇよ」
俺はマシィナに冷たい視線を送った。
「話が脱線したな。目的だけ話す。こちらのやる事は決まっているから、あとは好きにしろ」
「……」
「……。戻って来いっ! セラシュ!」
「はっ、はいっ!!」
俺はまだ呆然としていた女王セラシュを一喝で呼び戻す。
華奢な身体がびくんと跳ねた。
「前線の要衝であるグルガ砦が落ちた事は知っている。このまま北方軍の進行を許せば、雪解けを待たずにナイガスは敗北するだろう。だが、魔王アバルスはその結果を良しとしていない。戦争全体的のバランスを考えての事か、それとも別の何かがあるのか、俺にはそれは分からない。それでもナイガスの敗北は容認できない」
「……で、では、どうしろと……」
仮にも一国の主が、狼狽えすぎだ。
せめてもう少し体裁を気にしろ。
「だから俺が来た。俺が魔王から受けた命令は、ナイガス側の勝利、又は戦線の膠着状態の維持。何にしろ、敗北は許されていない」
「はんっ! それを信じろと?」
「てめぇが信じる信じないは関係ない。俺はセラシュと話をしているんだ」
面倒な豚だ。
いい加減こいつは何なんだ?
説明が無さすぎる。
「ここに来た理由は、一応協力出来ればと考えていたからだ。だが、どうやら難しい様だな」
「いえ、こちらが話も聞かず失礼な態度をとったのですから……」
「あのなぁ。一国の主がそんなにほいほい下手に出るんじゃねぇよ。足元見られるぞ」
「……すみま、せん……」
「……はぁ」
何がすみませんだ。
まるで分かっていない。
「ですが、あなた一人が加わった所で戦況が変わるとは思えません」
それは俺も同感だ。
今回はエルフィンドルの様な小競り合いじゃない。
歴とした戦争だ。
北方軍も、ナイガス側も少なくとも万単位。
言う程簡単な依頼じゃない。
でも、やりようはある筈だ。
「それでも俺のやる事は変わらない。お前達が邪魔すると言うのなら、そいつら全て殺してでも命令を成し遂げる。ナイガスには何としても敗北してもらう訳にはいかない」
俺の言葉を聞いた女王は、嘘ではないと分かった様子だ。
それでも、今この場で何らかの答えを貰うのは難しいだろうな。
「俺からは以上だ。今日は帰らせてもらう」
俺はその場で振り向くと、囲んでいた兵士達を横目に扉へと引き返す。
どうやらマシィナも大人しく退散してくれるようだ。
俺の少し後ろを嫌そうに付いてきている。
「これは! 魔族との戦争だ! いくら強かろうと、同じ人間が一人増えた所で勝ち目などない! 魔王の下僕だか何だか知らんが、調子に乗るなっ! 小僧っ!」
背中に浴びせられる罵倒。
あぁ、そうか。
そう見えているのか。
「……同じ? 確かに俺もクズだが、お前らと一緒にするな」
込み上げる殺意とともに、釣り上がる口角。
そうそれは、いつものように。
「俺は、魔族だ」
そう言い放つと、俺とマシィナは謁見の間を後にした。
いつも読んでいただきありがとうございました。
これ以上の収穫はないと謁見の間を後にしたヴェイグとマシィナ。
それでも命令を遂行するために行動しようとするが。
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これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




