1章 32話
目を醒ましたヴェイグ。
魔族軍を退けたが、その爪痕は深く残った。
これからヴェイグは、どんな道を進んで行くのか。
楽しんで頂ければ幸いです。
俺が目を覚ましてから、2日が経った。
都市の復興は順調に進んでいるらしい。
だが、多くの兵士が生命を落とし、人手が不足しているのは言うまでもない。
それでも皆、精一杯生きようとしているその姿勢が、俺には眩しく見えた。
俺は、何かを、誰かを救ったのだろうか。
戦い、多くの生命を奪った。
奪い、奪われ、そしてまた、この連鎖から逃れることは出来なくなる。
それでも、俺は戦った。
自分の選択を否定する気はない。
ただ、結局変わらないなと、そう呆れているだけだ。
愚かさを上塗りして、それでも生きていくのだと。
木漏れ日が優しく降り注ぐ。
程よく暖かい。
以前よりも薄くなった緑の香り。
周囲には焼け落ちた木々が散乱し、一面に咲き誇っていた花々も、今や記憶の中にしか存在しない。
戦争の爪痕。
深々と大地に食い込み、この美しかった土地に大きな影を落としている。
あれだけ通った大森林も、もうそう呼ぶことは叶わない。
「随分と、風通しが良くなってしまったな……」
都市を大森林の方面へ少し行った所。
そこに慰霊碑が建てられた。
今日は、そこに来ている。
魔族軍との戦争で生命を落とした者達を祀る為に、すぐに建てられたと聞いた。
巨大な石版には、数え切れない程の名前が刻まれていた。
遺体を回収する事が出来たのは、全体のおよそ半数だったそうだ。
言法によって蒸発した者。
強い力でバラバラに引き裂かれた者。
見る影もない程に叩き潰され、すり潰された者。
魔物、魔族に食われた者。
そういった人々の遺体は、回収する事が出来なかった。
まぁ、当然だ。
戦争とは、こういうものだ。
俺は道中で摘んできた花を慰霊碑の前に供えた。
積み上げた、の方が正しいかな。
既に多くの献花がされ、慰霊碑の周りは以前のエルフィンドルの様に華やかに飾られていた。
慰霊碑に刻まれた、名前の中の一つ。
「……グーデンさん」
グーデンさんの遺体は、回収出来なかったらしい。
酷い有様だったと、マフィリア先生から聞いた。
「そんなに深い仲では無かったが、エルフィンドルは惜しい人を失くしたと思うよ」
緩やかに、穏やかに風が吹き、供えられた花を揺らす。
「あんただけが、俺が魔族だと知って尚、偏見なく接してくれた。本当にいい人だった。……やっぱり、いい人ってのは早く逝ってしまうもんなんだな」
俺は、そっと碑に触れた。
「あんたらの覚悟も、あんたらの無念も、俺は微塵も背負ってやれねぇ。それは、お前達だけのもんだ。どんな感情であっても、全てな。それに、俺の背中はもう一杯でな。余裕がないんだ。悪いな」
石の冷たさが、指に伝わってくる。
「……でもまぁ、あれだ。俺の進む先がお前達の想いとぶつかるなら、ついでに何とかしてやるさ。恩は感じてるんだ」
靴底の擦れる音。
「ヴェイグ。そろそろ時間だ」
振り返ると、マフィリア先生がそこに居た。
木漏れ日を受け、絹の様な髪がキラキラと輝く。
全く、相変わらず見た目はいい女だこと。
「分かりましたよ。……それにしても、本当に俺も出なきゃ駄目なんですか?」
先生は大きな溜息をつき、頭を振る。
「何度も言っただろう。これはお前の為の式典なんだ。エルフィンドルを救ったのはお前なんだからな」
「俺も何度も言いましたよね? 救ったのは俺じゃない。みんなでやったことでしょ? それに俺は倒れてただけだし……」
「口答えは姫の前でするんだな。まったく。これだから魔族は……」
先生はそう言うと、都市の方へと振り返り、歩き始めた。
「ちょっ! 俺も行くから待ってくださいよ!」
「うるさいっ! ぐずぐずするな!」
へいへい。
全然変わらないんだからなぁ、この人は。
「……そんじゃ、また来ます」
俺はそう呟くと、先生の後を追った。
俺が起きてすぐに、ダーシェさん、サマリアさん、サフィールさん、マフィリア先生が部屋に訪れた。
皆口々に心配の言葉と、感謝の言葉を俺に浴びせた。
正直、俺はキョトンとしていただけだったが。
そして、ダーシェさんから戦争の詳細を聞くことが出来た。
もちろん、その後の事も。
戦争の経緯は、あの胡散臭い神が言っていた内容と一致していた。
意識を失った俺は、ネヌファの助けで一命を取り留めたらしい。
軍の皆が俺を城まで運び、出来る限りの手を尽くし、治療を行ってくれた。
切られた腕も、通常の医療技術と、ネヌファの言法治療により何とか縫合。
骨折、裂傷、打撲。
あらゆる怪我のオンパレードで死の淵を彷徨い、俺は1ヶ月昏睡状態だった。
その間、ナリーシャは1日も欠かさずに俺の所に来ていたらしい。
それに、ネヌファも。
まぁ、感謝はしている。
そして、どんな流れかは分からないが、俺がエルフィンドルを救ったという事になっていた。
別に俺が救った訳ではないのに。
盛り上がったダーシェさんとサマリアさんが戦勝式典をすると言い出して、最終的にナリーシャの潤んだ瞳で押し切られた……。
あれはずるいわぁ。
「遅いっ! 下僕が主人よりも遅く来るなんて、論外っ!」
おおぅ。
