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トラウマ

 次の空間は先程と違い、どこかの室内を模した場所でした。

 まず目に入ったのは机。それらが整列して並んでおり、正面にある教壇を向いています。そう、教壇があるのですよ。大きな黒緑色の板もあることから間違いないです。

 ここはデュランで苦しんだ試験会場を再現した場所です。



 本能的なものなのでしょう。嫌な汗が出ます。体が明らかな拒絶反応を示しているのです。お腹も痛くなりそうです。



「試練というか試験か?」


 部長が呟きます。聞きたくない単語が耳に入りました。


 私は戻るために扉を引こうとしましたが全く微動だにしません。そもそも部屋に入った時には開き戸だったのに引き戸に変わってるし。破壊しようと殴り付けても壊れる様子は御座いませんでした。


「……嫌な予感がします」


「マジか? 気を引き締めないといけないな」


 私は最大限の警戒心を保ちます。決して着席しません。何かが始まってしまいそうだからです。鐘とか鳴ったら最悪です。



「メリナ、あの机に紙が置いてあるぞ。調べてみるか?」


 な、何だとっ!?


「ガランガドー、焼き尽くしなさい」


 私の指示にガランガドーは素直に従うのですが、しかし、焼失したはずなのに、机と紙が何事もなかったかの様に復活するのです。

 火力が足りんのです!!


「何をやっているのですかっ!? さぁ、この腐った世界を燃やし尽くすのですよ、死を運ぶ者よ!!」


『主よ、しかし、次への扉を開かねばならぬ。受けようではないか、この試練を』


 貴様、私の絶対命令を聞けないだとっ!?

 あのデュランでの聖女決定戦の一次試験を覚えていないのですか!? あの屈辱感を!!

 マイアさんがいなければ、私は大恥を掻いていたのですよ!?



「おい、どうした、メリナ? あの紙はどう見ても試験用紙みたいなんだが」


「悪魔の書です。読んだ者を絶望の淵に(いざな)うのです」


「マジかよ……。それはヤバいな」


 しかし、私はここでハッと気付くのです。今回は私一人では御座いません。自称でありますが天才の部長も居ますし、物知りっぽいガランガドーさんも期待できます。


 ここは正攻法も良いのでは無いでしょうか。

 いや、しかし、あの悪意に満ちた一葉を見る前に一応の確認はしておきましょう。



「エルバ部長、ガランガドーさん、あの書を目にする資格があるかどうか、失礼ながら試させて頂きたいと思います。宜しいでしょうか?」


「あ? ……そうか、お前がそこまで慎重にならざるを得ない強敵なのか。良かろう、試せ」


 エルバ部長は果敢にもチャレンジされることを選ばれました。ガランガドーさんも無言で頷き、同意されます。



「円周率の無理性を証明しなさい」


 私が唯一覚えている問題です。強敵です。手も足も出ませんでした。


『主よ、正直に言おう。……我は脱落である』


 うん。私もですよ。私達は脳みそが竜だから仕方が無いのです。きっとそうです。

 そして、我々ドラゴン組は、頼りにする天才児エルバ・レギアンスを熱を込めて見詰めます。


「そんな目で見るな。マジで照れる。あと、分からん」


 おぃい! お前、一体何の役に立つんだよ!?



「しかし、何だ、マゴマゴしていても始まらんぞ」


 部長はそう言って、裏返っていた紙を引っくり返しました。


 やりやがりましたよ……。

 私は渋々ですが、そこに書かれた文章を読みます。



 ほら! ほらほら!!

 ご覧ください!

 私が心配していた通り、これは問題用紙でしたよ! 文字がいっぱい書いてあって「答えよ」だとか「魔力の使用はないものとする」とか文末に書いてありますもの!



「……どうするんですか? 試験が始まってしまいますよ……。正解は試験を放棄するだったのに……」


 そうです。試験を受けなければ、あの屈辱も味わなくて良かったのです。一旦問題を見てしまえば、そこから色々と破壊しても、私がにっくき問題に負けてしまった事実は残るのです。敵を認めてからの不戦敗と最初から戦わなかったの間には大きな差が有るのですよ!


「落ち着け、メリナ。お前らしくないぞ。私に任せておけ」


 どの口でそんな自信過剰なセリフをほざいているんですか!? さっき、円周率に完膚なきまでにヤられたところでしょうが!? まだ、ラスボス複雑系時間何とかがいらっしゃるのですよ!


 エルバ部長は紙を一読してから、ゆっくりとこちらを見ました。


「スゲーな。全く分からないとはマジで思わなかった」


 …………呆れ果てるとはこの事です。



 私も覚悟を決めましょうか。


「ガランガドーさん、読んでみて下さい。一問だけで良いですから」


 動物クイズ! 動物クイズ! 動物クイズ、来いっ!!


『問い一。零ベクトルと逆ベクトルを示した上で、実数数列全体の集合が線形空間となる和やスカラー倍等の七つの条件を答えよ』


 うわぁ……。きっつっ!!

 さっきの空間での弟や妹を蹂躙させられたのと全然違うけど、これも精神に来ますね!



