1章 17話
遅くなりすみません。
この回で黒い獣とも決着です。
ですが、ここからが1章の佳境になります。
展開に注目して読んでいただけると楽しんでもらえると思います。
ヴェイグの決意や決断に要注目!
露になったそれは、エルフであった痕跡を辛うじて残しているに過ぎなかった。
白かったであろう肌は黒く変色し、何かの鉱石かの様にヒビが入っている。
頭髪もそのほとんどが抜け落ち、部分的に金髪であった事が確認できる程度。
傷口からは黒い血液が流れ、地面に大きな染みを作った。
全てが。
目の前にある事実が。
禁法、メウ=セス=トゥの悲惨さを物語る。
まるで、強制的に違うものに作り変えられ、生命そのものを搾り取られる。
それはもう、人ですらなく、生物でもない。
ただの、媒体。
ただの、道具だ。
先の大規模侵攻。その忌まわしき産物。
何も残すことは無い、徒花。
先程までの張り詰めた空気は、嘘のように消え去った。
グーデンさんの鎧も光となって消え、崩れる様に両の膝を着いた。
「まさか……そんな……」
遠目からでも良く分かる。明らかな動揺。
グーデンさんの動揺、戦意の喪失は隊の兵士にも波及する。
後方に下がっていた兵士達からも、戦闘に臨むような覇気は無くなっていた。
そして、マフィリア先生。
呆然と、ただ立ち尽くす。
婚約者だったものの、その成れの果て。
見開かれた瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。
気の毒、という言葉が適当なのかは分からない。
不幸になる確率は、全ての生物に平等に割り振られている訳じゃない。
それは、嫌というほど知っているし、見てきた。
そしてそれを目の当たりにした時、簡単に割り切れない事も。
何にしろ、このまま戦闘を続ける事が困難なのは明らか。
……潮時か。
先生には無理でも、グーデンさんは軍人だ。
個人の感情と、国の平和を天秤にかけるならば、答えなど分かりきっている。
あとはグーデンさんが止めを刺せば、この戦いは決着する。
思ったよりは、呆気なかったな。
……残念だ。
「マ、マフィ……リア……」
弱々しく、愛しい者の名を呼ぶ。
先生も口を開閉させる。
それはただの動作であって、結果を伴ってはいない。
もはや、言葉すら出ないのだ。
一歩、また一歩と、ギルセムと呼ばれた人へと歩み寄る。
両手はふらふらと宙を掴み、その人へ触れることは叶わない。
何故?
きっと先生はそう思っているだろう。
何故彼がこんな目に?
俺もそうだった。
いっその事、他の人だったら良かったのになんて、思うに決まっている。
何処で間違えたのか。
何処でそうなってしまったのか。
ぐるぐると考えを巡らせても、答えなど出はしない。
所詮自分はちっぽけな存在だから、分かる訳はない。
神なら分かっていたのか?
ならば神すら敵だと。
全てを呪う。
ただ一つ、残る事実は、救えなかった事。
自分の手は、届かなかった。
その事実。
先生もそれを味わっているだろう。
でも、先生は俺の様にはならない……。
させはしない。
ーーパキンッ。
何かが、割れたような音がした。
「アア、ァアア、アァア、アァァーッ!!」
ギルセムが急に苦しみ出す。
「ギルセムッ! どうかしたのッ!?」
先生は一気に駆け寄った。
「くッ……駄目だッ! マフィリア来るな!」
それははっきりした、途切れることのない声。
まるで、全てが元に戻ったみたいに。
奇跡なのか、意識が回復した。恐らくは、何らかの理由で支配から解き放たれたのだ。
もう、必要ないからと。
「ここまでみたいだ。最後に、君の顔が見れてよかった。愛してる」
優しい表情。
「ギルセムッ! 私も! 私も……愛してる」
その笑みは、その表情は、きっと先生を救ってくれるだろう。
例え最後であっても。
そして一瞬。俺の方を見た。
ギルセムは、ダーシェさんと同じで分かっていたのかもしれない。
なるほど。
でもそれが正しいとは、俺は思わない。
「ああぁぁあぁぁあああぁーッ!」
頭を抱えながら再び苦しみ出すギルセム。
異変は、直ぐに理解出来た。
高濃度のアストラルがギルセムに集中しつつある。
身体が強い光に包まれたかと思うと、グーデンさんの大地の槍が粉々に砕かれた。
更にアストラルは膨張し続け、目に見える程の力場がギルセムの周りに形成されていく。
暴走。
ギルセムを獣に変えた黒幕が、膨大なアストラルを送り、故意に暴走を引き起こしているのだろう。
強大な波動が駆け抜け、身動きすら制限される。
皆その場にしゃがみ込み、衝撃に備えるしかなかった。
その波動により、周囲に展開されていた結界が崩壊する。
このままでは、まずい。
俺はグーデンさんとマフィリア先生の元へと駆け寄った。
「グーデンさん! 先生! このままでは被害が大きくなる。その前に止めを!」
「駄目だッ! 同族の生命は奪えないッ!!」
「そんな事を言っている場合ですかッ?!」
「やめてッ! ギルセムを殺さないでッ!」
