ビーチャの恋人
私は肩車でビーチャを運びながら、街を疾走しています。何だか、私が荷馬になっている様な気分です。
そんな状況ですが、情報収集には手を抜きません。
「ビーチャ、デニスの家族構成を教えなさい。奴の兄弟の家族の人数についてもです」
「は、はい! デニスの母の他に兄弟が10人います」
ふむ、11人か。大家族とは面倒な。
「あと、その兄弟が結婚していて、それぞれ10人の子供を持っています」
……えーと、各兄弟の配偶者を入れて、兄弟の家族が110人。先の数字を足して121人。
村が一つ出来るレベルですか。鼠のように増えやがって。配偶者の親兄弟まで含めると恐ろしい数字です。
「デニス自体は結婚していないと言っていました。長男で金を稼ぐのが忙しかったって」
私が勝てる可能性は有るのか。そこが大事です。
「ビーチャ、あなたの恋人は1000人くらいいますか?」
「は? いいえ……。一人ですけど……」
私は急ブレーキです!
「この甲斐性なしがっ! 今すぐ、最低でも122人の恋人を作りなさいっ! 話はそれからですよ!」
「無理ですよ……」
「可能性はゼロじゃない! 頑張りなさい! ほら、そこに歩いている人に告白しなさい!」
「えっ、でも……。おっさんじゃないですか……?」
「今ここで、私に殺されたいか!?」
「ヒッ!」
宜しい。聞き分けが良くて助かりました。
私はビーチャを肩から下ろしました。
「ちょ……すみません……」
ビーチャは恐る恐る、小汚ないおっさんに声を掛けます。
気弱そうなおっさんです。これは押せば行ける! 諦めなければ、絶対に両想いになれます! 私は全力で応援しますよ。
「何だい?」
来たっ! 人も良さそうです!
温かい家庭が待っていますよ!
「ひ、一目見たときから気になっていました。俺と付き、付き合って下さい!」
震える声にビーチャの真剣さ、真摯さが顕れていますね。そして、勢いがあります。これは完璧です。間違いが起こるかもしれませんね。
「えっ? な、何? 怖い」
愛が重すぎると言うのかっ!?
「お願いしますっ! 俺にはあなたが必要なんです! 少しだけで良いのでお願いします! 何でも言うことを聞きますからっ!!」
おっさん、無言です。ビーチャの土下座を無視して後退り、それから、走り去りました。
「……ビーチャ、アレですよ。彼の魅力的な所を語った方が良いと思いますよ」
「どこにあったと言うんですか……?」
「考えるのは、あなたの仕事ですよ?」
「スッゲー横暴です」
その後、何人もの人にチャレンジします。しかし、悉く失敗です。ビーチャの魅力が足りないのでしょうか。
「……ビーチャ、実は息子と娘が五百人くらいいたとかありませんか?」
「結婚もしてないし、一人もいませんよ……」
「連れ子で良いのですが」
「……ボスはそれくらい子供を産めそうですが、普通の人間には無理です」
今、私、軽くディスられた感が有りますね。
しかし、今のビーチャの鋭い指摘には考えさせられます。聖竜様とのお子となると千や万でも不十分で、全世界を埋め尽くす感じで家族を増やしたいです。
私たちの愛は無限です。全てが私と聖竜様に繋がる夢のような未来が待っています。ぐふふ。
あっ、いけません。目下はアシュリンとの戦いが大切でした。
「ボス……一つ思ったのですが、良いですか?」
「言ってみなさい」
「別に俺の恋人でなくて良いんじゃないですか? 俺が家族みたいに大事な人ですって言えば、数に数えても良いと――」
「天才っ! さすがビーチャ、私が一目置く男です!」
私に誉められたからといって、エヘヘって照れるな、バカ。
気持ち悪いです。私より十歳は年上でしょうに。
しかし、ワンダフルなアイディアです。私は拳を握って喜びを表します。
「俺の彼女、孤児院で働いているんです。そういう意味では子供は多いですね」
クリスラさんもそうでしたね。コリーさんから聞いた気がします。孤児院の先生は人気職なのでしょうか。意外です。
しかし、喜ばしい。
「幸運です! 急ぎますよ!」
「はい!」
ピッチを上げた事もあり、呆気なくビーチャの恋人とかいうチェイナさんの孤児院に付きました。ボロボロの建屋で、建材に使われている石やレンガがいつ落ちてもおかしくない感じです。ひもじい食生活なのか、痩身の姿が哀れを誘います。
