1章 23話
突然現れたネヌファ。
そして、ネヌファは一つの可能性を持ってくる。
それはヴェイグも想像しうるものだった。
楽しんでいただけると幸いです。
「いきなり呼び捨てとは、偉くなったものだな、ヴェイグ」
およそ見た目や雰囲気からは想像もつかないような低い声に、その場の全員が凍りついた。
どうやら絶世の美女は、ご立腹のようだ。
「あっ……。いや、その……突然だったもので……」
「……まぁいいさ。生きてて何よりだ。助けた甲斐があったよ」
そうだ。そうだった。
俺はあの時、ネヌファに生命を助けられた。
ネヌファがいなければ、高い確率で死んでいたと思う。
礼を、言えてなかったな。
俺は踵を揃え、ネヌファに向き直った。
「助けて頂き、ありがとうございます。ネヌファさんがいなければ、あの場で死んでました」
一瞬だが、ネヌファは意外そうな顔をした。
そして、微かに笑った。
「……なに、知らない間柄じゃないんだ。知人が死ぬのは寝覚めが悪いだろう? それに、生きてるってだけで、怪我は酷そうじゃないか」
ネヌファは空中で脚を組み替える。
……ちぃ。もう少しで見えそうだったんだが……。
「何を考えている?」
ネヌファの呼び掛けに、大きく身体が跳ねた。
「いっ、いえっ! 怪我も大したことないですから! いやほんとに!」
俺はブンブンと腕を振ってみせる。
若干声が上擦った。
……恥ずかしい。
隣を見ると、ナリーシャが凄い目で俺を見ていた。
「……ヴェイグ君。そちらの女性は?」
ダーシェさんが皆の疑問を代表して投げかけてくる。
だがその疑問に対し、俺にも一つの疑問が浮かんだ。
ネヌファはこの森を治めていると言った。
ダーシェさん達も知らないのか?
俺が言い出すよりも早く、ネヌファは音もなく床へと降り立った。
「お初にお目にかかる。君が今のエルフの王か?」
ネヌファは優雅に会釈をした。
「いかにも。私が今の王、ダーシェです」
「そうか。なるほど……。力は薄れても、緑眼の力は健在か」
ダーシェさんの警戒の色が濃くなる。
ナリーシャも、俺の上着の裾を強く掴んだ。
「すまない。まだ名乗っていなかった。私はネヌファ。大精霊が1柱。風を統べる者です」
……。
沈黙。
「えぇぇええぇぇえぇーーっっ!!」
本当に驚くと、こうも無意識に声が出るのだろうか。
ここにいる皆が声を揃えて叫んだ。
「だっだだっ大精霊様ぁぁー?!」
ダーシェさんの顔、傑作だ。
マフィリア先生も、サフィールさんも、顎が外れるくらい大口を開いて硬直している。
ナリーシャ、白目剥いてるし。
あれ、気絶してる?
「どうかしたか?」
ネヌファの声で皆が我に返る。
そして、それと同時に跪いた。
「大精霊様とは知らず、大変な御無礼を……」
「構わんよ。暫く顔も出して無かったからな。無理もない」
暫くって。
それって数百年単位での話だろ?
それにしても、只者ではないと思っていたが、まさか精霊だったとは。
しかも風の。俺の適性。
色々と知っていた訳だ。
「ヴェイグはあまり驚かないのだな」
「十分驚いてますよ。驚きすぎて、逆に冷静になっちゃいました」
「そうか。やはりお前は面白い奴だな」
ネヌファはまたも微笑む。
そして気づく。目が、笑っていない。
「それで、ネヌファ様。まだ手があるとは、どのような……」
随分話が脱線してしまった。
今は、楽しく雑談をしている時ではない。
生きるか、死ぬか。
……いや、どう死ぬか。そういう事態なのだ。
「この国が助かるかどうかは分からん。これ以上死人が出ないかは分からん。正直、賭けの要素が強い策が一つだけある」
「その策とは、一体……」
ネヌファの策に、一同が食いつく。
「だが、その前にヴェイグと2人で話をしていいかな?」
「それは、もちろんですが……」
「ならばすまないが、皆席を外してくれ」
ネヌファの提案を受け入れ、ダーシェさん達は部屋を出ていった。
ナリーシャは、渋々といった様子だったが。
静寂。
2人きりの空間。
緊張感は漂っているが、息苦しさの様なものは無い。
それに、ネヌファの話は、大体予想がついている。
「策の話だが、分かっているのだろう? お前は馬鹿では無いはずだ」
ネヌファはそう言うと、再び宙へと舞う。
「……何となくは、分かっています」
「歯切れが悪いな。……魔族は、フィルスの短剣を持ち出した」
「フィルスの、短剣?」
短剣と言うからには、何らかの武器か?
「あれは、旧時代の遺物。もう失われたと思っていたが……」
ネヌファは、ゆっくりと瞼を閉じた。
「あの短剣は、魔族の手によって製作されたアーティファクト。全部で3本の短剣が過去の戦いで使用された。そして、全て破壊されたと聞いていた」
アーティファクト。人工物。
ただの短剣であるわけが無い。
強力な言法が付与されている、とかか?
「そんなに、まずい代物なんですか? たかが武器ですよね?」
そう。
武器の存在を軽んじる訳では無い。
言法が主流で、多様な世界では、どうしても霞んでしまうだけだ。
「たかが武器、か。でもあれの恐ろしさは、もうお前達も見ている」
見ている?もう?
