2章 プロローグ
復興が進むエルフィンドル。
季節は移り、夏から秋へ。
しばしの平穏の後、物語は再び動き出す。
次なる戦乱に向かって。
楽しんで頂ければ幸いです。
カサカサと乾いた足音が耳に残る。
不快なわけではなく、むしろ心地良さを感じるくらいだ。
俺は慰霊碑の前に着くと、マフィリア先生に持たせてもらった花を供えた。
ここは、いつ来ても以前のエルフィンドルの様に華やか。
瞼を閉じれば、まだその裏に焼き付いているその景色。
耳を澄ませば、活気のある街の音が聞こえてくる。気がした。
実際は、静寂の中に葉の落ちる音だけが聞こえるだけだ。
季節は移り、夏から秋へ。
この世界では収穫期としか名がついていないようだが、元の世界を思い出させるには十分なほどに懐かしさを覚えた。
「随分と肌寒くなったな。空気も乾いて、澄んでいるのが分かるよ。そっちはどうだ?」
返答など、あるはずも無い。
故人に対して未練がある訳じゃない。
俺がここに通う理由は、もっと別のところにある。
ただ、ただ忘れないために。
故人が生きていた頃をではなく、何があったのかを。
新鮮に、鮮明に、鮮烈に。
感情を。衝動を。
それに伴う、確かな殺意を。
薄れさせないためだけに。
要は、自分の為に、だ。
「幻滅するかい? それでも、色褪せていくのが嫌なんだ。忘れるのが嫌なんだ。無かったことになっていくみたいで、自分自身に嫌気が差す」
何度も何度も繰り返さなければ。
魂に定着させるために。
次にアイツに会ったら、確かな殺意をぶつけられるように。
「またここにいたのね! こんなに来て飽きないの?」
もっと言い方があるだろう。まったく、ブレない奴だな。
「おいおい。お姫様がそんな言い方をするんじゃない。国の英雄達の前だぞ?」
「それは分かってるわよ! 単純に飽きないのかって聞いてるわけ!」
「……飽きないさ」
「ナリーシャ様。あの男にそんな事を聞いても無駄ですよ。ただの変わり者の魔族ですから」
ほんっと、相変わらずの嫌味ですねぇ。
「別に魔族は関係ないでしょ?」
「……何か言った?」
「言ってませんっ!」
ナリーシャに、マフィリア先生。
先生はただの付き添いか?
一応ナリーシャは警護対象だろうしな。王族だし。
「ナリーシャはまた街の視察に?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ! ただ、皆が私に会いたいかなって思って行ってあげてるだけ!」
どんな理論だよ。
まったく、素直じゃないこと。
まぁ、これで素直だったら、というか性格が捻じ曲がってなければただの美少女だしな。
それじゃあもうナリーシャじゃないか。
「ナリーシャ様は皆に慕われていますからね。人気者です」
「そ、そんなの当たり前よっ!」
無邪気なやり取りで微笑ましい。
と言うか、あの二人が並んでると、色々やばいな。
性格は……まぁ置いといて、美女と美少女。
なんか、キラキラしてんなぁー。
「アホ面をしてどうした? 気持ち悪い」
「きもっ! 気持ち悪いは言いすぎだ!」
「まったく、これだから魔族は……」
そんな蔑んだ目で見ないでっ!
先生の魔族への偏見は相変わらず。
と言うか、俺が嫌いなだけかな?うん。きっとそうだな。そうに違いない。
「……それで、何か用でも?」
俺が肩を落としながら尋ねると、そうだ!という様な仕草をしながらナリーシャが口を開いた。
「何だかメルカナから手紙が届いているそうよ? それでお父様がヴェイグを呼んできてって」
メルカナから?先の戦闘の情報は既に耳に入っているはずだ。
それが今になって何故手紙を?
