魔法陣
私は構える。
狙いは聖竜スードワット様。
昔はよく火球を当てる練習をしたものよ。
当てても聖竜様は平気な顔で笑っていたから、私は悔しくて、ここを訪れる度に泣いていました。
それを見兼ねた聖竜様は私に少しだけ力をやろうと授けてくれたのです。
でも、それでも聖竜様には傷一つも付かなかった。私と聖竜様の格の違いを思い知らされたのは、あの時か。
そう。あの時から聖竜様の御座す、この場所に来れる事もなくなった。
聖竜様に見捨てられたとも幼心に思ったけど、そんな方じゃない。私が未熟だから、自分で力を付けるまで待ってくれていたのよ。
だから、今から唱える魔法は絶対に失敗できないし、中途半端な威力ではダメ。
また聖竜様をがっかりさせてしまうわ。
「行きますね」
それには答えずに、聖竜様は目を閉じる。
もう見る価値はないってことなの?
……そう言う事か。
高位の魔術師は人の魔力が見えると言います。きっと、私の実力を一目で見極められたのでしょう。
どうしたらいい、メリナ?
このままでは聖竜様に失礼になります。折角授けて頂いたのに、それが無駄だったなどとは思わせてはいけません。絶対に!
とは、いえ、困った。満足な結果を出せる自信がありません。
んー。
あっ!
試したことはないけども、詠唱してみようかしら。そうすれば威力は上がるはずよ!
でも、どうやって?
うー、あのアシュリンさんでさえ唱えられるのよ。あの人より私の方が筋肉バカって事は有り得ないのよ。
もう! 詠唱が出来るようになる魔法があればいいのに!!
って試せばいいのよね。
『私は願う。今から聖竜様に授けられた火炎魔法を使うの。口に出して唱えたいから、宜しくお願いします』
どう行けた?
次に火炎魔法。いつもの唱句を言ってみよう。
「聖竜様、私、メリナです。お――」
『知っておるぞ』
あれ? 私が問い掛けた形になってしまいました。完全に失敗です。
ダメか。脱臭魔法でも何度も失敗したもの。一発成功なんてなかなかしないものよね。
何がダメだったのか。そもそも、そんな魔法なんて無いのか。全然分からない。
いえ、お母さんは魔法で出来ないことは無いって言ってた。それは詠唱句を知らないだけだって。
『メリナよ、待たすでない。力が無くなっているのであれば、正直に言えば良いのだ。何事にも素直だったお主との会話は我も気に入っていた』
「力は無くなっておりませんが、少々お待ち下さい」
『嘘を付いても無駄だ。貴様の魔力は以前より落ちている』
そうなんですか。そうなんですね。
うっ、聖竜様を落胆させてしまう。
『もう良かろう。地上に戻るか』
私は答えない。
だから、この広い空間に沈黙が流れる。
そして、わたしはもう一度心の中で唱える。
『私は願う。私の精霊さん、緊急事態です。今から唱える魔法を最大火力で出させて下さい。出来るのであれば、詠唱もさせてください。もう私の声も体も操って宜しいですから』
聖竜様が尾を軽く振るのが見えた。
あれは知っている。私を戻すための魔法を唱える前準備か、聖竜様の癖だ。いつも帰り際に見たもの。
もう時間は無いよ。
早く火炎魔法を唱えないと。
『聖竜様、私、メリナです。お力をお貸しください。今から全力で撃ちます。狙いは、畏れ多くもあなた様ですが、どうか私に傷を付けさせて下さい!』
思い終えて、私の口が勝手に動き始める。
『我が御霊は聖竜と共に有り、また、夢幻の片傍に侍るべき者なり。我は乞う、暗れ塞がる深淵に潜みし物憐れなる臥竜。故国も旧里も優河の彼岸に追いやりし、口惜しき輝きとともに果てたる紅雲。高磯撃つ自今と鉛金。旗鼓と柵原は幽玄なる辰星。削落の終世に木場も墜ち、威風荒れつつ于飛せん。紅き屑粒、冥き火雀。貫く其は限りも知らぬ、竜の嘶き』
……自分の口なのに何言ってるのか、分かんない。耳に単語の羅列が入ってくるけど、言語じゃなさそう。
思考とは別に体が動き続ける。
詠唱の途中で聖竜様のお腹の辺りの床に魔法陣が描かれ始める。赤く光る文字がぎっしりのそれは、詠唱が進むにつれ回転が速くなっていく。
で、最後の『竜の嘶き』で私の口は閉じ、代わりに両腕を前にして掌を聖竜様に見せる。
魔法陣から真っ赤な火柱が上がる。高い天井にまでは、届いていないかな。いえ、天井近くで炎が転送されているかのように、不自然に火が切れている。
どうでしょうか、聖竜様。
私も成長したと感じて頂いたでしょうか。
これでも平気な顔で『まだまだだ』とか仰るのでしょうが、少しは誉めて頂きたいです。
私はドキドキしながら炎が消えるのを待つ。本当は全力を尽くして倒れそうだけど、我慢です。
ゴトン。
炎に囲まれていない聖竜様の首から頭の部分が床に落ちました……。
……見間違いかな。でも、体から離れて床に転がっています……よね……。
えっ?




