1章 7話
1章7話になります。
前回の御前会議の後編です。
今回も多くの方に読んで頂けると幸いです。
ダーシェさんから放たれる、鋭く、冷たい殺気。
逃げられるような状況では無いことを考慮に入れても、俺をこの場に足止めするだけの、十分な威圧感が、そこにはある。
だが、不思議と敵意は感じられない。
「先程も言ったが、別に争うつもりはないんだ。ただ、知りたいだけさ」
「それを知って、どうするつもりですか?」
まだ警戒は解かないまま、ダーシェさんへと問いかける。
「……君に、協力して欲しい」
空間に満たされていた殺気による檻が、突然解かれた。
争うつもりは、本当にないらしい。
「君が弱いのなら、協力はしてもらわない。君は客人で、本来であれば部外者だし、友であるグウェイン殿の子だからな。だが、君が弱いとは、私は到底思えない。アストラルの流れが、それを教えてくれている」
……協力、ねぇ。
「たとえ、俺に隠している事があるとしても、素直に話すような義理はありません。それに、ダーシェさんこそ、あの魔物に心当たりがあるんじゃないですか?」
ダーシェさんの顔が曇る。
「確かに、心当たりは、ある」
「皆に正直に話して、討伐に協力した方がいいんじゃないですか?」
真っ当な意見だ。
誰だってそう思うだろう。
「まず君に話そう。だから、君の事も聞かせてくれないか?」
何か、事情があるのは明白だ。
真っ直ぐな瞳で、俺を見つめてくる。
整った顔立ち。
はぁ……。これだからイケメンは。
別に俺はノンケだ。
イケメンだと思う以上の感情は、もちろん持ち合わせていない。
「聞いてから、考えさせてください」
するとダーシェさんは再び玉座へと腰掛け、重々しい様子で口を開いた。
「先の、魔族による大規模侵攻。遡ること200年近く前になる」
いきなり、突拍子もないような話だな。
侵攻の話は、知識としては有しているが。
「先の侵攻では、それ以前には見られない、数多くの新たな兵器や言法が現れた。それは主に、魔族側にだが」
「一応、資料には目を通してあります」
「ああ。だが、資料には残されていない、歴史の闇に葬られた言法、技術もまた、多く存在していた」
ダーシェさんは、昔を思い出す様に話をする。
まるで、その目で見てきたかのように。
「その中の一つに、魔族による一方的な主従契約言法というものがある。メウ=セス=トゥ。契約の詠唱を取って、そう呼ばれていた」
「……主従契約……」
「そうだ。魔族に付き従うもの。それは一般的に魔物を指す。だが、魔物は知性を宿さず、破壊衝動に任せて暴れ回るのみの存在。そうではなく、知性を持ち、自分で物事を考え、指示には従順に従う。それは武力面だけで考えても、大きな意味を持つ」
それは、もちろんそうだろう。だが……。
「そんな事が、可能だとでも言うんですか?」
「結論から言えば、可能だ。だが、成功する確率はとても低く、実用に適うものとは到底言えないものだった。それでも、メウ=セス=トゥは使用された。成功例も、存在する」
存在する?した、ではなくてか?
「まさか、今でもその成功例はいると? 200年も前の事ですよ?」
「魔族の中央本隊。そこにいる魔王の側近には、今もこの契約の成功者がいる。中央本隊だけではなく、他の魔王の側にも存在するはずだ」
本当に、実在するというのか?
でもこれが成功するならば、数の面で圧倒的不利な魔族としては、起死回生の一手とまではいかないが、戦況が変化するのも事実だ。
成功率が低くても、下手な鉄砲も……といった所か。
「その多くは、同じ魔族に使用されたり、戦闘能力の高い亜人、アストラルの操作に長けた我々エルフにも使用された。この契約が成功すると、契約者とアストラルによるパスが繋がれ、魔力炉で変換された魔力の受け渡しや、様々な恩恵が与えられると言われている。残念ながら、そこに関しては情報が少ないのだが……」
まぁ、そりゃあ本人に直接聞くしか方法がないからな。
無理もない。
そう言えば、失敗したらどうなるんだ?
