表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
43/93

2章 2話

お決まりのような騒動の後、ネヌファと部屋で二人。

契約の時に垣間見た記憶。

話すべきか、話さずにおくべきか。

俺が、この世界の人間ではなかったと。


楽しんで頂ければ幸いです。


呉服屋。

 お決まりのような騒動の後、マナはエリーの首根っこを掴んで部屋を出ていった。

 もちろん、素直にって訳じゃない。

 ネヌファの乱入もあって、事態が悪い方向に進みかけたが、どうにかこうにか誤魔化すことに成功した。

 自分でもだいぶ無理があったとは思うが。


 いつもの事。

 こんなやり取りをそんなに見ている筈もない。

 ヴェイグの記憶があるからか。

 とても安心している。懐かしく感じている。のだろうな。

 日常というものに対して。


「いつもこんな調子なのか?」


 ベッドに腰掛けたネヌファが俺に問いかける。


「……どうだろうな。分からない。でも、そうなんだろうな」

「歯切れの悪い答えだな。自分の事だろう?」

「自分。そう、自分の事、か」

「おかしな奴だな」


 ネヌファは不思議そうな顔をして首を傾げた。

 さらっと、艶やかな黒髪が流れる。


「そんな事より、随分と遅い登場だったじゃないか。何かしていたのか?」


 俺の問にネヌファは眉を寄せる。


「ヴェイグよ。私はこれでもあの森を統べる者だぞ? 色々とあるとは思わないか?」

「もちろん。あるとは思っていたさ。……それで、あの森、あの土地は大丈夫なのか?」


 あれだけの恵みを誇っていた大森林。

 それが見る影もない程に破壊された。

 その影響は見た目以上の筈だ。

 フィルスの短剣でのアストラル断絶。

 あの場に居たからこそ感じる、強力な干渉力。


「……正直、全て元通り。とはいかないだろうな。森はどうにかなる。私の精霊の力、アストラル操作の力で復元出来る。時間をかければな」

「問題は、土地の方か」

「そう。正確には、フィルスの短剣によって直接干渉を受けた特定の土地」


 ネヌファは脚組をすると、言葉を続けた。


「あの短剣の効果は絶大だ。先の大戦では多くの人々の生命を奪った。直接人体に突き立てれば言法が使えなくなり、地に突き立てれば絶魔地帯を造り、空を裂けば言法を打ち消す。魔族以外には脅威以外のなにものでもない」

「……だろうな。この世界で言法は万能では無くても有能。魔族は恐ろしい物を造ったもんだ」

「……お前は不思議な言い回しをするな」

「何がだ?」


 ネヌファはベッドから立ち上がると、徐ろに俺の方へと歩み寄る。


「その言い方だと、お前はこの世界以外の世界を知っているみたいだな」


 しまった!

