1章 21話
夜明けと共に街を出るヴェイグとナリーシャ。
エルフ軍は、街を、人々を守るために攻撃へと転じる。
一番槍はマフィリア。続いてエルフ最強、グーデン。
戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。
楽しんで頂けたら幸いです。
以前ナリーシャと来た商店街を抜け、裏門へと急ぐ。
あの時のような活気は、今はない。
人の姿もほとんど無く、住民の避難も順調なようだ。
この区画を抜ければ集合場所。
ナリーシャの手を引き、緩い下り坂を進む。
情けない。
この程度で息が上がる。
「ヴェイグ。その……大丈夫?」
「へっちゃらですよ。ご安心を」
なんて強がっても、額から流れる汗は止まってはくれない。
とりあえず安全な場所まで。それまでもってくれればいい。
心做しか、ナリーシャが強く手を握った気がした。
門の前に着くと、そこには大勢の人達が待機していた。
もちろん男性もいるが、主に女、子供のような非戦闘員。
それと、誘導を行うための兵士が10数名。
ただ、この世界では女性だからといって戦わないということはない。
むしろ、戦闘へ参加する場合の方が多い。
今回も子供を無事に逃がした後に、戦線へ合流する者もいるのだろう。
その証拠に、腰に武器を下げる者、弓を背に担ぐ者、軽装ながらも鎧を身につけている者も見受けられる。
見た目の印象とは違い、本当に逞しい種族だと思う。
前の世界でも勇敢に戦う女性はいたが、こちらの世界の方が圧倒的に数が多い。
その要因は、やはり言法だろう。
優れた言法使いであれば、男女の差など些細な事。
腕っ節の強さが、そのまま強さに繋がらない。比例しない。
現に今回の戦闘。
初撃に選ばれたのはマフィリア先生だ。
この時点で男女間の差別とかは少ないように思える。
というより、生きる為に、生き抜く為に、何が最善かを理解し判断している。
俺のこの考え自体が、既にズレているのだろう。
ただ、力に責任が伴う事は、紛れもない事実だ。
戦う事。守る事。
ここにいる者も、それを実践しようとしている。
たとえ生命を失うことになっても。
利権でもなく、国益でもなく、宗教でもなく、資源でもない。
種族の存続と誇り。
長い年月、その為に、その為だけに戦ってきたんだろう。
先の大規模侵攻も、その前も。
正直、そんな事が俺に出来るだろうか。
グーデンさんが、同種族を手に掛けられなかったように。
単一種族で争っていた俺は、種の存続や誇りに生命をかけられるだろうか。
はっきり言って、無理だ。
なんの感情も湧かない。
人を殺すことに、そんな大層な理由を求めたことはない。
ただ敵だから。
殺さなければ、殺されるから。
己の身可愛さに、ただ殺した。
貫きたい信念も、守りたい誇りも、人間としての尊厳も、戦場では何の役にも立たなかった。
ただ目の前の。
ただ目の前の恐怖が、人を殺すのだ。
「ヴェイグ! お前その怪我どうしたんだ?」
いきなり話しかけられてどきっとしたが、なんだか安心する、野太い声。
俺が後ろを振り返ると、そこには揚げ芋屋のエギルさんがいた。
「エギルさん! ちょっと、討伐作戦でしくじりまして……」
「……そうか。でもありがとよ! 俺らの為に闘ってくれて!」
「そんな、礼なんて。今はそれどころじゃないですし……」
「だからさ。こういう事は、言えるうちに言っとくもんだ!」
驚いた。本当に驚いた顔をしていたと思う。
何故こんなにも正直で、真っ直ぐで、力強いのか。
「それに、このくらい王が何とかしてくれる。そんなしょぼくれた顔するな!」
「そう、ですね」
他の人達を見ても、それほど混乱していない。
信じているんだ、ダーシェさん達を。
信頼。
俺には無縁過ぎて、ただ、眩しく見える。
「エギルさん、その子供達は?」
エギルさんは多くの子供を連れていた。
「こいつらは近所の子供だよ。親が戦いに出るからな。俺が連れてきてやったのさ」
「もしかしてエギルさんも、戦闘に参加するんですか?」
「おうよ! こいつらを安全な場所まで連れてったら、戻って戦うつもりだ!」
エギルさんは厚い胸をどんと叩いて、無邪気に笑った。
全く、なんて人だ。
正門の方が騒がしい。
ここまで、雄叫びが聞こえる。
グーデンさんに聞いた話だと、エルフ軍は約1万。
本来はもっといるようだが、他国に遠征を行っている部隊がいるらしい。
今は、これが精一杯。
それでも必ず蹴散らすと、自信満々に言っていた。
「始まるみたいだな。ヴェイグも姫をしっかり守れよ!」
「はい。必ず」
もう空が明るい。
夜が、明ける。
強く、手を繋ぎ直した。
「そろそろです。準備はいいですか?」
俺はナリーシャの顔を見て少し微笑む。
「当たり前じゃない! 私はエルフの姫ですもの!」
ナリーシャはそう言うと、少し背伸びしながら胸を張った。
どういう理屈だよ。
でも、ナリーシャらしいか。
……守って、みせるさ。
朝日とは違う赤い光が、正門の方から差す。
恐らく門の上部。
迎撃用に設けられた見張り台。
そこにマフィリア先生がいる。
そして、この肌が痺れる程の高密度のアストラル。
間違いなく、あの技を使う。あの、禁法を。
あの攻撃ならば、あるいは……。
夜明けと共に気温が下がる。
冷えた空気。
焼かれた森の死臭。
静かだ。
本当に、何も聞こえない。
全ての生命が、固唾を呑む。
刹那の静寂。
「放てぇぇぇーッッ!!!」
空中回廊上部。
小さく聞こえるダーシェさんの鯨波。
同時に、街を覆っていた結界が消失した。
兵士により門が開かれる。
正門方面からも鬨の声が上がった。
次々に避難が始まる。
俺とナリーシャも出口へと急いだ。
その中でも、拾える情報は拾う。
遠くで凄まじい破裂音。
この距離でも十分な程の余波が、大地を、大気を震わせた。
やはりあの禁法は普通じゃない。
だが、ひとまず無事に着弾したようだな。
グーデンさんの率いる部隊も出撃したようだ。
雄叫びで分かる。
それにしても、先生の言法の発射から着弾までの間隔が短く感じた。
どんなに早い言法でも、あの距離だ。
規格外だとしても早過ぎる。
魔族軍は、俺が見た時よりも前進していた?
