序章 2話
初心者です。
読んでいただけたら幸いです。
早朝からの体術鍛錬と兄上との組手を終えた僕は、城内を抜け、屋敷へと引き上げている途中だ。
すれ違う警備の人や、城で働いている人と軽く会釈を交わしながら歩いていく。
城は堅牢な石造りで、豪華な装飾などがある訳では無いが、決して息苦しい様な場所ではない。
窓が多く設けられていて、外からの光が差し込み、とても明るい雰囲気だ。
風通しもよく、爽やかな空気が通路を駆け抜ける。
正門を出ると、照りつける日差しに目が眩んだ。
城の前の広場には多くの人が行き交っている。
正午近くになればそれも当然だ。
その広場から、都市を二分するように真っ直ぐ街道が走っていて、商業区、居住区など区画整理がしっかりとなされている。
城は小高い場所に建設されていて、街を一望できるようになっており、僕はここからの眺めがお気に入りだ。
綺麗な白い石造りの街並みが、太陽の光を反射してとても美しい。
緑も多く、自然との調和が上手になされている。
街を正面に見て、広場から右に伸びる道の先。
城のちょうど隣りに僕の住む屋敷がある。
外見はやや古いが、中の造りはしっかりしていて、部屋数も多い。
庭も広く造られていて、色とりどりの草花がいきいきと育てられている。
鮮やかなその庭を通り、大きな二枚扉の玄関を開けた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、ヴェイグ坊っちゃま」
深々とお辞儀をして出迎えてくれたのはこの屋敷の使用人。
種族、リザードマンの女性、マナさんだ。
黒を基調としたメイド服がとてもよく似合っている。
いつから使用人をしているのかは分からないが、僕が物心ついた時には既にいたのは確かだ。
手と足の皮膚部分が青みがかった鱗で覆われているが、その他は人間のそれと変わらない。
赤い丸縁の眼鏡をかけていて、腰ほどまである栗色の髪をゆるく後ろで三つ編みにしている。
マナさんは面倒見がよく、親しみやすい性格なのもあってか、老若男女に評判がいい。
特に若い男に。
まだ9歳の僕から見ても大きいのが分かるからだろう。
その……いわゆる……胸が。
「あらあら、今日はいつになく傷だらけで。そのお顔はどうなさったのですか?」
マナさんは心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「あっ、兄上に稽古をつけてもらったんだ。まぁ惨敗だったけど」
胸がすぐ目の前まできて、恥ずかしくなり咄嗟に目をそらした。
「ガレウス様は容赦ないですからねー。手加減が下手なんですよ。前回も左腕の骨、折られてましたものね」
「まぁ……。今回は骨折してないから、少しは鍛錬の成果が出ているのかな」
自分で言っていて悲しくなる言葉だ。
「厳しくされるのも、坊っちゃまに期待なさってるからだと思いますよ。グウェイン様も、ガレウス様も」
「それなら父上と兄上の期待に答えられるよう、これからもしっかり鍛錬しないとな!」
僕がそう言うと、マナさんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい! 応援してますよ! 坊っちゃまは伸び代ありますから!」
「本当にそうだといいんだけどね」
「きっと大丈夫ですよ!」
何も根拠などないだろうに。
だが、マナさんに大丈夫と言われると、そうなのかなと思えた。
「ありがとう、マナさん」
心からの感謝が口から零れた。
「いえいえ。そう言えばそろそろお昼になりますので、その前に井戸で身体を拭いてきてくださいな」
そう言うと、どこから取り出したのか、白くて清潔なタオルを手に持っている。
うん?
