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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
1章 エルフィンドル編
17/93

1章 10話

1章も10話まで来ました!

今回は出会いの回になります。

ここから黒い獣との戦闘に向けて、鍛錬やら人間関係やらが進んでいきます。

楽しんで読んでもらえると幸いです。

 美しい。

 何と表現したらいいのか。

 美しいという言葉しか浮かんでこない。

 今まで見た誰よりも。

 今まで見た何よりも。

 目の前にいる存在が美しいと思える。


 それは、そう。掴みどころがなく、自由。

 それは、そう。変質することなく、普遍。

 そして、どこか懐かしく。そして、いつも新しい。


 頭の中で声がする。

 私はいつも一緒だと。私はどこにも行かないと。

 頭の中で声がする。

 どこにいるのかと。どこに行ってしまったのかと。

 その問いかけに応えることはできない。


 表現の、形容のしようがない。

 だが、敢えてこの存在を、例えるならば。

 俺は『風』だと、そう答えるだろう。



 鼓動が、高く跳ねる。

 突如現れたその存在から、目を離せない。

 いや、離せないんじゃない。

 目を、奪われたのだ。その、女性に。


 腰まであろうかという、真っ直ぐで光沢のある黒髪。

 吸い込まれそうなほど純粋で、穢れを知らない大きな黒眼。

 肌はきめ細やかで、触れれば壊れてしまいそうだ。

 その肌に纏った黒いドレスは、胸元のラインから袖口までが透かし彫りになっていて、コントラストで肌がより一層白く見える。

 そして、何より目を引くのは、その背に生やす、一対の翼。

 白い、鳥の……。いや、天使の。

 目の前に浮遊する存在が何なのかは、正直見当がつかないが、美しい天使にしか見えない。

 もちろん天使を見たことはないが、存在しているなら、こんな風だろうと。


「魔族よ。何故泣いているのかしら?」

 泣いている?俺が?何を言って……。

「えっ? な、何でだろ……」

 気づけば俺は、瞳から大粒の涙を流していた。

 とめどなく頬を伝い、落ちていく。

 悲しくはない。辛くもない。苦しくもない。

 しいて言うなら。

「……懐かしい。何だか、そんな感じがする」

「懐かしい……。この私とどこかで会ったことがあると?」

「いや、それは、ないですね」

 俺は服の袖で涙を拭った。涙は、もう止まったようだ。

「貴女は、いったい何者ですか? それに、俺を魔族だと」

 俺の見た目は、あくまで人間そのものだ。

 そうそう一目で見破られるものじゃない。

「この私が分からないとでも? 意識的に隠している訳でもないんだ、私には丸見えだよ。魔力生成器官が」

 そう言うと、俺の胸の辺りを指差した。

 こいつ、ダーシェさんと同じ……。

「それより魔族よ。お前、なんだか面白い匂いがするな」

 未知の存在は地上に降り立ち、俺の方へと歩み寄る。

「魔族と呼ぶのは、止めてくれませんか?」

 俺は警戒しながら言葉を返す。

「ふむ。では少年。お前、言法の適正はなんだ?」

「答える、義務はないです」

「まあ、それもそうだな」

 俺の顔をまじまじと眺めると、その女性は急に背中を向けた。

「この一帯は私の治める土地だ。大地が抉れ、木々が倒されている。誰がこのような暴挙に及んだのか。私は心が痛いよ」

 そう言い終わると、女性は再びこちらに向き直った。

 不敵な笑みを、浮かべながら。

 ……。これは、見られていたか。

「はぁ。無属性と……風属性です」

 俺が溜息交じりにそう言うと、女性の表情が一変した。


 驚いたような、怒ったような、哀しいような、嬉しいような。

 そんな、色々な感情が入り混じった、複雑な。

「……風……。そう。だから……」

 俯いた女性の大きな瞳が、少し霞んで見えた。


「どうか、しましたか?」

「いや、何でもないんだ。風、とは珍しいと思ってね」

 何だか、はぐらかした感じだな。

「それで、何故こんな暴挙をしたのかな?」

 この一帯を治めているということは、敵ではないということか?

