清浄魔法
朝になり、目が覚める。
シェラはもう着替えて黒い巫女服だ。マリールも寝間着からいつもの服になっている。
「シェラ、すみません」
きょとんとした顔で返すシェラ。
「昨晩、あなたの靴と足を嗅ぎました。全く臭くありませんでした」
私の告白に驚愕するシェラ。朝から本当にごめんなさい。冷静になった私も自分が何を言っているのか分からないわ。
昨日の私はどうにかしていました。そう、靴の魅惑に取り込まれていたのです。悪夢を見せられていたのです。
「どう返すべきか困りますが、メリナ」
「はい」
「二度としてはいけませんよ」
「はい。勿論です。マリールの足も嗅ぎません」
「当たり前よっ」
我関せずとしていたマリールから即座に声が掛かった。
「すみません、まだ私を同室の者と認めて頂けるでしょうか?」
平身低頭、私は謝罪する。
「えぇ、もちろんですよ。続くようなら身の危険を感じますので、アデリーナ様と相談させて貰いますが。ねぇ、マリール?」
「そうね。私がダメって言ったら止めなさいよ。それだけは約束して」
許してくれたようだ。皆、ありがとう。
しばらくは大人しくしておこう。
あと、シェラ。たぶん、余りの事に理解できてないんじゃないかな。寝ている最中を襲われたようなものよ。もっと危機感がいるかもよ。なんて、私が思うなよ。ごめんなさい。
「メリナ、あなたの寝間着はどうしたの? 私の店に行ったでしょ?」
マリールが朝食後のお茶を飲みながら聞いてきた。
「えぇ。高価で買えませんでした。またお金を貯めてから行きます」
私は腸詰め肉を食べながら答える。スパイシーで美味しい。
「私の手紙は?」
「店長さんにお渡しましたよ。何かお気に入りの物があればと仰って下さいましたが、それでもあの価格のものは気が退けました」
「ふーん、まぁ、あんたが良いって言うならそれでいいわよ。靴はあんたの先輩に貰ったんだっけ?」
私の説明を覚えていてくれたのね。
「そうなんです。とても気に入ってます」
「だってさ、シェラ。メリナの靴に臭い消しの魔法掛けてあげられない?」
そういう魔法があるのね。アシュリンさん、知っているかな。
「実家に行けば可能ですが、今はちょっと難しいですね。礼拝部でも毎日、清浄魔法を掛けていますが、私用で掛けるのはどうなんでしょうね」
清浄魔法っていうのもあるのか。毎日掛けるってことは洗濯みたいな魔法なのかな。
「シェラは使えないの?」
「んー、簡単なものしか扱えないんですよ。メリナ、一応、先輩に訊いておきますね」
「シェラ、ありがとう。でも、いいです。私が魔法を覚えます」
「そんな簡単に魔法を覚えるなんか無理だと思うよ」
マリールが私に注意する。
「そうかもしれませんが、ブーツの為です。やり遂げます」
「物を大事になされるのですね、メリナ。立派です。買い換えても宜しいのに」
くぅ、シェラ、それは貴族的発想よ。村娘には片方の靴を買うのも厳しいのよ。下手したら靴紐でさえ金貨が必要な世界に、あなたは居るのよ。
時間になって、私は魔物駆除殲滅部の小屋にいる。
アシュリンさんは既に机に座っていた。
正直、仕事してないな。私はする事もないので、部屋の掃除をしていた。
「アシュリンさん、私の願いを聞いてもらって宜しいでしょうか?」
ハタキを本棚に掛けながら私は語り掛ける。
「許可する。何だ?」
「その、ちょっとでいいので、アシュリンさんの靴を嗅がせて頂けませんか?」
………………。
部屋に沈黙が流れる。
「ダメだ」
長い溜めの後にアシュリンさんが答えた。
「アシュリンさんの靴が臭うかどうかを知りたいのです。お願いします」
……………………。
二度目は完全に無視だ。アシュリンさんは、書類から目を外さない。
なのに、私が別の棚に移動するために近付くと、リフレッシュしたいな的な感じで肩を揉みながら不自然に小屋の入り口側へ移動された。避けられたの?
「分かりました。では、私に清浄魔法の勉強をさせて下さい」
「……許可したら、先程の発言を取り消すか?」
アシュリンさん、目が怖いです。
「はい」
嗅ぐ必要がなくなります。必要がなくなりそうと感じた途端に何故あのような発言や行動をしたのか、自分を責め続けたくなりました。
「分かった。隠密行動でも必要な時がある。教えてやろう」
えっ、アシュリンさん使えるの!?
毎日、洗濯していたから、てっきり使えないのかと思い込んでいました。
「お願いしますっ! 私のブーツを救ってください」
「分からん事を言う。まぁ、いい。森に行くぞ。まずはこの書類を読み終わりたい。そこを退け」
私は素直に移動する。
気持ちはウキウキです。




