1章 8話
これでも食らって死んでくれ。1章の8話の更新になります。
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朝食、と言うよりも、もうほとんど昼食に近い時間に食事を済ませた俺は、その足で城の中にある資料室に来ていた。
いつも薄暗いその室内には、所狭しと棚が並べられており、無数の資料が保管されている。
ここには数度来ている。
微かにするカビ臭さが、控えめに言っても苦手だし、不快感を覚える。
この場所は、一般には非公開になっている。
閲覧する為には王の許可が必要。
情報は宝であり、武器でもある。
これが他国に漏れる事は避けねばならない。
特にこの資料室には、先の大規模侵攻の資料だけでなく、それ以前のものまで幅広くまとめられており、世界的に貴重な事は間違いようがない。
言法に関する資料も膨大な量が集められていて、その起こりや成り立ちまでも事細かに記されていた。
これらの情報が全て正しいとは思ってはいないが、これだけの物を集めた事に関しては、感嘆に値すると、素直にそう思う。
エルフが博識であるという、紛れもない証拠がこの資料室なのだ。
さて、俺がここに来た理由は言うまでもなく、あの黒い獣に対抗する為の手段を探る事だ。
俺が戦う事になったとして、次も同じ手段や、力によるゴリ押しが通用するとは思えない。
相手もそんなに馬鹿ではないだろう。
何か、他の方法も必要になる事は明白。
「何か、何か相手が嫌がる事は……」
戦闘とは、ある意味単純なものだと、俺は思っている。
相手の裏を読むとか、次に何をしてくるかをいち早く察知して動くだとか。
要約してしまうと、その時相手が一番嫌がる事をやった方が勝つ。
もちろんそれだけではないが、詰まるところ、それが最も効果的な一撃となる。
これは経験則だ。
生き抜く為の、という訳ではなく、敵を殺すための。
あの黒い獣の攻撃パターンを思い出してみると、俺が不利になるのは中距離で戦闘を行うこと。
あの鞭の範囲内で戦闘をすれば、万に一つも勝機はない。
あの距離からの決定打は、俺の戦術には存在しないからだ。
間合いを詰める。
打撃を与える。
俺は器用な方じゃない。
複雑な事をしたらボロが出るだろう。
出来ることは、少ない。
ならば、絞って、極めるのみ。
前回よりも早く間合いを潰す方法。
あの身体を覆う影を無力化して、打撃を通す方法。
この2点に焦点を絞る。
これが2ヶ月という短い期間内に、俺が準備出来る最低限の、いや、最大限の勝算。
いくら身体的鍛錬をしたとしても、2ヶ月では劇的な変化は望めない。
やはり、言法。
それも、俺固有の。
その手掛かりを掴むためにこの資料室に来たのだ。
俺は言法の棚から、風の属性に関する資料を探した。
「えーっと、かーぜー、風のー。……あった!」
膨大な資料の中から、風の属性に関するものを発見する事が出来た。
誰が整理したのかは分からないが、しっかりとまとめられているので、さほど苦労はしなかった。
その数、なんと。
「……2冊。すくなっ!」
風の属性は本当に希少らしく、資料の数も圧倒的に少ない。というかほとんど無い。
「まぁ、しょうがないか」
薄暗い室内に光を入れるために、カーテンの掛かった窓を開け放った。
眩しい光と、穏やかな風が室内へと入り込む。
漂う微細な埃に光が当たり、きらきらと幻想的な雰囲気を醸した。
「結構埃っぽいな」
カビ臭さも幾らかマシになる。
俺は不満ながらも、机に資料を置き、椅子に腰掛けた。
古い椅子がギシギシと軋む。
座り心地は、決していいとは言えない。
俺は1冊目の資料へと手を伸ばした。
記されていた内容は、風の属性でなくても使用出来る、初歩的な言法に対することが大半。
単に風を吹かせるものから、物を浮かせる、殺傷能力の低い風の刃を生じさせるものなど。
正直そんなものではあの獣に対応する事は出来ない。まず無理。
だが、いくらページをめくっても、俺が求めるような内容は発見出来ない。
「風の言法って、しょっぼいなぁー」
俺はがくっと肩を落とす。
すると、窓から強い風が吹き込み、ページをパラパラとめくった。
「……窓、閉めるかぁ」
俺は立ち上がろうとすると、資料のある一文に目が止まった。
それは、詠唱に関するもの。
「詠唱の必要性と、言法の密接な関係について……」
そう言えば、当たり前だと思っていたから詠唱をしているが、しなくても発動出来ないのか?
