ルッカさんの悲しみと覚悟
片方だけの足首からルッカさんの体が植物のように脛、腿と順番に生えて、そこから腹と違う方の腿へと分岐して、最終的には髪の毛まで完全に再生されました。また、それぞれの部位についても内部から順繰りでして、骨が伸び、血管と筋肉が構築され、最後は皮膚という流れでした。
以前にルッカさんの体を拳で貫いた時は魔力だけで中身が無かった事を覚えています。血を流さない魔族のクセに無駄な再生方法です。一気にガッと蘇生すれば良いのですよ。
そう言えば、最初は普通の生き物だった者が魔力を強めて魔族になる説が有りますが、ルッカさんもそうで、再生するにはまず人間らしい骨格が必要なのかもしれません。
その後に中身を魔力と入れ替えるのかな。
ルッカさんは裸体でして、羨ましい限りのプロポーションを私達に見せ付けます。でも、まだ意識は戻っていないみたいで直立しているだけです。
あと、うふふ、ボーボーですよ。ボーボー。私よりもがっつりたっぷり生えています。あぁ、あのデュランのボーボーの人に教えてあげたい。今はどこで何をしているのでしょう。マイアさんの叡知なんかより面白いものが、私の目の前にあるんですよ。
神殿に帰ったら剃刀をお貸ししましょうかね、ルッカさん。
私がしっかりと観察していると服が構築されてしまいました。
「メリナさん、何を薄く笑っていたので御座いますか?」
「メリナっ! 相手が友であっても戦闘前には、笑みを見せるほどの戦意! この私も敵わぬなっ!」
下の毛の件とは答えにくいですね。ちょっとだけ私が変な人に思われそうです。
「あら、巫女さん。こんなところで会うなんて、ヤギ頭はもう倒したの? グレートね」
ルッカさんは、もう普通の状態になっていました。言葉遣いもいつもと変化無しです。これで私が誤射の罪を問われることはなくなりまして、それは大変に喜ばしい事です。
ルッカさんの視線はすぐに私から外されまして、別の人へと向けられます。
「……アデリーナさん、いつから気付いていた?」
続けて、アデリーナ様に問うたのです。先程のアデリーナ様の説明からすると、もしかするとと私は思っていたのですが、ルッカさんは戦闘体制に入っていません。そのまま直立不動でした。
アデリーナ様は、しかし、ルッカさんに答えません。
だから、ルッカさんは肩を竦めながらもう一度口を開きます。
「ノープロブレム。まだブラナンの準備は終わってない。私は人間じゃないから、簡単には入れないわ。だから、話す時間はある。安心して良いわよ」
……どうしますかね。今がこちらからの攻撃のチャンスである事は間違い有りません。でも、悩みます。
私が聞いていた話だと、アデリーナ様の計画はヤギ頭と王様とその前の王様を同時にぶっ殺して、憑依先を失ったブラナンをルッカさんが食べると言うものでした。
でも、その一番大事な役目のルッカさんがブラナンに憑かれようとしているのです。止めたところでブラナンはアデリーナ様やヤギ頭に移動して、逃げられてしまいます。
今、ルッカさんを殺すのは無駄な気がします。しかし、殺した上でアデリーナ様と王様とヤギ頭も殺してしまえば解決するのではないでしょうか。
いや、でも、周到なブラナンの事です。アデリーナ様は調査済みと言っていましたが、他に隠し子がいないとは限りません。そうすると、ブラナンがそっちに憑依してしまうと、ブラナンの所在が本当に分からなくなってしまいます。
「ルッカが王を下僕化した後のやり取りを聖女クリスラから聞いた時です。『この国の王は誰?』と訊かれ、王は『アニキ』と答えたと聞きました。その時にルッカは信用ならぬと確信しました」
「どうしてかしら? 私、ミステリー」
「王は私の父の事をアニキと呼びません。双子で、しかも、一応は王位継承権を争う仲でしたので、父を上位に思っていると他の者に捉えられるような呼び方を好みませんでした」
