2章 2話
お決まりのような騒動の後、ネヌファと部屋で二人。
契約の時に垣間見た記憶。
話すべきか、話さずにおくべきか。
俺が、この世界の人間ではなかったと。
楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
お決まりのような騒動の後、マナはエリーの首根っこを掴んで部屋を出ていった。
もちろん、素直にって訳じゃない。
ネヌファの乱入もあって、事態が悪い方向に進みかけたが、どうにかこうにか誤魔化すことに成功した。
自分でもだいぶ無理があったとは思うが。
いつもの事。
こんなやり取りをそんなに見ている筈もない。
ヴェイグの記憶があるからか。
とても安心している。懐かしく感じている。のだろうな。
日常というものに対して。
「いつもこんな調子なのか?」
ベッドに腰掛けたネヌファが俺に問いかける。
「……どうだろうな。分からない。でも、そうなんだろうな」
「歯切れの悪い答えだな。自分の事だろう?」
「自分。そう、自分の事、か」
「おかしな奴だな」
ネヌファは不思議そうな顔をして首を傾げた。
さらっと、艶やかな黒髪が流れる。
「そんな事より、随分と遅い登場だったじゃないか。何かしていたのか?」
俺の問にネヌファは眉を寄せる。
「ヴェイグよ。私はこれでもあの森を統べる者だぞ? 色々とあるとは思わないか?」
「もちろん。あるとは思っていたさ。……それで、あの森、あの土地は大丈夫なのか?」
あれだけの恵みを誇っていた大森林。
それが見る影もない程に破壊された。
その影響は見た目以上の筈だ。
フィルスの短剣でのアストラル断絶。
あの場に居たからこそ感じる、強力な干渉力。
「……正直、全て元通り。とはいかないだろうな。森はどうにかなる。私の精霊の力、アストラル操作の力で復元出来る。時間をかければな」
「問題は、土地の方か」
「そう。正確には、フィルスの短剣によって直接干渉を受けた特定の土地」
ネヌファは脚組をすると、言葉を続けた。
「あの短剣の効果は絶大だ。先の大戦では多くの人々の生命を奪った。直接人体に突き立てれば言法が使えなくなり、地に突き立てれば絶魔地帯を造り、空を裂けば言法を打ち消す。魔族以外には脅威以外のなにものでもない」
「……だろうな。この世界で言法は万能では無くても有能。魔族は恐ろしい物を造ったもんだ」
「……お前は不思議な言い回しをするな」
「何がだ?」
ネヌファはベッドから立ち上がると、徐ろに俺の方へと歩み寄る。
「その言い方だと、お前はこの世界以外の世界を知っているみたいだな」
しまった!
つい変な言い回しを……。
「お前、何を隠している?」
「な、何も隠してない! 勘違いだろ!」
「……契約」
「え?」
「お前は誓ってくれたのに」
ネヌファは真剣な表情で俺に言い放った。
その瞳には一点の曇りもない。
吸い込まれそうな黒眼。
嘘をついたつもりは無い。
それでも、話していいものなのか。
正直、今はまだ言うべき時ではないと思う。
リスクはあっても、メリットは少ない。
何より、信じてもらえると思えない。
……それでも、ネヌファはリスクを顧みず、俺と契約をしてくれた。
俺の力になってくれた。
協力者として、話すべきか……。
「契約を交わした時に垣間見たお前の過去。断片的ではあったが、あれはいつのものだ? 魔族が長命であっても、お前はまだ若い。あれだけの経験をしているはずもない」
「そ、それは……」
「……お前も、そうなのか……。私に、嘘をつくのか?」
そう言ったネヌファの瞳は、少し霞んで見えた。
「……分かった。話すよ。信じてもらえるか分からないが、何にしろ他言無用で頼む」
「分かった。従おう」
俺は、ネヌファに話した。
俺がこの世界の人間ではなかったこと。
どんな世界にいたのか。
どんな事をしてきたのか。
そして、何故死んだのかを。
もちろん、掻い摘んでではあるが。
「……。簡単には信じられないな。だが、お前を、お前の力を見ていると、不思議と信じたくなる」
