1章 6話
1章の6話になります。
いつもながら遅くてすみません。
2月からはペース上げます!きっと!
今回は御前会議、その前編といったところです。
楽しんで頂けると幸いです。
廊下に設けられた大きな造りの窓からは、気持ちの良い朝日が入り込んでくる。
窓は所々開けられ、優しい風が吹き、薄手のカーテンを靡かせる。
俺の2、3歩前をマフィリア先生が歩く。
金色の髪が左右に揺れている。
これから俺は御前会議へと向かい、昨晩の出来事を説明しなくてはならない。
内心憂鬱なのは、言うまでもない。
「どうしたの? キリキリ歩きなさい」
俺の心境など知ったことではない、といった感じで先生が話しかけてくる。
「分かっています。お待たせする訳にもいかないですしね」
「よろしい。早く行くわよ」
先生はそう言うと、少し歩くスピードを早めた。
それに合わせて俺も早歩きになる。
子供と大人では、歩幅が違うからな。
俺の足が短いと、決してそう言っている訳では無い。
すれ違う城の者達と軽い会釈を交わしながら歩いていく。
すると、目的の場所にはあっという間に到着した。
城自体はかなり大きな建物だが、俺の部屋から謁見の間までは近かったらしい。
普段行くことはないので、場所は把握していなかった。
立派な木製の扉の前。
贅沢な装飾などが施されている訳ではないが、木材特有の、堂々とした雰囲気が伝わってくる造りだ。
先生が扉をノックする。
コンッコンッと、乾いた音が通路に響いた。
「マフィリア、並びにヴェイグ、到着致しました」
すると、大きな扉が部屋の内側へと開かれた。
空気が、部屋の中へと流れ込むのが分かる。
壁に掲げられた旗が、大きくうねった。
床に敷かれた赤々とした絨毯。
その続く先、玉座にはダーシェさんが座っている。
「よく来てくれた。早くから呼びつけてすまないな」
先生と俺は、絨毯の上を歩き、ダーシェさんの目の前まで歩を進めた。
先生が跪く。
俺もそれを見て、急いで同じ行動をとった。
「いえ! 王命により、参上致しました!」
堅苦しい。
その堅苦しさが緊張感を連れてくる。
正直、苦手な空気だ。
「ヴェイグ君。呼ばれた理由は聞いているかね?」
いきなりの振りに一瞬動揺した。
「は、はい! マフィリア先生から伺っております!」
「ははっ。そんなに緊張しないでくれ。いつも通り、話をしよう」
優しい口調。
ダーシェさんは、本当にいい人だ。
「はい。ありがとうございます」
「知らない人物もいるだろう。まずは紹介する」
俺が顔を上げると、俺達を挟むように左右に一人づつ、見知らぬ人物が立っていた。
「まずは右手側、甲冑を身につけているのが、軍の最高司令官、グーデンだ」
紹介された人物は、大きく息を吸い込むと、右手で甲冑の胸の辺りをドンッと叩いた。
「俺が軍を預かっているグーデンだ! お前が魔族の小僧か! よろしくなっ!」
凄い声量。
耳鳴りがする程だ。
「よ……よろしくお願いします」
それよりも、このグーデンさん、本当にエルフか?
確かに耳は尖っているし、金髪だ。
だが、その体格たるや、兄と同等。
いや、それよりも、でかいか?
顎に金色の髭を蓄え、女性のウエストくらいはありそうな、太い腕や脚には、多くの傷が確認できる。
そして、左目には黒の眼帯。
見た目は完全な戦士だ。
エルフとしては異常……じゃないのか?
