激闘
アシュリンは私の挑発を聞くまでもなく突っ込んで来ました。
くそ、ルッカさんと役割分担について詰めたかったのに、時間をくれませんでしたか。
仕方ありません。気持ちを入れ替えましょう。待てと言ってもアシュリンさんは止まりませんからね。
さて、私とルッカさん、最初の狙いはどちらでしょうか。
時間が経つほどに人数の差が効いてきますので、アシュリンの初撃は全力。魂を刈り取る様な激烈な物になるでしょう。
「えっ、私なの!? クレイジーね」
アシュリンの狙いはルッカさんでしたか。ならば、私が背後を取れば良いのですね。
既に間合いを詰めて殴る動作に入ったアシュリンが叫びながら、腕を振るいます。
「一度も仕事をしていないとは、メリナ以下だぞっ!!」
……私も一度もしてませんが……。あっ、私は洗濯物とかやってましたね。あれも仕事か。
アシュリンの拳は閃光を放ちながらルッカさんに向かいます。魔力的な何かを感じました。
十分に重心を乗せた体勢で放たれた攻撃は、ルッカさんの胸に突き刺さり、彼女の体を勢いよく吹き飛ばします。
物凄い飛距離です。撃たれた衝撃のまま体を曲げて空中を飛んでいき、恐らくはルッカさんは街を囲む大壁に激烈に衝突するでしょう。私が喰らっていたらと思うとゾッと致します。回復魔法を唱える間もなく気絶か絶命ですね。
ルッカさん、ギリギリで避けてカウンターを入れるつもりだったんだと思います。しかし、予想外のスピードに為す術が無かったのですね。
ルッカさん、あなたの犠牲の下に勝利を掴みますね。
殴った体勢を残すアシュリンの背中側斜め後ろに、私の軸足が来る様に転移。そこから、素早く蹴りを繰り出します!
おっらぁっ!
負けを認める前からおケツを赤く腫らしなさいっ!!
心の中で絶叫しながら、横回し蹴りです。尾てい骨どころか骨盤全体を粉々にしてやります。そんな思いの篭った一撃を繰り出しました。
それなのに、アシュリンは避けやがりました。完全に不意を突いたはずなのに、転移したが如くの速さでターンして、私の蹴りを腕で受け止めています。
よく見れば、腕だけでなくアシュリンの体全体が輝いています。これは魔族フロン戦を終えてシャールに帰還した際に、馬車の上で見た覇気――歴戦の勇士の証し。生意気にもそんな物を纏っています。
私が蹴り足を戻す前にアシュリンは私に向かって手を伸ばす。意図は分からないけど危険。
そう察した私は転移により、ルッカさんの傍へ移動します。逃げるだけではありません。ルッカさんのダメージ具合から戦線復帰の頃合いを推し量る為と、可能なら共闘の申し出をするための意図も有りました。
甘かった。
聖女決定戦のコリー戦で散々注意していたはずなのに、転移先の魔力変動をアシュリンに読まれていました。
転移魔法は転移完了までに若干のタイムラグがあって、武の達人を前にして使用するのは細心の注意が必要なのです。
転移した途端に、瞬時で走り込んでいたアシュリンに、頬骨の上から強烈な一撃を貰いました。顔面の骨だけでなく、歯まで折れた感触。意識が薄まる中で空高くに転移して回復魔法を使わなければ地に沈められていました。
仕切り直しです。私の視線はアシュリン。
ヤツは高くジャンプできます。コッテン村初日の鰐蚯蚓戦で知っております。空中であっても油断はできない。
アシュリンが飛ぶ方向を見定めて、別場所に転移する選択肢も有りますが、ヤツは空気を蹴って方向を変えられるかもしれません。人間には不可能ですが、ヤツを人間だと思うのは愚かです。化け物じみた動きをしても不思議じゃない。
予想通り、アシュリンは信じられない跳躍力で私に向かって来ました。そして、到底届かない距離なのに、拳を下から突き出す感じで私を攻撃しようとしているのです。
分かります。これも鰐蚯蚓戦で見せた技。魔法だと思いますが、何か不思議な力で拳から圧力波っぽい物を放つのです。ヤツのフィニッシュブローと予想します。
舐めるなよっ!
私は体の奥底から魔力を肌表面に動かし、それを纏う。何か黒っぽいですね。ガランガドーの野郎のせいかもしれません。
先にアシュリンの拳から撃たれた光る何かを私は向かい打つ。アシュリンのバカに出来て、天才の私に不可能なはずが、ない!
