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序章 1話

初投稿です。

拙い文書ですが、コツコツ書いていきますので、よろしくお願いします。

 

 暗闇に包まれた劇場の中。

 スポットライトを浴びる舞台の上。

 そこにいる一人の男。

 見た目はただの優男。

 黒のスーツに革靴。

 髪は肩ほどまで長く、常にニコニコと笑っているような、道化の仮面を付けている。


「さぁ、もうじき幕が開く」

「主役が壇上に上がれば、役者は出揃う」

「これが喜劇となるか、悲劇となるか」

「分かる者など誰もいまい」


 観客席に人の姿はない。

 だが男が指を鳴らすと、どこからともなく拍手と歓声が鳴り響く。


「見届けようではないか」

「この世界の行く末を」

「全ての世界の行く末を」


 開幕のベルが高らかに鳴り響く。

 緞帳どんちょうがゆっくりとせり上がる。


「君は必ず来るだろう」

「飽くなき憎悪に身を焦がし」

「君は必ず来るだろう」

「復讐の剣をその手に携え」


 芝居がかった芝居。

 けっして上手な訳ではない。

 男は存在しない観客に投げかける様にセリフを続ける。


「観客は待っている」

「望みの担い手、大輪の徒花あだばな


 仮面の道化は信じているのだろう。

 その本心を仮面で隠して。

 いや、その場にはいない観客達も。

 主役が舞台に上がることを信じている。

 切に願っている。


「世界に光が溢れるように」

「皆の笑顔が絶えぬ様にと」


 我々は戦い続けなければならない。

 汗と涙と血とが、枯れ果てるまで。


 カーテンコールの、その日まで。




 白昼夢を見る。

 起きていながら見る夢。

 それも最近頻繁にだ。

 登場人物は知らない男。

 知らない少女。

 それ以外にもたくさんの知らないものが映っては消える。

 僕の記憶上には存在しない景色、風景。

 それら全てに音声はない。


 睡眠は十二分に取れているし、起きていながら夢を見るなど考えられない。

 それに頻繁過ぎて正直鬱陶しく思っている。

 今も朝の体術鍛錬の途中だ。

 朝露に濡れた芝生がキラキラと輝き、ひんやりとした空気がサラリと肌を撫でてゆく。

 とても気持ちのいい朝なのに、台無しだ。

 だが、憂鬱な気持ちを押しのけてでも鍛錬を続けなければならない。

 強くなりたいのだ。一刻も早く。

 誰かを護れるほどに。

 そんな意識が常に僕を駆り立て続けている。



 僕が今いる城の中庭は、昼間は多くの人で賑わうが、この時間はとても静かだ。

 騒々しくなる前に、しっかり鍛錬しなくてはならない。

「まったく。毎日毎日、朝早くからよく飽きないものだな」

 低くしゃがれた声で僕に話しかけてきたのは、父のグウェインだった。

 腕組みをして立つ姿はとても凛々しい。

 僕は鍛錬の最中だったが、声をかけられたことでそれを中断した。


 父上は一族の中でも一際大きな身体をしており、黒い鎧でその身をまとっている。

 乱雑に伸びた特徴的な銀髪。

 顎には髭をたくわえ、鋭い銀色の双眸そうぼうは何者をも掴んで離さない。

 丸太のように太い腕には、所々深い傷が付いていて、「これは戦士の勲章だ」と、よく聞かされた。


 父上はライカンスロープと呼ばれる種族で、いわゆる人狼である。