「完全に暴走しています! このまま臨界まで達してしまえば、辺り一帯が消し飛びますよ?!」
「それでも、それでも同族を手にかけることは出来ないッ!!」
ダーシェさんが懸念していた事態が起きたか。
まぁ、あの人の事だから予想の範疇だろうが。
「ギルセムさんが、この森を破壊し、多くの同族を殺すのは見過ごすのですか? ここに居る者は全員死にますよ?」
「ッッ! それでも、出来ない!」
「マフィリア先生も、出来ませんか?」
「……それだけは、出来ないわ……」
同族意識の高さ。
この世界には多くの種族が存在し、戦争するにしても、他の種族とだけしてきたのだろう。
身内で戦わなくても、外に敵は多くいる。
自分の種族よりも優れ、強い力を持った外敵が。
それらはある意味で、違う生き物だ。
殺すにしても、罪の意識が少ない。
それに比べて俺は、同族を、同じ生き物を殺し続けてきた。
それしか存在しなかったから当たり前だと思ってきたが、どれだけ罪深い事なのか。
同じ姿、同じ顔、肌の色の違いはあれど、同じ生物。
違うなら殺していいという事にはならないが、同じものを殺してきたことへの異常さを、今更実感する。
でもそう、今更だ。
この手は、汚れ過ぎた。
「同族の手で殺される事が、救いだとは思いませんか? 自分だったら、止めてほしいとは思いませんか?」
「……思う。だが、だが……」
優しい。
心が、優しい。
天秤に乗せるものの中に、まだ理性が存在している証拠だ。
別に責めはしない。
だが俺は、同胞がやるべき仕事だと思っていた。
苦しむくらいならば、死を与えてやる事が救いだと。
やはり、ここは異世界なんだな。
俺のこの考え方は、魔族のそれなのかもしれない。
冷酷に、冷静に、生命を刈り取る。
おあつらえ向きだ。
「……はぁ。ならば、俺がやります」
二人の視線が、動揺が俺に向くのが分かった。
「何を言っているッ! どのみち小僧では無理だ!」
「大丈夫ですよ。こう見えて、それなりには強いですから」
「ギルセムを、殺すの?」
「ダーシェさんから厳命を受けています。何があっても、必ず殺すようにと」
先生の殺気が、肌に突き刺さる。
「さぞかし魔族が憎いでしょう。ギルセムさんを変えたのも魔族。そしてこれから殺すのも魔族。恨んでもらって構わない」
「ヴェイグッ!!」
「あんた達は甘すぎる。覚悟が、足りなすぎる。戦争を舐めるな」
俺は殺気を露わにした。
グーデンさんも、マフィリア先生も沈黙した。
俺はその場で立ち上がり、二人よりも数歩前に出る。
凄まじいプレッシャー。
周囲の木々は大きく軋み、アストラルの嵐のせいで視界もかなり制限された。
それでも目標は目視出来る。
もう時間は残されていない。
やっと、再戦だな。
こんな形で対峙したくはなかった。
同じ生命のやり取りでも、高まるような戦闘の果てに決着をつけたかった。
楽しみに、していたんだがな。
俺は、お前を殺す。
こんな所で死ぬ訳にもいかないからな。
悪いが、お前は俺の前に立った。
俺は、俺の正義の為に。
立ちはだかる障害は、叩いて潰すッ!!
「形切流殺人術、乱風、留まれ。零之型、二番、操風・瞬迅!」
俺は両足に風を纏う。
地面は抉れ、複雑に絡み合う風がそれらを巻き上げた。
行くぞ。
お前のために練り上げた、今の俺の全力だ。
「ギルセムーーーーッッ!!」
マフィリア先生の声と共に、俺は飛び出す。
一瞬で済む。
この技は、そういう技だ。
痛みなど、感じる暇も与えはしない。
「形切流殺人術、震え、爆ぜろ。零之型、一番」
瞬く間にギルセムの前に移動。
瞬迅は成功。
移動の速度を殺すことなく、そのまま打撃の型に入る。
速度に合わせて、体重を乗せきる。
「振空」
拳に圧縮された空気が一気に震え、爆ぜる。
空間ごと、ギルセムの胸から下を、喰いちぎった。
音と、衝撃が後から追いかけてくる。
移動の軌道が抉れ、凄まじい破裂音と共に高密度のアストラルを霧散させた。
無事、成功。
今回は勝敗はなしだ。
またいずれ、やろう。
俺はグーデンさんとマフィリア先生に向き直る。
どういう理由であっても、俺はエルフを殺した。
その事実は消えない。だが、許しを乞う気など、更々ない。
俺は二人の方に一歩踏み出した。
「お前は、危険だなー」
突然の痛み。
鉄の味。
何だ?いったい何が。
身体を見ると、胸に剣が刺さっている。
全く、気づかな、かった。
俺は地面に強く身体を打ち付けた。
倒れたのだ。
視界が、霞む。
敵の姿が、見えない。
意識が、途切れ、る。
唯一覚えているのは、綺麗な黒髪。天使の羽根。
あれは、ネヌ、ファ。
そこで、俺の意識は完全に消え去った。
読んでいただきありがとうございます!
毎度遅くなりすみません。
次からまた展開が変わります。
ドキドキして読んで貰えるように頑張ります。
Twitterのフォロー、ブクマ、評価、レビュー等々して頂けると励みになります!
よろしくお願いします!
_gofukuya_




