1章 30話
満身創痍。
魔族としての覚醒も、もう長くはもたない。
あと一合。
もって一撃。
これで決めなければ、終わる。
エルフィンドル編も終盤。
楽しんで頂けたら幸いです。
呉服屋。
戦闘はまだ続いている。
エルフィンドルの皆も、踏ん張っている。
ダーシェさん、マフィリア先生、サフィールさん、エルフ軍の人達や街の皆、そして。
「……お前も頑張ってるかよ、ナリーシャ」
戦闘音が遠ざかる。
言法が放たれる音も、周囲の阿鼻叫喚も、剣戟の音も。
全てが俺だけをこの場所に残し、何処かへ去っていく。
俺に認識出来るのは、自分の荒い呼吸。
早鐘を打つ心臓の音。
分かっている。
時間はもう、残されていない。
絶体絶命とはこういうものか。
だが、絶命なんてする訳にはいかない。
追い詰められた境地にこそ、自分の本性が現れるという。
俺の場合、やっぱりコレだよな。
ふつふつと湧き上がり、込み上げ。
背中を掻き毟り、脳天まで登り来るコレ。
殺人衝動、快楽欲。
抑えようのない狂気。
こんな状況下でも、安心する。
俺はまだ、復讐を諦めてはいない。
「さぁさぁさぁ。来いよおぉぉ。もう滾って溢れて止まらないよぉぉぉぅッ!」
不謹慎ではあるが、目の前に同類が居ることも妙に安心する。
それも、申し分のない強者。
俺の攻撃は、どの程度通った?
あと何度殴れば、蹴れば地に伏せる?
……今の俺には無理だ。
でも、あの短剣だけは何としても抜く。
この手を届かせる。
他でもない、自分の為に。
「焦るなよ。すぐに殺してやる」
俺がそう言うと、オーガはケタケタと笑う。
「そんな嬉しい事を言う奴は、お前で2人目だぁぁ。……やってみなよ、名も知らぬ魔族ぅ」
「言われなくても。その腹掻っ捌いて内蔵を全部引きずり出してやる」
「あ、あ、ああぁぁあぁあぁぁッ! 想像しただけで、滾るぅぅ!」
オーガは天に向かって叫ぶと、ゆっくりと、だが流れるようにあの構えを取る。
正確に、確実に、俺の生命を刺し貫く為に。
言葉とは裏腹。
どれだけ取り乱そうが、やはり殺気に寸分の狂いはない。
例え目を瞑っても分かる。
あれは、本気だ。
地獄に立つ、1匹の鬼。
次の一撃で決着が着く。
どっちみち、俺は限界。
あと一撃。あと一合。
それだけもてばいい。
この炎が、俺の生命を燃やしているものであっても。
それならいっそ、心置き無くくべられるというもの。
俺はゆっくりと、大きく息を吸い込む。
「炉に、火を入れろ」
再び大きくなる翼。
だがもちろん、いや、やはり先程までの勢いはない。
ここまで来たら、御託は無しだ。
目の前の敵を、殺す。
ただそれだけ。
余計な駆け引きも、小賢しい技も、あいつには通用しない。
真正面から打ち砕かなければ、勝機は見えない。
「形切流殺人術、五之型、一番、錬気抜刀」
意味は無いだろうが、身体強化。
先程の打ち合いで失った小指と薬指。
それでも、拳は握れる。
集中しろ。
この刹那に、全てを賭けろ!
「形切流殺人術ッ!」
「遅いよぉおおぉおぉッッ!!」
地を舐めるほど低い軌道からの突き。
切先は俺の腹を食い破り、剣の根元まで貫通した。
「ッゴプゥッ!」
やはり、今の身体の状態では……。
俺は体内から逆流した血液を大量に吐き出す。
強く握った拳も、力なく解けた。
「あぁ。いい感触だぁぁ。うっとりするよぉお」
耳元でオーガの熱い吐息を感じる。
「……ゆさ……ぶり、かけ……ろ……」
「んん? 何か言ったかぁ?」
「ぜ……零之、型、五番……」
俺はそっと押すように、オーガの胸に手を当てた。
「操風瞬勁・空雷ッ!」
パァアァンッッ!
一瞬の、まさに瞬く間の。
鼓膜を破るほどの凄まじい破裂音。
それは、近くに落雷があった時のような。
目の前のオーガは、全身の穴という穴から血を吹き出し、身体から薄い煙を上げ、倒れた。
……やった、のか?
自分でも、何をしたのかよく覚えていない。
目の前が、暗い。
どっちが上で、どっちが下だ?
全身に鈍い衝撃。
身体を打ち付けた?
何処に?
掌に、頬に感じるザラつきと滑り。
これは、地面か?
俺は倒れた、のか?
「……ま、まだ、だ!!」
腕を前へと伸ばし、顔を魔物、魔族の血に埋め、必死に地面を搔く。
生臭さが鼻をついた。
前へ。
前へと。
ここが俺の終わりじゃない。
まだだ。
まだ何も、成し遂げていない。
感覚の薄れた指先に当たる、鈍い感触。
血塗れの顔を上げ、見た先。
フィルスの短剣。
俺は残った気力を振り絞り、短剣を地面から抜いた。
その勢いで仰向けに倒れる。
身体を起こせない。
辛うじて見える視界には、青空が垣間見えた。
昼間だというのに、星が見える。
キラキラと、降り注ぐ流星。
……そうか、絶魔地帯は解けたのか。
あれはエルフィンドルから降る星。
無数の言法。
「いやぁー。やられちゃったよ」
!!!!
俺は声の方に視線だけを動かす。
生きて、やがったか。
「 こんなにやられたのはいつぶりかなぁ? 200年ぶりくらいかなぁ? いててぇ」
どんだけのバケモンだよ。
「今回は君の頑張りに免じて、僕は引くとするよぅ。次会う時は、本気で殺し合おうねぇ。今から楽しみで、滾るなぁぁ」
足音が、遠のいていく。
「そうだぁ。僕の名前はエルザァ。王の盾、スクート=アブ=レィジの一人さぁ。それじゃあ、また絶対に殺ろうねぇ」
気配が消えた。
遠くで、ネヌファの呼ぶ声がする。
あぁ、俺は、ここだ。
……もう、何も、聞こえな、い。
それにしても。
綺麗な星空だなぁ。
俺の意識は、そこで完全に途切れた。
読んでいただきありがとうございました。
1章のエルフィンドル編も終盤です。
2章突入までもうしばしお付き合い下さい。
新連載の「滅びの世界のディーチーダ」も3話まで更新済みです。
宜しければお読みください。
Twitterのフォロー、ブクマ、感想、評価、レビュー等々励みになるのでよろしくお願いします。
@_gofukuya_
呉服屋。