正直まったく見えなかった。
「今、どこから??」
驚きを隠しきれない。
「この程度、メイドの嗜みですので。どうぞ坊っちゃま!」
マナさんはそう言うと、僕に向かって勢いよくタオルを差し出してきた。
大きく、豊満な胸が弾む。
ついつい目線がそちらに向いてしまう。
そう言えば、街の大人達は口を揃えて「あれこそが正義だ!」なんて言っていたな。
貧乳がどうとか、巨乳がどうとかで口論していたのを聞いたこともある。
もちろん男限定で。これは若い人だけではなかったかな。
どちらにしろ、僕にはあまり関係の無いことだからサラリと聞き流したけど。
「どうかなさいましたか? 坊っちゃま?」
「い、いや! 何でもないよ! お腹空いたから早く済ませてくるっ」
僕は胸に釘付けだった視線を誤魔化すようにサッとタオルを取った。
「今日は栄養満点! ディンババ肉のステーキですからねー!」
「やった! 付け合わせも大盛りで!」
僕は走りながら手を挙げてマナさんに答えた。
ディンババステーキの時の付け合せは格別に美味いのだ。甘く味付けされたナラス、良く蒸されたキジェ芋。
もちろんディンババ自体も相当美味しい。
……そもそも、よく食卓にのぼるディンババ肉ってなんだろう。
考えた事もなかったな。
一度も原型を見たことがない。
本来であれば知らないものを口にいれるのは抵抗があるのだろうが、まぁ美味いのだから気にもならない。
僕の中では、美味しいご飯こそが正義なのだ。
それが、歳相応と言うものだ。
僕は期待に胸を膨らませながら水浴びに向かうのだった。
僕の父グウェインは、城を構えるこの都市、メルカナを中心とする魔皇軍南方方面第一師団の団長であり、我等が掲げる魔王の一柱、アバルス様の弟にあたる。
いわゆる、魔王直轄の幹部というやつだ。
単に魔族と言っても様々な種族が存在するし、生活基盤や思想、習慣、言語すら異なる者も存在する。
その様々な魔族を統括し、魔皇軍の全権を握るお方が、魔皇、ノーフィアス様だ。
もちろん僕は会ったことはないが。
だが、それでも魔族全体をまとめ上げることは困難を極め、その打開策としてそれぞれの方面軍に一人、魔王を配置するという、分割統治を取り入れた。
その魔王達が各方面軍を指揮、統括し、広大に伸びる戦線を維持しながら、尚も戦火を拡大しているという現状だ。
魔王に選抜されたものは4人存在し、それぞれが知略、武勇に優れた強者であり、自分の種族を主戦力として方面軍の魔族をまとめ上げている。
その一人がこの南方方面軍魔王が一柱、アバルス様なのだ。
種族はもちろんライカンスロープだ。
元々魔族は世界人口の1割にも満たない希少な存在だ。
だが、その性格と、他の人族、亜人族とはあまりにも違う価値観、圧倒的な力が理由となり、世界的に畏怖されるべき存在へと認識が書き換えられた。
各地で迫害を受け、虐げられ、挙げ句の果てには討伐対象として殺害されていった魔族は決して少なくない。
もちろんその逆もだが。
画して、魔族による反乱の狼煙は必然であり、ノーフィアス様を筆頭に魔皇軍が編成された。
魔皇軍の目的はただ一つ。
自分達が安心して生活出来る国を建国することだ。
だったはずなのだが。
建国するだけの領土をすでに得ているにも関わらず、戦線は尚も拡大の一途を辿っている。
付け合わせ大盛りのディンババ肉をたらふく食べた僕は、体術と同様に日課となっている午後からの言法鍛錬に向かおうとしていた。
兄との組手の時に受けた顔の傷はマナさんに手当をしてもらった。
心身共に万全だ。
魔皇様のお役に立つため、なんて大それた事は思わないが、これでも魔王軍幹部の子供だ。
怪我をしたからといって、鍛錬を怠る事はできない。
言法の鍛錬は高い集中力が必要なため、いつも都市の外れの森で行っている。
ここでは誰かに邪魔されかねない。
正直なところ、情けない姿を見られたくない、一人でやりたいと言うのが本心だ。
玄関にある大きな鏡の前で身だしなみを整えると、マナさんが「行ってらっしゃいませ」と見送ってくれた。
今日こそはと強い決意を胸に、玄関の扉を開け外に出た瞬間、そいつは突然現れた。
「おにーさまー!!」
「オォフッ!」
突然の出来事に変な声が出てしまった。
背後から何者かにいきなり抱きつかれたらそんな声も出る。
マナさんに聞かれなかったか、少し気恥しい。
いや、かなり気恥しい。
「どこに行くんですか? お兄様?」
犯人が尋ねてくる。
「急にびっくりするじゃないか! 僕はこれから言法の鍛錬に行くんだよ。邪魔をするな」
「えー、いいじゃないですかぁー。未来の妻とイチャイチャしましょうよー」
