1章 24話
己の信じる正義の為に戦うと決めたヴェイグ。
それに応じたネヌファ。
ただ一つの可能性に賭け、活路を見出そうとする。
エルフィンドル編も佳境。
戦いの行方は……。
楽しんで頂けたら幸いです。
俺の出した答えは、あまりにも独善的なものだ。
そんな事は、誰の目からも明らか。
自分の為に。
己の復讐を果たす為に。
前世の俺は、こう思っていた。
いや、思っている時期があったという方が正しい。
誰かの為に。
誰かの幸せの為に。
他人を助ける事が、結果的に自分の幸福にも繋がる。
まず、他人ありき。
間違っているとは思わない。
むしろ、素晴らしい考え方だろう。
人は独りでは生きづらい。
ただ俺は失敗した。
心の何処かで、見返りを求めてた。
これだけやったから、何かいい事があってもいいだろう。
感謝の言葉をもらえるだろうと。
正しい事をしていると疑わず、傷付いた仲間達を救い続けた。
だがそれは、受動的な自己満足。
詰まるところ、偽善に酔っていただけだ。
それでは戦争は終わらない。
毎日誰かが死ぬ。
昨日笑って話した奴も、次の日には死体となる。
そうなって初めて、間違えに気付いた。
力があるのに、前線で戦わない。
その責務を果たさない。
これは罪じゃないのか?
俺は能動的に動かず、真実から目を逸らしていただけだ。
たかが一兵卒が出来ることはほとんど無い。
一人で戦争を終わらせることなど出来はしない。
出来る事といえば、一人でも多くの敵を、殺す事だけ。
俺は争いが嫌いだった。
殴るのも、殴られるのも嫌いだった。
だから、形切流も大嫌いだった。
人を傷付けるこの流派の本家に生まれた事を、心の底から嫌悪した。
祖父のように、父のようになるまいと、必死で抵抗していた。
それでも結局、俺にはこの殺人術しかない。
俺は立派な殺人者に育て上げられていた。
来る日も来る日も前線で人を殺す。
苦痛だった。
毎晩、夢に殺した相手が出てくる。
生温くまとわりつく臓物の感触に、むせ返る鉄の臭いに、何度も嘔吐した。
それでも俺を突き動かしたのは、純粋な願いだったと思う。
一人殺せば、一人助かる。
二人殺せば、二人助かる。
俺が殺した分、誰かが人を殺さずに済む。
そんな純粋で、歪んだ願い。
願いや、希望を抱く権利は、誰にだって平等な筈だ。
こんな、俺でも。
気付いた時には、俺の感情は壊れていた。
……いや、苦痛から逃げる為に、殺し続ける為に、自分から壊したのだ。
苦痛を、快楽に置き換えて。
一番なりたくなかった、嫌悪していた、殺人人形になった。
そうやって、殺し続けた。
それでも家族の、とりわけ妹の存在は大きかった。
俺をぎりぎりの所で人間に繋ぎ止めてくれていたんだと思う。
それを失った時に悟った。
俺の掌は、何もすくい上げてはいない。
全てを取り零したんだと。
何も出来ないくせに、あれもこれもと欲張った。
結局、何処まで行っても偽善者。
だからもう欲張らず、一つだけを選択した。
国の勝利でもなく、共に戦った兵士達でもなく、ましてや見知らぬ国民の為などではない。
己の復讐。
この為だけに生命を使うと。
そうして俺は、死んだ。
俺が転生した事に意味があるのかは知らない。
だが仮面の男が言うように、無意味でないのなら、簡単に死ぬわけにはいかない。
立ち塞がる脅威は排除する。
必ず。
「自分の正義……その為に生命を賭けると?」
一瞬の静寂を破り、ネヌファが口を開いた。
その眼差しは少しの陰りもない。
「むしろ、その為にしか生命を使う気はない」
俺も真っ直ぐにネヌファを見つめ返す。
「……やはり、似ているな……」
「……何だって?」
「いや、こっちの話だよ」
ネヌファは優しく微笑んだ。
「お前がやる気なのは有難いが、分かっているのか? 魔力生成器官を使うという事が、何を意味するのか?」
「……魔族としての、覚醒」
それは、魔族なら当然理解している事。
そして遅かれ早かれ起こりうる事実。
「普通は少しずつ覚醒が始まり、自然と魔力生成器官の使い方を覚えると聞く。そして覚醒は、その魔族の特性に大きく影響を受ける」
そう。
これが魔族を最強種足らしめる一つの理由。
「特化成長」
親父の様なライカンスロープなら、接近戦闘に適した屈強な肉体。大柄な体躯。
マナの様なリザードマンなら、攻撃を防ぐ為の硬い外皮。湿地帯での安定した行動を可能にする水かき。
覚醒、つまり魔力生成器官が使えるようになると、その魔族に相応しい様に身体が変化する。
効率的に、より強く。
「魔族なら当たり前の事だが、お前ならどうだ? ヴェイグ」
ネヌファは真剣に俺に問う。
「……正直、どうなるか分からない。何も起きない事も有り得る」
「そして、人間である肉体が耐えきれず、死ぬことも、な」
分かっている。
恐らく俺は、魔族として不良品。
ネヌファの言う通り、覚醒の負荷に耐えられないかもしれない。
