1章 9話
1章の9話になります。
ナリーシャとの会話や、鍛錬の回ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。
城のエントランスを抜け、大きな扉を開けると、広い庭が視界に飛び込んでくる。
色とりどりの草花、樹木。
生きている、息づいている事がひと目で分かる瑞々しさ、力強さ。
濃く、芳醇な緑の匂い。
呼吸をすると、胸いっぱいに清涼感が溢れる。
広い庭ではあるが、雑多な印象は受けず、よく手入れが行き届いている。
葉の隙間から差す、心地よい木漏れ日。
やはり植物だけではなく、動物にも日光は必要不可欠だ。
庭の中央には噴水が設けられており、絶えず水が吹き上がっている。
俺とナリーシャは、その噴水の前までやってきた。
「それで、お姫様。話とは何です?」
俺は何の気なしにナリーシャに問いかける。
「いや、あのね。そのぉ……」
先程通路で会った時同様、スカートの膝の辺りをぎゅっと掴んで、何やらモジモジとしている。
ちょっと、可愛い反応だ。
「昨日、さ。……怪我、したんでしょ?」
自分で聞いておいて何だが、意外な内容ではあった。
心配、してくれているのか。
「あぁ。全然大丈夫ですよ。ほら、この通り」
俺は怪我をした腕を回して見せた。
「よ、よかったぁぁ!」
ナリーシャは少し頬を赤らめ、心底ほっとした表情を浮かべた。
「こんなの、かすり傷ですよ」
俺がそう言うと、ナリーシャは頬を赤らめたまま、ずいっと顔を寄せてきた。
「そうよね! ほんとに心配……」
自分がしていた表情に気づいたのか、ナリーシャは急にそっぽを向く。
「べ、別に心配していた訳じゃないからね! あなたは蛆虫でも、強蛆虫だしっ!」
出ました。久々の蛆虫。
まぁ、前の反応を見た後では、悪い気はしないが。
「そろそろ蛆虫はやめません?」
俺は少し困った顔でナリーシャに提案する。
「ダメよ! あなたは蛆虫で、私の下僕なんだから!」
蛆虫で下僕。
弱そうな下僕ですこと。
「分かりましたよ。まだしばらくはそれでいいです」
俺は呆れた調子で返した。
「素直でよろしい」
ナリーシャは腰に手を当て、何故か誇らしげに胸を張った。
「それで、話はそれだけですか? 俺はこの後鍛錬があるので、そろそろ行きますけど」
「ちょっと待って!」
ナリーシャはそう言うと、スカートを少したくし上げ、俺の前に右脚を差し出した。
これは、まさか……。
「舐めなさい! 舐めれば怪我なんか直ぐに治るわ!」
いやいや。どういう理屈だよ。
「治る訳ないだろ! 仮に治ったとして、お前の脚からは何か特別なものでも分泌されてるのか?!」
「ぶっ、ぶぶ、分泌とか言うな! 何を想像してるのよっ!」
ナリーシャは顔を真っ赤にして喚き散らした。
「想像なんかしてねぇよ! そもそも舐める訳ないだろ!」
「うー。下僕のくせに」
何やら不満そうに脚を引っ込める。
舐めさせたい、と言うより、舐めて欲しいのか?
いやいや、そんな変態ではないか。
でも、ナリーシャとは以前よりも打ち解けてきたし、色々な表情を見せてくれるようにはなった。
今回も、こいつなりに気を使ってくれたんだろうな。
「……はぁ。お気持ちだけで結構ですよ。それじゃあ、僕は行きますね。お姫様も早く城に戻ってください」
「分かってるわよ。さっさと行きなさい!」
お前が引き止めたんだろうが。
「了解です。それでは、また夕食で」
俺は軽く頭を下げて、その場を後にした。
ここからは、気持ちを切り替えなければ。
作戦決行までの準備期間は、長くはない。
俺はやや足早に、森へと向かうのだった。
森へ来たのはいいが、昨日の今日だ。
流石にいつもの鍛錬場所に行く訳にはいかない。
それに、あまり深い場所に行くのは駄目だ。
いきなり遭遇戦になったら元も子も無い。
森の浅い場所。
街からあまり離れすぎないという条件で、いい鍛錬場所を探さねばならない。
俺はうろうろと、森の中を散策する事にした。
街に近い場所は、それほど鬱蒼とはしておらず、人が通るであろう道も多少は整備されている。
お陰で歩きやすい。
何となく辺りを見渡しながら歩いていると、少し遠くから水の流れる音が聞こえてきた。
「近くに川でもあるのか? とりあえず、行ってみるか」
道の所々に木の根が飛び出しているが、準備運動がてら軽く飛び越えながら進んだ。
先程はああ言ったが、傷は完治している訳ではない。
動く事に何ら問題は無いが、身体の調子も確かめないとな。
そうこうしてる内に、段々と音が近くなり、一気に目の前が開けた。
「おぉ! 河原か。ここは良い場所だな。広さも十分ありそうだ」
足場も悪くなく、人気もない。
それに、そこに流れる川は穏やかで、何よりも綺麗だ。
さらに近づいてみると分かる、抜群の透明度。
泳いでいる魚がはっきり見える程だ。
飲料水としても、間違いなく使用出来るだろう。
「よし! ここにするか」
条件を満たした良い場所を発見できた。
日が落ちるまで、思ったよりも時間が無い。
早速鍛錬開始だ。
とは言っても、何をするかは具体的に決まっている訳じゃない。
まずは、初歩的な風の言法が使えるかやってみるか。
えーっと。
確か起動式は。
「大気中の風のアストラルよ、我の求めに応じ、強風を生じさせよ。ウインド!」
……サァー。
心地の良い風が身体を通り過ぎた。
「気持ちいい。……って違うわっ!!」
弱っ!
