私が脅したみたいになっちゃう
「ほら、手を出せ」
アシュリンが私に言う。
「……今度する時は容赦しません」
負けた人間が言うセリフではないとは分かっているよ。でも、私は負けてないもん。だから、ちゃんと伝えておかないと。
でも、今気付いたわ。言葉を出すだけでも痛みが響くわ。これ、ちょっときついわね。
「分かったよ、メリナ。だから、見せろ。治してやる。大人しそうな顔して、ほんと頑固だな」
私は素直だよ。
ほら、私はちゃんと痛めた拳を出す。視線は横向きだけど。苦痛で顔が歪むのを見せるのは癪だわ。
「お前にコードネームを付けるなら『狂犬』だな」
絶対止めてください。
何ですか、その刺々しい異名は。
大切な娘がそんな二つ名を頂いたと知ったら、両親が泣いてしまうじゃないですか。
アシュリンは私の手を触って確認する。痛いから止めて欲しい。
「よく我慢できるな。指の骨が二本折れてるんじゃないか」
そうだと思うよ。だから、早く何とかしてよ。
でも、アシュリン、あなたも肘が壊れているんじゃない。さっきから右手しか動いてないわよ。
「悪い薬でもやっているのか? こんなもの立っているだけでも耐えられないだろ」
失礼な。まるで私が頑丈過ぎる人みたいな言い方をして。
私の理想は風が吹けば飛んでいきそうな、可愛らしいお嬢さんなの。
「お前、闘い慣れてるだろ。なのに、拳を痛めても構わないってことは回復魔法が使えるな」
そう。
痛いのは嫌だけど、すぐに治せる自信があるから全力で振るえるの。
街中で魔法禁止でも壁の外に行けばいいんでしょ。
「メリナは私と同じタイプだな」
アシュリンはそういうと私の手に自分の手を載せる。使ったのはやっぱり右手。
私が殴った左肘、大丈夫かしら?
ごめんなさい……。少しだけ反省。
『我は願い請う。縁深き、青き山。その頂に住まし大いなる雲雀の影。陰りし、その鳴く声に我は清らかに動かざらん。猛なり、あさましく、骨芯を紡ぐ』
魔法の詠唱か。
仄かな光が更に手を包み、消えた頃には手の痛みも無くなった。
アシュリンは手を離す。
「ありがとうございました。でも、アシュリンさんは魔法を使って厳罰が待っていないのですか?」
「一応、私も竜の巫女だ。許可されている」
そういうものなんだ。さすが、巫女さん、特権階級なのね。
もしかして、私も使っていいのかな。
私の気持ちを察したように、アシュリンが続ける。
「メリナはダメだからな。見習いが外れてからだ」
そっか。
でも、いいわよ。魔法を使わないといけないような仕事はしたくないもの。早く異動願いを出さないと。
あっ、そうだ。
私は傍の畑に駆けた。
「すいません。今のは見なかったことに。ご内密でお願いします」
一連の目撃者の巫女さんにちゃんと言っておかないと。変な噂が広がってきまうわ。
その人、ブンブン首を縦に振って了解してくれた。
ダメよ、そうじゃない。それじゃ、私が脅したみたいになっちゃうじゃない。