1章 18話
敵の攻撃を受け倒れたヴェイグだったが、やっと目を覚ます。
だが、状況は決していいものではなかった。
ここから1章の佳境。
皆の活躍にご期待下さい。
楽しんで頂けたら幸いです。
ゆらゆらと、揺蕩う。
まるで重さを感じず、何処が上なのか、下なのかすら分からない。
それどころか、自分の身体の境界すらもあやふやなようだ。
何も聞こえず、何も見えない。
ただ意識だけが、この空間に漂っているようだった。
俺は、どうなったのか。
記憶が途切れ途切れで、最後の場面を思い出すことが出来ない。
もう、どれくらいここにいる?
俺は死んだのか?
いや、それはないか。
別に確信はなかった。
普通なら死んでいてもおかしくないとは思う。
それだけの痛みであったし、貫かれた部位を考えても、間違いなく致命傷だ。
だが不思議と、死んだという感覚はない。
死ぬことに感覚なんてあるのかって話だが、1度経験済みだからな。
死は、無だ。
つまり、本当に死んだのなら、この空間や意識すらあるはずが無い。
だから死んでないと仮定付けられる訳だ。
「……め……目を……さま……」
何だ?
遠く、近く、微かに聞こえる。
それは弱く、だが確かに。
「目を……覚まし……て」
聞き覚えがある声だった。
聞き覚え、というよりももっと身近な。
目を閉じているのか、開いているのかすら分からないが、俺はその声に応じて、精一杯瞼を開く事を思い浮かべた。
すると、一筋の光が差してくるのが分かった。
俺はその光を掴もうと、必死に手を伸ばした。と思う。
一気に視界が開け、眩しい世界が飛び込んでくる。
チカチカと、フラッシュのような明滅。
そこは、よく知っている天井だった。
窓から吹く風が、薄手のカーテンを揺らす。
このベッドの硬さも、何年も使ってもう慣れた。
穏やかで、キラキラしていて、幸せに満たされるような、そんな空間。
「やっと、お目覚めかい?」
「ああ。心配掛けたか?」
「そりゃあ心配もするさ」
「だな」
俺が寝ているベッドの隣り。
椅子に腰掛けている一人の少年。
「久しぶりだな、ヴェイグ」
「ほんと、結構久しぶりだよね」
俺は身体を起こすと、ヴェイグに向き直るようにベッドの端に腰掛けた。
「ここは、夢の中か何かか?」
俺が問いかけると、少し考え込む様な仕草を見せる。
「うーん。まぁ、現実で意識がないから、その考えで合っているかな」
辺りを1周見渡す。
そんなに経ってはいないが、妙に懐かしい。
「メルカナの、俺の部屋か。いや、俺達の」
「うん。落ち着くでしょ?」
「確かにな」
ゆっくりと流れる時間。
自然とメルカナの、皆の事が頭を過ぎった。
「でもね、正直良くない状況だよ」
目の前に座るヴェイグが、話を一気に転換した。
「何があったか覚えてる? 自分がどうしてここにいるのか」
まだ記憶が混濁している。
でも、はっきりと覚えていることもある。
「ギルセムを……殺した」
俺がそう言うと、ヴェイグは視線を床へと落とした。
「そう……だね。でも、仕方なかったと思う。救われたんじゃないかな」
「お前は、そんな事を言うな。ただ、俺には選択肢がなかっただけだ。無理に言葉を繕うな」
「……ありがとう」
救いなど、ありはしない。
殺すことで、生命を奪うことで救いになるなど、生きている者の思い込みだ。
例えそれが、本当に望まれた事であっても。
残る事実は、殺した、という事だけ。
お前は、俺のやり方に賛同するな。
俺の考え方に寄り添うな。
ただ。
ただ真っ直ぐに陽の当たる道を歩け。
皆の幸せを願え。
お前が、お前だけが俺の箍だ。
まるで昔の、俺自身だ。
「他に、覚えていることは?」
ヴェイグの質問に、はっと我に返る。
「確か……胸を刺されて……」
俺は目を閉じ、バラバラになった記憶を繋ぎ直す。
「黒髪……翼。……ネヌファ」
「そう。君を救ったのはネヌファさんだよ。君が倒れたとほぼ同時に、何処からか突然現れたんだ」
やはり。
最後に見たあの光景は、幻ではなかったか。
……ネヌファ。一体何者なんだ。
「その後は、どうなった?」
「一瞬だったよ。君と、マフィリア先生やグーデンさん、部隊の人達をネヌファさんが逃がしたんだ」
一瞬で?