死ぬ、というのが妥当な線だが。
……まさか。そういう、事なのか?
「失敗したら、どう、なるんですか?」
俺は、恐る恐るダーシェさんへと問いかけた。
視線が下がり、ダーシェさんの表情が一層影を帯びた。
「失敗した場合、契約に使われる膨大なマナと、自身のマナが暴走し、その場で死に至る。もしくは、死ぬまで見境なく暴れ続ける、化け物へと変貌する」
俺の予感は、的中したようだ。
「それが、あの黒い獣……」
ダーシェさんは小さく頷いた。
「ご明察。今回は私が直接見た訳ではないが、恐らくは、間違いないだろう」
「でもそれと、俺の協力は何か関係が?」
その部分は、正直謎のままだ。
俺が協力する事による、エルフ側の利点が見当たらない。
「……この1年ほどで、エルフィンドルから5人もの行方不明者が出ている。こんな時代だ。珍しい事ではないんだが、状況から考えても今回の獣は、同族から出ていると考えるのが自然だろう」
「何者かの手によって、契約言法をかけられた、と?」
「……グーデンは同族思いのいい奴だ。獣の正体がエルフだと分かった途端に、手出し出来なくなるかもしれない。それにより、無駄な犠牲が出ることも考えられる」
それは、今回初めて会った俺でも、何となく分かる。
グーデンさんは、きっといい人だと。
でも、もう一人。
「もしそうでも、マフィリア先生がいるじゃないですか。先生は、そういう事には左右されないように見えますけど」
別に、冷たい人、と思っている訳じゃない。
色々な事を天秤に掛けて、冷静に対処出来る人だと思っている。
「確かに。マフィリアであれば、問題ないだろう。だが、行方不明者の中に、マフィリアの婚約者がいる。もしも、もしも今回の獣がそうなのだとしたら、流石のマフィリアでも冷静ではいられないだろう。不安要素は、一つでも多く潰しておきたい」
ダーシェさん、この人は、そこまで考えて俺と二人きりの話し合いを望んだのか。
なんて人だ。
先の先まで戦況を読んで動くことが出来る。
これも、王の器という訳か。
「このメウ=セス=トゥが優れている所は、意識を残して尚、支配下における所だ。失敗したとしても、それは同様。魔物とは違い、少しではあるが意識を保っている場合が多い」
「本当に詳しいですね。まるで、見てきたみたいに」
ダーシェさんの口元が、少し笑ったように見えた。
「見て、きたんだよ。実際に目の前でそうされた仲間もいた。ひどい、ものだったよ。失敗しても構わない。むしろ、失敗を望むかのように。それが、正しい使用法かのように。獣となって、死ぬまで暴れ続ける一種の災害的兵器」
その様は、俺には想像出来るものではない。
気持ちは、理解できるつもりだが。
見てきたって、ダーシェさんは一体何歳なんだ?
「以上が、君に協力を求める理由だ。もしもの状況になっても、冷静に対処出来る存在が必要だ。君の事は、信用しているつもりだよ。それが出来る人物だと」
「……話が本当であるのなら、確かに協力者は必要になるかも知れませんね。今のままでは、懸念材料が多すぎる」
「分かってもらえたなら、良かったよ。君の事も、聞かせてもらえないだろうか?」
少なくともダーシェさんは、嘘はついていない、と思う。
誠実に、正確に話をしてくれた。
俺を余所者だと、魔族だと、差別することもない。
先程の話でも、魔族に対して恨みがないわけじゃないだろうに。
信用……か。
俺はしばしの沈黙の末に、覚悟を決め、口を開いた。
「ダーシェさんは、輪廻、というものはご存知ですか?」
ダーシェさんは眉間にシワを寄せた。
あまり、見せない表情だな。
「……リ、ンネ? 分からないな」
この世界では、輪廻という概念は無いらしいな。
宗教観念がないのか?
