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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
1章 エルフィンドル編
11/93

1章 4話

遅れてすみません。

楽しんでくれたら幸いです。

 

 フローライトが周囲を淡く照らす。

 闇夜に不自然な影が伸び、揺らめき、そこに潜む存在のシルエットだけが僅かに確認出来る。

 森に生息する動物とは考えにくい。

 やはり魔物だと推測するのが妥当だろう。


 だがこの1年、森で鍛錬をしてきたが、魔物に遭遇した事は一度もない。

 ましてや、この森に魔物が生息しているという情報自体皆無だった。

 街から近いこともあり、住民の安全を考えるとその情報は確かなはずだ。


「魔物、なのか?」

 俺がそう問いかけても、もちろん返答はない。

 戦闘態勢は崩さずに謎の存在の動向を注意深く観察する。

 魔物であれば、返答がないのは当然。

 知性は無く、衝動のままに行動するのが魔物だからだ。

 少なくとも、俺はそう認識している。

 まだ影に潜むように存在するソレは、ただならぬ殺気を漂わせながらも、動く気配は見せない。


 何かが、おかしい。

 引っかかる。

 向けられている殺気にムラがない。

 普通の生物であれば、感情、呼吸、脈拍や鼓動など様々な要素が作用し、多少なりともムラが生じるもの。

 相当な手練か、それとも別の……。

 俺が束の間の考察をしていたその時。


 ヒュンッ、ヒュンッ。

 風を切るような高い音。

 なんだ?

 飛び道具か?

 ヒュンッ!

 明らかに耳の横を何かが通り過ぎた。

 右の頬が微かに熱い。ひりつく。

 その熱が徐々に痛みへと変換されていく。

 それでも事態の把握には至らない。

 ??

 視線は逸らさずに、頬に触れる。

 滑るような、触れ慣れた感覚。

 俺は反射的に後方へと距離を取った。

 自分の手を確認する。

 やはり、か。


「形切流殺人術、五之型、一番」

 一瞬頭に昇りかけた血を、ゆっくり、ゆっくりと抑え込み、精神を落ち着ける。

 冷静さを失ってはいけない。

「錬気抜刀」

 身体強化の言法をかけ直した、次の瞬間だった。

 風切り音と共に暗闇より高く飛び出したソレは、枝葉を掻き分け、打ち払う様にしながら、遂に俺の前に姿を現した。


 それは、人型。

 種族や人種は特定出来ない。

 全身を黒く揺らめく、影のような物が覆い尽くしている。

 どうりで光で照らしても存在が曖昧だったわけだ。

 背中には長く伸びた鞭状の影。

 その影が高速で動くことによりヒュンッという風切り音を生んでいる。

 しなやかな体躯に軽い身のこなし。

 人型であるのは間違えようがないが、獣のように四つん這いになり、低い唸り声をあげている。

 剥き出しの殺気。

 知性の感じられない、赤くギラつく瞳。

 まるで、影を纏いし、黒き獣。

 魔物の種類に詳しくないが、これも魔物の一種なのか?

 知性がないところを見ると、魔族……ではなさそうだ。

 何にせよ、殺気を向けられている以上、対処する他ない。


 完全に油断していたとはいえ、攻撃を受けた事実は揺るがない。

 あれで死んでいたかもしれない。

 そうであっても不思議はない。

 首を狙われていたら?

 眼球を貫かれていたら?

 毒が仕込まれていたら?

 自分の弱さ、未熟さ、傲慢さに腹が立つ。

 強くなったつもりか?

