1章 12話
1章の12話です。
今日も今日とてネヌファとの鍛錬です!
そろそろ黒い獣討伐作戦も迫り、鍛錬も大詰めを迎えていきます。
ヴェイグは属性言法を自分のものに出来るのか?
楽しんで頂ければ幸いです!
ネヌファとの鍛錬はそれから毎日、俺の体力、気力の尽きるまで行われた。
内容は想像力強化の為の瞑想がメインで、鍛錬の7割がこれに費やされる。
やはり、ここが重要なポイントのようだ。
それが終わると、手当り次第に風の言法を放ち続けた。
具体的な想像には高い集中力が必要とされ、アストラルを通してそれを現象として再現する事は、更なる精密な操作が要求された。
頭で描いたものが、正確に発動されないもどかしさ。
アストラルを操作する事の難しさ。
言葉以上の疲労が俺を襲った。
アストラルは、大気中に舞う精霊から生じるエネルギーだと言われている。
精霊に、ある一定の意志があったとしても、それから生まれるアストラルには意志が無いものだと、少なくとも俺は考えていた。
だが、実際に意識して操作してみると、良く分かる。
それを生み出した、精霊の意志の残滓とでも言うべきか。
アストラルにも意志はある。
俺の想像とは違う動きをする。
言法というものを甘く見ていた事は、否めない。
おそらくは、これを高い精度で行う事が出来るの者は精霊に愛されており、その愛というものは、適性として表現されているのだろう。
元々細かい作業は向かない性格だったせいか、正直苦戦していた。
自分としては納得いかない出来の言法を、闇雲に打ち続けた。
何度も、何度も。
だがネヌファ曰く、これが一番の近道だと言う。
想像の鍛錬。
そして、限界まで魔力炉を酷使する事での上限の押し上げ。
要は、魔力炉の容量増加。
それを毎日こなしながら、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。
「ヴェイグよ。何やら不満がありそうだな。よい、言ってみろ」
ネヌファが唐突に俺に問いかけた。
別に不満がある訳じゃない。
俺だけでは何をしていいか分からなかったし、少なくとも充実した鍛錬を行っている。
だが……。
「正直言って、アストラル操作に限界を感じています。思ったように言法が発動した事は、1度もないですから……」
ついつい弱音を吐いてしまった。
でも、この程度なら、誰でも出来るだろう。
やはり適性があっても、才能がないのだろうか。
ネヌファの方を見ると、なるほどなといった表情をしていた。
「私は嘘は好かない。だから正直に言おう。ヴェイグよ、お前の言法の才能は決して高くない」
……やっぱりか。
薄々分かっていたが、流石に少し凹むなぁ。
「だが、アストラル操作自体は悪くない。むしろ、才能あるだろうな」
「いや、今才能ないって言ったじゃないですか。どっちなんですか」
俺が肩を落としながら言うと、ネヌファは一歩俺の方へと歩み寄った。
「お前から何か言って来ると思ったんだが、どうやら言う気が無いらしいからはっきり問おう。ヴェイグ。何か隠している事があるんじゃないか?」
隠している事?
別にこれと言って無いが。
「お前は一見才能がある様に見える。だが、アストラル効率が致命的に悪い。現象としての再現度は、お前が納得していなくても十分なものだ。それよりも、無駄が多すぎるんだよ。魔力炉で十分なアストラルを練ったとしても、発動の際に4割近くを無駄にしている。これははっきり言っておかしい。あまりにも馬鹿げている。何なら、わざとやっている様にすら見える」
ジリジリと俺との距離を詰めるネヌファ。
「本来ならばもっと威力が出たり、あと数回、十数回は言法を放つことも可能な筈だ。操作自体も、もっと精度が上がる筈なんだ。お前は何を隠している?」
気づくと、ネヌファの顔が俺の目の前まで来ていた。
綺麗だ。
肌のキメが細かいし、唇も柔らかそう……じゃない!
隠している?
変換効率が悪い?