 恵まれた体格に見合うだけの高い戦闘能力を有し、その性格は、こと戦闘に際してはいたって残忍とされている。

 といっても、僕は父上が戦っている姿を見たことがないので分からないのだが。

 まぁ、多少乱暴な気質なのは間違いない。

 その強面の風貌も、ふわふわとした耳と尻尾で多少相殺されてはいるが、正直見た目は怖いというのが、一般的な意見だろう。


「おはようございます、父上」

「少し頑張り過ぎじゃないか? 何も毎日のようにすることないだろ」

 父上はやや呆れたように僕に言った。

「僕はこれくらいやらないと、妹にも、負けてしまいますので。それに、朝の澄んだ空気が好きなのです」

 汗を袖で拭いながら、息も絶え絶えに答えると、父上はガハハと笑った。

「全くお前は真面目な奴だな」

「そのくらいしか取り柄がないので」

 褒められているか分からないが、ちょっと気恥ずかしい。

「そう言えば、身体強化の言法の調子はどうだ? まともに起動式が展開出来ないとガレウスが嘆いておったぞ」

 ガレウスというのは、僕の年の離れた兄上のことである。無口な人だが、とても屈強な戦士で、体術、言法共に優れ、皆からの信頼も厚い人物だ。

「それはっ……。今努力してる最中であります」

 僕がごにょごにょと答えると、「まぁ少しずつ上達すればいい」と、父上はまた豪快に笑った。

「お前は見てくれこそ人族だが、この俺の息子だ。きっとすぐに上達して、あっという間に強くなっていくだろう。それには遠回りも必要ということさ。なんでも最初から出来る者など、ほんの一握りしかいないのだからな」

「はい……そうですよね」

 励ましてくれたようだったが、最初から出来る奴もいるんだと、内心は少し凹んだ。



 僕はここにいる皆とは違い、人族だ。

 産まれて間もなく捨てられたらしい。その理由はとても単純明快。

 僕が人族なのに魔族である資質を持ち合わせていた事。

 これは、この大陸の歴史の中でも類を見ないほど珍しい事のようだった。

 当の本人である僕はあまり実感はないのだが。


 父上がパンっと手を叩き、僕はハッと我に返った。

「そう言えばヴェイグよ。今日は以前より話していた大事な会談のある日だ。他国からお客が数人城に来る。もし会っても粗相をするんじゃないぞ。いきなり殴りかかるとかな」

 父はそう言うと、何やらニヤニヤと顔を歪ませている。

「僕は誰彼構わず殴りかかるような、野蛮な性格ではありませんよ」

「どうだかなぁ。なんせ俺の息子だしな」

「一緒にしないでください! そもそも僕は戦いは好まないですから!」

 僕がきっぱりと言うと、父上は少し拗ねたような素振りを見せた。

 可愛くはない。

「その割には毎日熱心だな。強くなりたいのだろう?」

「強くはなりたいです……。でもそれは一方的に他者を傷つける為じゃありません! 護身の為と、大切な人達を守りたいからです!」

 なぜだか分からないが、妙に熱くなってしまった。

 強くなりたいと常に思い続ける事が、僕を焦らせているのかもしれない。

「……そうか。お前は本当に優しい子だよ」

 父上は目を細めて、やや悲しそうな表情をした。その表情はほんの一瞬の事で、すぐにいつもの顔に戻った。

 父上の真意は僕には読み取ることはできないが、心配してくれているのだろう。

「それともう一つ。何やらお前と年の近い娘も連れて参るそうだ。手を出すなよ」

 また緩んだ顔をして僕を見ている。ほんとに困った人だ。

 ……手を出す?

 やっぱり殴るなって事か?