「別に鵜呑みにして欲しい訳じゃない。お前が信じられる部分だけ信じてくれればいい」
「何を言っているんだ? 私はお前と契約を交わした。信じるに決まっているだろう?」
そう言ったネヌファの顔は、余りにも普通で。
こいつは疑うとか、そういうのとは遠くにいるのだと感じた。
永く生きているだろうに、純粋なもんだな。
「どうした? ヴェイグ?」
「いや、何でもないさ」
「? おかしな奴だな」
そう言って笑ったネヌファは、とても綺麗に見えた。
実際綺麗なんだが。
「それで、さっきから何をしているんだ、ヴェイグ?」
「何って、着替えているんだが?」
「どうしてだ?」
「魔王と謁見する為だが?」
「魔王と謁見?」
「エルフィンドルの件で俺に褒美をくれるそうだ?」
「何で疑問形なのだ?」
「……すまん。自分でも分からない所を突っ込まないでくれ……」
俺はシャツの袖のボタンをとめると、黒のジャケットを羽織った。
それをネヌファはじぃーっと見ている。
「何だよ。何か言いたげだな」
「えっ?」
「どうせ似合わないとか、馬鹿にしたいんだろ?」
「い、いや……その、似合うなって……」
「はぁ?」
俺がネヌファの方に向き直ると、ネヌファはすごい速さで俺から顔を逸らした。
髪から飛び出た耳が紅く見える。
「お前、どこか具合でも悪いのか?」
「……ヴェイグ。死ぬか?」
ネヌファは冷たい瞳で俺にそう言った。
心配したのに何で怒られるんだよ!
「はぁ、ナリーシャもそうだが、お前の周りの女達は苦労しそうだな」
「え? 何で?」
「そういう所がだよ」
そんなやり取りをしていると、凄まじい音を立てて突然扉が開いた。
……今度は何だよ。
「ヴェイグ! 準備は出来てるか!」
お前か、クソ親父殿。
俺がネヌファの方に視線だけを移すと、そこにはもう姿はない。
どうやら上手く隠れたようだな。
「父上、もうちょっと静かに」
「もう出来ているな! じゃあ行くか!」
そう言うと豪快に笑う。
相変わらずの巨体。太い四肢。
鋭い銀の瞳。
俺がメルカナに戻ってから、親父はなんだか機嫌がいい。
言法を使いこなせるようになり、半端ではあるが、魔族としての覚醒も果たした。
その事をまるで自分の事のように喜んでいたらしい。
マナから聞いたことだが。
まったく、お人好しと言うか、なんと言うか。
それでも、そんな風に思われた事は、なかった。
憎めない、不思議な人だ。
「兄上を待たせる訳にはいかん。さっさと行くぞ、ヴェイグ」
「分かりましたから! そんなに引っ張らないでください!」
親父は俺の腕を引っ張りながら、また豪快に笑った。
マナとエリーに見送られながら、俺と親父は屋敷を出た。
清々しい朝の香り。
空気は澄み、暖かな日差しが降り注ぐ。
それでも、少し肌寒い。
石畳。
白い壁。
見下ろす城下の街並み。
喧騒。
営み。
生活音。
全てが、何故か懐かしい。
俺の、ヴェイグの好きな、愛した景色。
風が落ち葉を巻き上げ、城下へと運ぶ。
俺の故郷ではない。
記憶の中にだけ存在する、あの故郷。
似てる所など、ありはしない。
それでも、確かにここは俺の故郷だと、そう思える。
おかしな話だ。
「どうした? メルカナのこの景色が懐かしいか?」
「……どうして、分かったんですか?」
「当然だろ。俺はお前の父親だからな」
父親、か。
本来は、こういうものなのだろうか。
分からない。
それでも前を歩く親父の背中は大きく、偉大に見えた。
「早く行くぞ。待たせたら文句を言われるのは俺だからな」
「は、はい!」
俺はそう返事をすると、足早に親父のあとに続いた。
ヴェイグの記憶の中にもない、魔王と謁見する為に。
久々の父親の登場。
舞台は魔王への謁見の間へ。
魔王の真意、褒美とは何か。
物語は動き出す。
読んで頂きありがとうございました。
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。
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