 あくまでもこの女性の言うことを信じるのならば。

「荒らしてしまって、すみません。一応、理由はあるのですが……」

「話せないのも分かるが、誠意は大切なんじゃないか?」

 正論過ぎて、言い返す言葉もない。

 正直、怪しいとは思う。

 得体が知れないし、少なくとも、人間でも、エルフでも、魔族でもない。

 普通は、信用したりしない。

 だけど。そうだとしても。

「実は……」

 俺は、俺の判断を、心を裏切りたくない。

 この女性を見たときに感じた、あの気持ちも。


 俺は、今起こっている状況を、素直に女性に話した。

 黒い獣のこと。その獣と戦闘したこと。2ヶ月後に討伐作戦があり、それに参加すること。

 それには力が足りず、鍛錬をしていたことを。

 女性は、真剣に俺の話を聞いてくれた。

「なるほど。黒い獣とやらの事は、私も憂慮するべき事態として認識している。討伐作戦か。……それにしても、お前があれと戦って、なお生きているというのは信じられないな」

「まあ、もう少しで死ぬところでしたけどね」

 女性はまた音もなく宙に浮くと、腕組み、脚組みをして、何やら考え事をしているようだ。

 それにしても、本当に美しい人だ。

 もはや、現実離れしているな。


「お前。風の力を使いこなせるようになりたいか?」

 思いがけない質問に、正直面くらった。

「それは、まあ。でも、使い手もいなければ、資料も少なくて」

 女性は背中の翼を羽ばたかせた。

「私は詳しいぞ? 教えることもできる。こう見えても長生きで、知識も豊富だからな。まあ、使えるようになるかは、お前次第だが」

 長生き。どう見ても24、5歳にしか見えないが。

「どうした? 止めておくか?」

「い、いえっ! 是非よろしくお願いします」

 何にしろ、俺はようやく見つけた可能性にすがるしかない。

「私は厳しいから、覚悟しておけよ。今日はもう日が暮れる。明日の正午過ぎにまたここに来るように」

「分かりました! 初対面なのに、こんな……」

「なに、少し興が乗っただけさ。久々に楽しめそうだ」

 女性はそう言うと、またにやりと不敵な笑みを浮かべた。


 今更なんだが、嫌な予感がする。

 どうして俺の周りには、まともな人が少ないのか。

「そうだ。まだ名乗っていなかったな。私の名はネヌファ。特別に教えておいてやろう」

 ネヌファはそう名乗ると、上品に会釈をした。

 不思議な響きだが、何故か、胸が熱くなる感覚を覚えた。

「俺の名前は、ヴェイグです」

「……ヴェイグ。良い名だ。それでは、御機嫌よう」

 翼が羽ばたいたかと思うと、ネヌファは一瞬で目の前から姿を消した。

 その後には、淡い光の粒だけが残った。

 ほんとに謎に包まれた存在だ。

 捉えどころがなく、急に現れ、急に去っていく。

「まるで風だな」

 少々迂闊に話をしてしまったところはあるが、これで何かしらヒントを得られれば、それでいい。

 話した感じ的にも、敵対することはないだろう。

 今すぐには。

 とりあえず明日からが本番だ。

 今日は早めに城に戻るとしよう。

 気にしていなかったが、もう辺りが暗くなり始めている。

 それに、腹も減った。

 俺は夕飯の事を考えながら、城への帰路につくのだった。



 城に到着した時には、もうすっかり夜の帳が降りていた。

 空腹に耐えかねた俺は、その足で食堂へ向かった。

 まだ仕事をしている者も多いのか、通路にはいつもよりも人影が見える。

 討伐作戦も関係しているのだろう。


 食堂は2階にある。

 階段を上っていると、急に大きな声で話しかけられた。

「おお! まぞ……小僧!」

 階段を上った先に視線を移すと、そこにはグーデンさんが立っていた。

 相変わらず堂々としていらっしゃる。

 ってか今魔族って言おうとしたろ!

 変なところで切るなよ。俺がマゾ小僧みたいだろっ!

「鍛錬か。まだ若いのに偉いもんだ!」

 俺はグーデンさんの前まで来ると、軽く会釈をした。

「ど、どうも……」

「硬いなぁ! もっと気楽に接してくれ!」

 グーデンさんはそう言うと、俺の肩をバシバシと叩いた。

 い、痛い!肩外れるわっ!!

