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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
1章 エルフィンドル編
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1章 幕間

今回は幕間ということで、本編からは一旦離れてメルカナのお話になります。

エリーとマナ。ヴェイグと離れている2人が登場するお話です。

楽しんで読んでいただければ幸いです。

 この場所からの、この景色をお兄様は好きだと仰っていた。

 もちろん、私も好き。

 白塗りの石壁が夕日を反射し、温かみのある色へと変貌する。

 遠くに聞こえる街の喧騒。

 遠くに見える街の人々。

 まるで世界の全てが優しさに包まれ、辛いことも、悲しいことも、無かったことにしてくれる。そんな、穏やかな風景。

 鳥達が、夕日へと飛び去る。

 さらさらと、風が頬を撫でた。


「エリー様。またこちらでしたか」

「……マナ。また迎えに来たの?」


 私は振り返らなくても、気配と声音でその人物が誰だか分かった。

 と言うよりも、私がここにいて、迎えに来るのはマナだけだった。

「また、ヴェイグ坊っちゃまの事を?」

「悪い? 好きな人の事を考えてただけ」

「悪くなど、ありません」

 マナは私に歩み寄ると、さも自然に隣に立った。

「坊っちゃまは、この広場からの景色が本当に好きでしたものね」

「……今、どうしてるかな、お兄様」

「きっと、元気でやっておいでです」

 私は石垣に顔を伏せ、遠くにいるお兄様の事を考えていた。

 こうやって、お兄様の事を考えなかった日など、1日もない。

 胸が、きゅっと痛む。

「もう1年以上ですか。早いものです」

 とても穏やかに、懐かしむように、マナはそう言った。

「ねえ。マナは心配じゃないの?」

 私が問いかけると、マナは少し微笑みながら答える。

「真っ直ぐで、一生懸命な人ですからね。お身体は、少し心配です」

 使用人としての答えではなく、もっと尊いものの言い方だった。

 心から、心配している事が伝わってくる。

「ふん。私の方がずっと心配してるもん。未来の妻だし」

「あらあら、まだ諦めていないのですか? ご兄妹で結婚は無理ですよ?」

 マナは意地悪げな口調で疑問を投げかけてくる。

「義理だもん! 問題ないもん!」

「そんな、子供じゃないんですから」

「お兄様が戻ってきたら、大人になった私の姿にきっとメロメロだし!」

「そんなに変わってないでしょう」

「それが無理でも、今度こそ既成事実を……」

 私がぐぬぬと唸っていると、真剣な表情になったマナが問いかけてくる。


「エリー様。以前から気になっていた事を伺っても?」

「嫌」

「……伺っても?」

「……何よ?」

 マナの圧力に負けて質問を許してしまった。

「何故ヴェイグ坊っちゃまなのですか? 何故そこまで拘るのです?」

 少し、いやかなり意外な質問だった。

 そんな事を気にする人ではないと思っていたし、興味なんてないと思ってた。

 いつも突っかかってくるのは、楽しんでいるだけだろうし。


「魔族は強さこそが真理。強き者が上に立ち、それらを束ねる。エリー様。あなたはその魔族の中でも恵まれた血を引いているのです。結婚するにしても、相手は慎重に選ぶべきです」