考えているうちにも着々と避難は進む。
俺とナリーシャも既に森の中まで来ていた。
このまま、さらに奥へと。
ダーシェさんの作戦は成功。
あとは、戦闘の結果次第だが……。
妙な、胸騒ぎがする。
何かがおかしい。
こんなに時間があったのに、何故魔族軍はエルフィンドルを包囲しなかった?
軍の規模的に無理であっても、何故裏門ががら空きなんだ?
魔物の姿すら見えない。
普通少人数でも警戒にあたらせるはず。
兵士が付いているとはいえ、魔族が3人、いや、2人もいればここはすぐに全滅だった。
でもそれをしない。
考えろ。
何かが変だ。
単純に勝てる自信があったから?
それでも、分かり切ったこちらの初撃を受ける理由にはならない。
こちらの動きもある程度読めたはず。
読めた上で受けた?
エルフ最強の戦士であるグーデンさんが戦場に出ることも予想の範囲内。
ここまで読めているのに混戦を望むか?
魔族は、戦いに特化している。
だが、馬鹿でもない。
きっと、何か……。
唐突な轟音と熱波。
強烈な耳鳴り。
地面に叩きつけられた様な、凄まじい爆風。
身体が、よろめく。
あまりの衝撃に一瞬視界が途切れかけたが、何とか持ち直す。
「……あ……い、や……いや……」
ナリーシャに目をやると、エルフィンドルの方を向き、口を覆っている。
その瞳孔は定まらず、揺れる。
揺れる瞳に、確かに映る。
俺はゆっくりと、後ろを振り返った。
エルフィンドルが、燃えている。
大きく枝葉を延ばした巨木も、根で守られた城壁も。
所々で火の手が上がる。
「いやぁぁああぁぁぁッッ!」
「ナリーシャッ!」
ナリーシャは混乱のあまり街の方へと走り出す。
俺はその手を掴みかけたが、するりと滑ってしまう。
「ナリーシャ駄目だ! 危険すぎる!」
静止も聞かずに、ナリーシャは来た道を走っていく。
「ちぃっ!」
俺は胸の痛みを堪えながら、ナリーシャの後を追った。
言法を使いたくても、激痛でイメージが固まらない。
結局、街に着くまでにナリーシャに追いつく事は出来なかった。
門をくぐると、そこはさっきまでのエルフィンドルとは別世界。
草木は焼け、建物も倒壊し、逃げ遅れた住民が数人倒れていた。
その前に一人。
ナリーシャが立ち尽くしていた。
炎上する建物からは、嗅ぎなれた臭い。
人の、焼ける。
「……ナリーシャ……」
俺が声を掛けようとした時、ナリーシャは膝から地面に崩れた。
そして、倒れている人の手を取る。
「……ごめ……ごめん、なさい……」
手を伸ばす。
でも、俺に掛けられる言葉なんてあるのか?
自分の国が、これだけの惨状にさらされて。
励ます?
同情する?
俺が?
ナリーシャは肩を震わせながら泣き、何度も、何度も謝る。
国を離れた事?
自分だけ逃げた事?
救えなかった事?
分からない。
俺に分かることは、これが戦争だということだけ。
空を仰ぐ。
煙が、高く、高く昇っていく。
額に水滴が落ちる。
雨か?
いや、雲はない。言法か。
虚空に言法の陣が浮かび上がる。
どうやら、再度結界が張られたようだ。
激しく降りしきる水滴の音で、ナリーシャの泣き声はかき消された。
「……ちくしょう……」
俺の口から零れた言葉もまた、誰にも届く事はなかった。
読んでいただきありがとうございます。
遂に戦争が始まる。
だが、打って出るはずのエルフ軍は逆に大打撃を受けてしまう。
そんな中、エルフィンドルに戻って来たヴェイグとナリーシャ。
絶望的な状況で、どのように行動するのか。
お楽しみに。
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