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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
1章 エルフィンドル編
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1章 25話

出来るだけの事をすると言ったネヌファ。

そんなネヌファの提案は、意外な内容だった。

それでも、一縷の望みがあるのなら、それにすがる他ない。

己の正義を、貫く為に。


楽しんで頂けたら幸いです。

呉服屋。

 俺の人生の中で、強くならねばならないと思ったことは幾度もある。

 それは敵がいて、倒さねばならないから。

 必要だから強くなる。

 それが本当に、強さというものの本質であるならば、それも強さと呼べるだろう。

 だが、心から強くなりたいと、そう願ったことは一度もない。

 強さを願ったことは、ない。

 つまり、俺の強さは一時しのぎの付け焼き刃。

 誰かを、何かを殺す為の、手段に過ぎない。

 殺す為の、奪う為の強さ。

 人間として、心の在り方としての強さは、俺にはない。

 そんなものは、とうの昔に諦めた。

 殺せたから、相手よりも強かった。

 死んだから、相手よりも弱かった。

 それだけが俺の物差しだ。

 これがズレていることは、十分理解している。

 でもこれが、戦場では全てだった。

 唯一の真理、唯一の正解だったと思う。

 殺し続けること。

 要は、勝ち続けることは容易ではない。

 たとえ勝っても、何かが失われていく気がした。

 言い様のない、例えようの無い喪失感。

 最初はそれが、顕著だった。

 そして、次第に増していく重圧。

 生命に物質的な重さがあるのなら、きっとそれが原因なのだろう。

 殺す度に、重くのしかかる。

 脚を掴んで離してくれない。

 それもいつしか心地よくなり、気づけば心は壊れきった。

 命令があれば、戦い殺す。

 請われれば、戦い奪う。

 幾度も繰り返し、残った感情は、愉悦。

 そんな俺が今感じているのは、不思議な幸福感だ。

 戦う場を、生命を賭ける理由を、自分で選択出来る。出来ている。

 自分ではその位しか思いつかない。

 心を満たす、この感情の意図を。

 踏み出す一歩一歩が、俺を死地へと誘う。

 それでも俺は、湧き上がる感情を優先した。

 脚を止めなかった。

 戦って、敵を殺す。

 俺の正義を、貫く為に。



 目の前は、木製の巨大な門扉。

 俺とネヌファは正門へと到着した。

 相変わらず漂って来るのは、焦げた木の臭いと、死臭。

 呼吸を一つすると、胸の傷が痛んだ。

「ヴェイグ。頼んでおいてなんだが、本当に大丈夫なのか?」

 俺の反応に気付いたのか、ネヌファが声をかけてくる。

「……大丈夫です。どのみちやるしかないですから」

「先程も言ったが、覚醒の負荷は相当なものになるだろう。最悪、その場で死ぬことも有り得る。……それでも、やるのか?」

 真っ直ぐに俺を見つめるネヌファ。

「しつこい。それでも障害は排除する。俺の正義は邪魔させない」

「……分かった」

 ネヌファはそう言うと、ぬかるんだ地面へと降り立った。

「なんだ? 汚れるから浮いている方がいいだろ?」

 先程の会議で話して以来、言葉が定まらない。

 まぁ、もう敬語でなくていいか。気にしてないみたいだし。

「出来る限りの事はすると言ったろう? 私は嘘が嫌いだからな」

 どうだか。


 それでも大精霊が力を貸してくれるのなら、心強いのは確か。

 少しでもリスクは軽減しておきたい。

「それで、何をしてくれるんだ? ほっぺにチューとかか?」

 俺がそう言うと、ネヌファの頭上にハテナが浮かぶのが見えた。

 いや、実際は見えてないが。

「……チュー、とはなんだ? どういう行為なのだ?」

