1章 14話
ヴェイグの鍛錬の日々も過ぎ、ここから討伐作戦が始まっていきます。
この話は言うなれば出陣の回ですかね。
ヴェイグの、ナリーシャの、ダーシェの、様々な人の思いが交錯して討伐に向かっていきます。
楽しんで頂ければ幸いです!
俺が目を覚ますと、外はもうすっかり明るくなっていた。
寝て起きたのだからそんなことは当然だが、今日は作戦決行日。
寝過ごすことはあってはならない。
出発は正午だと聞かされていたので、時間的にはまだ少し余裕がありそうだ。
暖かい陽の光を浴びながら、俺はベッドから身体を起こせないでいた。
寝不足だとか、体調が悪いだとか、そういう事では全くない。
むしろ最近にしてはよく寝た方だし、体調もすこぶるいい。
詰まるところ、どんな言葉で取り繕おうとしても、ただただ起きたくないだけなのだ。
窓の外からは微かに人の声が聞こえる。
耳を済ませると、賑やかな声に混じって複数の金属音も確認できた。
これは、鎧、甲冑だ。
恐らくはグーデンさんの指揮下の者達だろう。
エルフは基本、重装備を好まない。
鎧は金属製ではなく皮製を使用し、機動力を重視した戦闘を好むからだ。
それ自体は俺も同じ。
だが、グーデンさんの身体付きを見るとそうは思えない。
エルフ最強の戦士。
その戦士に指揮される部隊ならば、重甲冑を身に付けていてもなんの違和感もない。
むしろ、それが自然だろうな。しっくりくる。
太陽の位置から見て、集合までまだ1時間ほど余裕がありそうだが、グーデンさんも張り切っているようだしな。
「さてさて。最年少が遅れていくのもバツが悪いか」
俺はやっとベッドから身体を起こすと、クローゼットを開いて着替えを始めた。
そうは言ったものの、正直な話雰囲気に触発されただけだ。
戦の、戦争の雰囲気に。
口の端が綻んでいくのを、懸命に押さえ込んだ。
この時の俺の顔は、さぞかし可笑しな、不気味な顔をしていたと思う。
一張羅、といっても一種類しかない服に袖を通すと、少し窮屈な事に気づいた。
「うん? 背でも伸びたか? まぁ成長期だしな」
よく見ると、袖も裾も足りていないように感じる。
成長するのはいい事だ。リーチも体重も打撃には重視な要素だからな。
思えばエルフィンドルに来て1年と数ヶ月。
あっという間だったが、今頃親父や兄貴、マナやエリーはどうしているだろうか。
エリーは、まぁマナと喧嘩でもしてるか。
物思いに耽っていたが、俺はハッと我に返った。
不思議な感覚だ。
前世では、以前の俺では絶対に考えもしなかった事だ。
殺伐とした家庭環境。死すら覚悟した鍛錬。
他者を拒絶し続けた生き方。
そんな事を考える余裕など、微塵もありはしなかったし、考えようともしなかった。
何故、今更。
過去はどうあれ、今回の討伐作戦は一つの節目になる様な、そんな気がする。
扉の前まで来ると、俺は部屋の方へと振り向く。
誰もいない、物も少ない伽藍とした部屋。
「行ってきます」
自分でも驚いた。完全に無意識だった。
俺は何を、誰に向かって言っているんだ。
それでも、不快には感じなかった。
俺は笑みを浮かべると、部屋をあとにした。
集合場所の中央広場には大勢の人が集まってきていた。
皆思い思いに歓声を上げ、これから出陣する者達に声援を送っているようだ。
その声援の只中に居たのは、重厚な黒い甲冑を身に纏った精鋭部隊。
人数は、ざっと30人はいそうだ。
その先頭にグーデンさんの姿を確認した。
やはりグーデンさんの部隊だったか。
それにしても、とてもエルフの軍だとは思えないな。どっちかって言うと頭脳派じゃないのか?エルフっていうのは。
俺がそんな事を考えていると、後ろに人の気配を感じた。
「ヴェイグ。こんな所に居ないで中央に行きなさい。そろそろ始まるわよ」
振り返ると、そこにはマフィリア先生が立っていた。
上半身に皮鎧を装備し、スリットの入ったワンピースからは相変わらず短刀が見え隠れしている。
いつもと違う点を挙げるのならば、その背に弓を担いでいる点と、珍しく髪を括っている点だ。
相変わらず堂々とした立ち振る舞い。
本当に綺麗な人だ。黙っていれば。
「先生。俺もあそこに行かなきゃ駄目なんですか?」
「当たり前でしょ。出陣式なんだから、あなたも行くのよ」
ああやって目立つのは苦手だ。
出来ることなら遠慮願いたいのだが……。
「俺はただの案内役ですし……」
俺がそう言いかけると、先生は俺の耳元に顔を近づけた。
「魔族がこの場にいるのは認めたくない事実だけれど」
やっぱり、安定の魔族嫌いですね。
「まぞ……小僧! そんな所に居ないでこっちに来い!」
……見つかった。
というかまた言ったな!もうわざとだろ!俺は魔族だが、マゾじゃない!……たぶん。
「グ、グーデンさん。俺はいいですよ」
「良くない! 国の為に戦いに行くのだ! 出陣式には出席しなくてはな!」
この人はいつも元気だなぁ。
ちょっとついていけない感じが、ほんとに親父そっくりだ。
変な事を企まない分、グーデンさんの方が随分マシだが。
グーデンさんはぐいっと俺の腕を引っ張ると、あれよあれよと広場の中央へと連れていかれた。
四方からの歓声。
俺も以前は国の為、仲間のために死をも恐れず戦った。
自分を殺し、心を殺し、誰よりも多くの屍を積み上げた。
それでも、こんな歓声を受けたことはただの1度もない。
人前に出ることも、歓声を浴びることも、不必要な事だ。
慣れない状況に、むず痒さが身体を駆け上がった。