このお転婆姫は相変わらずだなぁ。
「早く着替えなさい! 皆が中庭に集まっています。主役が遅れるなんて、ありえないわ!」
「分かりましたって。そんなに急かさなくても着替えますよ」
「マフィリア! 着替えを手伝ってあげて!」
「えっ!? いやいやいや! いいって!」
「かしこまりました、姫。すぐに着替えさせます」
「30秒で着替えてきまっすっ!!!!」
俺はビシッと敬礼すると、部屋へと逃げ帰った。
城の中央階段を登り、1階の玄関ホールを見下ろしながら大周りに回廊を歩くと、中庭を見渡すバルコニーへ出ることが出来る。
その扉の前に、ダーシェさん、サマリアさん、ナリーシャが控えていた。
「あらあら。その格好、よく似合っているわねぇ。やっぱりナリーシャちゃんをあげちゃうわぁ」
「お母様! 今はそんな事関係ないでしょ!」
ナリーシャの頬が紅潮する。
「確かによく似合っているね。背も伸びて、中々に格好いいじゃないか」
「そうですかね? まぁ、似合ってないよりはいいですけど」
俺は少し困った仕草をしてみせた。
そう。
俺は先の戦争で魔族として覚醒を果たし、身体が成長した。
成長と言うよりも前世に近づいた、と言うのが正しいのだと思う。
だが、覚醒が中途半端だったせいで、完全に戻った、という訳ではない。
年齢で言えば、5、6歳程成長した、といった感じだ。
それでも以前よりは身長も伸びたし、筋肉の付き具合もだいぶ変わった。
戦闘の幅が広がるのは、俺にとって重要な事だ。
でも、何だか落ち着かないと言うのが正直な感想だ。
「下僕のくせに生意気な。私だってすぐに大きくなるもん……」
「何か言いましたか?」
「何でもないわよ!」
俺達のやり取りを見て、サマリアさんが微笑む。
「それでは、私とサマリアが先に出るから、呼んだら来てくれればいい」
「はぁ、分かりました」
扉が開くと、凄まじい歓声。
俺は、呼ばれるままにナリーシャと一緒にバルコニーに出る。
ビリビリと、震える。
大勢の人々が、声を上げ、手を振る。
皆、口々に言う。
ありがとう。
救ってくれて、助けてくれて、ありがとう。
ありったけの声を、振り絞って。
知っているはずだ。
俺は、魔族だと。
あの絶魔結界内で言法を使えるのは、魔族だけだから。
皆を殺したのは、魔族だ。
仮に俺が救ったとして、俺も魔族だ。
エルフィンドルの人々は、どうやって折り合いを付けるのだろうか。
何故こんなにも、心から感謝を口にできるのだろうか。
分からない。
「ヴェイグ君。君は、魔族だ。でも、皆は分かっている。エルフィンドルの為に、あんなになるまで戦ってくれた事を」
「ダーシェさん……。俺は、そんなんじゃないです」
「皆感謝しています。エルフだから、魔族だからではなく、ヴェイグちゃんに感謝しているのです」
「俺は自分の為にしただけです。死ねない。だから戦っただけなんです」
「それでも。感謝しているのです。この気持ちを、素直に受け取って貰えませんか?」
「……サマリアさん」
「ヴェイグはエルフィンドルを救った。もっと喜んでいいじゃない」
謝辞は、素直に受け取れか。
あの駄神め。
「……人を殺して」
「??」
ナリーシャは不思議そうな表情を浮かべている。
「……どんな理由があろうと、どんな大義名分があろうと、生命を奪った事に変わりはない。何かのために、誰かのためになると、何千、何万と屍を積み上げても、かけられる言葉は、感謝ではなかった。俺も、それでいいと思っていたんです」
「ヴェイグ君……」
「でも、皆の顔を見て、感謝の言葉を聞いて、少しだけ、救われた気がします」
別に正当化する気はない。
人殺しは人殺し。
それに伴う、快楽、愉悦。
俺は、狂っている。
それでも、救われたのは、俺の方だ。
「全然言っている意味が分からないっ!」
「ナリーシャは分からなくていいんだよ」
「はぁ? 馬鹿にしないでよ! そうだ、丁度いい機会だわっ!」
ナリーシャはそう言うと、俺の前に右脚を差し出した。
……これは、まさか……。
「皆の前で、ヴェイグが誰の所有物なのかはっきりさせておきましょう!」
「……どうしろと?」
「もちろんっ! 私の脚を舐めなさいっ!」
「おまっ! この鬼畜姫がぁーーーーっ!!」
こうして、式典は幕を下ろした。
エルフィンドルの復興は順調に進んで行くだろう。
ここの人々は、生命力に溢れているからな。
それにしても、魔族軍のエルフィンドルへの侵攻。
予想していたよりも、魔族側は統制が取れていないのか。
それとも魔皇の意思なのか。
情報を集めた方がいいのかもしれないな。
この先も、俺の復讐の道には波乱の予感しかしない事は言うまでもない。
それでも、必ずたどり着く。
例え、冥府魔道に落ちるともーー。
駄文、読んでいただきありがとうございました。
これにて、1章エルフィンドル編は終了となります。
2章にはすぐに入りたいと思いますので、少々お待ちください。
改めて、ここまで読んでいただいた方々に、心からの感謝を。
そして、これからも呉服屋をどうぞご贔屓に。
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