2章 6話
兄、ガレウスとの戦闘も終盤。
手も足も出ない状況の中、どうやって活路を見出すのか。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
掌底の衝撃。
脚の裏から掌まで、全関節の可動。
沈み、割れる足場。
舞い上がる芝、砂、小石。
ゆっくりと視界を浮遊する。
土埃がたちすぎた。
目標を、知覚出来ない。
だが。
だが、まだだ。
まともには入った。
手応え自体はある。
それでも、エルザァでも耐えきった。
この人が耐えられない訳が無い。
ここからだ。
「形切流殺人術ッ! 風刃疾く駆け、薙ぎ払え。零之型、三番、隼ッ!」
抜刀の型からの手刀。
放たれた風の刃が土埃を両断する。
その向こう。
確かに輝く、銀の眼光。
次の瞬間、凄まじい拳圧により晴れる視界。
右拳、来るッ!
「流技ッ! 収束し、紡げ。零之型六番、操風・嵐壁ッ!」
鈍い金属音。
いや、そう聞こえるだけ。
咄嗟の技だったが、成功だ。
高密度に圧縮した風。
風の壁。
俺のアストラル操作能力では、局所的に展開するのでやっと。
それでも、この威力の拳を弾けた。
「まだだぞッ!」
丸太のように太い左脚。
今度は蹴りかッ!
打撃の間隔が速い。
空雷でもたいしたダメージはなしか。
本当に、呆れる強さだなッ!
「流技ッ! 乱風、留まれ。零之型、二番、操風・瞬迅ッ!」
前へ。
ただ前へ。
蹴りの打点をずらし、威力を殺す。
瞬迅の勢いを利用し、打撃へ。
「流技、穿ち、捩じ切れ。零之型七番、旋雷嵐画ッ!」
肘打ち。
ここで更に、通す。
瞬勁の応用と、打突点への回転追加。
一点突破。
複雑な回転運動が生む、局所破壊。
甲高い衝撃音と、摩擦音。
細かい光の粒子が舞う。
これでも、通らねぇのかッ!
なんて密度の身体強化だ。
俺の錬気抜刀の比じゃねぇ。
これが、無属性特化。
厄介なんてもんじゃねぇ。
だが、燃えるなぁッ!
「見事だ、ヴェイグ」
膨れ上がるアストラル。
ジリジリと、肌に感じる圧迫感。
空間が歪む、そう見える程の、密度。
思わず俺の喉が鳴る。
美味そうだ。
喰いてぇ。
こいつを、超えたい。
「避けなければ、死ぬぞ」
「避けるかよッ!」
「そうか。ならば死ね、我が弟ッ!」
あれだけの密度のアストラルが、消えた?
いや、違う。
一点に、圧縮。
この操作能力。
無駄がない。
ある意味では、エルフ以上。
俺のどんな守りよりも。
俺のどんな攻めよりも。
強大で、圧倒的。
回避も不可能。
突破も不可能。
ならば、死ぬ気で受け切るッ!
「もっとッ! もっと大きな火を灯せッ! 力を、よこせぇえぇえぇぇッ!!」
羽ばたく。
それは、そう。
羽根ではない。
それは、翼。
それは、まるで……。
『竜翼』
「狼王、滅牙ッ!」
「形切流殺人術ッ!」
「両者ッ! そこまでッ!!」
中庭に響く大声。
突然の事で、正直呆気に取られた。
兄上は、もう戦闘態勢を解いている。
俺も頭に上った血が引いた。
構えを解き、覚醒状態も解除。
これで、終わりかよ。
いい所だったのに。
俺と兄上に歩み寄る魔王。
間近で見ると、やはり大きい。
「良い闘いだった。満足したぞ」
跪く兄上。
俺もそれに倣って跪く。
「まず、殺せ、なんて言ったことを詫びよう。ヴェイグ」
「い、いえっ! とんでもありません」
「とにかく本気が見たかったからな。正直、これ程とは思わなかった」
「まだまだ、若輩の身です……」
「謙遜するな。お前は、十分に強いよ」
「ありがとう、ございます」
「どうだった、ガレウス?」
「……はっ。私もこれ程とは思いませんでした。ヴェイグの年齢でここまで私と闘える者はいないでしょう」
「だろうな」
褒められるのは有難いが、なんか納得出来ない。
でも、そうだよな。
俺、まだ11歳だっけ?