 相手を舐め過ぎていた。

 今回の敵は、強い。

 それを認識したうえで、全力で色々試させてもらう。

 実戦経験は、多いに越したことは無い。


 黒い獣が鞭の様に伸ばしている影は全部で4本。

 揺らめきながら高速で移動し、先端の速度は人間の知覚を優に凌駕している。

 視界に捉えることはほぼ不可能だろう。

 通常の人間ならば、だが。


 徐ろに2本の影がうねり、高速で俺に迫る。

 風切り音が鳴り響く。

 捉えることは出来るが、やはり速い。

 ギリギリの所まで引き付けて1本目を躱す。

 回避行動を読まれ、追撃をさせにくくするためだ。

 叩きつけられた影は、悠々と地面を抉り取った。

 粉砕された岩や木の根が、宙に舞う。

 音と、衝撃。

 認識と、感覚とが、ずれる。

 音速を超えるソニックブーム。

 威力も、十分という訳か。

 すかさずの2本目。

 右横から薙ぐように迫るそれを、身体を地面スレスレまで屈めて回避する。

 影が巨石に巻き付き、表面を削り取る。

 屈めた身体をバネにして、左側へ飛び退いた。

 残りの2本が既に目の前へ迫る。

 問題はない。ギリギリだが、見えてはいる。

 着地と同時に舞い上がる砂埃。

 目くらましには丁度いい。

 着地の勢いをそのままに、巨石を盾にして回り込む。

 間合いを一気に縮め、黒い獣の懐に飛び込んだ。


 影の鞭が俺目掛けて襲いかかる。

 反応が良いな。厄介だ。

 寸での所で、躱す。

 掌で受け流す。

 避けきれない影が左腕、右太腿を掠める。

 圧倒的な手数。

 激しい攻防の中で、呼吸を1つ。

 細い糸を手繰り寄せる様に、あるかないかの攻撃の隙を窺う。

 お互いのクロスレンジ。

 あと少し。もう半歩前に出ることが出来れば……。

 相手の先を読みながら、守りに徹する。


 どこだ。考えろ。

 敵の嫌がる手を。

 数百にも及ぶであろう交錯。

 鞭の軌道に僅かな癖。

 左下段の、攻撃頻度が少ないか?

 ……ここだッ!

 左足を強く前に踏み込み、右足での強烈なローキックが黒い獣の顔面を捉えた。

 !!??

 手応えが……ないッ!

 衝撃を受け流しやがった!

 影により爪の形に変形した獣の一撃が、俺の一瞬の動揺を逃さず、襲いかかる。

 すかさず防御の構えを取ったが、その一撃は俺の身体強化を容易く突き破った。

「ぐッ!」

 咄嗟に後ろに飛び、直撃は回避した。

 そのまま一旦距離を取る。

 両腕で前面を防御したが、その腕には爪に引き裂かれた傷が深く刻み込まれていた。

 影の密度を高めれば、威力が更に上がるのか。

 血が指先から地面へ滴り落ちる。

 また呼吸を1つ。

「お前強いなぁ。正直想像以上だ」

 黒い獣は低い唸り声をあげ続ける。


 身体の内側から込み上げる、愉悦。

 脳内に興奮性アミノ酸、アドレナリン、ドーパミンが分泌されているのだろう。

 だがそれとは明らかに違う、心の深くにある、ドス黒い塊。

 分泌物質とは関係のない、説明の出来ない、表に出すべきではない感情。

「いいなぁ。お前いいよ」

 口元が、綻ぶ。

「いくぞ」

 低く、言葉を発した。

 右足に力を込め、強く大地を蹴る。

 正しく、瞬く間。

 獣の眼前に躍り出る。

「形切流殺人術」

 一瞬の出来事にたじろいだのか、重心が上体から後方へと僅かに移る。

「一之型、六番」

 詠唱を続けながら、左のショートアッパーが獣の顎先をとらえる。

 影で衝撃を軽減出来ても、押し上げられない訳じゃない!

 拳に力を込め、振り抜く。

 上体が完全に地面から浮いた。

 獣の胸に、素早く、だかそっと右の拳を当てる。

 これなら、どうだ?

「瞬勁」

 下半身から上半身へ、全ての関節の回転運動を利用した零距離からの打撃。

 言わば、発勁。

 それを「タメ」などの予備動作を出来るだけ省き、発動までのロスを無くす。

 極限まで速さを追求した技だ。


 黒い獣の身体が軽々と吹っ飛ぶ。

 これなら、どうだ?

 飛んだ獣は空中で反転、地面に着地した。

 効かないか?

