序章 4話
4話目です。
今回は説明多めですみません。
ですが、物語が動く話なので読んでいただけると幸いです。
この城塞都市メルカナはおよそ3万の人口を誇り、なかなかに活気のある都市である。
そのほとんどが魔族軍の者で構成されているが、もちろんその家族などの非戦闘員も多く含まれている。
魔王の治める都市としては珍しく、他種族の商人の出入りも頻繁に行われている。
これもひとえに穏健派と言われるアバルス様のお膝元であるが故だ。
城から伸びる街道は外門まで真っ直ぐに整備されており、長く緩やかな下り坂になる。
都市の中心部は居住区になっていて、ここにはライカンスロープ以外にもマナさんのようなリザードマン、ミノタウロスなど、様々な魔族も生活している。
安全面を考えて、どの外門からも離れた中心部に居住区が置かれているのだ。
多くの家が立ち並び、その生活感が、皆の安心感に繋がっているのだと思う。
あとはそれぞれに、外交及び都市の住民の為の商業区。
戦争に必要な武具等を製造する鍛治区。
外門の警備兵と一般の兵士が詰める為の軍用区。
その他、細い分類はあれど大まかにはこのように区画整理されている。
僕は街道を通り、都市の外縁にある活気のある露店街を抜ける。
いつも多くの人でごった返していて、商人や買い物客の賑やかな声が飛び交っている。
あちこちからいい香りもしているが、生憎僕は満腹だ。
満腹なんだ。
……でも美味しそうだなぁ。
店頭で肉を焼いているのは正直ずるいと思う。
気持ちを強く持て! これから鍛錬なんだ!
露店のいい香りに後ろ髪を引かれながらも、僕は先を急いだ。
次は外門付近にある宿屋街。
この辺りになると、出入りする商人や、旅人など、魔族以外の種族も多く滞在している。
僕はここ以外の都市に行ったことはない。
でもこの都市ではこれがありふれた日常の風景だ。
およそ戦争行為を行っているとは思えないほど平和な空気。
それは僕でも感じる。
これもアバルス様のお陰なのだろう。
だが、平和だろうと一応は戦時下。
軍の者以外が都市の外に出るためには通行証が必要になる。
外門の衛兵に通行証を見せると、ようやく都市外だ。
僕がいつも鍛錬する森は、外門から5キロほど離れた場所にある。
皆が都市の名前を取り、メルカナの森と呼ぶ場所だ。
正式には名前など無いらしいが、それじゃあ不便だからと、都市から名前を取ったらしい。
ふと外壁に沿って不自然に止まっている馬車に目がいった。
馬車の造りが軍の物とは違っている。
見た所、さっきのエルフが連れてきた護衛部隊のようだった。
数名のエルフが馬車の周りを守っている。
流石に軍事力を都市内に持ち込む事は出来ないので、ここに留まっているのだろう。
それにしても妙に数が多い気がする。
僕の思い過ごしか?
そんな事を頭の端で考えながら、僕は先を急いだ。
街道から鬱蒼と生い茂る森林を抜けると、その先に小さく拓けた場所が現れる。
自分で整備した訳では無いが、森を散策している時に偶然見つけ、それ以来鍛錬場として使わせてもらっている。
木漏れ日の差し込むなか、耳を済ませると鳥の鳴き声や、風に揺れる葉の音が聞こえてくる。
不純なものなど感じさせない、澄んだ空気。
そして何よりも、濃い緑の匂いが精神を深く落ち着けてくれる気がした。
「なんだか色々あったけど、しっかり鍛錬しないと」
森の空気を胸いっぱいに吸い込んで深く息を吐く。
体内が浄化されるような、清々しい感覚。
僕は両方の掌で顔を勢いよく叩いた。
「よしっ!」
気合を入れた所で、いよいよ僕が苦手な言法鍛錬だ。
言法とは、大気中のアストラルを体内に取り込み魔力炉を活性化させる事から始まる。
その為に必要なのが起動式と呼ばれる呪文だ。
僕はできる限り身体から力を抜き、精神を集中させ、基本となる起動式を唱えた。
「大気に満ちるアストラルよ。その恩恵を我に与えよ!」
体内の魔力炉が稼働する感覚。
胸の辺りが徐々に熱くなり、その熱が全身に広がっていく。
それと同時に身体が淡い光に包まれる。
まるで身体全体を薄い膜の様なものが包み込んでいるような。そんな感覚。
今回はいけるか?