どんな言法を使えばそんな事が?
「逃がしたって、何処に?」
「エルフィンドルの城まで」
おいおい。
出鱈目な存在だとは思っていたが、そこまでとは。
だが事実なのだから、驚くのは後回しだ。
それよりも、聞かなければならない問がある。
「お前は、俺を刺したやつを見たか?」
ヴェイグは首を横に振った。
「残念ながら、僕も確認出来なかった。でも、ネヌファさんの言葉は覚えてる」
ヴェイグは俺の見たものを意識的に共有しているのか?
だが客観的に観察できる分、情報量が多い。
「ネヌファは、なんて言ってた?」
俺は無意識に声を低くした。
それを感じ取ったのか、ヴェイグは恐る恐る口を開く。
「……魔族……だって……」
最悪だ。
このタイミングで魔族の襲撃。
いや、予想はできてた。
でも低い可能性だと頭の隅に追いやっていただけだ。
メウ=セス=トゥ。
魔族が使用した禁法。ならば裏に魔族がいることはほぼ確定だった。
だが姿を現すとは……。
「魔族は、もう来てる。すぐそこまで」
「なんだって?! そんなに早く攻勢をかけるとは……」
目的はなんだ?
いや、そんなものいくらでもあるか。
くだらない事でも、戦争は起こる。
「そろそろ、行ってあげて。みんな心配してる。それに……さっきも言ったけど状況は良くない」
「分かった。そろそろ行く」
俺はベッドから降りると、部屋の扉へと歩を進める。
「ねぇ。同族とも戦うの?」
こちらに振り向く事無く、ヴェイグが問いかけてくる。
「……それが、俺の正義ならば」
「……そうか。ねぇ、あの日約束したこと、覚えてる?」
「覚えているさ」
俺がそう言うと、ヴェイグがこちらに振り向いた。
その表情は、何とも言えないものだった。
泣いているのか、笑っているのか。
こいつも、自分の正義を貫こうとしている。
誰も殺したくない。
皆を守りたい。
心底、優しい。
でも、それじゃあ誰も救えない事も分かってる。
戦っているんだ。
俺も、こいつも、勇者じゃない。
物語に出てくるような、主人公じゃない。
万能じゃないんだ。
選択しなきゃ、全てを取り零す。
指の隙間から、落ちていく。
それでも、お前は願い続けろ。
現実を直視してなお、高らかに叫べ。
言ってくれ。
俺には言えない、言う資格がない、そのひと言を。
「みんなを……みんなを助けて!」
「分かってる。約束したもんな。俺にできる限りの事はする。一人でも多くの人を守る。どれだけの屍を積み上げてでも」
それは、まるで呪われた契約のよう。
俺も、こいつも、本当は……。
俺は扉を開く。
やや重い木製の扉がギィ、と音を立てた。
再び光に包まれ、眩しさに目を閉じる。
次に目を開けると、そこは、知らない天井と、見知った人達がいた。
右手が、暖かい。
誰かが握っているのか?
優しく、力強く、俺を引き止めていてくれたのか?
目が霞む。血を、失い過ぎたな。
「小僧っ! ! 目を覚ましたか!」
正直、寝起きにこの声は堪えるな。
出来れば美女とかがよかった。いや、割と本気で。
「グーデンさん」
「よかった! もう駄目かと思ったぞ!」
勝手に諦めるなよ。
「このくらい、平気ですよ」
グーデンさんの後ろには、マフィリア先生が立っていた。
何も、話してはくれないか。
それが当然の反応。
俺は、エルフを、先生の婚約者を殺したのだから。
それに、魔族だしな。
あれ?
