1章 29話
あのオーガは、強い。
それでも、諦める訳にはいかない。
生きる為に。生き残る為に。
万に一つでも、億に一つでも、可能性がある限り。
どれだけの屍を積み上げる事になっても。
楽しんで頂ければ幸いです。
思考が途切れる。
いや、途切れそうになる。
殺人衝動と、快楽欲。
その両方が俺の正常な、いや、もはや異常か。どちらでも構いはしないが、意識を混濁させる。
この狂った力が俺の全て。
それでも、呑まれる訳にはいかない。
だが、使わなければ勝機はない。
万に一つ、億に一つ、それ以上に確率は低いだろう。
それほどまでに、あのオーガは強い。
遠く。
頭の片隅でネヌファの声が聞こえる気がする。
幻聴かもしれない。
たとえ幻聴であっても、聞いてやる余裕はない。
突進した俺は、冷静ではあった。
視界内の敵戦力の分析。適切な捌き方。優先順位。
一つ動作を間違えるだけで、その先に待つのは確実な死。
正直なところ、オーガさえ何とか出来れば、あとはどうでもいい。
殺れ。
殺るんだ。
未来をこの手に、掴み取る。
「形切流殺人術、五之型、一番、錬気抜刀」
俺は呟くように詠唱する。
「流技、乱風、留まれ。零之型、二番、操風・瞬迅」
出し惜しみはなしだ。
それでもきっと、どうにもならない。
でも、相手が自分より強いことが、俺の引く理由にはならない。
なってはならない。
じゃあ誰がやるんだ?
俺よりも強い奴がか?
そんな都合のいいことが起こるなら、誰も努力なんてしない。
誰も、奇跡なんて望みはしない。
世界がそんなに優しい筈が無い。
だから、前に進むと決めたんだ。
立ち止まらないと決めたんだ。
例えそこが、地獄でも。
ケタケタと笑う眼前のオーガ。
どんな状況であろうと、纏う殺気はブレはしない。
やはり手練。
「いくぞ? いくぞ? 細切れにして魔物の餌にしてやるよぉー!」
またあの構え。
目線の高さまで剣を上げた、独特の。
来る。
次は、捉えるッ!
刹那。
眉間の前まで迫る剣。
切先が俺の皮膚をぷつっと裂く。
上体を思い切り捻り、躱す。
だが切先はそのまま瞼を切り裂き、流血。
視界を紅く染め上げる。
何とか、死ななかった。
あの構え。あれは間合いを読ませない為。
目線の高さまで剣を上げれば、俺からは刀身が見えない。
そして、切るではなく、突く。
徹底した間合い、感覚潰し。
俺には、一瞬で剣が伸びた様にすら感じる。
練り上げられた、殺人剣。
「避けるなよーっ! 早く殺させてくれよーっ!」
オーガは身を翻すと、俺に向かって突進。
超高速の刺突の連撃。
捌ききれなかった剣が俺の右大腿を貫いた。
「グゥッッ!」
鋭い痛みが身体に走る。
と同時に、俺の背後に迫っていた魔物の身体が千切れ飛んだ。
もう味方もお構い無しかよ。
この戦闘狂がッ!
至近距離でも切先、いや、刀身が見えない。
速すぎて、残像すら認識出来ない。
防戦一方。
「……クソ……がぁぁあぁぁッッ!!」
俺の身体強化なんて役に立たない。
肉が削がれ、血が吹き出す。
正しく、血煙。
……意識が、狩られる……。
ドガァァンッ!
地面が大きく割れる。
俺は、強く一歩踏み込んだ。
「……落ちて、たまるかぁあぁアぁァアあァーーッッ!!」
俺を包む突風。
それは次第に一点へと収束する。
「形切流殺人術! 震え、爆ぜろ! 零之型、一番、振空ぅあぁぁらぁあぁッ!!」
右の拳が空を裂き、凄まじい破裂音と共にオーガに直撃。
……する訳もない。
「その細身の剣で、これを受けるかよッ! バケモンがぁッ!」
俺は大きく息を吸うと、歯を食いしばる。
「流技ッ! 一之型、六番、瞬勁!」
大腿部、その他無数の傷口から血が吹き出す。
振空からの流技。
当てた拳を更に通すッ!
オーガの身体が宙へと浮いた。
しかし、後方から魔物の大軍。
「ちぃッ! 流技! 風刃疾く駆け、薙ぎ払え! 零之型、三番、隼!」
振り返りざまに技を放つ。
ミノタウロス、ドラウグル、ゴブリンにボブゴブリン。
千切れ飛ぶ、四肢。
千切れ飛ぶ、臓物。
粘性の高い血液が地面にびちゃびちゃと打ち付けられる。
鈍痛。強い衝撃。
視界が明滅し、全身を熱が襲う。
よろめいた身体を必死に踏ん張って制御する。
左側方。
リッチからの火球言法。もう一撃、来るッ!
「じゃぁあまぁだぁあぁーッ!!」
強化した拳で勢いよくそれを弾く。
視界から弾き出され、消える火球。
その影。
水の槍。光る瞳。
変形する先端が俺の喉元に迫る。
身体を半身にしながら、リザードマンの懐に滑り込む。
そしてその腹にそっと肘を当てた。
「形切流殺人術、一之型、六番、旋雷!」
口から大量の血を吐き出し、リザードマンはその場に崩れる。
それとほぼ同時にチリチリと首の後ろが痺れた。
「流技! 二之型、四番、凪刀ッ!」
旋回しながらの手刀。
小指、薬指がぼとぼとと落ちる。
打突をずらせた分、威力を殺せたか。
「いいねぇいいねぇ。たまらないねぇ。よく受けるねぇー!」
「危機察知能力ってやつだよ。お前も分かるだろ?」
「分かるよぅー。こんなに楽しいのはいつぶりだろうなぁー」
「奇遇だな……俺もさッ!」
俺の中段蹴りが宙を切る。
一瞬で間合いを取られた。
呼吸が浅い。
目も霞む。
脚に力が入らない。
……血を流し過ぎたか。
胸から出ている炎も小さくなってきている。
時間が、もう長くは残っていない。
流れ出た血液と、臓物で足元が泥濘む。
オーガはまたあの構え。
次、波状攻撃があれば、もうもたない。
ここで……決める。
小刻みに震える身体をぐっと押さえ込み、一つ深く息をする。
足場を慣らし、腰を落とす。
「次で殺す」
「嬉しい事言うなよぅー。俺もそう思ってたぁー」
周囲の雑音が遠ざかる。
極度の集中。
上質の死地。
この場面でこの表情を出来るから、俺達は狂ってる。気が触れてる。そうだろ?オーガ。
俺の口元は、醜く歪んだ。
読んでいただきありがとうございました。
エルフィンドル編もあと数話で終わるかと思います。
また暇な時間に読んでいただければ幸いです。
自分事ですが、今回新しく連載も始めましたので、そちらの方も是非お願いいたします。
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呉服屋。