「分かりました。すぐに向かいましょう」
俺はそう言うと、城に向かって歩き出した。
「私達も呼ばれているので、城に帰りましょう、ナリーシャ様」
「そうね」
そんな2人のやり取りをしりめに、俺の思考は答えを導こうとしていた。
城に戻ると、すぐに謁見の間へと呼ばれた。
木製の扉の前にはサフィールさんが待ち構えていた。
「王がお待ちです。そのまま中へとお進み下さい」
「ありがとうございます」
俺がそう答えると、サフィールさんは軽く笑みを浮かべた。
別にいやらしい意味じゃない。
エルフィンドルでの戦闘の後から、サフィールさんの俺に対する態度が変わった。
もちろん、いい意味で、だ。
もともと悪い人ではないだろうし、普通に接してくれることだけでも有難かった。
ギシギシと音を立てて扉が開く。
赤い絨毯の先の玉座。
そこにダーシェさんが控えていた。
隣には妃のサマリアさんの姿もある。
勢揃いとは、そんなに重要な内容なのか?と、勘繰りたくなる。
「わざわざ呼び出して悪いね。ヴェイグ君」
「そんな、構いませんよ」
「あらあら、ナリーシャちゃんとの仲は進展したのかしら?」
「してませんって!」
この人も相変わらずブレない。
脳内お花畑かよ。なんてとても言えないが。
「それで、メルカナからはなんと?」
「それなんだけどねぇ……」
ダーシェさんは頬ずえを付き、困ったような仕草をしてみせる。
この感じ、どうせいい事ではないか。
「ナリーシャとの婚約はいつかって催促されてねぇ……」
「そうなんですか……ん?」
俺の耳がおかしくなったかな?
婚約。ん??
「なっ、なな、何を言っているんですかお父様っ!!」
「早速日取りを決めてしまいましょう!」
「お母様までっ!!」
俺は冷静にナリーシャの方へ視線を移す。
うん。頬が真っ赤だ。真っ赤だなぁ。
「こんなに突然だと、私としてもナリーシャをお嫁にやる心の準備がねぇ……」
おやおや?
その反応は何かな?ダーシェさん。
「ヴェイグは私の下僕なのっ! 何で私が下僕……蛆虫と婚約なんてっ!」
何で言い直したのかな??
俺にも痛む心はあるんだよぉ?
「王よ、お戯れは程々に。ヴェイグ殿も固まっておられる」
サフィールさん?お戯れ?
「……ははっ。はははははっ! 冗談だよっ! いくらヴェイグ君といえど、そんなに簡単に愛娘はやらないよ」
「あら、そうですか? 私はヴェイグちゃんなら大賛成! いつでもあげちゃうわぁ」
「そうはいかないさ。色々と準備もあるんだ。招待を送ったりしなくてはならないだろう?」
「あら、それもそうですね」
何だか盛り上がってるなぁー。
あれかな?こんな言い方はしたくないが、馬鹿夫婦なのかな??
「そ、そうよ。冗談はやめてください……」
おーい。
何ちょっとがっかりしてるんだ?
おかしくないかなぁ?
「という訳で、だ。戻って来たまえ、ヴェイグ君」
「……はっ!!」
人間、本当にはっと言って我に帰るものなんだな。
貴重な体験をした気がするよ。
「本題なんだけどね、端的に言えばヴェイグ君にメルカナへ戻るように伝えてくれという内容だったよ」
「メルカナに? 理由は書かれていましたか?」
「もちろん。今回の戦闘での一件を受けて、魔王直々に褒美を取らせたいそうだ」
褒美?それも魔王直々に?
おかしな話だな。
魔族が他種族を助けて褒美とは。
停戦協定を結んでいるとはいえ、そこまでの事をする必要があるのか?
……だが、魔王に会えるなら、悪い話ではない、か。
「分かりました。すぐに出立しま……」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
俺の言葉をナリーシャが遮った。
「あんたは私の下僕でしょ? 勝手に決めないで!」
「そうは言っても、魔王からの呼び出しなんだ。断れないだろ」
「それでも! ちょっとは私のことも考えなさいよ……」
ナリーシャは頬を膨らませて、スカートをぎゅっと掴んだ。
「?? 何で?」
「このバカぁぁぁっ!!」
何でこんなに怒られるんだ?
訳が分からん。
「出立なんだけどね、実は、迎が来ているんだ」
「え? 迎えって誰が……」
「ヴェイグ坊っちゃま」
……この声。
そんなに昔の事を思い出す訳でもないのに、とても懐かしい気持ち。
安心感。
ほのかに漂ってくる、甘い花のような香り。
俺は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「……マナさん」
唐突に歯車は回り出す。
次の物語に向かって。
真実に向かって。
逃れることは、出来はしない。
他ならぬ俺が、それを望んでいるのだから。
マナの登場により動き出す物語。
舞台はエルフィンドルからメルカナへ。
そして、魔王との謁見。
2章も楽しんで頂ければと思います。
これからも呉服屋をどうぞご贔屓に。
呉服屋。
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