1章 10話
1章も10話まで来ました!
今回は出会いの回になります。
ここから黒い獣との戦闘に向けて、鍛錬やら人間関係やらが進んでいきます。
楽しんで読んでもらえると幸いです。
美しい。
何と表現したらいいのか。
美しいという言葉しか浮かんでこない。
今まで見た誰よりも。
今まで見た何よりも。
目の前にいる存在が美しいと思える。
それは、そう。掴みどころがなく、自由。
それは、そう。変質することなく、普遍。
そして、どこか懐かしく。そして、いつも新しい。
頭の中で声がする。
私はいつも一緒だと。私はどこにも行かないと。
頭の中で声がする。
どこにいるのかと。どこに行ってしまったのかと。
その問いかけに応えることはできない。
表現の、形容のしようがない。
だが、敢えてこの存在を、例えるならば。
俺は『風』だと、そう答えるだろう。
鼓動が、高く跳ねる。
突如現れたその存在から、目を離せない。
いや、離せないんじゃない。
目を、奪われたのだ。その、女性に。
腰まであろうかという、真っ直ぐで光沢のある黒髪。
吸い込まれそうなほど純粋で、穢れを知らない大きな黒眼。
肌はきめ細やかで、触れれば壊れてしまいそうだ。
その肌に纏った黒いドレスは、胸元のラインから袖口までが透かし彫りになっていて、コントラストで肌がより一層白く見える。
そして、何より目を引くのは、その背に生やす、一対の翼。
白い、鳥の……。いや、天使の。
目の前に浮遊する存在が何なのかは、正直見当がつかないが、美しい天使にしか見えない。
もちろん天使を見たことはないが、存在しているなら、こんな風だろうと。
「魔族よ。何故泣いているのかしら?」
泣いている?俺が?何を言って……。
「えっ? な、何でだろ……」
気づけば俺は、瞳から大粒の涙を流していた。
とめどなく頬を伝い、落ちていく。
悲しくはない。辛くもない。苦しくもない。
しいて言うなら。
「……懐かしい。何だか、そんな感じがする」
「懐かしい……。この私とどこかで会ったことがあると?」
「いや、それは、ないですね」
俺は服の袖で涙を拭った。涙は、もう止まったようだ。
「貴女は、いったい何者ですか? それに、俺を魔族だと」
俺の見た目は、あくまで人間そのものだ。
そうそう一目で見破られるものじゃない。
「この私が分からないとでも? 意識的に隠している訳でもないんだ、私には丸見えだよ。魔力生成器官が」
そう言うと、俺の胸の辺りを指差した。
こいつ、ダーシェさんと同じ……。
「それより魔族よ。お前、なんだか面白い匂いがするな」
未知の存在は地上に降り立ち、俺の方へと歩み寄る。
「魔族と呼ぶのは、止めてくれませんか?」
俺は警戒しながら言葉を返す。
「ふむ。では少年。お前、言法の適正はなんだ?」
「答える、義務はないです」
「まあ、それもそうだな」
俺の顔をまじまじと眺めると、その女性は急に背中を向けた。
「この一帯は私の治める土地だ。大地が抉れ、木々が倒されている。誰がこのような暴挙に及んだのか。私は心が痛いよ」
そう言い終わると、女性は再びこちらに向き直った。
不敵な笑みを、浮かべながら。
……。これは、見られていたか。
「はぁ。無属性と……風属性です」
俺が溜息交じりにそう言うと、女性の表情が一変した。
驚いたような、怒ったような、哀しいような、嬉しいような。
そんな、色々な感情が入り混じった、複雑な。
「……風……。そう。だから……」
俯いた女性の大きな瞳が、少し霞んで見えた。
「どうか、しましたか?」
「いや、何でもないんだ。風、とは珍しいと思ってね」
何だか、はぐらかした感じだな。
「それで、何故こんな暴挙をしたのかな?」
この一帯を治めているということは、敵ではないということか?