なのに、子供達の服は新品です。
チェイナさんはペコリと私に礼をします。
「ビーチャから聞いておりました。この服もメリナ様から寄贈頂き、感謝申し上げます」
知らないです。
「あっ、いや、便宜上なので……それで通して下さい」
小声でビーチャが言いました。
ふむ、私の褒美で買い与えて、でも、気恥ずかしさから自分の稼ぎとは言わずに私の名前を出した、そんな所でしょう。
「分かりました。……ビーチャは獣人に対しては厳しかったのにお優しい」
「……それは……いえ、心を入れ替えました。獣人にも色々あると理解しています」
分かっていますよ。あなたは獣人を意味なく殴るなんて事はもうしません。私の教育の成果です。
孤児院の人員は3人の先生を含めて人数は25人。まだ全然足りないです。
「もっと孤児はいないのですか?」
「ここにいるので全員だって話ですね」
「ならば、ビーチャ、新しいのを拾ってきなさい」
「猫や犬みたいにおっしゃらないで下さい」
新たな手を考えないといけません。ビーチャの腕を切り取り、そこから再生して彼の分身をドンドン増やすのはどうでしょうか。そんな魔術が使えるのかは不明ですが、試す価値はあるか……。
私が必死に頭脳をフル回転しているタイミングで、またもや矢が何本か飛んできました。ノノン村のレオン君なら簡単に掴むのでしょうが、私には出来ません。蹴りと拳で叩き落とします。
「……ボ、ボス……。また矢が来ました……。もう帰りましょうよ……。子供も危険です」
「あと97人! ペースを上げていきますよ」
「命を狙われてるんですよ!?」
「私、良いことに気付きました。この矢、ビーチャに対する恋文を付け忘れたものではないでしょうか」
「俺の話を聞いてますか!?」
「恋する乙女の想いには応えないといけませんね」
私は満面の笑みです。飛んできた方向は分かっています。屋根の上です。そちらに3人いるのも魔力的に把握しています。
ルッカの気配も感じておりますので、早く向かわないといけません。横取りされます。
即座に背後へ転移して、屋根から蹴り落として確保完了です。男2、女1です。あと、94人!
彼らは黒っぽい軍服ですね。弓と矢は危ないので足で踏みつけて潰しておきます。
腕とか常人では有り得ない方向に曲がったりしていましたが、全く動かないので、反抗して運びにくいと言うことは有りませんでした。
念のために、孤児院の方々には建屋の中に入って貰っています。
「あら、ビーチャ、色男ですね。可愛い女の人もいるじゃないですか」
「……そんな人も躊躇なく殺しに行けるボスが……怖いです……」
回復魔法を掛けるとちゃんと正常になって動き出すと思いますよ。
ここで風圧を感じます。敵では御座いません。魔力感知で気配を完全に掴んでいます。
「巫女さん、約束が違うじゃないの。それは私の。ビーケアフルよ」
ルッカさんが地上に降りて来ました。
彼女が言う約束とは、工房で別れる際に「襲ってくる人がいれば僕にして下さい」って私が喋った件ですね。
約束じゃなくて意気込みに近いものなのですが、仕方ありません。
私はここで考えます。ルッカさんに噛んで貰って下僕化した場合、アシュリンとの勝負において彼らの扱いはどうなるのか、をです。
アシュリンは「救った数」と言いました。ルッカさんの下僕は救われているのでしょうか。
この際、下僕が生物的に死んでいるのか生きているのかは問題では御座いません。アシュリンがどう判断するのかが大切なのです。
つまり、ヤツが難癖を付けて敗北を認めない可能性をゼロにしたいのです。
そういう意味で、ルッカさんの下僕化は救われたと思ってはなりません。
アシュリンは、それはルッカの功績だとか、生きる屍は救われていないぞっとか言ってきそうです。私が逆の立場なら絶対に言います。
しかし、今ゲットした3人を回復させた所で、私に歯向かうのは目に見えていますし、大人しく転移に付き従うとも思えません。逃亡されて3が0になるのは避けたいです。
