偉大なる聖竜様
間違いなく、聖竜様の首が床に落ちています。その目は虚ろに開いた感じですかね。
何の冗談でしょうか。
聞いたことはないのですが、これはドラゴニックジョークってヤツでしょうか? ……そんなものはないですよね。ですよねぇ。
この白い竜さんは、聖竜スードワット様ではなかったのかもしれない。
うん、きっとそう。
私は聖竜様を騙る偽者を退治したのよ。
私は余りの事に現実逃避をしながら立ち尽くす。うん、自分で現実逃避って分かるくらい、そこに転がる竜の頭はスードワット様と断言できます。
……やっちゃってるわよね……。
皆が敬慕する聖竜様、シャールの守護者、いえ、世界の庇護主、そのお方が本日、ご逝去されました。大事件です。
これからのシャールや王国、世界はどうなるんでしょう。
くぅ、凄く第三者的に考えてしまう。
全力で魔法を放ったこともあって、足に力が入らなくなり、私はストンと尻を付く。
精霊さん、やりすぎです!! ここまでは望んでいなかったのですよ。
そ、そうだわ。回復魔法がある。
もしかしたら、治るかもしれない。首だけのお姿だけど、ニョキ、ニョキニョキと胴体が生えてくるかもしれない。
もう、その可能性に全ての希望を託すしかないわね。……失敗したら、私もここで責任を取って死にましょう。あの世でスードワット様にお詫びしなければいけません。
そのためには、まず魔力の回復を待つのよ。しっかりして、私!
出来もしない妄想に望みを託そうとしている間に、ようやく、私が出した忌々しい火柱が消え失せる。
あっ、白い尻尾も残ってる!
絶望の中に希望を見つけた気分になったけど、よく考えなくても絶望のままでした。
時間が経つほどに、自分の仕出かした事の大きさに潰されそうです。そして、何よりも、あのお優しい聖竜様を自らの手に掛けてしまった、その事実が恐ろしすぎて、心がグシャグシャと壊れてしまいそうです……。
私は小さい頃、夜になる度にひどく咳き込んで両親を心配させていた。熱が出たり、息が切れたりもした。
お母さんが野草を煎じて作った薬を飲むと楽になって、昔話を聞きながらようやく眠りに付く、そんな毎日だった。
その頃に聞いた昔話の中でも聖竜様とその騎士の話が好きだった。お話の中では、民に、特に子供に優しい聖竜様に私は会いたかった。
病気の子供に自分の血を飲ませて命を助ける話の時なんて、私も治して欲しいなとか思ったなぁ。
で、ある日の晩、気付いたら聖竜様の前にいた。その時は『白い竜さん』っていう認識だったけど。
だって、伝説の聖竜様が目の前にいるなんて、子供心にも思わなかったんだもん。白い竜の出てくる話は聖竜様以外にもいっぱいあったのよ。後から、その白い竜は名前が出てこないだけで、聖竜様をモチーフにしたお話だと理解したんだけどね。
背中の羽根を触ったり、尻尾から頭まで登ったり、「おへそを見せて」って無理を言ったり。あっ、臍はありませんでした。
体が弱くて外遊びが出来ない私だったのに、不思議と聖竜様の前では元気だった。
言い方は不遜だけど、聖竜様は私の最初の友達みたいなものでもある。
自分自身、今日、聖竜様に私の事を確認するまでは夢を見ていたのかもと少し思っていたけど、現実だったのよ。
で、今、聖竜様は体の大半を無くされています。
「……聖竜様」
私は呟く。まだ魔力は全く回復していない。それに、蘇生魔法なんて、おとぎ話でしか聞いたことがないんです。無理ですよ。
神殿の皆様にも謝ろう。すみませんでした。皆様の信愛する聖竜様は私が殺めてしまいました。アデリーナ様やアシュリンさんなら笑って許してくれそうですが、許してはなりません。
私は立ち上がって、ふらふらと聖竜様のお顔に近付く。せめて、最期の情けにお顔を触らせて頂きたいのです。
突然、聖竜様の残った体が輝き出す。
……昇天されるのかな。命を奪った人間がその心を救って欲しいから肌に触れたいなんて、都合が良すぎますよね……。ごめんなさい。私は罪と後悔を背負って、逝きます。
まばゆい閃光が収まった後、私は平伏していた。
聖竜様が、聖竜様が復活なされたっ!!!
完全なお体で、私の魔法を受ける前の姿勢で目の前にいらっしゃいます!
ちょっ、凄いです!!
そうよ、よく考えなさいよ、メリナ!
あなたは只の人間なのです! 伝説の聖竜スードワット様の命を奪えるはずがないのですっ!!
這いつくばって視線も床にしか向けていない私に対して、聖竜様は慈愛に満ちたお言葉をくれた。
『メリナよ、大したものであった』
「は、はひっ。ひっ。ひゃ、あ、ありが、と、ご、ございましゅ!」
安心すると涙が出るよね。嗚咽も止まらないよね。今の私はそんな感じです。
『我が間違っていた。メリナは幼き頃よりも遥かに成長しておった。よもや、あれだけの魔力を隠蔽する力を手に入れていたとは思わなんだ』
私はもう答えられない。喋りたくても喉の奥からしゃっくりみたいな変な音が出るんだもの。
『心配を掛けた。大丈夫だ。メリナの我への想いもよく分かった』
そう言い終えてから、私が泣き止むまで聖竜様は待ってくれた。