俺は再び腰掛けると、おもむろにその部分を読み進めた。
「なるほどな。詠唱は力の伝達に不可欠。漂う精霊への呼びかけ。アストラルの操作、変換には用いざるを得ない。自己暗示の様な思い込みもあるのかもな」
詠唱を省略しても発動は可能だが、威力は格段に低下する。
アストラルを生み出している精霊に正確に指示を出し、力を借りる。
以前の世界にあった考え方、言霊。
言の葉には力が宿る。
言葉にして発することにより、自身にも、相手にも影響を及ぼす。
心の作用。
「気持ちの問題だろうけどな」
文章はさらにこう続く。
「想像の力。言法を使用する上で最も必要な力。想像がアストラルへ投写され、その結果として事象が起こる。正確な想像が正確な言法を生む、か」
小難しく説明されてはいるが、イメージが重要という事か。
馬鹿馬鹿しくはあるが、この世界ではこれが理として働いているのだろう。
ただ、いくら想像が力になるとはいえ、自分の力を超えた言法は発動出来ない。
その力の源が魔力炉。
俺を含めて、この世界の人々には、血液の循環に必要な血管のように、アストラルが循環する為の気脈の様なものが身体に存在する。
その気脈の要所に、生まれながら備えているものこそが、魔力炉だ。
物質的なものではなく、一種の魔法陣になっているらしく、そこをアストラルが通過すると発動し、それを使用可能なものへと変換処理する。
その際に抵抗力、つまり負荷がかかり、その負荷を超えた力を行使しようとすると身体に影響が出る。
言法を使用する時に感じる熱の様なものは、この負荷に起因している。
あまりにも大きい負荷を加え続けると、魔力炉が暴走、最悪の場合は死に至る、らしい。
事の真偽は分からない。
見た事ないものは信じない主義だからな。
魔力炉の大小とは、この負荷に対する許容量の事だ。
許容量が大きい者ほど、強力な言法を使用出来る。
これは、メルカナにいた時に親父から聞いた内容だ。
言法を使うのなら、必ず覚えておけと。
「イメージ力か……」
正直そういうものは、自分は乏しいと思っている。
苦手意識すらある程には。だが。
「薄々感じてはいた。気持ちが昂る時ほど力を発揮出来る、不思議なものだな」
過去2度の戦闘。
思い当たる節は、ある。
集中し、鮮明に次の手を想像し、強く決意した時ほど身体に力が漲る。
それこそが、イメージの力なのだろう。
元の世界でも、そういったものはよく言われていた。
病は気から。
根性論。
先にも言ったが、思い込み、気持ちの問題と言うやつだ。
この世界では、それが顕著に現れる、と思っていればいいのかもな。
2冊目の資料を漁ってみても、有益な情報は得られなかった。
まぁ、何も分からなかったと言ってもいい。
収穫はほぼゼロだ。
「とりあえずは、身体を動かしてみるしかないか。初歩的な風の言法も試してみるか」
やらない事には分からない。
頭で考えるより、まず行動だ。
俺は資料を元あった棚へと戻すと、開けた窓を閉めた。
まだ日は高い。
「森に行って鍛錬だな」
カーテンを閉めると、室内をまた薄暗さが支配する。
俺は足早に歩くと、資料室の扉を開けた。
「あっ! こんな所にいたの?」
部屋を出た途端、何者かに声を掛けられた。
何者か、というか、聞き覚えしかない声だが。
「ちょっと! 無視しないでよっ!」
俺は一つ息を吐くと、鼻息の荒いその人物に答えた。
「何か御用ですか? お姫様?」
通路側へ向き直ると、そこにはやはりナリーシャが立っていた。
というか、仁王立ちだ。
「何よ! 用があっちゃ悪い?」
「悪くはないですけど、また面倒事ですか?」
俺が少し嫌そうに答えると、ナリーシャは素早く俯いた。
何か不自然な反応だ。
「どうかしましたか?」
ナリーシャはスカートの膝の当たりをぎゅっと掴むと、俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。
「はっ、話が、あるだけよ。庭に行かない?」
「別に構いませんよ? 直ぐに済みますか?」
ナリーシャの表情が明るくなる。
「ええ。直ぐに済ませるわ」
「じゃあ、行きましょうか」
俺はそう言うと、ナリーシャに前を歩くように促した。
ナリーシャはちょっと慌てた様子で歩き出すと、俺はそのすぐ後ろにつき、城の庭へと向かうのだった。
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