序章 5話
序章も5話まで来ました。
拙く、つまらない文章だとは思いますが、読んでいただけると幸いです。
確実に魔物が迫って来ている事が、凄まじい土煙と轟音によって肌で実感できる。
ほぼ初めて目の当たりにする魔物。
以前、一度だけ父上に連れられ前線に行った事がある。
魔物を見たのは、その時の一回きりだ。
魔族によって使役され、命令されるがままに辺り一帯を蹂躙し尽くす。
もちろん安全が確保された場所で、遠巻きに眺めるだけだった。
でも今回は違う。ほとんど最前線。
身体を中から揺さぶられる様な、桁違いの迫力。
「ヴェイグ! とにかくお前は城へ走れ!」
「しかし兄上! あれは魔物ではないですか! 何故こんな所に!」
「その話は後だ! お前は足でまといになる! 早く城まで引き返せ!」
兄上は僕にそう言うと、隊列の前方へと走っていった。
「くそっっ!」
役に立つことが出来ない苛立ちが、口を突いて出た。
もちろん、そんな事は僕が一番よく知っている。
前方には南方軍の部隊とエルフの部隊が一つにまとまり、既に防衛陣を形成し始めているようだった。
「南方軍の部隊は前方から来る魔物の対処をしろ! 相手は足が速いぞ!」
「エルフ達よ! 南方軍と協力し、前方の敵を排除しろ! 側方の警戒も怠るな!!」
ダーシェさんもエルフ隊の指揮を執る。
「周囲が暗くなってきている! エルフ達よ、明かりを灯せ!」
ダーシェさんの命令でエルフ達は口々に言法を詠唱し始める。
すると、大気中に白い光の玉が浮かび上がり、周囲を照らし始めた。
凄い光量だ。
これは『フローライト』
暗闇を照らす、基礎言法の1つ。
無数に舞う光の玉のお陰で、まるで昼間のように明るくなった。
それと同時に、敵の姿もはっきりと視認する事が出来た。
あれは確か、ゴブリンか?
光に照らされ多くの影が揺れ動き、まさに闇を引き連れた大軍のように見えた。
「敵は近い! エルフ隊構えぇ!」
その命令を聞き、エルフの戦士達は次々に隊列を組み、弓に矢を番え、強く引き絞った。
「各々詠唱開始! まだだ、まだ引きつけろぉ!」
エルフ達が詠唱をする中、またも凄まじい地響きが部隊を襲う。
今度はかなり近い!
隊列前方の地面を突き破り、とてつもなく巨大な何かが姿を現した。
「エルフ隊、詠唱を維持! 隊列も乱すな!」
蠢き現れたのは、長大な体躯を持ち大地を這う魔物。
「ちっ! サンドワームか! 強化矢、放てぇ!!」
ダーシェさんの号令で、言法によって強化された矢が、文字通り雨のようにサンドワームに降り注いだ。
「凄い! あれならっ!」
僕はその迫力に興奮を禁じえなかった。
自分の身体以外の物質を強化する事は、アストラルの操作が難しいと聞いたことがある。
その事から兵の練度の高さがよく分かった。
だがその強化矢も相性が悪かったのか、サンドワームの波打つ外皮に阻まれ有効打にはならなかった。
「グウォーーーーッッ!!」
無数の歯が並ぶ口を大きく開け、粘液を撒き散らしながらサンドワームが低い雄叫びを上げた。
身体の芯まで響いてくる。足が、震える。
「ガレウス殿!念の為に娘を連れて後方へ下がって頂きたい!」
「では一時、指揮をお任せします!」
兄上はそう言い、馬車から少女を連れ出すと、小脇に抱えながら僕の方へと走ってくる。
「ゴブリンが来るぞ! 南方軍、前へ!」
ダーシェさんからの指示が飛ぶ。
サンドワームの間をすり抜け、ゴブリン達が隊列へと襲いかかった。
だが、南方軍の部隊はそんなに貧弱ではない。ゴブリンを確実に仕留めているように見えた。
僕はその戦闘を目の当たりにして、呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
鳴り止まぬ、剣戟と怒号。
これが、生命の奪い合い。
「ヴェイグ! お前まだいたのか!」
気づくと兄上はもう目の前にいた。もちろんナリーシャも一緒だ。
流石に借りてきた猫、といった様子だったが。
「す、すみません……足が、動かなくて……」
「しっかりしろ! 早く城まで引くんだ!」
兄上はそう言うと、ナリーシャを抱えたまま城の方へと引き返す。
僕は震える足にグッと力を込め、すぐにその後を追った。
引き返し始めたその直後、前線の方からとてつもない轟音が響いて来た。
僕は走りながら音のした方へ視線を移す。
視界に飛び込んできたのは、巨大な氷の柱。
その氷の柱がサンドワームの長大な体躯を串刺しにしている光景だった。
味方の言法なのか?