でも揚芋屋のエギルさんもいるか。
「驚いただろ? グーデンはエルフ軍最強の戦士だからな」
耳を塞いでいた手を離すと、ダーシェさんが軽い補足をしてくれた。
だが、いくらエルフ最強の戦士と言えど、説明がつかない程の体格だ。
「驚きました。エルフ軍最強にお目にかかれて光栄です」
「そう畏まるな! 気安く話しかけてくれ!」
ガハハと天を仰ぎながら笑う。
その姿は、なんだかニヤニヤ親父を思い出す。
少し、そう、少しだけ、懐かしい。
メルカナの、皆の顔が頭を過ぎった。
「そして左手側。エルフィンドルの外交、他国との貿易、交渉等を任せている、外相のサフィールだ。頭が切れる奴でな、今回の会議にも出席してもらう」
サフィールさんへと視線を向ける。
紹介されたサフィールさんは、軽く会釈をした。
そして、小さな声で囁いた。
「……魔族が……」
普通なら、聞こえないかもな。
なるほど。
サフィールさんは魔族を許せない立場の人か。
まぁ、理解はできる。俺も子供ではないからな。
それでも、構わないさ。
「早速だが、本題に入らせてもらう。マフィリア、頼む」
「はっ!」
先生はその場で立ち上がり、グーデンさんの隣りに並び直した。
先生が進行役の様だ。
「では、始めさせていただきます。昨夜、森にて例の魔物が、再び確認されました。この件に関して、遭遇した本人であるヴェイグに聞き取りを開始致します」
……今、再びと言ったか?
あの魔物は以前にも被害を出したと?
「ヴェイグ君。聞かせてくれるかな」
引っかかるな。
確認しておいた方が、良さそうだ。
「お話は、致します。ですが、再びと言ったように聞こえたのですが、以前にも遭遇したという事ですか?」
先生と、サフィールさんからの視線が痛い。
「あなたは聞かれた事だけを……」
グーデンさんが先生の前に腕を突き出した。
「王よ。俺が説明してもよろしいですか?」
ダーシェさんは少し考えると、口を開いた。
「いいだろう。説明してやってくれ」
「ありがとうございます!」
グーデンさんは俺の方へと向き直る。
一つ、呼吸を挟んでから状況を話してくれた。
「およそ半年前、街の者達には公表していないが、遭遇している。戦闘になってな。軍の3個小隊が一瞬で壊滅した。辛うじて息のあった者から、朧気ではあるが、敵の姿の情報は手に入れた。結局その者も死に、生存者はいなかった。それだけの被害が出たんだ。そこからはこちらも血眼になって探したが、尻尾を掴めないどころか、目撃情報すら皆無。それが今回突然現れた。どんな些細なことでもいいんだ、聞かせてくれないか?」
先程までの雰囲気とはまるで違う、低く、落ち着いた声色。
周囲に満ちる、重く沈み込む様な空気。
そういう事か。
どうりで大事になる訳だ。
「分かりました。お話させていただきます」
だが、その情報が確かならば、正直に話す訳にはいかなくなった。
3個小隊が壊滅。
俺が互角に戦ったとなると、変な疑いをかけられる可能性がある。
それは、避けなければ。
まだ、その時ではない。
「昨日は、森での鍛錬を行っていました。その時あの魔物は突然現れ……」
俺は、自分の目で見たものを、なるべく正確に話した。
魔物の外見、戦闘スタイル、どの様な技を使ってくるのか。
偽りなく話をした。
俺が戦った、という事実を除いて。
「黒い、影を纏った魔物か。以前の情報通り、ではあるな」
「はい。揺らめく様な影を纏い、それを自在に操っている様でした」
ダーシェさんは、心当たりでもあるのだろうか。
何か考え込んでいる様子だ。
「背中から生えた影の鞭。それによって一瞬で部隊が壊滅したのか。しかも、複数あるとは、厄介だな」
グーデンさんはどう戦うかを考えているようだった。
根っからの戦士、といった感じか。
「私が見たのは、以上です」
「あなたは、本当に戦おうとはしなかったんですか?」
サフィールさんか。
「私はまだ修行の身です。ろくに言法も使えません。……逃げるだけで、精一杯でした」
「では交戦の情報はなしですか。……使えない……」
聞こえてるっつーの。
普通なら死んでておかしくない状況だっつーの。
「説明は以上の様ですが、いかがなさいますか?」
先生がダーシェさんに伺いを立てる。
まだ何か考えている様子だったが、ゆっくりと口を開いた。
「その魔物は、何か言っていなかったか?」
!!
確かに、言っていた。
だが、何故今その質問が出た?