「誰が誰の妻だって?」
いきなり抱きつき、僕に恥をかかせた犯人は一つ下の妹、エリュシュナだ。
皆はエリーと呼んでいる。
肩口までのボブヘアーの銀髪、すらっとしていてしなやかな体躯。愛らしいふわふわの耳と尻尾。
兄の僕が言うのもなんだが、顔も年相応に幼さを残してはいるが、可愛いと思う。
実際8歳と言っても、ライカンスロープの8歳だ。
年齢以上に大人びて見えるし、同年代の中でも頭一つ飛び出て高評価だ。
これだけ言うと、良い妹の様に感じるかもしれない。
だが、良い点ばかりではない。
例えば、思い込みが激しい事。
これは周りからも言われている。
まぁ素直なのだろう。
あとは8歳らしからぬ発言。
何処で覚えて来るのやら……。
教えている犯人を特定しなきゃな。
そして背が高いこと。
これは主に僕の嫉妬からくるものだ。
それから……それからぁ……。
……。欠点少ないなぁ。
つまりは、普通にしていれば問題なく可愛いと言う事だ。
正直僕もそうは思う。
「エリー、何度も言ってるだろう? 僕とエリーは兄妹なんだから、結婚は出来ない」
「確かに兄妹は結婚出来ません。でも! お兄様とは、ぎ・り・の! 兄妹ですので!!」
「義理だろうが妹は妹だ。僕はそんなつもりもない。いいから離れろって」
抱きついているエリーを剥がそうとすると、ジタバタと暴れだした。
「いーやーでーすー! それならばー、えいっ!」
エリーが今までよりも強く抱きつき、僕の背中にピッタリと密着してきた。
「これならどうですか? エリーの魅力にメロメロですかぁ? 女の武器を侮りましたね?」
あるんだか、ないんだか、なんとも言えない感触が背中にあたる。
「・・・・・・お前、本気で言っているのか?」
この時の僕はさぞや真顔だっただろう。
「いいんですよぅ? ムラムラしても。義妹ですからっ! あくまでも義理なのですっ! 既成事実プリーーズ!!」
だからそんな言葉を何処で習って来るのやら。
既成、なんちゃら? それってなんだよ。
「それで胸を当ててるつもりなら、まず自分の姿を鏡でよく見て……」
そう言った僕はある人物の姿が頭に浮かんだ。
「いや、マナさんを見て参考にするといい」
「なんでそこでマナが出てくるのよっ! 胸なの? 女の価値は胸なのかぁー!」
「決してそんなことはない。とだけ言っておこう」
「義妹を襲わないなんてどうかしてるー! 合法よ? こんなに可愛いのにー!!」
「自分で言うんじゃない」
そんなやり取りを庭先でやっていると、城の入口に、見慣れない馬車が2台止まるのが見えた。
「なあに、あれ?」
エリーが不思議そうに尋ねてくる。
「父上から聞いていないのか?今日は客人が来ると言っていたぞ」
「えー? 知らなーい」
まったく。興味無いなら聞くなよ。
僕はもう鍛錬に行くからと、エリーを振りほどいた。
エリーは強引に付いてこようとしたが、屋敷から出てきたマナさんに止められ、首根っこを掴まれて引きずられて行った。
その時のマナさんは、微笑みながら殺気を放っていた。
とりあえず街道へ出るためには城の前の広場を通らなければいけない。
僕は気を取り直して広場の方へと歩き出した。
正直見慣れない馬車になるべく関わりたくないという気持ちが勝り、伏し目がちにその横を通り過ぎようとした。
だがその瞬間、唐突にその馬車の扉が開いた。
その凄い勢いに、僕は反射的にそちらを見てしまっていた。
馬車から姿を現したのは、動いているのが不思議なくらいの、作り物のように美しい少女だった。
不覚にも、見とれてしまった。
陽の光が透けるような真っ白な肌。
サラサラと風に揺れる、腰まである金髪。
優しい木漏れ日を思わせる、淡い色の緑眼。
その瞳の色と同じ、淡い緑色のフリルのドレス。
そして、その種族を象徴する尖った耳。
あれが以前父上に聞いた、森の民、エルフだということが一目で分かった。
そして、エルフという種族は美男美女揃いだということも聞いていた。
もちろんその話をする父上は鼻の下を伸ばしていたが。
ふと、その少女と目が合った。
その美しい少女に、僕は話しかけずにはいられなかった。
「あ、あの……」
すると人形のような少女は、一瞬フッと笑った。
「いったい何を見ているのかしら。この蛆虫がっ! こちらに来てさっさと足を舐めるがいいわ!」
自分以外の存在を見下すような、そんな冷たい目線。
今までされた事の無い、凄まじい罵倒。
僕の中の何かが、音を立てて、崩れた。
序章は全部で7話構成です。
少し長いですが、書き溜めてあるので早いスパンでアップします。
読んでいただきありがとうございました。