そんなこと言われても心当たりが……あ。
別に忘れていた訳じゃない。
ちょっと必死だったから、失念していたと言うか、なんと言うか。
もともとそっちにアレンジするつもりだったし、忘れるはずも無い。
そうだよ、嫌だなぁ。わざとじゃないさ。
「す、すみません。別に隠していた訳じゃないんですが……」
「何だ。言ってみろ」
だから顔近いって!
それに、胸がけしからん!
こ、ここ、零れそうですけどっ!
刃物を向けられるよりも動揺する。
凄い凶器もあったものだな。
それにしても、マナさん程とは、全くけしからんっ!
俺はネヌファから少し距離を取ると、大きく深呼吸をして本題へと入った。
「えー。実は、俺の詠唱は特殊らしくー、通常のものでは十分に威力が出ないらしくてですねー。俺固有の起動式に変換する必要があるみたいでしてー……」
俺が気まずそうに説明をすると、ネヌファは、複雑な表情をしていた。
怒っているような。呆れているような。
一番近いのは、残念な子を見る目に似ていますね。
お願いだからやめて!
「はぁ……。固有の起動式、言法があるのは常識だ。この世界の全ての種に該当する。でも、それ以外の起動式だと使えないとか、何らかの障害、干渉が起きて威力が明らかに落ちるとか、そう言うのは聞いたことがない。お前はほんとに何なんだ?」
「何と言われましても。人間? 魔族? ですよ?」
ネヌファは呆れた吐息を漏らした。
「もういい。お前の言っている事が本当なら、見てみないことには分からない。今すぐ、目の前でやってみせろ。お前の風の言法を」
……えっ?
「い、いや! ちょっと待って……」
「今やって見せないなら、もう指導はしない」
えー。そんな無茶な。
「1度も試したことがないし、それなりに時間をかけてやるものなんですよ?」
「そんな事分かってる」
「……分かってるのかよ」
「何か言ったか?」
指導の打ち切りはまずい。
今はネヌファだけが頼りだからな。
どのみち作戦までは1ヶ月。
そろそろアレンジに入らないと間に合わないのも事実、か。
「分かりました。とりあえずやってみるので、失敗しても文句言わないでくださいよ?」
「失敗など許さん」
この人、絶対Sだわ。
「……分かりました」
ネヌファは林の方に歩いていくと、河原の近くにあった一本の木を指さした。
「あの木に向ってやってみろ。へし折っても咎めたりしない」
ネヌファが指定した木は、直径2メートルはあろうかという大木だ。
俺が身体強化して技を放ったとしても、折ることは無理だろう。
少なくとも、一撃では絶対に無理だ。
「どうした? 怖気付いたか?」
畜生。あいつはSじゃない。
ドが付くSだ!
やってやろうじゃないか。
どのみち、この位出来なければ黒い獣には打撃を通せないだろう。
今ここで限界を超えなければ。
今の自分よりも、強くならなければ。
「やります! へし折ってみせますよ!」
「そのいきだ! 見せてみろ。お前の本気を!」
楽しそうな表情するなよ。まったく。
俺は大木へと歩み寄った。
距離はおよそ1メートル半。
やるしかない。どのみちやるんだ。
早いか遅いかだけだ。
だが、どうするか。
風の言法。
切断するか?いや、今の実力ではそこまでの威力は出ない。
圧縮した風の圧力で押しつぶすか?いや、それも無理だろう。
どのみち俺には向かない戦闘法だ。
俺には、殴る蹴るが性に合ってる。
打撃に風を乗せる。
殴った瞬間に切り刻むか?
それでは別々に放つ事と変わらないし、打撃の意味が無い。
何か、何かないか。
打撃と相性のいい使い方が。
殴る、蹴る、叩く。
拳の回転。旋回力。
風を旋回させて削り取る?