 そこ拾っちゃうかぁー。

 軽く流すとこだろー。

「い、いや。何でもない」

「分からないのは気持ちが悪いだろう?」

「ほんとに何でもないからっ! すみませんっ!」

 俺が声を張ると、ネヌファは納得出来ないながらも、話をもとへと戻した。

「精霊である私に出来ることは少ない。それでも、出来る最大限のことをしよう」

「だから、それは何なんだ?」

 まくし立てる様にネヌファに問いただす。


「契約だ」


 予想だにしない返答に、俺は息を飲んだ。

 だって、それは……。

「それは……メウ=セス=トゥをするということか?」

 あれは、負の遺産。

 成功例は限りなく少なく、ほとんどが失敗。

 そして、失敗すれば確実な死が待ち受ける。

 ギルセムの顔が、頭に浮かんだ。

「あれは、邪法だ。正式なやり方ではない」

 ネヌファは不機嫌そうな顔でそう言った。

 正式な、やり方?

 それじゃあまるで、正式なやり方があるみたいじゃないか。

「契約言法は、ほぼ成功しないんだろ? そんなの危険過ぎる!」

 俺はネヌファに言い放った。

「あんなのと一緒にするな。本来であれば、失敗などしない。あれは精霊が用いる言法だからな」

「そ、そうなのか?」

「そうなんだ!」

 そう言うと、ネヌファは頬を膨らませた。


 ……可愛いな。チクショウ。


 ネヌファの説明によると、本来契約言法というものは、精霊が他の種族と結ぶ為の言法であるとのことだった。

 精霊が心を許し、その者の為に全てを捧げると誓った時にだけ、行うことを許された誓約。

 契約者の魔力炉にアストラルのパスを繋ぎ、力を受け渡す。

 パスは一度繋げば途切れることは無く、その先ずっと保持される。

 一方的に解除する事も出来ない。

 生と死という概念が、二人の間を分かつまで。

 言葉通りの、契りだと感じた。

 だが、精霊が生み出す膨大なアストラルを受け取ることが出来る。

 ほぼ無尽蔵に。

 受け手の身体が、魔力炉の負荷に耐えられればの話だが……。

 これを応用して無理矢理に造られたのが、メウ=セス=トゥ。

 魔族が造りし禁忌の邪法。

 だからこそ成功率は高くない。

 高くあってはならないとの事だった。

 正しい契約でもメリットも、デメリットもある。

 でも、覚醒の成功率を上げるには、申し出を受ける他ない。


「これは、特例だ。本来であれば、大精霊が一個人と契約を結ぶことなどない。それこそ世界の調和が乱れかねないからな。それだけ特殊だということは理解しろ」

 それは分かっている。

 属性を司る一柱と契約するんだ。

 影響が出ても不思議じゃない。

「分かった。ネヌファがそこまでしてくれるのなら、俺に異論はない」

 俺がそう言うと、ネヌファは深く頷いた。

「光栄に思えよ? 大精霊だぞ?」

「分かってるよ! 本当にありがとうございますっ!」

 俺が投げやりに言葉を吐くと、ネヌファは小さく笑った。


「……お前は面白い。見てて飽きない。……死んで欲しくないからな……」


 細めた目が、霞んで見えた。

 揺れる髪が。

 潤んだ口元が。

 白い肩が。

 この世のモノとは思えない程綺麗で。

 見蕩れた。

 でも、俺を見ていない。

 ネヌファは俺の向こうに、誰かを重ねている。

 そう、確信した。


「時間が無い。早速契約を」

 ネヌファはそう言うと、俺の方へと歩み寄る。

 もう、目の前だ。

「手を出して、指を絡めろ」

 俺は言われるがまま、ネヌファの細い指に触れた。

「早くしろ!」

「は、はいっ!」

 細いのに、柔らかい。

 それに、いい匂い。

「そ、それでっ、俺は何をしたらいい?」

 俺は誤魔化すように言葉を発する。

「質問に答えるだけでいい。目を瞑って、集中しろ」

 ネヌファは少し屈むと、俺の額に自分の額を当てた。

 か、かか、顔が、顔が近いっ!!