「えー、そんな些細な事で。サプライズよ」
ルッカさんは一旦黙り、それから、また喋ります。
「……私は皆に知られないようにブラナンを始末しようとしただけよ。止められるのは私しかいない」
「残念ながら、私はルッカを仕留めるだけの能力は持っていません。だから、あなたの好きにさせるのも一考の価値があると判断しました。敵味方が分からない状況で、あなたがメリナさんを抱き込むことだけは何としても阻止しようと考えていましたが。ただ、先王が隠されていると思っていたのが、違う人物だったのは推測違いでした。そして、ルッカが嘘を付く理由はここにあると思い直しました。ルッカが嘘を付いてまで拘るなら、500年前の先祖が絡んでいるのではないのかと」
それを聞いたルッカさんは黙ったまま、にっこりしました。正解と言うことでしょう。
「そうね。私も巫女さんをヤギ頭に向かわせてくれてホッとしたわ。これは、私が、この手で解決したかったのよ。ソーリーだったわね」
ルッカさんは私を見て、もう一度笑顔を見せました。
「でも、グレートよ、アデリーナさん。あなた、さっき先祖と言ったわね。当たってるわ。クレイジー過ぎるくらいよ。私は現王を噛んだときにブラナンの意識と話した。私の子の中にずっと居たんだってね。後で見るノヴロクの顔を楽しみにしているわ」
爺ですよ? ルッカさん、自分の息子が年老いている事を知らないのですかね。
実物を見たら驚愕してしまいますよ。
「私はブラナンをこの身に宿し、喰らう。そして、ノヴロクをちゃんと死なせてあげる。物の様に扱う為に、死すべき者を無理に生かすなんて、許せないわよね。だから、私は絶対にブラナンに勝つ! だから、何もせずにこのまま見ていて。トラストミーよ」
……ルッカさん、あなたも下僕を生きる屍を量産していましたし、物の様に扱っていましたよね? 私、ビックリですよ。トラストできないです。
「…………今の内に子の顔を見ておきなさい。今が最後の機会になります。残念ながら」
「ん? 私が負ける前提なの? …………あっ、そう言うことか……。オッケー、見ておくね。私を見逃してくれたアデリーナさんへの感謝の気持ちだからね」
ルッカさん、台から降りずに下を覗いて、爺さんの顔を確認しました。しばらく動きません。
「……アハハ、皺だらけ。立派に生きた証だね。あの人の面影があるなぁ……。……似てる……ね。ごめんね、ノヴロク……。お母さん、急に居なくなって。辛くなかった? もう終わりだからね。……会えて嬉しかったよ。でも、もう会えなくて、直接バイバイって言えないけど……あの世があるなら……待っていてね。また待たせる事になって、本当にごめんね」
ルッカさんの顔は見えませんでしたが、涙が落ちたのは見えました。
「ルッカ、もう理解して頂いていると思いますが、あなたに入る為のブラナンの準備が完了次第、そのノヴロクを殺します。その結果、ブラナンはあなたに入るか、私に入るかを選択するでしょう」
「アイシーよ。私を選べば、ブラナン王家はブラナンから解放される。だから、アデリーナさんはそれに賭ける」
そっか、ルッカさんに憑くと、そこでアデリーナ様は次代ではなくなるのですね。ヤギ頭も王様も。これをアデリーナ様は狙っていたのか。
「辛い選択でしょうが、私の要求を受け入れてくれて助かります。実は、叔父を追うのが遅いので、違う可能性も考慮していました」
「……ブラナンを許容してノヴロクと共に生きる……かな。有り得ないわ。私は夫を助けたかったのに誤って殺した。その上で、こんな結末を迎えているのだから」