そう思った直後。
「ぐっっ!」
急に身体を覆う光が霧散してしまった。
全体に行き渡っていた熱が一気に冷める。
「やはりダメだ! 何度やっても魔力炉が上手く稼働してくれない!」
魔力炉の稼働は言法の基本中の基本だ。
これが出来なければ文字通り言法を使うことが出来ない。
どうしてなのか僕はその基本が上手く出来ずにいた。
「このままじゃいつまで経っても発動式を詠唱することなんて出来ない……クソッ!!」
言法は二段階で構成されている。
まず一段階目で、先に述べた起動式によって魔力炉を起動させ、体内へアストラルを吸収する。
そして二段階目でその体内に取り込んだアストラルを魔力炉で変換、発動式と呼ばれる呪文によって言法を発動する仕組みだ。
これが、この世界における言法の仕組みであり、二段階詠唱と呼ばれている。
僕は今、基本となる身体強化言法の鍛錬をひたすら繰り返している。
魔力炉がまともに起動しないのだから、一度も成功したことはないが。
控えめに言っても、かなり焦っている。
「いったい何が問題なんだ? 一応稼働はするのに、維持が出来ない……」
ついつい愚痴が口から漏れる。
僕はちょうどいい位置にある倒木の上に腰を降ろした。
いつものように魔力炉が起動しない要因を考察していると、ふと、父と以前に交わしたやり取りを思い出した。
「父上! 魔力炉の起動にコツなどあるのですか?!」
「コツかぁ。考えた事もねぇなぁ。そんなに焦らずとも良いだろ。」
「僕も来年で10歳になるのですよ?!」
「そうは言ってもなぁ……。仮説……でいいのなら。もしかすると、お前には基本の起動式が合わないのかもしれんな」
「合わないって……そんな。それならどうしたらいいのですか?」
「本来は10歳になると魔力炉が変換、生成するアストラル属性が定まり、その属性にあった言法を習得するようになる。そして、その時期に自分にしっくりくる起動式を見つける必要があるのだ」
「では僕は、自分に合った起動式を見つけるまで言法が使えないと?」
「そうは言っておらん。あくまで仮説だ」
「では……」
「正確な事は分からん。何しろお前は前例のない存在だからな」
「そうですか……。自分に合ったとは、一から呪文を創るということですか?」
「いや、自分の魔力炉がな、教えてくれるんだよ。これが正しい起動式だってな」
「僕の魔力炉が」
「そうだ。もしこの仮説が正しいのならば、必ずお前の魔力炉が起動式を教えてくれるはずだ。お前だけのな」
「僕だけの、起動式……なぜ僕は」
「まぁお前が焦る気持ちも分かるがな」
「もうエリーは出来るようになったんです! 兄の僕がこれではっ! 一刻も早く力をつけ、何かあっても皆を守れるように、それだけの力が欲しいのです!」
「お前は本当に優しい。まぁ、そう急くな! お前も必ず言法を使えるようになるさ。何しろ俺の息子だからな! ガハハッ!!」
もしかしたら、父上の言っていた仮説は正しいのかもしれない。
魔力炉は起動する。だけど、拒絶される感覚。
何か別の力に打ち消されるような。
僕は自分の起動式を見つけるまで言法が使えないのかもしれない。
「それでも!!」
足掻く事しか僕には出来ない。
僕は繰り返し、繰り返し起動式を唱えた。
魔力炉の起動する感覚。
そこに全神経を研ぎ澄ます。
体内を循環する、暖かな熱。
