1章 20話
ダーシェさんとの話を終えたヴェイグは、1度城へと戻る。
足で纏いと言われた悔しさはあるが、ナリーシャと共に逃げることを決意する。
気がかりはあるが、そんな中でも時間は待ってくれない。
決戦の朝は近づいていた。
楽しんで頂けたら幸いです。
城の中は、静かなものだった。
ろくに明かりも付いておらず、足音だけが周囲に反響する。
非常事態であるから、もっとごたごたしているかと思ったが。
どうやら俺が思っているよりも、ダーシェさんの部下や兵士達は有能なようだ。
相変わらずグーデンさんに支えられながら城の医務室へと到着。
これといって準備する事もないので、夜明けまでここで待機することにした。
少しでも傷を回復し、自分で歩けるようにしなければならない。
俺は、もともと寝ていたベッドへと腰を下ろした。
ベッドの脚が、高い音で軋む。
マフィリア先生とは、回廊を降りきった所で別れた。
攻撃に転じるために、色々と準備をしたいということだ。
ナリーシャも1度自室に戻ると言って、城に着いて早々別行動。
つまり、医務室には俺とグーデンさんの2人だけだ。
「小僧、大丈夫か? だいぶ汗をかいているようだが……」
流石に刺された場所が悪い。
内臓にダメージが入った事による発熱。
「……大丈夫、です。少し休めば、なんとか」
俺は途切れ途切れの言葉で返した。
この世界の言法がとても優れた技術であることは、疑いようの無い事実。
まるでファンタジーやSFのような特殊な能力。魔法と言い換えてもいい。
だが、その想像上のもののように万能という訳でもない。
想像力が大切とはいえ、事象として有り得ないものは発現しないし、世界に無いものを作り出したりは出来ない。
地属性の言法を使えたとしても、世界から土を無くすことは出来ない。いくら強い炎でも、水を燃やす事は出来ない。
そして、言法が万能ではないという最たる例として挙げられるのが、治療、回復だ。
傷が一瞬で完治したり、千切れた手足がくっついたり、欠損部位が復元したり、死んだ人間が蘇る。
そんな事は、この世界では起こらない。
つまり、この世界で最も元の世界に近い感覚。
失った手足は戻らず、大怪我をすれば死ぬ。
これだけ優れた技術があっても、死を遠ざけることは出来ない。
これは、世界の……いや、次元や時間を超越した真理なのかもしれない。
それでも回復言法というものは存在する。
貴重な能力ではあるが、痛みを緩和したり、自己回復能力、つまり細胞分裂を促進して傷の治りを早くする程度だ。
俺もあまり詳しくはないが、魔力炉で変換されるアストラルが原因となっているらしい。
回復言法使いは、己のアストラルを他者に与えて回復を促す。
この原理であれば、魔力炉の容量が多い者が回復を行えば、その分回復が早くなったり、それこそ千切れた手足もくっつくかもしれない。
だがそれを阻んでいるのが、魔力炉。
詰まるところ、魔力炉が変換するアストラルは、人の数だけ性質が異なる。
この性質の違いが回復を阻害するのだとか……。まぁ、俺にはよく分からん。
とどのつまり、怪我したら自力で何とかしろって認識で間違ってない。
あまり期待しすぎるのも、どうかと思うしな。
「やはり痛むか?」
「……俺の不手際ですから。悔やんでもしょうがないですよ」
俺がそう言うと、グーデンさんはやや俯き、ゆっくりとした動きで椅子に腰掛けた。
「……すまなかった。そして、ありがとう」
深々と、俺に向かって頭を下げる。
「ど、どうしたんですか!? そんな事を言われる理由は……」
「ギルセム。あいつは俺が手を下さなきゃならなかった。それを、結果的に小僧に押し付ける形になった。……本当にすまない」
俺の言葉を遮りながら、グーデンさんは再度深々と頭を下げた。
真っ直ぐな人だと、率直にそう思った。
元からそうだが、見た目よりもずっと柔軟な思考の持ち主。
驕らず、威張らず、自然体。
時に厳しく、時に優しく。まさに、大地。
関わりは多くない。
それでも、尊敬に値する人物だと、そう評価するのに十分足る。
「いいんです。俺が適任だった。ただそれだけです」
「頭では分かっていたんだ。国、街。それとギルセムを天秤に掛ければどちらが重いのかは」
ああ、それは間違っている。
勘違いをしている。
「グーデンさん。貴方はそれでいいんです。貴方は、変わってはいけない」
「それでも……」
頭を下げたまま、グーデンさんは両の拳を強く握った。
「もうやめましょう! 過ぎたことです。それに今はそれどころじゃないでしょ?」
俺はわざと明るく振る舞う。
頭を上げたグーデンさんは、困ったような顔をして笑った。
「……そうだな。今はこの状況を何とかしなくてはな!」
それでいい。
貴方みたいな人が、何かを天秤にかけちゃいけない。
「それでは、俺も出撃の準備をするとしよう。小僧はギリギリまで休め」
グーデンさんはそう言うと、椅子から立ち上がった。
……そう言えば。
「グーデンさん。1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ? 俺に答えられることなら何でも答えてやる」
気掛かり。という程のことでもない。
だが、出来ればはっきりさせておきたいこと。
「マフィリア先生の、あの言法は、いったい何ですか?」
そう。あれは、普通ではなかった。
エルフ最強のグーデンさんをも凌ぐ程の……。
「……アレか」
俺の問いに動揺はしなかったが、確かに表情が曇った。
「正直俺にも分からん。研究者ではないからな。俺が知っているのは、アレが禁法であるということだけだ。それも、前回の大規模侵攻より以前のな」
つまり、少なくとも200年以上前に禁法に指定された言法。
あの禍々しさ。
魔族側のものか?