「分かるか、メリナ?」


「七つも答えないといけないことだけ分かりました。部長は魔法学校の人って前に言ってましたよね。何とかならないんですか?」


「いやぁ、これはマジで分野が違うからな」



 私達はとりあえず紙の載っていない机の椅子に着席します。


『焼き尽くすしか有るまい』


「そうですね。全く部長には幻滅ですよ。誰を弟子に欲しいですって?」


「出題者側からすると、一問目は基礎的な問題を出すのだが、二問目も読んでみるか?」


「何言ってるんですか? 私は経験済みです。読み終わった後は乾いた笑いしか出ないんですよ」


 転移の腕輪、これの力を使うべきでしょう。大魔法使いマイアさんさえいれば、こんなものお茶の子サイサイに違い有りません。



『稀運に呪われし小さき者よ。先程の様に魔力を辿り、この空間を司る精霊にコンタクトすれば道が開かれるのではなかろうか』


 !?

 ガランガドーさん、冴えてます! エルバ部長から精霊さんに解答を尋ねれば楽勝ですね!


 私からもお願いする必要なく、すぐにエルバ部長は魔力の質を変えます。それから、指先が光る魔法を使い、紙へと手を遣るのです。


 固唾を飲んで見守る私。ドキドキしますね。



「どうでしたか!?」


「解答が合格ラインになるまでここを出られないらしいよ」


 そうではないのですよ! 答えを訊いたのかという点が重要なのです。可愛いモードでなければ殴り飛ばしていたかもしれません。


「精霊さんが言うには、扉を開けた人のトラウマを引き出すんだって。とても悪趣味だよね」


 ……トラウマ。確かに、先程の弟と妹の件は私の心に深く刻まれた事件でした。恐らくは今後の人生においても、あれらを越す酷い出来事は起きないと思います。


『主にとっては聖女決定戦の試験が弟や妹の死ほどに衝撃的なものであったか……』


 待て。

 私の悲しみの底が浅く思われるだろ。



「部長、不愉快です。ここを突破するにはマイアさんを呼ぶしか有りませんか?」


「ううん、精霊さんにお願いしたら問題を替えてくれるって」


 まぁ!! この可愛いモードのエルバ部長は出来る女でした! もう本当に常にその状態で居なさいよ。



 新しい問題用紙が別の机に出されます。


 問い一。シェラ・サラン・シャールを想う騎士グレッグの本名は?


 うわっ! 極端に簡単になったと思うけど、全く分からない! 聞いたことあったかな。


 エルバ部長がサラサラと答えを書きます。グレッグ・スプーク・バンディールらしいです。やはり聞き覚えもないですね。

 でも、グレッグさん生意気にも三つも名前が並んでいて、弱いくせに生意気です。私、巫女になってから知りました。名前はいっぱい並んでいる方が格好いいし、偉そうなんです。



 問い二。監獄においてアデリーナ・ブラナンからメリナが入手したパンツの数は?


 うふふ、引っ掛け問題ですね。

 赤いスケスケの蝶のパンツの印象が強いのですが、私ははっきりと覚えていますよ。


 答えは2枚!


 もはやパンツ機能を捨て去っている紐パンツも頂いたのです。バンダナだと思って頭に被りましたね。



 その後も私が知っている難問が続きます。しかし、私やエルバ部長を前にしては敵では御座いません。


 さあ、最後の問題です!


 少年の絵が描かれています。とっても精微で風景をそのまま切り出したかの様に鮮やかで、そういった像を記録する魔法の類いなのでしょう。

 人物は双子のブルノかカルノですね。懐かしい。お元気にされているかな。


 問いはこの人は誰でしょうか、でした。


 激ムズ。簡単な二択なはずなのに、全くの勘に頼らなくてはいけないとは……。

 まさかの三つ子でしたなんて意表を突かれる可能性も否定できないし。いや、しかし、これまでの問題の傾向からして、私が知り得る答えでした。だから、二択で良いのでしょう。


 だけど、二人はそっくりです。髪型まで同じって、最早嫌がらせの部類ですよ。死ねって感じ。


「頼んだぞ、メリナ」


 可愛くないモードに戻っていた調査部長はその役目を早々に放棄しました。こいつ、マジで使えない。


「ガランガドーさん、宜しく」


 私も放棄です。ここは頼りになる精霊さんの出番ですね。


『し、しかし、我は絵からは魔力を読めぬ。判別が付かぬぞ』


 それはここにいる者全て同条件です。そして、部長も私も敗北の責任を負いたくないのですよ。


 私の睨みでガランガドーさんはパタパタと紙の前に移動し、小さいけれどもトゲトゲの多い前足でペンを持ちます。


 ほほう、器用ですね。人間の手と違って握りが苦手なのでしょう。両方の前足でペンを握って、後ろ足で立っています。


 文字が震えながらも、彼はブルノと書きました。



 私はゴクリと息を飲みます。ガランガドーさん、躊躇しないのですね。恐れを知らないとは天晴れです。しかし、彼の目は少し滲んでいて、不安感を隠せていません。



「……どうですか、部長。……正解ですか?」


「マジで分からん」



 突然に眩い光に部屋が包まれ、視界が戻ると次に進むための扉が出現していました。


『ふん。他愛もない』


 えっらそう!


「流石は精霊だな。よくやった」


 こいつもですよ。



 さて、また扉か。開けたくないです。

 これ、さっきの可愛いモードの部長が精霊さんから聞いた話からすると、私が嫌な思いをする様に仕組まれてるんですよね。

なお、正解はカルノでした。

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[一言] 部長が扉を開けたら? 中にメリナがいっぱい?
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