「大丈夫ですよ。手は出しませんので。父上とは違いますから」

「もっともだなっ!!」

 ガハハと笑うと、父上はそのまま城の奥へと去って行った。

 まったく豪快な人だ。

 その豪快さ故に、一緒にいると安心する。

 なんて面と向かっては言えないけれど。


 ふぅと、一息つくと気持ちのいい風が中庭を駆け抜けた。

 季節は間もなく夏になろうとしている。

 澄んだ緑の匂いと大気の感覚。

 頭上には突き抜けるような青空。

 僕はその空の向こうに飛んでいく鳥達の姿を清々しい気持ちで見送った。




 僕は気を取り直して、城の中庭で体術の鍛錬を続けている。

 城でも仕事が始まる時間になったのだろう。中庭にもちらほらと人の姿が見える。

 ふと、「ヴェイグ」と聞き慣れた声がした。

 通路の方に向き直ると、そこには兄であるガレウスが整然と立っていた。

「兄上! おはようございます!」

「あぁ」

 体格は父上よりやや小柄だが、よく鍛えられ引き締まった身体をしている。

 腕回りと足回りの筋肉が特に発達していて、筋肉そのものの形が分かるくらい隆起し、はち切れそうなほどだ。

 胸板も厚く、ちょっとやそっとの打撃では筋肉が衝撃を吸収して、微動だにしないだろう。

 父上より小柄とは言っても、僕と比べると、1メートルほどの身長差がある。

 前にも言ったが、ライカンスロープは体格に恵まれているのだ。

 そもそも人間である僕とは比べるまでもない。

 父親譲りの銀髪は短く整えられており、眼光鋭く、左目の下に大きな古傷が刻まれている。

「朝早くからどちらに行かれていたのですか?」

 兄上はやや大きめの袋を担いでいた。

「少し……狩りにな」

「狩りなら僕も連れて行って欲しかったです!」

 僕がそう言うと、「またな」、と答えてくれた。

「そうだ兄上! 久々に稽古をつけてくれませんか? 城の者は皆、鍛錬と言うものをほとんどしませんので……。その、組手の相手がいなくて……」

 僕が困ったような顔をしたからなのか、兄上は「わかった」と、小さく答えて稽古に応じてくれた。


 本来魔族は、恵まれた体格や、種族に見合った能力、資質を持ち合わせて生まれてくる。

 そもそも鍛錬など行う必要がないくらい強く、他種族に比べて秀でた部分も多い。

 だが兄上は魔族には珍しく鍛錬を怠らない人で、その成果もあってか若手の中でも1、2を争う実力者だ。

 先にも言ったが、兄上の口数は少ない。正確には必要の無いことは口に出さない、という事なのだろうが。

 決して無口という訳ではない。

 他の者からは、何を考えてるのか分からないとか言われているようだが。

 でも僕は、そんな兄上を尊敬している。

 寡黙で、鍛錬も怠らず、そして、何よりも強い。

 正直尊敬よりも憧れの方が強いのかもしれない。

 どこぞのニヤニヤ親父と比べると失礼になるくらい手本になる人だ。


 兄上は担いでいた袋を足元に降ろすと、僕の方に向かって歩いてきた。

 それだけで十分な迫力がある。


 中庭の中央に向かい合って立つ。

 距離はおよそ7、8メートルといったところか。

 兄上はそんなつもりなど全く無いのだろうが、目に見えそうな程の鋭いプレッシャーが僕の身体に突き刺さってくる。

 明らかな体格差も、その一つの要因だろう。

 いざ対峙すると実際よりも遥かに大きく見える。

 油断など、そんな烏滸おこがましい事は出来るはずもないし、兄上と僕では力の差は歴然。

 自分から言い出した事ではあるが、僕は決死の覚悟で構えをとった。


 固唾を飲む。

 緊張による冷や汗が頬を伝い、顎に溜まり、落ちる。

 その刹那。

 ゴウッととてつもない風圧と共に、兄上が僕の目の前に躍り出る。

「しまッッッ!!!」

 先制で距離を詰められた事に動揺してしまった。

「甘い」

 兄上の鋭い拳が正確に僕の顎に迫る。

 必死に防御の構えを取った。

 凄まじい衝撃。

 なんとかガードが間に合ったが、受けた腕が砕けそうなほどに軋む。

 不意を突かれたこともあり、踏ん張りが足りなかった足が、朝露に濡れた芝生で滑る。

 その勢いで身体が宙に舞った。

 次の瞬間、激痛。

「グゥッッ!!」

 嗚咽が漏れた。

 中庭に立ち並ぶ柱に、背中を強く打ち付けられた。

 意識が……呼吸が……集中出来ない。