 ほんとにエルフかよ、このおっさん。


「グ、グーデンさんは、ダーシェさんのところですか?」

 俺が質問すると、やっと叩くのを止めてくれた。

「ああ。討伐作戦の編成と、訓練内容のことでな」

「作戦までは時間もないですしね」

「ああ。2ヶ月などあっという間だ。犠牲をこれ以上出さないためにも、出来得る準備は全てやっておきたい」

 グーデンさんは真面目な顔でそう言った。

 その表情からは張り詰めるような緊張感と、迸るような覇気を感じる。

 流石はエルフ最強の戦士。

 責任感と仲間を思う気持ちは、人一倍か。

「気負う必要はない。俺が必ず討伐して見せる!」

 グーデンさんはガハハと笑ってみせた。

 まったく。本当に親父を思い出させる人だな。

 こういう真っ直ぐな人は、嫌いじゃない。

「はい! 微力ながらお手伝いさせてもらいます」

 俺がそう言うと、グーデンさんは少し悲しそうな表情をした。

「絶対に無理はするなよ。小僧はまだ若い。命は無駄にするな」

 俺は驚きのあまり、目を真ん丸に見開いた。


 いやぁ。こんなセリフ、生まれて初めて言われたかもな……。

 そりゃあ、俺だって平和に、平穏に生活できるなら、それに越したことはない。

 でもね、グーデンさん。

 もう遅い。遅すぎる。

 そうやって生活するには、俺の手は、魂は、血に塗れ過ぎた。

 それに、一度燃え出した怒りの炎は、そう簡単に消えはしないさ。

 消したくない。絶対に、消さない。

 それが、俺の願いでもあるから。


「小僧、どうした?」

「あ、いや。何でもないです」

 グーデンさんの呼びかけで、俺は我に返った。

「それでは、俺は行くぞ! 何かと忙しいのでな。小僧はほどほどにな!」

 また豪快に笑うと、グーデンさんは階段を降り、城を後にした。


 元気な人だ。羨ましくすら感じる。

 俺は、何処で間違えたのだろう。

 違う。間違えてなどいない。

 今更憧れてもいない。

 後悔はない。これは俺の選択の結果だ。

 それを否定することは、今まで死んでいった者達をも、否定することだ。

 曲げるな。迷うな。突き進め。

 俺には、前進する事しか、できないのだから。

 それがたとえ、冥府魔道に落ちることであっても。


 俺の腹から、催促の音が鳴った。

 もうすっかり腹ペコだな。

 食堂へと急ぐと、使用人が扉を開けてくれた。

 そこにはダーシェさんとサマリアさんの姿はなく、ナリーシャだけがポツンと座っていた。

 まぁ王様なんだから、忙しいわな。

「遅いわよっ! 蛆虫のくせに!」

 またひどい言われようだ。

 俺が椅子に腰掛けようとすると、ナリーシャの向かいの椅子を使用人が引いてくれた。

 ナリーシャと向かい合って、2人で食事なんて、滅多にないことだ。

「待っていたんですか? 先に食べていてよかったのに」

 俺がそう言うと、ナリーシャは言葉を濁した。

「だ、だって、また夕食でって言ったじゃない……」

「え? 何ですか?」

「何でもないわよ! もう死ねっ!!」

 えー。

 なんでそんなに怒るんだよ、訳分らん。


 料理が続々と運ばれてくる。

 ここの料理にもだいぶ慣れた。肉がないのはやはり寂しいが。

 マナさんのディンババステーキが恋しい。

「鍛錬は、どうだったの?」

 不機嫌そうに料理を頬張りながら、ナリーシャが話しかけてきた。

 嫌なら話しかけなくていいのに。

「とりあえず、何とか目途は立ちそうですね。討伐作戦まで時間がないので、焦ってはいますが」

 急にカランッ、という金属音が食堂に響いた。

「ん? ナイフでも落とし……」

 ナリーシャの方に視線を移すと、かなり動揺した様子で小刻みに震えていた。

「な、なんで……」

「おい。大丈夫……」

 俺が落ちたナイフを取るために立ち上がろうとすると、もの凄い勢いでナリーシャが立ち上がった。

「なんでっ! なんでヴェイグがそんな危険な作戦に参加するのよ! 昨日だって怪我したのに……。それに、ヴェイグは私の下僕でしょ? そんな作戦に参加することなんてないわ!」

 息を切らして、見たこともないくらい取り乱して、ナリーシャは声を張り上げた。

 綺麗な緑眼には涙が滲み、今にも零れ落ちそうだった。

 俺もその姿に動揺したが、冷静に言い返した。

「何怒ってるんだよ。ダーシェさんから聞いてないのか? 直接参加するようにお願いされたんだよ」

「うるさい! うるさい! うるさいーっ!! 蛆虫は私の言うことだけ聞いていればいいのよ!」

「無茶言うな! 被害が出ているんだ、見過ごせないだろ」

「ヴェイグが行かなくても、軍が何とかするでしょ?」

 俺を真っ直ぐ見つめる瞳から、一筋の涙が零れた。

「俺が、決めたことだ」

 ナリーシャは、俺の言葉を聞いた後すぐに、食堂を飛び出していった。


 深く椅子に座りなおす。

 天井を仰ぎ見ると、俺は大きく溜息をついた。

「何で、こうなるかなー」

 食欲、なくなっちまったなぁ。

 明日から、ネヌファさんとの鍛錬も始まるってのに。

 もう、部屋で休むか。

 俺はゆっくりと立ち上がると、控えていた使用人に深く頭を下げた。


 食堂を後にしてから、寝るまでの間の記憶は曖昧だ。

 ただ、ナリーシャの泣き顔だけが、頭から離れない。

 まるで、あの時の、涙のようだったから。

読んでいただきありがとうございました!

まだまだ技術も低いですが、これからも読んでいただき、成長を見守って貰えると嬉しいです!

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_gofukuya_

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