「アストラルの切断」
……なるほど。
これで全ての辻褄が合う。
マフィリア先生の言法が通じなかったのも、グーデンさんが死んだのも、これのせいか。
「直接切りつければその部分はアストラルが流れなくなり、言法が使えなくなる。未来永劫。ならばそれを地面に突き立てたら、どうなる?」
「……大地を流れるアストラルを、断つ」
ネヌファは小さく頷いた。
「その通り。大地からアストラルが消えても、大気にはアストラルが存在するという考えは間違いだ。その流れは絶妙な均衡の中で成り立っている。全てに満ちているからこそ、その恩恵は発揮される。つまり、魔族軍が布陣しているあの一帯には、アストラルが存在しない」
聞いたことがある。
この世界には、アストラルが存在しない土地があると。
その名は。
「絶魔……地帯」
「よく知っていたな」
珍しくネヌファが関心している。
「文献で見たことがあっただけです。でも、実際の絶魔地帯は、世界面積のおよそ1割にも満たないと……」
「そうだ。そんな土地は滅多にない。本来ならば、あってはならない」
ネヌファの表情が強張る。
「言法が通じない。使用出来ないとなれば、外壁の外の軍は、間もなく全滅です。どうしたら……」
「1本だけであれば、その効果範囲は限定される。上手く立ち回れば少しの間はもつだろう」
少しの間、か。
恐らくは、それも一瞬だ。
「馬鹿ではないヴェイグよ。お前はこんな話を聞かなくても分かっていたはずだ。逃げるにしても、時間稼ぎは必要になる。戦うにしても、手立てがない。ただ、一人を除いては」
分かっていたさ。
ただ一つの可能性。
これしかない事には気付いていた。
「魔族である、俺」
「正解だ」
魔族は、アストラルが無くても自分で創り出すことが出来る。
魔力生成器官によって。
だからこそ、魔族軍側もこの作戦で来たのだろう。
手強いエルフを、狩るために。
「ヴェイグ。私はお前を気に入っている」
??
いきなりの話の転換に、思考が停止してしまった。
さぞかし間抜けな顔をしていたと、そう思う。
「この森は、長いこと私が治めてきた。だから愛着もあるし、手放したくもない。ここに住むエルフ達も、我が子のように思っている。だから今回の件に対して大いに怒りを覚える。でも、アストラル体である精霊は、物質に直接影響を及ぼす事が出来ない。情けない話さ。何とかしたい気持ちはあるが、必ずしもお前がやるべき事じゃない」
俺は、話の内容を掴めずにいた。
「私はな、ヴェイグ。お前を逃がしに来たんだ」
……ああ。またか。
「お前はこんな所で死ぬべきじゃない」
またなのか。
「私が力を使えば、一部の者だけなら無事に逃せる」
逃げる?俺が?
「全滅を免れるには、これしかない」
ふざけるな。
「直ぐに支度をしろ。王達も一緒に逃げ……」
「ふざけるなッッ!!!!」
冗談じゃない。
散々逃げて、また逃げるのか?
誰も救えずに、ただ逃げ回れと?
「どいつもこいつも。……俺の歩む道は、俺が決める」
俺は殺意の眼差しでネヌファを睨みつけた。
「違うだろ。お前は俺に懇願するべきだ、ネヌファ。魔族の力を使い、敵を打てと」
「だが、それではお前が……」
「お優しい事だ。生きるためには、生き抜くためには、使えるものは全部使うべきだ。それが他人の生命であっても」
俺は、どうかしていたんだ。
守りたい?救いたい?
ぬるま湯に浸かっていた。
優しいから?優しくしてくれたから?
死なせたくないとか。
殺したくないとか。
ヴェイグとの約束もある。
それは理解している。
その約束は、できる限り尊重したい。
そもそも俺は、守りたいから強くなった訳じゃない。
国を救いたかったから?
家族を助けたかったから?
違う。
こんなものは惰性だ。
俺の力は、形だけの偽物だ。
自分では、何も選択してこなかった。
あの時も。あの時も。あの時も。
強者になりたかった訳でも、英雄になりたかった訳でも、ましてや勇者になりたかった訳でもない。
考えた事も、微塵もない。
俺は、弱い。
そんな弱さが皆を殺した。
だから、選んだ。
俺が自ら選んだ、ただ一つの事。
「俺の歩みを邪魔する者は、誰だろうと殺す。殺し尽くす」
復讐。
それが俺が選択した正義。
俺が選択した、唯一の正しさ。
共感など求めはしない。
悪だと言うのなら、言わせておけばいい。
そんな事では、俺は止まらない。
この手を血に染め、どれだけの屍を積み上げようとも。
俺は前へと突き進む。
復讐を成す、その時まで。
「冥府魔道に堕ちるとも、歩みを止めるとこなかれ」
こんな言い方をすれば、ヴェイグには悪いと思う。
もとより、あるはずの無いこの生命。
ならばいっそ、燃やし尽くしてみせる。
今度こそ。
「ネヌファ。言えよ。お前の望みを」
俺は狂気に満ちた笑みで、ネヌファに問う。
ネヌファは少しも動揺する事無く、はっきりと俺の目を見て言った。
「この国と、ここに住む者達の為に、戦って欲しい」
「……いいだろう。だがそれは結果的にそうなるだけだ」
「では、お前は何の為に戦うと? 生命を賭けると?」
答えは出てる。
いや、もともと出てたのに、迷っていただけ。
今ならはっきりと言える。
自分の、進むべき道を。
「自分の為。自分の正義の為に」
ネヌファの提案。
ヴェイグの決意。
ここから1章のクライマックスです。
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