「それにな、マフィリアがあの言法を使ったのを2回しか見ていない。効果も分からん。ただ、大量の血液を使用するのは確かだ」
あの時も、先生は自分で手を切っていた。
大量の血液。
やはり見当もつかないか。
「力になれなくてすまんな」
考え過ぎ、という事もないだろうが、考えても仕方ないか。
「いえ、ありがとうございます。こちらこそ引き止めてすみませんでした」
グーデンさんは軽く手を上げると、医務室を後にした。
まだ轟音は鳴り止まない。
攻撃の手を休めず、こちらの消耗も計算の内という訳か。
それにしても、敵の動きがあまりにも良すぎる。的確すぎる。
何か、誘導されているような違和感。
嫌な予感がする。
エルフ軍が弱いと言うわけではない。
ダーシェさんを信じれないわけでもない。
相手が、魔族でなければ。
刺された傷が、疼く。
同時に湧き上がる殺意。
弱い俺が悪い。
だが、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。
俺の歩みの邪魔はさせない。
もし次があれば、必ず、殺す。
その為に俺が出来る最善。
少し、横になるか。
俺はベッドに寝転がると、ゆっくりと瞼を閉じた。
「ちょっ……ちょっと……おき……」
なんだ?また夢か?
「はや……おきて……はや……」
うるさいな。今は眠いんだ。
少しでも長く寝させてくれ。
バチィィンッッ!!
「いっ!? いっっったぁーー!?!?」
何が起きた?敵襲か?
「早く起きろっっ! 馬鹿ぁぁぁぁっ!!」
「はいぃぃぃっ!!」
俺が飛び起きると、目の前にはナリーシャの顔があった。
「うわぁぁぁあぁぁっっ!!」
「ちょっと! 人の顔見て失礼でしょっ!」
ナリーシャは俺に馬乗りになって起こしていたようだ。
「ちょっ! なんで上に乗ってるんですかっ! いいから降りて下さい!」
「全然起きないヴェイグが悪いんでしょ?! この蛆虫がっ!」
ナリーシャは罵倒するだけ罵倒して、やっとベッドを降りた。
左の頬がじんじん痛む。
だがそれ以上に残っている感触。
脇腹の辺り。ナリーシャの太ももの感触。
思ったより、柔らかかったな……。
「何やってるのっ? もうすぐ夜明けよ。さっさと行かないと間に合わなくなるわ。ヴェイグが私を守ってくれるんでしょ?」
そうだ。
こんな事をしている場合ではなかった。
いや、ほんとに。
俺はベッドから降りると、ナリーシャの前に立った。
「守りますよ。今度の約束は、絶対です」
「……もう信じないもん。嘘つき」
ナリーシャは俺から顔を背けた。
そりゃあ、あれだけ言っといてこんな怪我してたら、こういう反応になるわな。
俺、格好悪いなぁ。
「信じなくてもいいですから。守らせてください。これだけは絶対に成し遂げますから」
俺がそう言うと、ナリーシャは俯いた。
「そんなの……当たり前。ヴェイグは、私の、私だけの下僕なんだから……」
声が、震えていた。
なんだか、最初の頃から随分印象が変わったな。
姫という立場と、その重圧。
強がっていても、普通にまだ子供だ。
立派であろうと背伸びして、こうあるべきという理想に手を伸ばしてきたのだろう。
周囲の目もある。
折れる訳にはいかない。
高圧的な態度も、威厳を求めての行動だ。
俺には、理解も共感も出来ない。
簡単に分かるなんて言っては駄目だ。
かえって傷つけるだけ。
立派だと思うよ。
何だかんだで、住民の事を常に考えてる。
お前は、立派なお姫様だ。
俺はナリーシャの頭に手を置いた。
「行きましょう。皆も待っています。無事に逃げなければ」
「何よ……蛆虫のくせに……」
ただ甘えたい。弱音を吐きたい。
そんな事は、誰にだってある。
そんな当たり前を出来なかっただけ。
要は、不器用なんだ。
「さあ、門の前まで急ぎましょう」
ナリーシャの手を取ると、足早に医務室を出た。
城を出て森へと続く門の方へと急ぐ。
少し休めたおかげで、痛みは多少引いた。
歩くくらいなら何とか我慢できる。
以前として凄まじい黒煙が街の周囲から上がっている。
だが、攻撃は止んでいるように思える。
魔族側も夜明けを待っているのかもしれない。
東の空が白み始めている。
もうすぐ、始まる。戦争が。
今はただ、最善を尽くす。ナリーシャを守り、逃げる。
俺は小さなナリーシャの手を引き、自分の戦場へと急いだ。
読んでいただきありがとうございます!
空が白み始め、遂に決戦の朝がやってきます。
グーデンさんやマフィリア先生は魔族に打ち勝つことが出来るのか?
エルフィンドルはどうなるのか?
次もお楽しみに!
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