あくまでもこの女性の言うことを信じるのならば。
「荒らしてしまって、すみません。一応、理由はあるのですが……」
「話せないのも分かるが、誠意は大切なんじゃないか?」
正論過ぎて、言い返す言葉もない。
正直、怪しいとは思う。
得体が知れないし、少なくとも、人間でも、エルフでも、魔族でもない。
普通は、信用したりしない。
だけど。そうだとしても。
「実は……」
俺は、俺の判断を、心を裏切りたくない。
この女性を見たときに感じた、あの気持ちも。
俺は、今起こっている状況を、素直に女性に話した。
黒い獣のこと。その獣と戦闘したこと。2ヶ月後に討伐作戦があり、それに参加すること。
それには力が足りず、鍛錬をしていたことを。
女性は、真剣に俺の話を聞いてくれた。
「なるほど。黒い獣とやらの事は、私も憂慮するべき事態として認識している。討伐作戦か。……それにしても、お前があれと戦って、なお生きているというのは信じられないな」
「まあ、もう少しで死ぬところでしたけどね」
女性はまた音もなく宙に浮くと、腕組み、脚組みをして、何やら考え事をしているようだ。
それにしても、本当に美しい人だ。
もはや、現実離れしているな。
「お前。風の力を使いこなせるようになりたいか?」
思いがけない質問に、正直面くらった。
「それは、まあ。でも、使い手もいなければ、資料も少なくて」
女性は背中の翼を羽ばたかせた。
「私は詳しいぞ? 教えることもできる。こう見えても長生きで、知識も豊富だからな。まあ、使えるようになるかは、お前次第だが」
長生き。どう見ても24、5歳にしか見えないが。
「どうした? 止めておくか?」
「い、いえっ! 是非よろしくお願いします」
何にしろ、俺はようやく見つけた可能性にすがるしかない。
「私は厳しいから、覚悟しておけよ。今日はもう日が暮れる。明日の正午過ぎにまたここに来るように」
「分かりました! 初対面なのに、こんな……」
「なに、少し興が乗っただけさ。久々に楽しめそうだ」
女性はそう言うと、またにやりと不敵な笑みを浮かべた。
今更なんだが、嫌な予感がする。
どうして俺の周りには、まともな人が少ないのか。
「そうだ。まだ名乗っていなかったな。私の名はネヌファ。特別に教えておいてやろう」
ネヌファはそう名乗ると、上品に会釈をした。
不思議な響きだが、何故か、胸が熱くなる感覚を覚えた。
「俺の名前は、ヴェイグです」
「……ヴェイグ。良い名だ。それでは、御機嫌よう」
翼が羽ばたいたかと思うと、ネヌファは一瞬で目の前から姿を消した。
その後には、淡い光の粒だけが残った。
ほんとに謎に包まれた存在だ。
捉えどころがなく、急に現れ、急に去っていく。
「まるで風だな」
少々迂闊に話をしてしまったところはあるが、これで何かしらヒントを得られれば、それでいい。
話した感じ的にも、敵対することはないだろう。
今すぐには。
とりあえず明日からが本番だ。
今日は早めに城に戻るとしよう。
気にしていなかったが、もう辺りが暗くなり始めている。
それに、腹も減った。
俺は夕飯の事を考えながら、城への帰路につくのだった。
城に到着した時には、もうすっかり夜の帳が降りていた。
空腹に耐えかねた俺は、その足で食堂へ向かった。
まだ仕事をしている者も多いのか、通路にはいつもよりも人影が見える。
討伐作戦も関係しているのだろう。
食堂は2階にある。
階段を上っていると、急に大きな声で話しかけられた。
「おお! まぞ……小僧!」
階段を上った先に視線を移すと、そこにはグーデンさんが立っていた。
相変わらず堂々としていらっしゃる。
ってか今魔族って言おうとしたろ!
変なところで切るなよ。俺がマゾ小僧みたいだろっ!
「鍛錬か。まだ若いのに偉いもんだ!」
俺はグーデンさんの前まで来ると、軽く会釈をした。
「ど、どうも……」
「硬いなぁ! もっと気楽に接してくれ!」
グーデンさんはそう言うと、俺の肩をバシバシと叩いた。
い、痛い!肩外れるわっ!!
