2章 1話
舞台はエルフィンドルからメルカナへ。
魔王への謁見を控えるヴェイグ。
だがそのまえに一波乱。
楽しんで頂けると幸いです。
呉服屋。
鳴り止まぬ拍手。
鳴り止まぬ歓声。
地響きのように劇場を揺らす。
「我らが希望の担い手は、真実に向かい歩き出した」
「確信など何もなくとも、必然的にたどり着く。そう、これは運命なのです!」
「ああっ! どんなに傷ついても歩みを止めず!」
「ああっ! どんなに迷おうとも己の正義の為に!」
観客に向かい大きく両手を広げる。
「見守ろうではありませんか! 我らが希望の担い手が、どのような答えを導き出すのか!」
「そして、どれだけの幸と不幸を演出するのかを」
劇場全体にベルが鳴り響く。
「第二幕が始まる。さらなる試練が、さらなる真実を携えて」
ゆっくりとせり上がる緞帳。
深くお辞儀をする道化。
「甘い蜜の様に絡みつく、狂気と殺意」
「逃れられぬ運命と、廻る因果」
「最高の劇を、お約束しましょう」
ゆっくりと暗転する劇場。
浮かび上がる仮面。
「果たして貴方は、どのような選択をするのか。楽しみにしていますよ」
かくして物語は動き出す。
繰糸のきらめきなど、気にもとめずに。
♢ ♢
何故戦うのか。
何故争うのか。
何故殺すのか。
何故なぜ何故なぜなぜナゼ?
どんなに考えようとも、納得する答えなど見当たらない。
どんなに周囲を見渡しても、そこにあるはずも無い。
だからこそ人は、盲目になろうとする。
だからこそ人は、盲目なふりをする。
考える事を放棄し、周りに流される。
是を非に。非を是に。
白を黒に。黒を白に。
だからこそ人は、罪深く、愚かなのだ。
だからこそ人は、神に見放されたのだ。
だからこそ人は、真実から遠ざかるのだ。
俺は、ここが何処なのか知っている。
流石にもう何度目だ?
まぁ慣れてきてる訳じゃないが、居心地が悪いわけでもない。
そりゃあそうだ。
だってここは……。
「やぁ、久しぶり」
「……ほんとに久しぶりだよなぁ」
「色々大変だったから、出てくるの躊躇っちゃってさ」
「遠慮なんかするなよ、俺とお前の仲だろ?」
メルカナの自室。
自室と言っても夢?みたいなもんだが。
「今回は長居出来るのか?」
「いつもよりは、ね」
「そうか」
カーテンが翻り、良い風が吹き抜ける。
ヴェイグは俺の座っているベッドに腰掛けた。
「悪かったな。その……助けてやれなかった」
「エルフィンドルのことかい? いや、君はよくやってくれたよ。僕は何も出来ないし、例え出来たとしても、もっと酷い結果だったのは目に見えてるしね」
隣に座るヴェイグが、視線を落とした。
「卑屈になるなよ。俺のやり方が最善な訳ないだろ?」
「それでも、僕も後悔はしていないよ」
「無理するな。お前の意志に反した事をしている自覚はあるんだ」
「……いい人達だったね」
「……あぁ。死んで欲しくなかった」
「誰も君を責めたりしないよ」
「別にそこを気にしてないさ」
「じゃあ何を?」
「……いや。何でもない」
隣の俺が不思議そうな顔をした。
「そう言えば、お前も成長したんだな」
「ん? あぁ。確信は無かったけど、やっぱりそうなの?」
「やっぱ俺は俺だもんな。なかなかかっこいいじゃないか」
「それなら君もそうって事だよ?」
「……それもそうか。なんか気持ち悪い事言ったな」
俺とヴェイグは顔を見合わせてニシシと笑った。
「ナリーシャとは、あれで良かったの?」
「何がだ?」
「エルフィンドルを出る時泣いていたじゃない?」
「まぁ、もう会えなくなる訳じゃないんだ。別にいいだろ?」
「……君ってさ、ほんと不器用だよねぇ」
ヴェイグは呆れた顔で俺を見る。
「な、なんだよ! 悪いかよ!」
「あのさぁ、僕の意見としては、結婚とかもしたいんだけど?」
「はぁ? い、いや、でも、だってよぅ……」
「しっかりしてよね。君もなかなかかっこいいんだからさ」
「……ど、努力は、する……」
俺が歯切れ悪く答えると、ヴェイグは意地悪く笑った。
「やっぱりメルカナは落ち着くよね」
「だな。お前の記憶の影響がでかいけど、落ち着くわ」
「こっちに帰ってきて2日。バタバタしてたけど、今日が謁見の日だったよね?」
「魔王様だろ?」
「くれぐれも粗相のないようにね」
「……へいへい。お前は俺の父ちゃんか」
「保護者だよ」
無邪気に笑うヴェイグ。
「さて、結構話せたし、そろそろ行くよ」
「もういいのか?」
「どうせまた来るしね」
「……それもそうだな」
ヴェイグはベッドから立ち上がると、扉の方へと向かった。
「それじゃあ、また」
「おう。いつでも来い」
「……皆の事、よろしくね。それと、れ、ん、あ、い、も少しはしてね!」
「……善処します……」
ヴェイグはそう言うと部屋を出ていった。
さて、そろそろ起きるかな。
魔王。俺の叔父にあたる人だが、どんな奴なのか。
少し、楽しみだな。
俺は勢いよくベッドに寝転がると、目を閉じた。
そう言えば、これ、どうやって起きるんだ?