私はアシュリンの頭を目掛けて、弓矢で狙う距離にあるにも関わらず、拳を突く。併せて、握った拳を飛び越えて魔力を放出する感じで動かす。
貫けっ!!
黒い光。輝いていないから光と呼んで良いのかは分かりませんが、そんな物が轟音と共にアシュリンの出した煌めく何かとぶつかります。
猛スピードで正面衝突した際に生じた衝撃波が空中にいる私とアシュリンだけでなく、周りの建物も襲います。っていうか、街を囲む壁の一部が崩れたかもしれません。気にしてはなりません。ルッカさんが生き埋めになったかも疑惑も、この際、考えないことにしましょう。
体が弾け飛びそうになったのを地上への転移で回避しました。場所は安全と思われる、遠くに見えたデニスの後ろ。アシュリンとの間には群衆がいるので、流石に襲われることはないと判断したのです。
「わっ!? えっ、ボ、ボス? 何か体が真っ黒に見えますよ!?」
「戦闘中。黙りなさい」
私はデニスの問いには答えられません。距離があるのと、うじゃうじゃいる群衆が邪魔なのとで、魔力感知ではアシュリンを捉えきれないと判断して、目視で確認する必要があったのです。
しかし……どこだ!?
見失っただとっ!?
「ガハハハ! メリナ、成長したなっ!!」
かなり上から目線の言葉が、実際の位置的にも上の方から聞こえました!
私は咄嗟に頭頂で両手をクロスさせてガードに入ります。
ほぼ同時にとんでもない圧力が腕に掛り、膝が耐えきれずに曲がる。しかし、魔力を纏っていた事が奏功して、私の両腕が折れる事は有りませんでした。
どうやって、ここまで移動したのかは分かりませんでしたが、卑怯な奇襲を受け切りました。反撃です。
氷、氷、氷! 突き刺せ!!!
私の両脇から氷の槍が二本、斜めに伸びます。狙いは頭上にいるはずのアシュリン!
死ねぇ!!!
「グハハっ! まだまだ!!」
アシュリンは殴った拳を開いて私の腕を掴み、自らの体を引き寄せる。結果、氷は刺さらず、逆に膝での二撃目を私に喰らわしたのです。
体で地面を削りながら吹き飛んだ私は道沿いの建物の壁で止まります。流石に当たる頃には勢いが弱まっていましたが、私はごつんと頭を打ちました。
絶対に殺す!! 絶殺ですっ!! そんな殺気を私は迸らせます。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
直ぐ様に立ち上がった私は、流れる血が目に入るのも気にせず叫びました。
そんな気分だったのです。屈辱から来たのですかね。
既に構えていたアシュリンに私は突撃。策は無し。ただ、全身全霊で殴るだけ。
迎撃に来たリーチの長いアシュリンの腕を本命でない方の拳で弾き飛ばし、更に詰めて、筋力と魔力を込めた拳で腹を下から殴りに行く。
それをアシュリンは片手の掌で受け止める。常人ならそんなガードを無視して私の拳が突き刺さるはずなのに防がれました。しかもアシュリンは私の拳を強く包み握り、私の腕を引く自由を奪いました。やばっ。
すかさず、アシュリンの膝が私の股間を狙う。
「ウォォォォ!!!」
それを把握しながら、私はもう一度叫ぶ。そして、無理矢理に片腕でアシュリンの体を持ち上げます。頭上に掲げるだけでなく、更に背を後ろに反らして体重を移動させる。
そこから、一気に私は仰向けに倒れて、見事にアシュリンを脳天から落とします。
私に余裕があれば氷の槍を再度作って、そこに頭を落としてやれば良かったです。
ダメージは入ったと思いますが、アシュリンは私の追撃を躱し、またもや相対することになります。
「ガハハハ! 少しはやるようになったなっ!」
脳震盪くらい起こせよ。
私は間を作り直さざるを得ません。会話に応えます。
「うふふ、まだ本気じゃありませんよ」
「私もだっ!」
互いに詰め寄り、さぁ殴り合いと言うところで横から、群衆でない方向から魔力を感知しました。瞬間、氷の壁で魔法を防ぐ。邪魔が入ったようです。
「ボス! 軍隊です!」
私の視線はアシュリンに向けたままなので、デニスの報告は有り難かったです。そして、私は閃きます。
「アシュリンさん、私がデニスの家族っぽい方々に向けれた魔法を防御したので、私が彼らを助けたと言うことで良いですか?」
「あぁっ!? 意味が分からん!」
理解しろ、バカ。