問答無用でデュランに転移で連れていくにしても、手間です。あと100人近く必要なのですから、何回、転移しないといけなくなるか。その時間を人間の確保に使って、転移の数は出来るだけ少なくしたいですね。
「ルッカさん、私が確保したので、本来なら差し上げられませんが、譲歩しましょう。今回限りですよ」
恩を売った様に見せ掛ける話術も完璧です。
「あら? 何かしら?」
疑問にも思わずに乗って来ましたよ。
「そこの3人の内、2人を噛んで良いです」
「まぁ、ありがとう。私、グラッド」
ふん、吸血鬼の本能とは禍々しいものですね。下僕を増やして何を喜んでおられるのやら。私には理解できません。
そもそもルッカさんはこんな性格じゃなかったと思うんです。徐々に野生の魔族に戻りつつあるのでしょうか。
「で、巫女さんは何を求めるの?」
ワイルドルッカと謂えど、機微の話が通じるのは有り難いです。ルッカさんは海千山千の人ですから経験豊富なのでしょうね。私はお願いを伝えます。
私の回復魔法で気を取り戻すなり、女の人が言いました。
「この反乱分子がっ! 必ず殺してやる!」
うわぁ、アデリーナ様くらいのお年頃の女性は攻撃的なんですかね。何故に罪のない私を憎んでおられるのでしょうか。
もしかしたら、私の予想、「矢に恋文を付け忘れる」が本当だったのかもしれません。だから、私をビーチャの恋人だと勘違いして、嫉妬されている。十に一くらいの確率で有り得ます。高確率です。
しかし、残念ながら、その誤解は万死に値します。私は聖竜様に身を捧げた巫女。ビーチャなどに手が届く軽い女だと認識されたというのは非常な屈辱です。
私は顔を殴ってから、頬を踏んで体重を掛けます。ビキビキと骨が折れる感触を味わせてから、再度の回復魔法。
これで、一旦は沈黙しました。
女の人の鼻血の跡が目立ったので、水で洗って差し上げます。
「ボ、ボス……。罪悪感が凄いですよ……。俺、心が締め付けられます……」
再度回復した女性は私に鋭い視線と共に、罵声を浴びせようとします。
それを制したのは彼女の仲間である2人。
「コウフクダ」
「タスケ、マツ」
彼らは棒読みセリフですし目に力が御座いませんが、女の人を説得するように動きます。私がルッカさんにお願いして、私の意のままになる様にして貰ったのです。彼らはルッカさんの下僕でありながら、私の私兵でもあるのです。
「メリナサマ、シタガウ」
「スバラシイセカイノタメニ」
「えっ……先輩……本気ですか?」
女兵は戸惑います。しかし、害意は見る見ると萎んでいきます。私の作戦通りです。若い兵はベテラン兵に従う。それを利用したのです。
「マジ」
「マジマジ」
「……分かりました。他チームの助けを待ちます……」
くくく、自らの策の見事さに恐ろしくなりますよ。
「ビーチャの恋人、増えましたね」
「……その設定、まだ必要なんですか……」
どうなんでしょう。
王都の兵は何回も襲ってきました。あちらにとっては、まるで人質を取っているかの様に見えますからね。しかし、散発の動きで、どうもこの私の実力を舐められている感じがします。
また、ルッカさんが嬉々として降下して貪っておられます。
もちろん、私も新たに現れる兵隊さん達の確保に入ります。ルッカさんが作る下僕は要りません。ちゃんと生きている者が欲しいのです。
敵が寄って来る度に背後へ転移して、手を軽く当てて、再転移。場所は二階建ての家より高いくらい。私はそこで地上に再々転移して無事ですが、兵隊さん達は墜落します。
とても簡単に狩って行けますし、これくらいの高さから落とすと、鍛えられた彼らですので、受け身を取って死なないにしろ、骨折や捻挫は致します。
私、知りませんでした。転移魔法はとっても効率的な攻撃魔法だったんですね。飛行可能な相手でない限り、敵無しだと思います。
墜ちた兵隊さん達にルッカさんの下僕達が近寄り、包帯などで拘束していきます。これ、仲間を助けているみたいに見えて、実は動けない様にグルグル縛り固めています。
孤児院の庭は男女の兵でいっぱいになりました。
「愛の狩人の気分ですね」
「いえ、完全に人間狩りです……」
100人は越えました。比較的動けそうな人も逃げません。集団心理なんだと思います。