 視界がチカチカと明滅する。

 尚も手を緩めない兄上はあっという間に距離を詰め、右のミドルキック一閃。

 まさに間一髪。

 僕ではなく、石造りの立派な柱が粉々になって飛び散った。

 避けられたのはただの奇跡だ。

 膝に力が入らなくなり、屈んだ体勢になっただけなのだから。

 これをまともに受けていたらと思うと、全身から血の気が引いた。

 僕はグッと奥歯を噛み締め、折れそうになっていた心を繋ぎ止めた。

「ここだぁーー!!」

 兄上の打ち終わりの隙を逃さず、超低姿勢から半ば転がるようにして足の間をすり抜け、背後に回る。

 まだ力の入らない脚をめいいっぱい踏ん張り、兄上の軸足に渾身のローキックをお見舞した。


 全身に電気が走った。

 まるで、柱を蹴っているような感触。

 蹴ったこちらがダメージを受けた様だった。

 そう言えばさっき、蹴りで柱、壊してたな。

 なんて一瞬の現実逃避も束の間、兄上の振り返りざまの裏拳が僕の顔面に突き刺さる寸前、止まった。

 寸止めだった。

 それにも関わらず、僕は10メートルほど吹っ飛んだ。

 もちろん冗談ではない。

 寸止めした裏拳の衝撃で芝生が大きくうねった。

 僕はなんとか受け身をとり、体勢を立て直した。が、その時にはもう兄上が目の前にいた。

「まだやるか? ヴェイグ」

 これ以上は身が持たない。

「いえ、さすがは兄上です。どの攻撃も重く、動きに隙すら見い出せませんでした」

 がくっと片膝をつき、息を切らしながら答える僕に、「そんな事は無い」と言ってくれた。

「お前はまだ9歳だ。体格も人族のそれでありながら、体術への非凡な才を感じる。あのローキックも身体強化を使っていれば、俺の体勢を崩すことぐらいは、あるいは可能だっただろう。それに、俺の攻撃をまともに受けたのは最後の裏拳だけだ。お前は目もいい」

 珍しく、兄上が長文を使ってくれたのが嬉しかった。

 僕は立ち上がり、きっちりと兄上に向き直る。

「兄上、稽古ありがとうございました。まだまだ精進いたします」

「お前は守る為に強くなりたいんだったな。鍛錬を怠るなよ」

 僕の肩をポンッと叩くと、再び袋を担ぎ、ゆっくりと城の中へと消えて行った。


 憧れる兄上にそう言ってもらえて、泣きそうなほど嬉しかった。

 頑張る力をもらった気がした。

 毎日の鍛錬が、少しでも報われるような。


 僕はふーっと大きく息を吐くと、芝生の上に大の字に寝転がった。

 正直、死ぬかと思った。

 生きた心地がしなかった。

 流石に兄上は強い。

 出鱈目な程に。

 あれで何の言法も使っていないし、かなり手加減してくれているのも分かる。

 普通ならば最初の一撃でガードごと僕の顔面は粉砕されていただろう。

「強くなりたい。兄上よりも。誰よりも」

 自分でも気づかないうちに口から零れた言葉を頭の中で反芻はんすうした。



 何故なのか。僕は戦闘を好まない。

 自分でも、その根拠は分からないでいる。

 この様な環境で育ってきても、他者の生命を奪い、殺す事に抵抗を感じる。と言うより、殺しはしたくない。

 血を見るのも、得意ではない。

 ただ、強くなりたいという強い意思はある。

 その意志に常に駆り立てられている。

 でもそれは、戦い、殺す。という為ではない。

 戦い、守る。

 その為に力を使う事は厭わない。

 だから、鍛える。

 分からないながらも、自分の心に嘘はつきたくない。

 だから、その心に従うことに決めたのだ。

 単純だが、覚悟はある。

 相手を殺す事なく、大切な人達も守るだけの覚悟。

 口で言うほど簡単な事ではない。

 そんな事は幼い僕でも分かっている。


 視界いっぱいに広がる青空。

 僕はその青空に手を伸ばし、グッと拳を握った。

 そのタイミングでグゥーッとお腹が鳴る。

「……まったく。締まらないなぁ」

 気づけばもうすぐ正午だ。

 僕はよいしょと立ち上がり、お尻を払った。

「帰ってお昼にするかな」

 なんだかまだふわふわとしたような感覚が抜けないまま、僕は城を後にした。




読んでいただきありがとうございました。

次話は早めにアップしたいと思っているので、よろしくお願いします。

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