 ……いや。

 獣は大きく咳こんだ。

「ゴフッ!!」

 同時に大量の血を吐き出す。

 効果ありだな。

 通常の打撃は纏っている影により阻まれる。

 ならば、内部に衝撃を通すのみ。

 瞬勁はその為の打撃。

 体勢が、少しだが崩れる。

 勝機。

 追い討ちをかけるべく、俺は身体を屈め、三度距離を詰める。

 獣は雄叫びを上げ、4本の影を激しく振り回す。

「ガァァァアアァァッ!!」

 周囲の尽くを巻き上げながら、それは徐々に黒い半球体を形成していく。

 俺の侵入を拒む、影の結界。

 高速で飛び回る影の鞭。

 凄まじい風切り音と、暴風。

 木々が大きく揺れ、軋む。

「面白い!真正面から、捩じ伏せるッ!!」

 俺は勢いを緩めずに、そのまま突進する。

「形切流殺人術、五之型、一番。錬気抜刀!」

 身体強化。

 目前に迫る影の結界。

 ピリピリと、肌に感じるプレッシャー。

「形切流殺人術、一之型、三番!天衝殺ッ!!」

 低空。

 地面を舐めるような掌底。

 金属を叩くような鈍い衝撃音。

「くッ!そッ!がぁッ!!」

 ギィィィッ!という音と共に飛び散る、淡いアストラルの破片。

 まるで火花。

 腕の傷口が開き、血が飛び散る。

 そんな事は歯牙にもかけず、掌を結界へ押し込んでいく。

 凄まじい摩擦による振動。

「弾かれる、かぁッ!」

 筋肉が悲鳴を上げ、皮膚が裂ける。


「おぉおぁぁあぁあぁぁッッ!!」

 雄叫び。

 獣の如き咆哮。

 踏み込んだ足が震える。

 歯を食いしばり、渾身の力で腕を振り抜く。

 結界が、解ける。


 刹那の静寂。

 波紋の様に広がる衝撃。

 猛烈な風圧。

 激しくざわめく木々。

 4本の影の鞭は千切れ、舞う。


 足に力を込め、深く、間合いの中へと歩を進める。

 視界が霞む。

 乱れた呼吸のまま、起動式を詠唱する。

 黒い獣は大きく体勢を崩している。

 ここしかない。

 あと一撃。

 瞬勁を打ち込めば。

 それで方が付く。

 拳が獣に、触れた。


「た……すけ……て」

 途切れ途切れの、微かな声。

 聞き間違いじゃない。

 この黒い獣が、疑いようも無くそう、言ったのだ。

 魔物じゃ……ない?


「何をしているのッ!!」

 緊張を切り裂く声が響いた。

 聞き覚えのある声。

 横目で確認すると、草むらの中にエルフの兵士の姿が見えた。

 これだけ暴れたのだ。

 音を聞きつけて軍を出動させたのだろう。

 木の上にも複数の気配。

 弓を構えた兵が狙いを定め、待機していた。


「そこの2人、動かないで!下手に動けば射ちますよ!」

 部隊の中央。

 指揮を執っているのは、やはりマフィリア先生のようだった。

 いつもの軽装ではなく、全身に皮鎧を装備している。

「両膝を着き、手を後ろに組みなさい!」

 俺が指示に従おうと視線を黒い獣へと移す。

 だが、黒い獣が他者の静止を素直に受け入れる訳はない。

 まるで風に吹かれ、消えゆく煙の様に。

 存在自体が薄れ、そのまま行方をくらませた。

 倒せた、訳ではない。

 逃がしたか。


 俺も張り詰めていた気を緩めた。

 腕の傷からはまだ血が流れている。

「あなたは何故ここにいるのっ!?」

 ぎくっ。

「いや……自主練習で……」

 マフィリアが俺の方へと歩み寄る。

 腕の傷に気づいたらしい。

「怪我してるじゃないっ!話は後で聞くわ!とりあえず城へと帰投します!」

 先生はそう言うと、兵士達に周辺の警邏指示を出す。

 一応警戒態勢は続くようだ。

 俺は一部の兵士と先生に付き添われて城へと引き返す事となった。

 もっと怒鳴られるかと思ったけど、心配してくれているのか?

 気づくと森の所々にフローライトが配置されている。

 軍の兵士がやってくれたのだろう。

 随分明るい。足元も見やすい。

 今の俺の状況だと、随分助かる。

 やや遠くに街の灯りも見えた。

 なんだか、安心する。

 安心するだなんて、不思議な感覚だ。


 それにしても、あの黒い獣は何だったんだ。

 魔物なのか、そうじゃないのか。

 敵対する存在なのか。

 まぁそこまでの興味はないのだが。

 ただ、かなり強かった。

 それは事実だ。

 戦った感覚では、あの影のせいで打撃が通りづらい。

 攻防のバランスも良い。

 実戦経験としては申し分ない。

 自分の未熟さ、改善点も浮き彫りになった。

 思えば、この世界に転生して初めての好敵手。

 また、戦いたい。

 胸の辺りがざわつく。

「腕が痛むの?」

「え?あ、いえ。大丈夫です」

 先生が不思議そうな表情をしている。

「城でしっかり手当てをしなさい。化膿すると大変だわ」

「ありがとうございます。そうします」

 灯りが、もうすぐそこだ。


 何だか、色々あった日だな。

 精神的にも、身体的にも疲れた。

 腹も減ったし、正直、寝たい。

 ただ何となくだが、明日も大変な日になるんだろうなと、そんな嫌な予感がする。


 森に居た言い訳、どうしようかなぁ……。

 そんな事を考えながら、街へ帰るのだった。


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_gofukuya_

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