部長の場所へ
案内をしてくれた巫女さんと薬師処の前で別れる。彼女は薬草を育てている畑に戻るそうだ。
さて、アシュリンはまだ神殿に戻って来ていない。大コウモリの羽根なんて嵩張るから、すぐに渡したいはず。だから、他に寄り道することもないでしょうね。新鮮なものを要望されていると言っていたし。
……オロ部長と相談か。居場所は……アデリーナ様が知っているかな。飲み友達とか言ってたし。
で、次の問題は総務部というか、アデリーナ様はどこにいるか、か。寮の執務室に行ってみましょう。
しかし、本当に、私は神殿の事をまだ何も知らないわね。アシュリンさんが一切そういう情報をくれないんだもの。
私はアデリーナ様の部屋をノックする。
少し待つと中から許可の声が聞こえたので、扉を開く。
良かった! いらっしゃったよ。
「あら、メリナさん? 至急の案件かしら?」
既に先客がいて、アデリーナ様はソファに座りながら私に訊いて来られた。
「いえ、オロ部長の住み処、あっ、違いました、執務室がどこかをお訊きしたかったのですが」
「分かりました。では、廊下でお待ちください」
半刻ほど待たされてから、アデリーナ様が出てくる。先に入られていた方も一緒だ。
「それではね、ソフィさん。神殿を去られても、私たちの絆は切れないの。またお会いしましょう」
アデリーナ様の声掛けに、無言でソフィと呼ばれた女性は深く礼をする。それから、その場をゆっくりと離れていった。ちょっと背中が寂しそう。
アデリーナ様は彼女が廊下の角に消えるまで、じっと見詰めていた。
「さて、カトリーヌさんの所ね。案内しますが、どうされましたか?」
歩きながら、アデリーナ様は私に尋ねてきた。
「アシュリンさんが森から帰って来ないのです。その相談と、私が迎えに行って良いなら、その許可を頂きたいと考えています」
「アシュリンが? メリナさん、無駄な心配でしょ?」
えぇ、そうだと思います。でも、万が一ということも有り得ます。
「私を頼ってくれたのは嬉しいですよ。……昨晩の話の通り、早速、私を主人と認めてくれているのかしら? それとも先に借りを作って、私が頼みやすく出来るようにっていう配慮かしらね」
……何の事? 主人?
王家という意味で万人の主人という意味かしら。お酒って怖い。何もかも忘却の向こうなのね。
「えぇ、そうです。アデリーナ様は主人様ですね」
適当に合わせておこう。怒られるの、嫌だし。
「先程はすみません。急にお邪魔したものですから、アデリーナ様の御用が途中となっていないでしょうか?」
私は話題を変えるために、そう言った。
「えぇ、大丈夫ですよ。もう終わりましたから。巫女見習いの方が神殿を辞められるので、手続きとかをしていたのです」
「ご結婚ですか?」
アデリーナ様は少し笑った気がする。前をお歩きだから見えなかったけど。
「巫女見習いってね。一年間で巫女になれなかったら、そこで終わりなの」
えっ! 自動的に上がれるのではないのですか!?
アシュリンさんとかでもなれるのだから、ゆるゆるなんだと思ってました!
「ソフィも頑張っていたのですが、やはり結果を出さないといけない部署は可哀想ですね」
結果って何!? 魔物駆除殲滅部だと、倒した数で決まるとかじゃないでしょうね。
「ソフィが来た日に副神殿長が新婚旅行中だったのが運の悪さよねぇ。あの眼鏡、人の配置は上手だから」
アデリーナ様の中でも副神殿長は眼鏡なんですね。私と同じです。
いえ、それよりも新婚だったって!? 何!? 結婚してらっしゃったの!?
驚きで、ソフィさんの事が薄れていきます。
「一年以内に巫女にならないといけないのに、二年は異動できないっておかしいわよね」
えぇ、そう思います。が、副神殿長さん、結婚されても働くのですね。
巫女としてどうなのですか? 純潔とか、聖性とか、そういうのはスードワット様は拘りにならないのでしょうか。
「あの、竜の巫女は結婚しても続けられるのですか?」
「えぇ、もちろん。辞めるのも自由ですよ。しかし、ソフィも辛いでしょうね。メリナと同じように村から出て来て、巫女になれずに戻られるのですから」
えぇ。
それにしても、副神殿長さん、ご結婚されていたのですか。すごく神経質で、「男なんて野蛮よ、野蛮」っていつも言っているタイプかと思っていました。
寮をかなり遠ざかった所で、アデリーナ様の足が止まった。まだ神殿の敷地内だけど、私はこんな所まで来たことがない。本当に大きいのね、聖竜様の神殿は。シャールみたいな大きな街で、これだけの神域を確保しているんだから、やっぱりスードワット様は凄いのよ。
「ここです」
足元の地面に大きな木の板が置いてある。
それをアデリーナ様がノックする。
「昼間だから寝てるかもしれないわね」
蛇は夜行性が多いですものね。それに、あの姿では昼間は外を動けないでしょうに。街中が大混乱で討伐隊が組まれるに違いありません。
「カトリーヌさん、いらっしゃいます? いらっしゃれば、合図お願いします。アデリーナです」
アデリーナ様が板をずらして深くて暗い穴に向かって声を投げ掛ける。
すると、奥の方からカンカンと乾いた木を叩いた様な音がした。