「小僧! 胸を張れ! 生きてるうちにしかできぬ事だ!」
グーデンさんは俺の背中を強く叩いた。
こんなにも、違うものなのか。
いつ死ぬか分からない。死を近くに意識しても、胸を張るという生き方は。
他者の中に在るという生き方は。
「はいっ!」
グーデンさんにつられたのか、俺は元気よく返事をした。
隣りを見ると、先生が優しく微笑んでいた。
程なくしてダーシェさんが広場にて登壇し、出陣式が開かれた。
ダーシェさんの傍らにはサフィールさん、そしてサマリアさんとナリーシャの姿も見えた。
街を脅かす魔物を討伐する為に、選抜された部隊が出陣するという、なんとも勇敢な英雄を送り出すような演説内容。
事実をありのまま伝えられないのは理解できるが、ここまで盛り上げる必要があるのかは理解に苦しむ。
ダーシェさんは演説の中で、「必ず」という言葉を多用した。
討伐に対する強い意志の表れであると同時に、俺に釘を刺している様にも感じた。
演説に続いてサフィールさんから部隊編成が発表された。
これは形式的なもので、国民に対するパフォーマンスの一環だろう。
部隊を率いる指揮官にグーデンさんが任命されると、広場の熱気は最高潮に達した。
老若男女を問わず、凄まじい声援。
あの人柄だ。
やはり国民にも人気が高いらしい。
ただでさえエルフ最強の戦士なんて呼ばれているしな。
副官にはマフィリア先生。
ここでももちろん大歓声。
男の声援がやや多いように感じる。
まぁ容姿はいいですからね、容姿は。
そしてダーシェさんは何を思ったのか、案内役として俺の事も紹介した。
ここではもちろん沈黙。
そう思っていたし、それでよかった。
そもそも、俺のことを知っている人自体少ないから。
「ヴェイグー! 頑張ってこいよー!」
一つの声援が、沈黙を切り裂いた。
その聞き覚えのある野太い声。揚げ芋屋の、エギルさんだった。
さらにいくつかの声援。
よく見ると、防具屋、武器屋、八百屋、装飾屋などの店主の人達。
それから声援は徐々に大きくなり、身体にびりびりとした衝撃が走った。
俺の胸には、今まで感じたことのない熱が生まれていた。
ダーシェさんの出陣の掛け声とともに、部隊はグーデンさんを先頭にして大森林に向かって行軍を始める。
両脇には大勢の人々。
俺は最後尾に随伴する事になった。
まるで他人事の様にその光景を眺めていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「ヴェイグちゃん!」
油断していた俺は、身体が一瞬びくっと跳ねた。
「は、はい! って、サマリアさん?!」
サマリアさんは、振り向いた俺の身体を優しく抱きしめた。
「ど、どうしたんですか?」
いきなりの事に動揺していると、サマリアさんは少し屈んで俺の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「気をつけて、行ってくるのよ」
その一言が、さっきの部屋での「行ってきます」を救ってくれた気がした。
暖かい。なんて、落ち着くんだ。
「ナリーシャ。こっちにいらっしゃい」
サマリアさんがそう言うと、ナリーシャが俺の方に歩み寄る。
「ほら、ちゃんと渡しなさい」
渡す?何のことだ?
ナリーシャは少し俯いたまま、俺に何かを差し出した。
「これはね、ヴェイグちゃん。エルフに伝わるお守りなの。渡した相手に森の加護がありますようにって願いながら、アストラルを込めて編み込むのよ」
ナリーシャの掌には、緑色の糸で編まれた綺麗な組紐が乗っていた。
「これを、俺に?」
俺がそう言うと、ナリーシャは一つ頷いた。
促されるままにその組紐を手に取る。
ほのかに、暖かい。
「ありがとうございます。大切にします」
「約束……守ってよね」
ナリーシャの顔を覗くと、今にも泣きそうな表情をしていた。
「分かってます」
そのやり取りを見て、サマリアさんが何やらニヤニヤとしているのが分かった。
「約束って何かしら。気になるわぁー」
「お、お母様!」
ナリーシャは慌てた様子で両手をブンブンと振った。
微笑ましい光景だな。
「ヴェイグ! 何してるの、行くわよ!」
やや遠くからマフィリア先生の声が聞こえる。もう最後尾の行軍が始まったようだ。
俺はサマリアさんとナリーシャに一礼すると、先生の方へと走った。
いつも孤独に戦っていたが、こういうのも悪くはない。
誰かの為にと戦って、報われたことなど1度も無かった。
所詮は誰かの為になんて、自己満足の偽善者のする事。初めから理由を他人に丸投げしているに過ぎない。そんな事は分かってる。
だから、報われることなどある訳が無い。そんな事も分かってる。
俺はこの先も、誰かの為だと嘯きながら、多くの生命を奪うだろう。
ただ、自分の自己満足の為に。
でも、送り出してくれる人がいる。
待っていてくれる人がいる。
それだけで、こんな気持ちになるものなんだな。
今はただ、この握りしめた掌の暖かさが本当であると信じよう。
俺はそう心に決めて、大森林へと脚を踏み入れるのだった。
読んでいただきありがとうございます!
次話から戦闘回に入っていく予定です。
いよいよ討伐作戦ですね。
毎回遅くなって申し訳ありません。
考えすぎる性格が良くないのですかねぇ。
兎にも角にも次もよろしくお願いします!
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