他の3人は質問の意図が分からない、といった顔をしている。
魔物に知性はない。それが常識だ。
不可解だが、俺も情報が少なすぎる。
賭けるか?
「……確かに、言っていました。……助けて、と」
「なんだとっ?!」
グーデンさんが驚きの声を上げた。
「魔物が言葉を発したというのかっ?」
「はい。確かに、そう聞き取れました」
一同、動揺を隠しきれない様子だ。
ただ、一人を除いて。
「……そうか」
ダーシェさんは掌で額の辺りを覆い、やや俯いた。
やはり、何かを知っているのか?
「皆、私とヴェイグ君、二人だけにしてくれないか?大事な話がある」
「それは! 魔族と二人きりなど、了承しかねます!」
サフィールさんが声を張る。
「そうです! 信用出来ません!」
マフィリア先生もそれに賛同した。
「王命だ。下がれ」
冷たい声色。
一気にこの場の温度が下がった。
そう、思わせる程の。
「……仰せのままに……」
3人は跪き、一礼すると、渋々といった様子で部屋を後にした。
一瞬の、静寂。
「ヴェイグ君。構わないから、立って楽にしたまえ」
「……はい。ありがとうございます」
俺はおもむろに立ち上がる。
だが、何故二人きりに?
どこかおかしい所があったか?
「ヴェイグ君。腹を割って話そう。君が何を言っても、咎めたりする気は無い」
何のことだ?
話自体の辻褄は合っていたはずだ。
「君は、君の強さは、精々同じ年頃のエルフの子供と比べても、そう変わるものでもない」
突然だな。今話す内容なのか?
「はい。まだまだ未熟ですから」
「そうだね。マフィリアから聞いている限りでも、決して優秀というわけでもないようだね」
「言法の習得には、苦労しています」
まさか。
「マフィリアも、そう言っていたよ。まだまだ君は弱いとね」
「……はい。情けない話ですが」
まさか。
「それでも……君は戦った」
!!!!
冷気の様な殺気が、一瞬で身体を駆け抜ける。
咄嗟に、一歩、いや半歩右足を引いた。
重心をやや落とし、いつでも飛び込める体勢を整える。
もちろん、そんな事をするつもりは、今のところはない。
これは、条件反射だ。
「な、何故ですか? 戦っていたら今頃生きてはいません」
ダーシェさんが、玉座からゆっくりと立ち上がる。
疑念が、心を支配する。
「今の反応、判断、ただの子供では出来まい。それに、流れに無駄がない」
……経験が、仇となったか。
どうやら、まんまと嵌められたようだな。
「気圧された、だけです」
腹を括るか。
どうしてかは知らない。分からない。
だが、ダーシェさんは。
真っ直ぐ、ダーシェさんを睨みつけた。
緑色の瞳が、より一層その輝きを強めている。
「構えないでくれ。私は本当の事を、知りたいだけだ」
俺は強く口を噤む。
「君が話さなくても、私には見えている。君のアストラルの流れ、その内に秘める強き力が」
あの瞳。
初めて会ったあの時も、同じ様に輝いていた。
あれに秘密があるのか。
「可視化の緑眼。そう呼ばれている。普通では見ることが出来ない、アストラルの流れを可視化する。だからこそ分かる。君は、何かを隠しているね?」
「隠している? まさか。そんな事ありませんよ」
流れを、可視化だと?
「無駄だよ。この瞳は、体内を流れるアストラルの動き、その者が放つ体外の流れまでも可視化する。どんな言法も、詠唱の初動からだいたい何を使うか分かるし、体内でマナを練るのであれば、その動きも手に取るように分かる。だが、君の流れは不自然だ。いや、自然過ぎると言うべきか。まるで、わざと弱い自分を演じている様な……」
そういう、事かよ。
アストラルが見えるのなら、この場合下手に嘘は付けない。
ましてや戦闘など、最も選んではならない選択肢だな。
「君は、一体何者だ?」
冷や汗が頬を伝う。
まさか、ダーシェさんに勘づかれるとは。
食えない王様だ。
……どうしたものか。
前には王様、扉の外には先生達がいる。
殺気が支配する謁見の間。
俺は静かに、心を決めるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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