検証中
私たちは元の森の入り口に戻っている。
早く脱臭魔法を試したい。なのに、グレッグとかいう騎士見習いが話し掛けてくる。
「なぁ、シェラ様はお元気か?」
「はい。元気ですよ。礼拝部で日々、精進されています」
私の返答にグレッグは嬉しがる。
「そうか。流石、シェラ様だ。あの人はお優しいのに芯があって、憧れの人なんだ」
うん。胸も大きいし。魅了されるわよね。
「グレッグさんは、シェラとお知り合い?」
私の言葉に一瞬、グレッグの目が鋭くなる。あれ? 何か気に障ったかしら。
「呼捨てとは良くないな。シャール伯爵家の誇る『黄金の貴婦舐瓜』だぞ。もっと敬愛が必要だな」
何、その二つ名は。嫌がらせかしら。メロンって。シェラの分かりやすい外観だけど、それ、絶対に本人は喜んでないでしょ。
にしても、シェラって、実は有名な人なの?
「すみません、同室であるものですから、慣れ親しんだ呼びをしてしまいました」
その言葉にヒートアップして、更にグレッグが止まらない。如何にシェラが素晴らしい女性か熱く語って頂けたわ。
シェラに後から遊び半分に伝える分には面白いのだけど、もう勘弁して。私は魔法の練習に戻りたいのよ。
「昔な、シェラ様に話し掛けられたんだ」
私はもう彼の相手をするのを止めて、自分の古い靴を地面に置いていた。なのに、まだ話してくる。
「さっき聞きましたよ。初めての夜会に行った時にダンスに誘われたんでしょ?」
良し、靴が臭いわ。森に入る前よりきつくなっている。脱臭のしがいがあるってものね。
「そうなんだよ。俺みたいな下級貴族の端の端にいるような家格の奴を誘うんだぜ。そこで、もう一目ボレするよな。しかも、踊り終えた後にはお礼まで言ってくれたんだ。更にホレるさ、そりゃな。まだガキんちょだったけど、俺の剣はシェラ様に捧げるって決めたのさ!」
さて、あとは距離を取ってと。
どういう検証にしようかな。
「そうですか。それでは早く見習いから正騎士にならないといけませんね」
「だろ? で、だ。正騎士になるためには試験がある。それを受けるのもタダじゃないんだ。だから、俺は今日もこうやって金を稼いでいるんだぜ」
まずは、一回目が失敗していたのか成功していたのかを確かめるか。あの時のお願い文句を思い出さなきゃ。
「そうなんですね。お金が必要だから、そんな貴族様らしくない格好なんですね」
「いや、これはな。うちの家に金がないってこともあるんだ」
えっと、何だっけな。
確か……。
『私は願う。
目の前の靴をきれいにして。
特に臭い。どっかに行って』
たぶん、こんな感じだったと思う。
「シェラ様は俺を覚えてないかな」
「さぁ、どうでしょうか」
手に取るまでもなく、これは臭いままだ。
微かな風に乗って、私の鼻に芳しいものが入ってきた。失敗だったのか。少し体が重いけど気にしない。
次は精霊さんに呼び掛ける効果を確かめよう。
『精霊さん、精霊さん、私の精霊さん
そこの靴の臭いを取ってくださいな』
うーん、成功した時みたいに靴が光らないなぁ。グレッグの靴限定で効果があるとか、存在価値のない魔法だったら嫌すぎるわよ。
「でもな、メリナ!俺は今までに三回もシェラ様に微笑み掛けられたんだ。知っていたか?」
「それは大変素晴らしいことですね」
何がダメだったのかしら。
もう一度成功した時のを考えよう。
精霊さんにお願いをした。
成功して欲しいって希望した。
汚い靴って指定した。
臭いを取って欲しいって依頼した。
成功しろっていう望みが必要?
いえ、でも、いつもの魔法なら、そんなものは要らないわ。自信が無いからかしら。
でも、成功した時も特に自信はなかったわね。それじゃない気がする。
「メリナ、愛って知っているか? 俺は愛のために生きるんだ。シェラ様に伝わらなくても構わない。いや、伝わってはいけないのだ。密かに想い、命を散らす。それこそが真の騎士道だと思うよな?」
「ちょっと難しいですね。考えさせて下さいね」
あとは何? うーん、こんな事なら、しっかりメモでも取りながら試していくべきだったのね。
「シェラ様は俺の生きる糧。そう、命の源だ」
「そこまで想われてシェラ様も嬉しいでしょ――」
ん? 源?
……臭いの元だっ!! たぶん、そんな事を唱え文句に入れたと思う。
早速試そう!
私は靴を鼻に当てる。我慢して臭いも嗅ぐ。
『私は願う。
この靴の臭いを取って。お願い』
一瞬、臭いがなくなった! でも、すぐに戻った。
もう一度。こうなると体の疲れは関係ないよ。
『私は願う。
この靴の臭いの元を取って。お願い』
光った! それから消えた!
唱えて直ぐはまだ臭いが残っていたけど、今は無い!
これか。
臭いを取っても、すぐに戻るのは靴に臭う原因が残ったままだったのね。源から除去すれば消え去る。
分かれば簡単な事だったけど、意外にトンチを利かせてくるわね。私の精霊さんは。
でも、これで、私の皮ブーツが永遠に救われる事になったのね。嬉しいよ。
「ありがとう、グレッグさん。お陰で念願の新しい魔法を覚えたわ」
「ん、なんだ? あぁ、魔法の様な愛って意味か? 俺のお陰で愛の真理が理解できたんだな。お前も頑張れよ」
何言ってんの。気持ち悪いわね。