「僕の魔力炉! 僕の思いが伝わるなら、一度でいい、起動してくれ!!」
僕は心からの願いを込め、叫んだ。
だがその思いは虚しく、僕の周りのアストラルは淡い光となって宙に消えていった。
「なぜ……。何をそんなに拒絶するんだ」
歯痒さと、情けなさとが、喉の奥から溢れた。
これまで試行錯誤を繰り返して来た僕の問いかけに、魔力炉が答えてくれる事はなかった。
いつもより集中して鍛錬を行っていたせいか、自分でも気づかないうちに辺りが暗くなり始めていた。
「もうこんな時間か……。いつもよりだいぶ遅くなっちゃったな。そろそろ帰らなきゃマナさんが心配する」
魔力炉を酷使したせいか、身体が少しだるい。
言法を連続使用すると、起動の熱によって『熱だれ』が起こる。
そうなると、身体がだるくなったり、言法の威力が大幅に低下したりする。
ひどい場合気絶してしまう事もあると聞く。
焦っていても無理は禁物だ。
そう言えば、会談は終わったのかな?
なんて事がふと頭に浮かんだ。
それと同時に昼間の出来事も思い出してしまった。
「それにしても癖の強いエルフだったな」
思い出しながら可笑しくなり、僕は笑った。
僕は森を抜け、暗くなり始めている街道を都市の方面に歩き始めた。
都市の外は明かりもなく、地面すらも見えにくくなってきている状況だ。
すると、都市の方面から見慣れた馬車がガタガタと音を立てて進んで来た。
軍の使用する二頭引きの馬車だ。
父上もよく使用しているのですぐに分かる。
夜間に使用するランプを馬車の前に吊るしている。
その後ろを、あのお姫様達が乗ってきた馬車が走っているようだ。
馬車の数が多いが、昼間に都市の外にいたエルフの部隊も合流しているからだろう。
ちょうど会談が終わって帰るところのなのかな?
軍の馬車は護衛の為か。
再び罵られた昼間の出来事を思い出した。
歳の近い友達は都市にも少ない。
出来れば友達くらいにはなりたかったんだけどな。
もしも今度会ったら、普通に会話が出来たらいいな。
だが、そんな平穏な思考を引き裂くかの様に、それは唐突にやってきた。
ドゴォォォォンッ!!
後方から突き上げるような凄まじい轟音。
僕の心臓がドクンッと跳ね上がる。
馬が高い声で嘶き、馬車が僕の前で急停止した。
「ヴェイグ!! 早くこちらに来いっ!!」
聞きなれた声。兄上の声だ!
「兄上っ!!」
僕は兄上のいる馬車の方に急いで駆け寄った。
「何故こんな所にいる! もう帰っている時間だろ!」
兄上が珍しく声を荒らげる。
いつもと違う様子に、僕は身をこわばらせた。
「申し訳ありません。鍛錬が長引き……」
「チィッ! 来るぞぉぉッ!!」
僕の言葉を遮り、兄上は軍に檄を飛ばした。
軍の部隊からも声が上がり、僕も振り返り先程まで歩いてきた街道の先を見据える。
まだ随分先。
夜の帳に紛れ、黒く蠢く何か。
地鳴りが近づいてくる感覚で、かなりの速度で進んで来ていることは理解できる。
街道横の木々が倒される、ミシミシという音も地鳴りに混じって聞こえる。
軍の部隊やエルフの部隊が迎撃準備を進めるなか、それは朧気に目視できる距離まで迫っていた。
あぁ、あれは、知っている。
自我をほぼ持たず、魔族に使役されるだけの存在。
あれは、魔物だ。
次から序章も佳境に入ります。
早くアップ出来る準備をしますので、次話もよろしくお願いします。