「……マナ。お兄様を愚弄する気?」

 私はマナを睨み付けた。

「そうではありません。ですが、坊っちゃまとエリー様はご兄妹。それに……坊っちゃまは魔族といっても肉体は人間です。エリー様も分かっておいででしょう?」


 マナはお兄様を悪く言っている訳ではない。

 それは分かっている。

 これも、心配から来るものだと。

 お兄様は特殊過ぎる。

 この先どうなるのかも分からない。

 強さという真理の中で、淘汰されていく可能性も十分ある。

 世界は、そんなに優しくはないと。

 だからこそ知りたいのだろう。

 何故私がお兄様に拘るのか。


「……昔。まだ5歳くらいの時だったかな。お兄様が犬に噛まれて大怪我したのを覚えてる?」

「……?もちろん、覚えていますよ。左腕を噛まれて、肉を裂かれ、骨も砕かれていましたから。殺意が焼き付いております」

 唐突な話題に、マナは一瞬不思議そうな顔をした。

「あの日はいい天気で、私がお兄様に我儘を言ってメルカナの森まで遊びに行ったの」

「そうでしたね。後でグウェイン様に本気で叱られて泣いてましたものね」

「……余計な事まで覚えてなくていいわよ。全く、これだから年増は……」

「あぁん? なんか言ったか、小娘?」

 マナの本気の殺気が肌に突き刺さる。

 年齢の事を言うと、本気で怒るのは相変わらず。目が、怖すぎ。


「とにかく! あの時は森に遊びに行ったの。その当時は、私はお兄様の事を信用していなかったと思う。兄と言っても血の繋がりはなく、魔族として見た目も違ったから」

 意外そうに、マナは聞いていた。

「表面上は仲良くしていたわよ。曲り形にも家族だし。でもやっぱり、違う存在として認識していたんだと思う」

「それは、分かりませんでした」

「まぁ、ほぼ無意識にやっていた事だし、内心はそうだったってだけ」

「では何故、何処でそれが変わったと?」

 私は石垣に寄り掛かるようにして、話を続けた。

「お父様からは禁止されてたけど、森に入って遊んでいると、そこに例の犬が現れたの。要は野犬ね」

 マナは黙って話を聞く。

「酷く飢えてたみたいで、低い唸り声を上げてた。全く怖くなかったけど。5歳といっても私は魔族。それも身体能力に優れたライカンスロープだもの。ただの犬コロなんて、殺すのは容易い」

「確かに。脅威にはなり得ませんね」

 私は頷く。

「正直殺す気満々で前に出ようとした。でもね。実際に前に出たのはお兄様。私を庇うようにして、犬コロを睨み付けてた」

「……」


「何だか不思議な感じだった。エリー、俺の後ろにいろ、守ってやる。って。私はライカンスロープよ? お兄様よりもずっと強い」

「そうですね」

「お兄様、震えてた。本当は凄く怖かったんだと思う。でも、絶対に守ってやるって。身体はまんま人間で、小さくて、脆弱なのにね」

「そうですね」

「腕を噛まれて、沢山血が出て、結果的に犬は逃げていった。そんな状況でも、私の心配ばかりしてた。大丈夫だったかって。おかしいでしょ?」

「そうですね」

「屋敷に帰ってきて、お父様は凄く怒っていて、犬を殺しに行くって言ってた。でもお兄様は、犬は飢えていただけで、怪我をしたのは弱かった自分が悪いって。犬を殺さないで下さいってお願いしてた。それを聞いて、なんて優しい人なんだろうって」

「そうですね」

「それが、最初だったのかな。それからお兄様は毎日鍛錬に励んで、みるみる強くなっていった。周りの皆を守れるように。もし戦闘になっても、戦った相手も殺さないように。そのくらい強くなれるようにって」

「それは知っています。よく言ってましたからね。魔族らしからぬ甘いお方だと思っていました」

「私も甘いと思ってたわよ。でも甘さと、優しさは違うんだと思う。何よりも、直向きに頑張るお兄様の姿は、キラキラして眩しかった。気づいたら、好きになってたの」

「乙女ですね」

「悪い?」

「いえ、正しいです」

 マナは、優しく笑った。


「私を庇ってくれた、あの時のお兄様の背中は、大きかった。大きく見えたの。強さが魔族の真理でも、強さにも種類はあると思う」

「その通りです」

「いつも他人の事ばかり。争い事を好まず、生命も奪いたくない。でもお兄様も、自分が甘い事を自覚してると思う。いつか、その信念を貫けなくなる。それでも、お兄様は正しいと一番近くで言ってあげたい。だから、結婚したいの」

 マナは目を見開いて、心底驚いた表情をした。

「まともな事も考えられるのですね」

「はぁ? 馬鹿にしてるの!?」

「はい♡」

「ムッキー!!」


 気づけばだいぶ陽が傾いていた。

 少し肌寒い風が吹き抜ける。

「質問に答えて頂きありがとうございました。さぁ、冷えてきましたね。お屋敷に戻って夕食にしましょう」

「そうね。長話したらお腹がすいたわ」

 私はマナと一緒に街道を屋敷の方へと歩き出す。

「そう言えば今日の夕食は?」

「本日の夕食はディンババステーキですよ」

「やったぁ! 付け合せ大盛りで!」

「全く。流石はご兄妹ですね」


 お兄様。

 元気でいますか?

 病気や怪我はしていませんか?

 エリーは、お兄様のお帰りをメルカナでお待ちしております。

 お兄様が多くの幸せと共にあります様に。

 どうか、ご無事で。


 あんなどこの馬の骨か分からぬエルフと浮気したら、絶対許しませんからね!

 エルフは根絶やしですからね!

 私はありったけのおもいをエルフの国へと送ったのでした。

読んでいただきありがとうございました!

今回は幕間でしたが、次からは本編に戻り、エルフィンドルのお話です。

倒れてしまったヴェイグ。

ここからの1章の佳境をお楽しみに。

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_gofukuya_

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