「集中しろ!」

「はいっ!」

 俺は瞼を閉じ、意識を集中した。

 額が熱い。

 不思議な感覚だ。

 確かに触れているのに、その実、感触は薄い。

 これが、直接物質に干渉出来ない精霊という存在なのか。


「汝は契りを交わし、私、ネヌファを受け入れ、共に歩むことを誓いますか?」

「ち、誓います」

「どんな時も、共に存在し続けることを誓いますか?」

「……誓います」

「私が精霊であっても、分け隔てなく接することを誓いますか?」

「誓います」

「先に死なないと、誓いますか?」

「誓います」


 ネヌファの口から、幾つもの言葉が紡がれた。

 これが、必要な事なのかは俺には分からない。

 でも、ネヌファの言葉の端々からは、哀しさが伝わってきた。

 孤独が伝わってきた。

 精霊は、他とは明らかに違う存在。

 絶望さえ、感じるのかもしれない。

 感じるものも、生きる時間も、余りに違い過ぎる。

 きっと、そうなのだろうと思った。


「私は、貴方の傍に。エゴ=プロクシモ=トゥ」


 額の熱が、より強くなる。

 その熱が全身へと行き渡るのを感じた。


 俺が目を開けると、ネヌファは、泣いていた。


「……どうして。どうしてお前は戦える? あれ程の苦痛と、あれ程の死を目の当たりにして。何故平然と歩める?」

 とめどなく流れる涙。

 唇が、震えている。

「……なんの話だ?」

「お前はもっと讃えられるべきだ! それだけの事をやってきたはずだ!」

 それ以上、何も言うな。

「それなのに!」

「黙れっっ!!!!」

 俺の怒声に、ネヌファは口をつぐんだ。

「見たのか? 俺の過去を」

「……すまない。こんな事は起きないはずなのだが……」

「別にいい。でも、それ以上何も言うな。他の奴にも話すな」

「でもお前は……」

「なあ、ネヌファ。人を殺しても、胸を張って生きられる奴って、どんな奴なのか知ってるか? 俺は、知ってる」

 そう言うと、ネヌファは俺をじっと見つめた。

「お伽噺だろうが、何だろうが、いることは確かにいる。まぁ、ここからは俺の持論なんだがな」

 ネヌファは俺を見つめたま、涙を流し続けていた。

「例えば、勇者。勇者は生命を奪っても、世界の多くの人々を幸せにする。だから胸を張れる。……例えば英雄。英雄は、自分の壮大な夢に、他人の夢も乗せて遠くまで走り続ける。だから胸を張れる。……じゃあそれ以外は?」

 俺の問に、ネヌファが応えることは無い。

「ただの、人殺しだ。正確には、勇者も、英雄も、ただの人殺し。でも、他人から感謝されたり、良い行いが大きければ大きいほど、人殺しという事実が霞むだけ。……お前には、分からないだろうがな」

「それでもっ!」

 ネヌファは取り乱ながらも、声を振り絞った。

 キラキラと、涙が宙を舞った。

「そんなの……あんまりだろ……」

 ネヌファの言葉は、力なく地へ落ちた。


「今は、いい。戦いに集中しろ。ここを乗り越えなければ、どのみち先は無い」

 俺の言葉に、ネヌファは涙を拭って応えた。

「……そう、だな……」


 この扉の先は、間違いようのない死地。

 一つのミスが、生死を分ける。

 俺はネヌファと共に、結界が解かれるのを静かに待った。


読んでいただきありがとうございます。


ネヌファとの契約を行ったヴェイグ。

いよいよ決戦の時を迎える。

結界が解け、扉が開けばそこは戦場。

ヴェイグの戦いの行方は、どうなるのか。


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_gofukuya_ 呉服屋。

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