覚醒に成功しても、人間としての特性なんてものはない。
急激に強くなる、なんて事も期待は出来ないだろう。
それでも、可能性はこれしかない。
「ただでさえ無理矢理の覚醒になるんだ。かなりの危険が伴う。それでも、やるのか?」
「……やるさ。奴ら全員皆殺しだ」
俺がそう言うと、ネヌファは呆れた顔で息を吐いた。
「まったく。その言い草、どちらが悪党か分からないな」
「悪党で結構。俺は前に進むだけだ」
「そうか。ならば、私も出来るだけの事はしよう。お前が死なない様にな」
ネヌファはそう言うと、ふわりと床に着地した。
「皆を呼んで来い。策を話す」
「……俺はこれでも怪我人ですよ?」
「いいから呼んで来い」
「……はい」
俺は部屋を出て、渋々皆を呼びに行った。
皆が部屋へと戻ると、ネヌファは淡々と策を話した。
今置かれている状況。
フィルスの短剣。絶魔地帯。
勝機は限りなく薄く、賭けの要素が強い事。そしてそれは、俺にしか出来ない事。
ダーシェさんは渋い表情で聞いていた。
やはり、分かってはいたのだろう。
マフィリア先生とサフィールさんは、驚いた表情をしていた。
……ナリーシャは、ダーシェさんの隣で泣いていた。ただ、ひたすらに。
「ヴェイグ君。本気かい?」
なんて顔してるんだよ。ダーシェさん。
「助ける為にやるんじゃない。自分の為にやるんです」
「出来るわけがないわ! 相手は約30人の魔族と、500匹以上の魔物よ!」
先生が声を荒らげる。
「それでもやるんです。何もせずに死ぬのは御免だ」
「あなたみたいな子供がどうにか出来る問題じゃない!」
「……ごちゃごちゃうるせぇな。嫌ならさっさと逃げればいい」
俺がそう言うと、室内は静まり返った。
「ヴェイグ。もう少し言葉を選べ」
ネヌファが俺を諌める。
「俺が決めた事だ。異論は認めない」
「……生きて……帰ってくる、よね……?」
ナリーシャが泣きながら言葉を絞り出した。
ダーシェさんの袖を強く掴みながら。
本当に、心配してくれてるのかな。
全く。厄介なお姫様だ。
妹を……思い出す。
「生きる為に戦うんです」
「……ほんとに?」
「本当です」
「……死なない?」
綺麗な緑色の瞳から、大粒の涙が零れる。
「約束を守ると言ったでしょう? 生きて帰って来ます」
ただの口約束だ。
「……私の下僕なんだから、し、死んだら許さない、からぁぁ!」
かすれる声。
力のない罵倒。
重なる。かつて守れなかったモノ。
それでも、心を殺し、己を殺し、俺はやるべき事をする。
何よりも優先するのは、己の正義。
俺はもう、欲張らない。
「ヴェイグが短剣を何とかする。短剣1本では、絶魔地帯は完全じゃない。そうなれば言法が通るはずだ。そこで一気に畳み掛ける。万が一失敗したら、仲良く死ぬだけだ」
ネヌファの言葉に、皆は小さく頷く。
「分かっています。もう覚悟は出来ています」
ダーシェさんの表情には、王としての威厳が戻って来ていた。
「準備が整い次第始めます。まだ戦える者達にも作戦を伝え、いつでも突撃出来る態勢を取らせてください」
俺の言葉にマフィリア先生とサフィールさんが応えた。
「各々の奮闘に期待する」
ネヌファのこの言葉で会議は終了した。
それぞれが部屋を後にする。
ダーシェさんはナリーシャを連れて。
その後ろをサフィールさんが追った。
俺とネヌファも出ようとしたその時、マフィリア先生に呼び止められた。
「ヴェイグ! 私は魔族が嫌いだ!」
今更な発言に、俺は振り向きもしなかった。
「過去から現在まで、多くの仲間の生命が魔族によって奪われてきた。私の、両親もそうだった」
……そうか。
ありきたりな話だが、嫌って当然だ。
「これからも、決して許すことは出来ない。それでも、あなたには感謝しているわ」
「感謝? そんな覚えはありませんが?」
俺は振り向かずに言い放った。
「……ギルセムの事。終わらせてくれて、ありがとう……」
俺はただ、殺しただけだ。
礼を言われる様な事じゃない。
それに……。
俺はゆっくりとマフィリア先生の方へ振り返る。
「礼ならもう、グーデンさんから言われてますから」
「グーデンさんが……。そう。そうだったの……」
先生の瞳が、僅かに揺れた気がした。
宿屋を出ると、俺とネヌファは正門の方へと向かう。
傷口は、辛うじて出血していない。
動くと痛む。満身創痍。
だが、不思議と恐怖心はなく、身体には力が入る。
そして何よりも、懐かしい。
転生したのに、前世みたいだ。
度重なる死地。
心地の良い、戦場の空気。
やはり俺は、狂ってる。
湧き上がる衝動が、そう確信させる。
早く、速く、疾く。
敵を殺せと。
読んでいただきありがとうございます。
次の話からヴェイグの戦闘に入ります。
己の正義の為に戦うヴェイグ。
魔族としての覚醒は、どのような影響を及ぼすのか。
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