なんか逆に不審に思われるんじゃね?
乗せられて戦闘したけど、普通は兄上と闘える訳ないよな?
これ、もしかしてやらかしたか?
「甥が強くて、俺も鼻が高いな。それに戦闘に対する姿勢。文句なしの狂戦士っぷり。気に入ったぞ!」
「……えっ?」
「これぞ魔族って感じで良かった。これからも励め!」
「は、はいっ!」
「今日は疲れたろう。褒美、頼みに関しての細かい話は明日にしよう。今日は休め」
「ありがとうございます!」
「マシィナ、行くぞ」
魔王は一通り話を終えると、マシィナという人間を伴い、城の奥へと歩いていく。
が、途中で歩を止め、俺の方へと向き直る。
「……それにしても、お前は面白い。人間だと聞いていたが、本当にそうか?」
「そう、だと思いますが」
「魔族覚醒。言わば可能性の覚醒。人間である筈のお前は、人間の可能性を覚醒すると思うんだがなぁ。どう見たって、こっち側だよなぁ」
それは、俺にも分からない。
俺の前世が関係しているのか。
それとも、俺の復讐心、狂気がそうさせているのか。
ただ、前世に戻っているだけだと思っていたが、明らかに異質だと思う。
だって普通、羽根みたいなの生えないよな?
人間って。
もしかして俺って、元々人間じゃないのか?
ってそんな馬鹿な。
俺は歴とした人間だった。と思うよ?
「まぁ強ければ何でもいいか!」
魔王は親父のようにガハハと笑うと、城の奥へ消えていった。
親父の様に、と言うか、兄なんだから魔王の方がオリジナルか。
「……ヴェイグ。大丈夫か?」
俺に差し出された、大きな手。
迷うこと無くその手を取ると、一気に引き起こされた。
「兄上。強すぎですよ」
俺が呆れた顔でそう言うと、兄上は優しい顔で少し笑った。
「……強くなったな」
兄上はそっと、俺の頭を撫でた。
「ちょっ、兄上っ!」
恥ずかしかった。
手を払い除けたかった。
でもそれ以上に、嬉しかった。
俺には兄はいなかったが、いたらこんな感じだったのかな、なんて思った。
まぁ、ないか。
前世ではありえない。
あの形切家では。
とどのつまり、兄上だから嬉しいのか。
尊敬?憧れ?かな。
「ヴェイグゥゥーっ! 無事かぁーっ!」
「へぶぅっ!!」
強烈なタックルが俺の膝を刈り取る。
地面に思い切り顔面をぶつけた。
「怪我はないか! ちゃんと手脚は付いてるよな! ヒヤヒヤしたんだぞぅ!」
「ちょ、ちょい! そんなに強く抱きしめるなぁっっ! あと顔面痛いっ!」
「いいじゃないか! 兄弟で殺し合うなんて、俺はもう泣きそうだったんだぞ!」
「嘘つけぇ! このボケェッ! 睨みながら、立て、とか言ってただろぅっ!」
「父親に向かってその口の聞き方はなんだ! 寂しいからやめろ!」
「お前ちょっとキャラ変わって来てるだろ、クソ親父ぃ!」
「……クソ親父。反抗期かゴラァッ!」
「ま、待って……締め……すぎ……だ……」
こんな……終わりは、締まらない、だろ。
いや、締まってる、の……か。
俺の意識は、クソ親父によって奪われた。
納得、いかねぇ。
読んでいただきありがとうございました。
戦闘も一段落。
それにしても魔王からの頼まれ事とは何なのか。
厄介な事である事は言うまでもない。
そう思うヴェイグでした。
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。
@_gofukuya_