ほんとにエルフかよ、このおっさん。
「グ、グーデンさんは、ダーシェさんのところですか?」
俺が質問すると、やっと叩くのを止めてくれた。
「ああ。討伐作戦の編成と、訓練内容のことでな」
「作戦までは時間もないですしね」
「ああ。2ヶ月などあっという間だ。犠牲をこれ以上出さないためにも、出来得る準備は全てやっておきたい」
グーデンさんは真面目な顔でそう言った。
その表情からは張り詰めるような緊張感と、迸るような覇気を感じる。
流石はエルフ最強の戦士。
責任感と仲間を思う気持ちは、人一倍か。
「気負う必要はない。俺が必ず討伐して見せる!」
グーデンさんはガハハと笑ってみせた。
まったく。本当に親父を思い出させる人だな。
こういう真っ直ぐな人は、嫌いじゃない。
「はい! 微力ながらお手伝いさせてもらいます」
俺がそう言うと、グーデンさんは少し悲しそうな表情をした。
「絶対に無理はするなよ。小僧はまだ若い。命は無駄にするな」
俺は驚きのあまり、目を真ん丸に見開いた。
いやぁ。こんなセリフ、生まれて初めて言われたかもな……。
そりゃあ、俺だって平和に、平穏に生活できるなら、それに越したことはない。
でもね、グーデンさん。
もう遅い。遅すぎる。
そうやって生活するには、俺の手は、魂は、血に塗れ過ぎた。
それに、一度燃え出した怒りの炎は、そう簡単に消えはしないさ。
消したくない。絶対に、消さない。
それが、俺の願いでもあるから。
「小僧、どうした?」
「あ、いや。何でもないです」
グーデンさんの呼びかけで、俺は我に返った。
「それでは、俺は行くぞ! 何かと忙しいのでな。小僧はほどほどにな!」
また豪快に笑うと、グーデンさんは階段を降り、城を後にした。
元気な人だ。羨ましくすら感じる。
俺は、何処で間違えたのだろう。
違う。間違えてなどいない。
今更憧れてもいない。
後悔はない。これは俺の選択の結果だ。
それを否定することは、今まで死んでいった者達をも、否定することだ。
曲げるな。迷うな。突き進め。
俺には、前進する事しか、できないのだから。
それがたとえ、冥府魔道に落ちることであっても。
俺の腹から、催促の音が鳴った。
もうすっかり腹ペコだな。
食堂へと急ぐと、使用人が扉を開けてくれた。
そこにはダーシェさんとサマリアさんの姿はなく、ナリーシャだけがポツンと座っていた。
まぁ王様なんだから、忙しいわな。
「遅いわよっ! 蛆虫のくせに!」
またひどい言われようだ。
俺が椅子に腰掛けようとすると、ナリーシャの向かいの椅子を使用人が引いてくれた。
ナリーシャと向かい合って、2人で食事なんて、滅多にないことだ。
「待っていたんですか? 先に食べていてよかったのに」
俺がそう言うと、ナリーシャは言葉を濁した。
「だ、だって、また夕食でって言ったじゃない……」
「え? 何ですか?」
「何でもないわよ! もう死ねっ!!」
えー。
なんでそんなに怒るんだよ、訳分らん。
料理が続々と運ばれてくる。
ここの料理にもだいぶ慣れた。肉がないのはやはり寂しいが。
マナさんのディンババステーキが恋しい。
「鍛錬は、どうだったの?」
不機嫌そうに料理を頬張りながら、ナリーシャが話しかけてきた。
嫌なら話しかけなくていいのに。
「とりあえず、何とか目途は立ちそうですね。討伐作戦まで時間がないので、焦ってはいますが」
急にカランッ、という金属音が食堂に響いた。
「ん? ナイフでも落とし……」
ナリーシャの方に視線を移すと、かなり動揺した様子で小刻みに震えていた。
「な、なんで……」
「おい。大丈夫……」
俺が落ちたナイフを取るために立ち上がろうとすると、もの凄い勢いでナリーシャが立ち上がった。
「なんでっ! なんでヴェイグがそんな危険な作戦に参加するのよ! 昨日だって怪我したのに……。それに、ヴェイグは私の下僕でしょ? そんな作戦に参加することなんてないわ!」
息を切らして、見たこともないくらい取り乱して、ナリーシャは声を張り上げた。
綺麗な緑眼には涙が滲み、今にも零れ落ちそうだった。
俺もその姿に動揺したが、冷静に言い返した。
「何怒ってるんだよ。ダーシェさんから聞いてないのか? 直接参加するようにお願いされたんだよ」
「うるさい! うるさい! うるさいーっ!! 蛆虫は私の言うことだけ聞いていればいいのよ!」
「無茶言うな! 被害が出ているんだ、見過ごせないだろ」
「ヴェイグが行かなくても、軍が何とかするでしょ?」
俺を真っ直ぐ見つめる瞳から、一筋の涙が零れた。
「俺が、決めたことだ」
ナリーシャは、俺の言葉を聞いた後すぐに、食堂を飛び出していった。
深く椅子に座りなおす。
天井を仰ぎ見ると、俺は大きく溜息をついた。
「何で、こうなるかなー」
食欲、なくなっちまったなぁ。
明日から、ネヌファさんとの鍛錬も始まるってのに。
もう、部屋で休むか。
俺はゆっくりと立ち上がると、控えていた使用人に深く頭を下げた。
食堂を後にしてから、寝るまでの間の記憶は曖昧だ。
ただ、ナリーシャの泣き顔だけが、頭から離れない。
まるで、あの時の、涙のようだったから。
読んでいただきありがとうございました!
まだまだ技術も低いですが、これからも読んでいただき、成長を見守って貰えると嬉しいです!
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