「輪廻とは、今の人生で死んだとしても、次の人生に生まれ直し、新しい生を生きることが出来る、という考え方の事です」
「生まれ、直す。そんな事が現実的に有り得るのか?」
まぁ、普通ならそうなるよな。
「ただの思想のようなものです。本来であれば、そんな事は起きたりしません」
ダーシェさんは何やら考え込んでいる様子だ。
俺は構わず話を続ける。
「その中でも、記憶を残して生まれ直した者の事を、転生者と呼びます」
「転生者。じゃあ、君は……」
「信用してくれているのは、十分に理解しています。ですが、全てをお話することは出来ません。俺が転生者なのは事実です。生前の記憶を残して、今の時代に生まれ直ったんです」
「それが、君の秘密か」
「そうですね。俺は、以前は兵士でした。だから、戦闘は得意なんですよ」
俺はそう言うと、笑顔を作って見せた。
ダーシェさんは、分からないながらも、とりあえず納得してくれたようだ。
「転生者であるから、体内のアストラルの流れが複雑になっているのか……」
思考を巡らせ、俺の謎に関して考えているのだろう。
「お取り込みの所申し訳ないんですが、父にも、誰にも話していない事です。内密にお願いします」
「あ、あぁ。もちろん、誰かに話したりはしないよ」
俺の言葉に思考を遮られて、ダーシェさんは少し慌てたように返事をした。
そして、何か思い出したのか、俺に問いかけてきた。
「では、やはりあの夜に、ナリーシャを助けてくれたのは、君なのか?」
再び真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくる。
まったく、嫌な所を掘り返すな。
「確かに、助けました。ですが、怖い思いもさせてしまったと思うので」
「君が、魔物を倒したと」
「生命を奪うのは、慣れてますから」
突然ダーシェさんが立ち上がる。
数段ある階段を降り、俺の目の前まで歩を進めた。
すると、俺の手を突然強く握る。
俺は一瞬どきっとしてしまった。
お、俺はノンケだ。ノンケだ!
「ありがとう。優しい心を持った、強き者よ。心からの感謝を」
「いいんですよっ! 成り行きでもありましたし。今はこうやって、お世話になってる訳ですから。お互い様です」
ダーシェさんは、潤んだ瞳で俺を見つめるのだった。
そんなこんなで、俺とダーシェさんの話し合いは一応決着。
その後は、退出した3人を呼び戻し、俺が正式に討伐に参加する旨をダーシェさんが伝えた。
一応は戦闘する訳ではなく、あくまで目撃者としてサポートする為だ。
もちろん、反発はあった。
特にサフィールさんからは。
凄い形相で睨まれたし、そこそこ罵倒された。
ダーシェさんが仲裁してくれたお陰で、納得は、してくれたと思いたい。
それとは対照的に、グーデンさんは歓迎してくれた様子で、笑いながら握手を求められた。
何だか調子の狂う人だ。
あと、握力強すぎ。
マフィリア先生はと言うと、思ったよりも冷静な様子でダーシェさんの話を聞いていた。
……なんだか、後が怖いような気もするが。
御前会議は無事終了し、2ヶ月後に大精霊の森で捜索作戦が行われる事が決定した。
部隊の編成や、必要な装備の調達、黒い獣を想定した訓練を行うことを考慮に入れた期間設定だ。
2ヶ月後か……。
気を引き締めないとな。
複雑な思いを胸にしまい込んで、俺は謁見の間を後にした。
黒い獣との再戦。
俺が戦うと決まった訳ではないが、思ったよりも、早く訪れたな。
もう一人の俺との約束もある。
無闇に傷つけたくはない。
だが、周囲に被害が出る。
もしくは、誰かの命が危険に晒される様であれば、容赦なく、叩く。
俺の正義は、俺が決める。
俺の行く手を阻むのであれば、擦って、潰すまでだ。
それには力がいる。
俺も、何か新しい力を習得しなくては。
鍛錬の見直しだな。
そんな考えをぐるぐると巡らせていると、催促するかのようにお腹が鳴った。
「……それにしても、腹減ったなぁー。いつでも目の前に、ご飯を呼び出す言法とか、ないかねぇー」
腹が減っては何とやら。
俺は、頭を使って消費した糖分を摂取する為に、食堂へと向かうのだった。
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