「えぇ、それに既にルッカがブラナンに憑依されている可能性も御座いました。何にしろ、敵対する可能性は否定できず、結果、騙し討ちが最も良い選択だと考えていました。そのために、カトリーヌさんにご助力を願ったのです」
「オロ部長もストロングだものね」
あぁ、カトリーヌさんはオロ部長ですね。すっかり忘れておりました。一瞬、新しい人が出て来るのかとビックリしましたよ。
「えぇ、戦い方次第ではメリナさんを凌ぎます」
ふむ。オロ部長とやりあったのは神殿に入って、すぐでしたね。私を試す意図だったから本気ではなかったのは間違い有りません。
それでも、今の私なら勝てると思うけどなぁ。
オロ部長を見たら、「ヤるか!?」って感じでファイティングポーズを取られました。うふふ、お茶目です。
さて、お二人の長い会話には飽きました。
私なりに知りたい事を訊きましょう。
「話の途中ですが、あれですね、ルッカさん的にはアデリーナさんは孫に当たる訳ですが、何か感慨深い物は有りますか? 面影あるなぁとか、懐かしい香りがするなぁとか」
ちょっとした興味です。
「無いわよ! 巫女さんはこんな時もクレイジーね! ……あっ、私、お母さんの匂いがするってアデリーナさんに言われたわよ!」
「……ったく、メリナさんは詰まらない事をよく覚えていらっしゃって感心致します」
シャールでの夜会の時ですね。毒物に侵されたアデリーナ様は確かにそんな事を口走っていました。お母さんではなく、お祖母さんの臭いでしたね。外観に惑わされましたか。
「もう、巫女さんはいつも通りで羨ましいわね! 話を戻すわよ。アデリーナさんはクレバー。よく推測したと思うよ」
「その詰まらない事では有りますが、今のメリナさんの仰った事件も考慮に入れています。毒物の影響があったとしても、そんな戯けた言葉を根拠もなく、私が吐くとは信じられません。そういった諸々と祭壇の下に隠された人物が先王でなかった事実を繋げつつ、欲の深いブラナンであれば何をするかを想像したのです」
「奇才ね。……もしもの時は、私の体を狙う不貞野郎は任せたわ。巫女さん、そろそろよ、グッバイって一応言っておくわ」
手と体を伸ばして、穴の中の爺さんの体に少しだけ触れた後、ルッカさんはすくっと立ちました。
時間が来たのでしょう。ルッカさんは覚悟を決めた顔付きです。
しかし、横から別の声がしました。
「まぁ、ルッカさんね、私、悲しいわ。泣かないで、お願い。アデリーナさんも遠慮なんてダメよ。私なんかじゃ相談相手として頼りなかったのかしら」
巫女長です。頼りなくは無いです。でも、相談したくない人、ナンバーワンです。トラブルの臭いしかしません。
「そのお爺さんね、私に任せたら良いのよ。うん、悪いものが憑いているのね。えいっ!」
爺さんの体が消えました。恐らくは収納魔法。ここに来て、巫女長の特技が炸裂しました。
そして、赤黒い不吉な魔力だけがそこに残留します。絶対にブラナンの魔力!
「えっ?」
アデリーナ様の惚けた驚きが響きます。予想外だったのでしょう。私もです。
ブラナンはそのままルッカさんの体に入りました。
『グハハ、弱き者よ、策を練った努力は認めるが、より簡単な手が身近にあったようだな』
楽しそうにガランガドーさんが言いましたが、ダメですよ、これ。アデリーナ様はお怒りになられるかもしれません。
「戦闘体勢! メリナさん、本気で行って良いですからね! アシュリンとカトリーヌさんは援護! 竜専用捕縛魔法が来たら壊しなさい!」
私の全力を出して良いんですかね。今なら王都ごと吹っ飛ばせる自信さえ有ります。
「ねえねえ、アデリーナさん。私は? 私も戦えますよ?」
巫女長はマイペースですね。
「フローレンス巫女長は遊撃でお願い致します。お好きな感じで宜しいと思います。頼りにさせて頂いております」
おぉ、さりげなかったですが、アデリーナ様は匙を投げられましたね。