強風じゃなくて微風じゃねぇか!
「俺ってほんとに風の適正あるのか?」
正直、疑わしい。
だが、あの資料にも書いてあったように、イメージが大切なのかもしれない。
さっきは漠然と風が吹くイメージしかしていなかったからな。
とりあえず、もう一度だ。
イメージ。強くイメージしろ。
荒々しく吹き付ける風。
全てを巻き上げ、全てを薙ぎ払う。
嵐の如き暴風。
「大気中の風のアストラルよ、我の求めに応じ、暴風を生じさせよ。ウインド!!」
あ。勢い余って詠唱間違えた……。
胸が熱くなる。その熱が、胸から肩、肩から肘、そして前に突き出した掌へと伝わって行くのが分かった。
凄い。
肩が、肘が、弾け飛びそうだ!
次の瞬間。
掌から、言法が生じた。
河原の砂利を巻き上げ、川の水を川底まで抉り、対岸の木々を木端微塵に噛み砕く。
そして、それら全てが上空から降り注いだ。
……。
呆然。ここまで変わるかね。
よく考えれば、俺はこういった言法を使うのは初めてだ。
今までは専ら身体強化のみだったからな。
新鮮な感覚だ。
なんだか、こう、身体の中からグワァァーっと。溢れ出す?みたいな感覚。
少し、手が震えている。
俺、興奮してるんだな。
口の端が綻ぶ。
「これは、使えそうだな。通常の起動式でこれなら、俺の起動式にアレンジすれば、さらに威力は向上する」
ゾクゾクと、背中を登ってくる快感。
自然に笑みが零れた。
「もっと早く試すんだったな。でも、この技は……」
言法を放った方に目をやると、川に近い木々は砕けているが、それより後ろの木々は無傷。
対岸までの距離は、およそ5メートルといったところか。
どうやら、射程が短いらしい。
通常の戦闘であれば、5メートルぐらいの距離なら一瞬で潰せるし、威力なら天衝殺や瞬勁で十分。
よくよく考えれば、この技の利点は、敵に近づかない事と、範囲がやや広いくらいか。
所謂、面の攻撃。
上手くアレンジしないと使い物にならないかもしれない。
風の特性のようなものもあるかもしれないが、何しろ資料が無い。
兎にも角にも、数をこなして自分のものにするしかない、か。
準備期間内に完成すればいいが……。
そんな事をブツブツと考えていると、目の前をふわふわと光る玉が横切った。
目の錯覚かと思った。だが。
……。人玉?なわけないか。
最初一つだった光の玉は、2個、3個と数が増えていく。
敵の言法、だとしても意図が分からない。
周囲を見渡すと、小さな光の玉が無数に舞っていた。
「フローライトでもない。これは、何だ?」
触れようとしてみても、掌を通り過ぎる。
攻撃ではないようだ。
ただ、触れた場所に暖かな感覚だけが残った。
色とりどりに輝き、消えたと思ったら、また現れる。
気づけば、その幻想的で、不思議な光景に見とれていた。
「何かは分からないが、綺麗なものだな……」
昼間なのにも関わらず、確かに発光しているのが分かる。
視覚的に、というよりも、感覚的にそう伝わる。
自然にそう認識出来る。こういうものだ、という概念に近い、かな。
考えを巡らせていると、突然の突風が俺を襲った。
咄嗟に腕で顔を覆ったが、隙間から見える光の玉は、微動だにせず浮かんでいる。
風が吹き止む。
一瞬の静寂の後、眩しい光が視界を覆い尽くした。
眩しい。
そう、眩しいのだが、目が眩む事はなく、まるで世界が光になってしまった様な。
光の中に、俺だけが取り残された様な。
無音。だが、不安や焦りは感じなかった。
次第に光は一点に収束し、ある形へと姿を変えていく。
「……人、なのか?」
「人?面白い事を言う魔族ね」
涼やかで、凛とした声。
透き通り、染み渡る。
心に。いや、魂に。
不確かだが、限りなく確信に似た、不確かさ。
この出会いが、運命的なものであると。
俺の胸のざわめきが、そう、告げていた。
読んでいただきありがとうございました!
運命的な出会いもある回でしたね!
これからの展開も期待してもらえると有難いです!
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それではまた次回でお会いしましょう!
_gofukuya_