グーデンさんと先生は左側。
じゃあ右手を握っているのは誰だ?
俺が右側を向くと、そこには、今1番会いたくない人物がいた。
「……ナリーシャ……」
全くの無表情。
白く透き通る綺麗な肌が、人形を連想させる程に。
「ナリーシャ、済まない。約束を、破った」
俺がそう言っても、反応する素振りはない。
そう、思った。
一筋の涙が、頬を伝う。
喚く訳でもなく、怒鳴る訳でもなく。
ただ、流れてゆく。
それを見て俺は、何だか安心した。
少なくとも俺は、蛆虫以上の価値はあるみたいだ。
「……よかった。よかったよぅ……」
俺の右手を強く握り、蹲る。
ナリーシャの口から出る、安堵の言葉。
小刻みに震えるナリーシャを見て、柄にもなく笑みが零れた。
そんな感動の場面も束の間。
轟音。
大きな地響きと共に建物全体が揺れる。
俺はベッドから落ちそうになるが、既の所でグーデンさんに支えられた。
パラパラと、天井から木屑が落ちる。
「いったい、何だ?」
「奴ら、また始めたか……」
奴ら?まさか、既に魔族が?
ヴェイグが言っていた、良くない状況ってやつか。
外が騒がしい。
明らかに、悲鳴だと分かった。
「俺が寝ている間に、何があったんですか? 教えて下さい」
俺はグーデンさんに事の成り行きを尋ねた。
グーデンさんは一瞬強く口を噤んだが、俺の目を見て話し出した。
「いいか、小僧。今エルフィンドルは危険な状況だ。謎の女性に城まで運ばれたあと直ぐに、魔族の軍勢が攻めてきた。今は結界を張って凌いでいるが、これからここは戦場になる。お前はこれから王に会え。意識が戻ったら連れて来いと言われている。歩けるか?」
「問題ありません」
強がってはみたが、はっきり言って激痛で意識が飛びそうだ。
所詮俺の体は、脆弱な人間だからな。
胸を貫かれれば、普通は死ぬ。
「私も一緒に行く!」
グーデンさんに支えられながら立ち上がると、ナリーシャが突然声を上げた。
「姫! 外は危険です! 城でお待ちを!」
「嫌! ヴェイグは私の下僕よ! 付いて行くわ!」
ブンブンと頭を振りながら、ナリーシャはグーデンさんに訴えた。
「……分かりました。結界のあるうちに急ぎます! こちらへ!」
何度も、何度も轟音が響く。
その度に、城の外から悲鳴が上がった。
俺達は中央階段を降りると、正面玄関から中庭へと出た。
強烈な光と音。
まるで、空が燃えている。
街を覆うように言法特有の陣が浮かび上がった。
結界で街全体を覆っているのか。
悲鳴と怒号が入り交じる。阿鼻叫喚。
街の外壁の外。
紅く、陽炎のように揺らめく。
視界を満たす黒煙。
異臭が鼻の奥を突いた。
森が、木々が、燃えているのか。
あの美しい、エルフィンドルが。
驚きと共に、怒りが脳へと駆け上がる。
そして同時に、懐かしさを覚えた。
メルカナの、自分の部屋とは違った懐かしさ。
それより以前の、戦いの記憶。
ああ、戦場だ。
出てきてはいけない感情。
場所と、状況を弁えなければいけないことは理解している。
それでも俺は、魂の震えと共に、口角が釣り上がるのを抑えられなかった。
読んでいただきありがとうございます。
ここからエルフィンドル編は一気に佳境へ向かいます。
エルフィンドルはどうなるのか?
敵の思惑は?
楽しみにして頂けると嬉しいです。
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