子供っぽいわね
再び、私は二歩ほど後ろに退く。こうしたら、アシュリンの踏み込みでは届かないって、はっきりしているから。
「こっちに来いっ! 痛くしないから大丈夫だっ!」
あなた、さっき顔面を貫く勢いでストレートを打ったじゃない。強烈過ぎて痛みを感じる前に倒れるって言いたいのかしら。
私は無視して、隙を探す。
無いかぁ。絶対、戦闘慣れしてるね。簡単に懐に入らせてはくれなさそう。
背が高いからリーチが私よりあるし、厄介よね。
でも、このまま対峙し続けるのも良くないわ。他の巫女さんに見られて悪い噂が立つのは避けたいところだし。
今なら畑仕事をしている一人だけだもの。一所懸命に頼めば黙っていてくれるんじゃないかな。
「メリナ、分かった。もう止めよう。だ――」
バカ、喋ってくれた。私はアシュリンが息を吸うタイミングで飛び出した。
不意打ちをかましてくるヤツが止めようなんて提案してくるのなんて罠に決まってるわ。引っ掛かる訳ないじゃない。
あら、やっぱり迎撃に移るのが早いわね。
正面から入って重心を軽く逆にしてのフェイントで右腕のカウンターを流して外側に避ける。予定通り。少し前に進めた。
アシュリン、まだ一発当てるのに拘ってくれて有り難いわ。
ここで少し体勢を崩したフリをしたら、体を変えて左からアッパーかな。膝蹴りはないでしょ。
うん、当たり。
アシュリン、もう一歩踏み込んできたわね。その服でよく動けるわ。
この距離なら近過ぎてストレートは撃ち抜けないから、絶対下からだと思ったよ。
これも足捌きで外側に避けると。
「なっ! まだ速くなるのかっ!!」
そうそう、舐めてるからよ。
あなただって最初から本気ならこんな風に間合いに入られなかったのにね。
私は左アッパーを打たせてから、それを見るように放たれた腕側の斜め後ろにまで一気に移動。左腹がガラ空きだけど、アシュリンが振り向く途中の死角から渾身の右を顎に入れよう。
一発で意識を刈り取ってあげるわね。
って、そんなに甘くないか。
左腕の戻りが早いじゃない。左腹に注意が行けば顔面へのガードが緩くなると思ったんだけどな。
これじゃ、顎にも入らない。
誘われたのか。
腹を叩こうにも、多分肘で落とされる。
なら、こっちね。
ガードの左腕を潰してみよう。
上腕狙いよ。
ゴガッ!!
くそっ。
肘で防がれた。あんな位置にまで肘を上げるなら後ろに避けた方が楽でしょうに。
めちゃくちゃ拳が痛いんですけど。たぶん、骨が逝ったよ。
体勢を整えよう。甘かったのは、こっちだ。
後ろに下がる。
幸いアシュリンも詰めてこない。
「やるじゃないか。期待の新人だな」
「魔法が使えたら勝っていましたよ」
絶対勝ってたもん。
「クハハ、負けず嫌いだな!! いい、分かった。終わりだ。これ以上は必要ないだろ。構えを解け」
「嫌です。謝ってください。お母さんはクズ虫じゃないです」
私の言葉にアシュリンは応える。
「あぁ、そうだな。その点は謝り、言葉を撤回しよう」
意外に素直ね。私とは大違い。
そこは認めて上げるわ。
「それで良いです」
それにしても拳が痛いわ。
腫れ上がってるかしら。
痛みが増していく右手に視線を持っていった瞬間、頬に衝撃が走る。
「私の勝ちだっ!!」
打たれた。なんて汚ない。悔しいわ。
あなたも相当負けず嫌いじゃない。
痛くなかったけど、手加減されていたけど、その笑顔が憎たらしい。
でも、毒気を抜かれるくらい、気持ち良さそうに笑うのね。子供っぽいわね。