悪くは無いが、何かが違う。
殴る。震える。対象が振動する。
「どうしたー? やっぱり止めるか?」
ドSめ。煽らないでくれ。
「今やりますから。集中させてください!」
とりあえずやるだけやってみるか。
あとは、詠唱。
おそらく、いつも通りでは意味が無い。
俺固有の詠唱に、属性を上乗せする為の詠唱も組み込む。
一言だけでもいい。具体的な一言さえあれば十分。
想像で、言葉でもって、アストラルへ明確な指示を出す。
それには、詠唱での風の属性の付与は必要不可欠な筈だ。
考えが正しければ、これでいける。
俺は、ひとつ大きく息をした。
身体には、河原を吹き抜ける風を感じる。
目を閉じ、出来るだけ具体的なイメージを思い浮かべた。
どのような技であるのか。
どのような威力なのかを。
集中しろ。
ただ、目の前の敵を殺す為に。
ただ、それだけの為に。
立ち塞がる全てを己の拳で打ち倒す為に。
具体的な力、強さのイメージ。
背中を掻きむしり、駆け上がる殺意。
瞼の裏には、あの時の光景が焼き付いている。
いつでも、いかなる時でも、俺をあの時へと引きずり込んで離そうとしない。
俺が、心の底から望んだ。
いつまでも色褪せない、鮮やかな殺意。
胸が、頭が熱く燃え上がり、目の前を赤く染め上げる。
さあ、瞼を開けろ。
その目に映る、全てが敵だ。
俺はゆっくりと、目を開く。
そこには、あいつがいた。
あのおぞましい、化け物が。
今度こそ殺す。
殺す。殺す。殺す。殺す!殺す!殺す!殺すっ!
あいつを殺せるだけの、技のイメージを。
「形切流、殺人術」
俺は右脚を後ろへ引き、構えを取った。
「震え、爆ぜろ」
拳へと力を込める。
その周囲にアストラルが集中し、風が渦巻いていくのを感じた。
「零之型、一番、振空」
振り抜いた拳は化け物を捉えた。
打撃による振動を、拳に纏った風が何十倍、何百倍、空間そのものを歪める程まで増幅し、次の瞬間、喰い千切った。
そこには、初めから何も存在しなかった様に。
跡形もなく。
俺は、口の端を吊り上げた。
「ヴェイグ! もう十分だっ!」
ネヌファの言葉で、俺は我に帰った。
気づけば、俺の目の前にあった筈の大木は、地面に倒れていた。
その一部分を、跡形もなく喰い千切られる様なかたちで。
「もういい。大丈夫か? まるで意識が無いようだったぞ」
集中、しすぎたようだ。
大木を殴った記憶がまるで無い。
いくら想像とはいえ、怒りに飲まれて、悪い癖が出てしまっていたようだな。
「だ、大丈夫ですよ。それより……どうですか? これからも指導してもらえますか?」
ネヌファは、完全に呆れた顔をしていた。
「まったく、危なっかしくて見ていられない。お前に何があったのかは聞かないが、こんな言法を使う奴は初めて見た」
「じゃあ、合格、ですか?」
「まぁ、余計興味が湧いたしな。これからも指導してやる。それにしても、今の技。ちゃんと使いこなせないと、いずれ自分もああなるぞ」
ネヌファは大木へと目をやった。
確かに、強い力は、時に自分をも破滅に導く。
「無我夢中で。……すみません」
「とりあえず、よくやった。これからは、その妙な詠唱を用いての鍛錬を行う。時間がないのだろう?」
妙なって言うなよ。
自分でも重々分かってる。
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあ、より厳しくいくから覚悟しろ!」
やっぱり、この人ドSだ……。
こうして、一先ず指導を打ち切られるような事はなくなった。
無意識に打ったあの一撃は、感触としてしっかりと覚えている。
あの技なら、あの技があったのなら。
本当に救えていたのだろうか。
そんな事が俺の頭を過ぎったが、今更なのは理解している。
俺はこれからの事、とりあえず1ヶ月後の討伐作戦を見据えて鍛錬を続けなければ。
ネヌファの指導も厳しくなると思うが、乗り越えなくてはならない。
エルフからの犠牲を出さない為にも。
俺は強い決意を胸に、これからの鍛錬に臨むのだった。
読んで頂きありがとうございます!
次話では鍛錬も終わり、いよいよエルフと協力しての討伐作戦に突入していくと思います!
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