淑やかになるのは、この後からでいい
私とアシュリンさんは同じような構えで対面している。
左手と左足を前に出した半身の状態だ。もちろん腰を少し落として重心を低くしている。
お互い隙があれば、素早く打ち込むって感じかな。
「おい! メリナっ!! 大人しく打たれろ!!」
なんでよ、おかしいでしょ。
アシュリンさん、あなたが変な事を言い続けるから、こっちもいい加減我慢出来なくなってるのよ。
お母さんを侮辱したのは特に許せないわ。
竜の巫女になりに来たのに、変な部署に配属された腹立たしさも一緒にぶつけてあげるわ。
えぇ、淑やかになるのは、この後からでいいわ。
こいつをぶっ潰して、部署を変えてもらいましょう。
「いやです。私が打ちます」
とはいえ、アシュリンさん、なかなか強そうね。構えから分かるわ。
でも、私も自信があるのよ。
心踊るわね。
それにね、私はズボン、アシュリンさんはスカートなのよね。いえ、もっと言えば、パツンパツンのタイトなロングスカートよ。もっと皆みたいな余裕のある物を身に付けなさいな。
足捌きに制約を受けないことと、蹴りを放てる分、私の方が有利ね。
というか、ほんとにアシュリンさん、私を舐めてるってことね。
「分かった。生意気な新人の鼻を叩き折るのも私の仕事だ」
「ふん、無能な上司を追いやるという使命が私にもあるの」
アシュリンさんの言葉に挑発で返す。
ちょっと微妙に私も小生意気な感じもするけど、いいわ。気にしない。ちょっとだけだもん、きっと。
他の部署では『何事もありませんでしたわ』的に過ごさせてもらうわ。
さて、私の言葉に乗ってくれれば楽なんだけど、どうかしら。
激情型でありますように。
「メリナ、知っているとは思うが、街内での魔法は厳禁されている」
知ってるわよ。私を動揺させる気でしょ。
って、危な!
いきなり踏み込んで、顔面狙いのストレートって。腕で払い除ける暇もないなんて、雰囲気通り、強いわね。
首を振って避けなかったらいきなり鼻血ものよ。
普通の巫女さんなら、今のでやられてたわよね。
良かった。
そのタイトなスカートのお陰で前に出られずに、連撃にはならなかったのか。
不意を突かれたのは久々よ。野犬とはタイミングが違うのね。
私が避けたときに、彼女のパンチは顔のすぐ横を抜けていた。
腕を返す時に髪を引っ張られなかったのは好運だったわ。やられていたら、私は多分地べたに這いつくばって、追撃で伸されていたわね。
本当に手で打ちたいだけなのね。
「今のを避けるか。いいだろう!!」
「そよ風が吹かれたのかと思いましたよ。どうかあそばして?」
私の怪しげな貴族風挑発にも、ヤツは無表情ね。
アシュリンは思った以上に冷静か。ゴミクズ虫のくせにやるじゃない。
少し距離を取ろう。彼女の踏み込みでは届かない所へ。
蹴りはどうかな。
でも、さっきのアシュリンのスピードだと工夫が必要か。下手にすると間合いを詰められて、ちょっと苦しいかな。
そうだ。サイドからアタックしたら一撃で沈められないかしら。
あっ、視線で分かったか。
当然よね。
でも、それは私のフェイント。
身を屈めて足払いを差し上げよう。
が、アシュリンは後ろに下がったか。
間合いを詰めないなんて、慎重ね。
折角、ゆっくりめにしたのに。罠だったのに。カウンターを合わせたかったなあ。