いつもは促されて起きるからな。
この空間に一人で取り残されるのは初めてだ。
俺はヒラヒラと両手を泳がせる。
うーん。分からん。
まぁいいか。
そのうち目が覚めるだろ。
徐ろに寝返りをうつ。
ムニュ。
……ん?
何だ、この感触。
とても柔らかい物が顔全体に当たっている。
柔らかいが、心地よく跳ね返るしっかりとした弾力。
それに、ほのかにいい香りがする。
俺はその柔らかいものにそっと触れた。
指が沈む。
何だこれ。すごく気持ちいい。
「……ぁん」
……ぁん?
俺はゆっくりと目を開く。
一面の肌色。
??
再び指を動かす。
「……んんっ!」
……。
くわっと両の目を見開くと、俺は勢いよくベッドから上体を起こした。
吸い込まれる様なきめ細やかな肌。
栗色の髪が、白いベッドシーツによく映える。
そこには、一糸纏わぬ姿の女性。
と言うか、マナぁっ!!
「あら、ヴェイグ坊っちゃま。もう宜しいので?」
頬が僅かに赤らんでいる。
か、可愛い。いや、綺麗。
じゃない!!
これはどういう状況だ!
俺はいったい何をした?!
お、落ち着け!俺は昨日確かに一人で寝た。
じゃあ何故隣にマナがいるんだ?
それも裸でっ!!
マナさんは身体に掛布を纏うと、ゆっくりとと起き上がる。
「何かご感想は? 坊っちゃま」
「あ、え? いや、や、柔らかかった、です……」
じゃねぇだろ!
どう考えてもおかしい状況だろ!
「な、なな、何でマナさんが、俺のベッドに?」
「今朝は少々肌寒かったので、坊っちゃまを温めて差し上げようかと」
な!なんなのっ!?
羞恥心とかないのっ!?
何で真っ裸っ!?
ってか、何で俺の周りにはまともな女がいないんだ!
「も、もういいから、服を着てくだしゃいっ!」
「あら。坊っちゃまは可愛いですねぇ」
「ほ、ほんともう大丈夫だからっ!」
「そうですか……残念です……」
何で?!
マナはそう言うとベッドから降りた。
俺はぎゅっと両目を瞑って顔を逸らす。
衣擦れの音。
目を瞑っているからか、余計大きく聞こえる。
余計に集中してしまう。想像してしまう。
いかん!いかんぞぅ!
俺が理性と欲求とバトルを繰り広げていると、物凄い勢いで扉が開いた。
「おにーさまー! 今日こそ既成事実をーっ!」
こいつ!躊躇いもなく言い切りやがった!
いや、それよりも今はまずいっ!
俺は目を開き部屋の入口を見た。つもりだった。
だって、方向は間違ってないし。
黒。
マナ様。流石大人だなぁ。
その向こうに見える我が妹。エリーは魚のように口をパクパクさせている。
……詰んだ。
「な、な、何してるのよ! マナぁぁ!」
「あら、エリー様。朝から騒々しいですねぇ」
マナは余裕の表情で着替えを続ける。
まだ下着を付けただけだが。
「お、お兄様と何をしてたのっ?!」
「さぁ? この格好を見て、想像出来ませんか?」
何故そこで煽るのぉっ??
「おのれぇ。いくらマナでもそれだけは許せないわ。お兄様の初めては私が予約済みなのよっ!」
それは初耳だがな!ってか俺の意思はっ!?
「エリー様はまだお子様ですから。そういった事は私にお任せ下さい」
「させるかぁ! お兄様と既成事実を作るのは私よっ!」
両者の瞳からバチバチと火花が散る。ように見える。
エリー。目が怖いぞぉ。
「ちょっ、ちょっと二人とも。落ち着いて」
「落ち着いていられる訳ないでしょっ!? お兄様の浮気者ぉ!」
ふわっと、優しい風が頬を撫でる。
落ち着く、緑の香り。
俺の全身を包む様に、とても優しく。
「何をくだらぬ事を言い合っている? ヴェイグは私のものだぞ?」
膝の上。触れているのに、確かにその感覚はあるのに、不確かな。
それに、何故かとても懐かしい……。
「……ネヌファ。全然姿を見せなかったから、心配していたんだぞ?」
「心配? 私を誰だと思っている? そんなに脆弱ではない」
「だろうな。……まだ礼を言ってなかった。ありがとう、助けてくれたんだろ?」
「当然だ。私はお前を気に入っているからな、ヴェイグ」
ネヌファがいなければ、あの戦闘で間違いなく死んでいた。
これは事実だ。
感謝してもしきれない。
「それよりも、ヴェイグ。もっと別の心配をしたらどうだ?」
「別の心配? なに、を……」
視線を前に戻す。
エリーにマナ。
怒ってる?
ネヌファを見る。
俺に抱きついている?
「……ち。違うんだ、二人とも……」
「何がです、坊っちゃま?」
目が、目が笑ってないよぅ?
「泥棒、猫」
エリー?その爪、攻撃用だよね?
「ちょっとまってぇっ!!」
「待ちませんっ!!」
すまん、ヴェイグ。結婚以前に死ぬかもしれん。
エルフィンドルを離れメルカナへ。
未練が無いわけではないが、いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。
ぬるま湯に浸かり続ける訳にはいかない。
俺の目的を果たすために。
俺は気付いていた。
無視している訳でもない。
それが余りにも微かだったから。
開幕のベルが、鳴っている事に。
読んで頂きありがとうございました。
2章が開幕し、物語は動いていきます。
これからも、少しでも楽しんでもらえる作品になるように精進していきます。
呉服屋をどうかご贔屓に。
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