その強烈な冷気が、ここまで届いて来ている。
周囲の木々も凍てつき、一瞬の静寂が訪れた。
「お父様の言法だわ!」
突然ナリーシャが声を張り上げた。
「お父様はエルフで一番の水のアストラル操者よ! あんなのにやられたりしないわ!」
「あぁ、流石はダーシェ殿だ!」
と、兄上は関心した様子で答えた。
「それに引き換えあなたは何よっ! さっきは脚が震えてたじゃない! この蛆虫っ!」
ナリーシャがいつもの調子で暴言を吐いたが、声がうわずっている。
僕を睨む緑色の瞳も、涙で滲んでいるのが十分に分かった。
「お前だって!」
「ヴェイグッ! 避けろ!!」
反論しようとした瞬間、突然兄上が僕を突き飛ばした。
僕は咄嗟に受け身を取って転がり、素早く兄の方へ向き直った。
その時僕の目に飛び込んできたのは、兄上の姿ではなく、月の光を受け鈍色に輝く巨大な戦斧。
なんだ、なんなんだ、あれは!
「ほぅ、出来る奴を揃えて来たか。」
何処から聞こえるのか、不気味な声が木々に反響して位置を特定出来ない。
兄上と僕は身構え、周囲を警戒した。その時。
街道横の林の中から、黒い鎧を纏った大柄の男が姿を現した。
まるで夜の暗闇を引き裂くように。
僕はその風貌に息を呑んだ。
影が揺れているかの様な漆黒の黒髪。
血を彷彿とさせる真紅の瞳。
そして一際目を引く、瞳と同じ色をした双角。
体格は兄と同じくらいか?
明らかに良く鍛え上げられている。
「オーガッ!」
兄上はそう言うと、銀色の瞳で鋭く睨みつけた。
「ライカンスロープ。ということは、南方軍の者か。当たりだな」
オーガと呼ばれた男は、ニィッと口の端を釣り上げた。
明らかに他の者とは違うオーラ。兄のものとはまた別の、押しつぶされるような異質な殺気。
少しでも動けば殺される。そう思わされるほどの。
僕は心臓さえも止まって欲しいと願った。
嫌な汗がとめどなく滲み出る。
「魔物だけではなく、まさか他の魔族まで出てくるとは……」
その状況下であっても、兄上は微動だにしなかった。
「なーに、散歩がてらちょっとエルフ狩りにな」
オーガはおどけた調子で返してくる。
この化け物は、まるで花でも摘みに行くかの様に他者の生命を奪うのだろう。
生命の重さなど、微塵も気に掛けずに。
「同じ魔族同士でも争うと言うのか?」
「大体からして、元々俺ら魔族は仲良しこよしじゃないだろぅ?」
「我らが王が黙ってはいないぞ」
兄からも、鋭い殺気が漏れ出している。
「お前達こそ、エルフと共闘か? これは反逆行為じゃないのか?」
「黙れ! 彼らは停戦の申し出をしてきた使者だ! こちらにも安全を保証する義務がある!」
オーガはあからさまなため息をついた。
「これだから穏健派は……。さっさと殺せばいいものを」
そう言うと、地面に突き刺さっている戦斧に手をかけた。
次の瞬間。
オーガの腕が消え?
「くッッ!」
気づくと兄上はオーガの手を掴み、頭上に振り下ろされた戦斧をギリギリのところで止めていた。
「兄上ッ!!」
凄まじい風圧が地面の砂埃を一気に巻き上げる。
早すぎて……見えなかったッッ!!
「ヴェイグ! その子を連れて城まで引け! 早くッ!!」
僕はその声と同時にナリーシャの手を取り走り出していた。
「おいおい、逃がす訳ないだろぅ? 行けッ!」
オーガが指示を出すと、僕達の後を追うように、林から二体のゴブリンが飛び出して来た!
「しまッッ! ヴェイグッ! そのまま走れぇッ!!」
背後から兄上の焦る声が聞こえる。
続いて轟音。
振り返る勇気など、僕にはない。
涙で滲む視界の中、それでも前だけを見据え、一心不乱に走った。
ナリーシャを守る為でも、兄上の援護を頼みに行く訳でもない。
僕はただ、恐怖から逃げたかったのだ。
佳境です。
序章も残すところ2話です。
もう少しお付き合いの程を。