 つい変な言い回しを……。


「お前、何を隠している?」

「な、何も隠してない! 勘違いだろ!」

「……契約」

「え?」

「お前は誓ってくれたのに」


 ネヌファは真剣な表情で俺に言い放った。

 その瞳には一点の曇りもない。

 吸い込まれそうな黒眼。


 嘘をついたつもりは無い。

 それでも、話していいものなのか。

 正直、今はまだ言うべき時ではないと思う。

 リスクはあっても、メリットは少ない。

 何より、信じてもらえると思えない。

 ……それでも、ネヌファはリスクを顧みず、俺と契約をしてくれた。

 俺の力になってくれた。

 協力者として、話すべきか……。


「契約を交わした時に垣間見たお前の過去。断片的ではあったが、あれはいつのものだ? 魔族が長命であっても、お前はまだ若い。あれだけの経験をしているはずもない」

「そ、それは……」

「……お前も、そうなのか……。私に、嘘をつくのか?」


 そう言ったネヌファの瞳は、少し霞んで見えた。


「……分かった。話すよ。信じてもらえるか分からないが、何にしろ他言無用で頼む」

「分かった。従おう」


 俺は、ネヌファに話した。

 俺がこの世界の人間ではなかったこと。

 どんな世界にいたのか。

 どんな事をしてきたのか。

 そして、何故死んだのかを。

 もちろん、掻い摘んでではあるが。


「……。簡単には信じられないな。だが、お前を、お前の力を見ていると、不思議と信じたくなる」

「別に鵜呑みにして欲しい訳じゃない。お前が信じられる部分だけ信じてくれればいい」

「何を言っているんだ? 私はお前と契約を交わした。信じるに決まっているだろう?」


 そう言ったネヌファの顔は、余りにも普通で。

 こいつは疑うとか、そういうのとは遠くにいるのだと感じた。

 永く生きているだろうに、純粋なもんだな。


「どうした? ヴェイグ?」

「いや、何でもないさ」

「? おかしな奴だな」


 そう言って笑ったネヌファは、とても綺麗に見えた。

 実際綺麗なんだが。


「それで、さっきから何をしているんだ、ヴェイグ?」

「何って、着替えているんだが?」

「どうしてだ?」

「魔王と謁見する為だが?」

「魔王と謁見?」

「エルフィンドルの件で俺に褒美をくれるそうだ?」

「何で疑問形なのだ?」

「……すまん。自分でも分からない所を突っ込まないでくれ……」


 俺はシャツの袖のボタンをとめると、黒のジャケットを羽織った。

 それをネヌファはじぃーっと見ている。


「何だよ。何か言いたげだな」

「えっ?」

「どうせ似合わないとか、馬鹿にしたいんだろ?」

「い、いや……その、似合うなって……」

「はぁ?」


 俺がネヌファの方に向き直ると、ネヌファはすごい速さで俺から顔を逸らした。

 髪から飛び出た耳が紅く見える。


「お前、どこか具合でも悪いのか?」

「……ヴェイグ。死ぬか?」


 ネヌファは冷たい瞳で俺にそう言った。

 心配したのに何で怒られるんだよ!


「はぁ、ナリーシャもそうだが、お前の周りの女達は苦労しそうだな」

「え? 何で?」

「そういう所がだよ」


 そんなやり取りをしていると、凄まじい音を立てて突然扉が開いた。

 ……今度は何だよ。


「ヴェイグ! 準備は出来てるか!」


 お前か、クソ親父殿。

 俺がネヌファの方に視線だけを移すと、そこにはもう姿はない。

 どうやら上手く隠れたようだな。


「父上、もうちょっと静かに」

「もう出来ているな! じゃあ行くか!」


 そう言うと豪快に笑う。

 相変わらずの巨体。太い四肢。

 鋭い銀の瞳。

 俺がメルカナに戻ってから、親父はなんだか機嫌がいい。

 言法を使いこなせるようになり、半端ではあるが、魔族としての覚醒も果たした。

 その事をまるで自分の事のように喜んでいたらしい。

 マナから聞いたことだが。

 まったく、お人好しと言うか、なんと言うか。

 それでも、そんな風に思われた事は、なかった。

 憎めない、不思議な人だ。


「兄上を待たせる訳にはいかん。さっさと行くぞ、ヴェイグ」

「分かりましたから! そんなに引っ張らないでください!」


 親父は俺の腕を引っ張りながら、また豪快に笑った。



 マナとエリーに見送られながら、俺と親父は屋敷を出た。

 清々しい朝の香り。

 空気は澄み、暖かな日差しが降り注ぐ。

 それでも、少し肌寒い。

 石畳。

 白い壁。

 見下ろす城下の街並み。

 喧騒。

 営み。

 生活音。

 全てが、何故か懐かしい。

 俺の、ヴェイグの好きな、愛した景色。

 風が落ち葉を巻き上げ、城下へと運ぶ。

 俺の故郷ではない。

 記憶の中にだけ存在する、あの故郷。

 似てる所など、ありはしない。

 それでも、確かにここは俺の故郷だと、そう思える。

 おかしな話だ。


「どうした? メルカナのこの景色が懐かしいか?」

「……どうして、分かったんですか?」

「当然だろ。俺はお前の父親だからな」


 父親、か。

 本来は、こういうものなのだろうか。

 分からない。

 それでも前を歩く親父の背中は大きく、偉大に見えた。


「早く行くぞ。待たせたら文句を言われるのは俺だからな」

「は、はい!」


 俺はそう返事をすると、足早に親父のあとに続いた。

 ヴェイグの記憶の中にもない、魔王と謁見する為に。


久々の父親の登場。

舞台は魔王への謁見の間へ。

魔王の真意、褒美とは何か。


物語は動き出す。


読んで頂きありがとうございました。

これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。


Twitterのフォロー、ブクマ、感想、レビュー等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

_gofukuya_


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