ガランガドー復活する
胸をドキドキさせながら、私はマイアさんを見詰めます。とても真剣な顔を私はしていたのでしょう。心配そうにミーナちゃんが覗いて来たので、微笑みで返します。
ご安心下さい。
「ヒントは補閥と指顧です。補閥は聞き慣れませんが、両方ともメリナさんの精霊よりもメリナさんの方が上位であることを示していると判断します。そして、精霊が明確に上下関係を認めるのは同じ種族である精霊しかいないと思います」
ふむふむ。なるほどです。
ちなみに、意味不明なので、そんな気分で頷いているだけです。
「更に、雲鬢の妖姫に掛かる『晦冥に空劫さえ齎す』の形容句。簡単に言えば、闇を破壊して空虚な世界にするという意味ですね」
語尾の『ね』は同意を求めているのでしょうか。それは私には力不足ですよ。全く意味が分かりませんから。
「つまり、闇の端っこにいるガランガドーを消滅させるだけの力を持つ黒髪の化け物の指示であると詠唱しているのでしょう」
言いたい放題ですね。私を化け物としますか……。しかし、私は我慢です。竜化の魔法を教えてもらう時までは。
「大変に恐ろしい人です。いえ、人じゃないかもしれません」
「メリナお姉ちゃんは優しいよ?」
あら、ミーナちゃんは良い子ですねぇ。後で、私の工房のパンを差し上げますからね。マイアさんにはビーチャが作るパンっぽい何かをお食べください。そして、その無駄口を閉じなさい。
「先生! 早く竜化の魔法をお願いしまーす」
なかなか答えをくれないマイアさんに私は手を挙げてアピールします。
「私の言葉ではありましたが、人じゃないかもと指摘されても動じないメンタルが凄いです」
「聖竜様と同じですから」
そう、私は聖竜様と同じ種族疑惑なんです。とっても嬉しいです。お母さん、お父さん、生んでくれてありがとうございますっ!
「あなたの言う聖竜様はワットちゃんですが、あなたの詠唱句に出てくる聖竜はどなたかしら?」
ん?
違うの? 先程の詠唱句によれば、私の御霊は聖竜様と共に有るのですよ?
それ、スードワット様と異なったら大事です。わざわざ詠唱句に聖竜なんて単語を入れて私を偽った怒りと、騙された自分への不甲斐なさから、事によってはガランガドーの野郎をぶち殺しますよ。
「スードワット様です!」
断言します。ガランガドーさんとは常に友好ですもの。
「んー。可能性は低いかな。あなたにとっての聖とガランガドーにとっての聖が一致すると思えないのですから。メリナさんが実は闇の世界の住人で、ワットちゃんを敬慕、執着するのも私達を詐る為の演技と仮定する事もできますが、無理が有りそうです」
まぁ、私、マイアさんを殴り付けたいです。だって、全然、竜に変化する方法を教えてくれないんですから。
「しかし、進めましょう。大雑把にですが、メリナさんの精霊の質と関係性が分かりましたからね。まずは腕輪を外して、ミーナにお渡しください」
「何故ですか? 聖竜様からの贈り物なので、身から離したくないんでけど」
「体が大きくなったら壊れるかもしれないでしょう? 服も脱いだ方が良いかもしれませんよ」
「……腕輪だけでお願いします」
もしも詠唱失敗したら、裸で小難しい言葉を呟く危ない人になりますからね。女性しかいないとはいえ、恥を晒したくありません。
しかし、腕輪については、この空間から出る為の大切な道具ですからね。マイアさんの言う通り、ミーナちゃんに預けましょう。
服は、私が竜になったら永遠に不要です。
「では、始めます。私の詠唱句を覚えて、復唱して下さい」
マイアさんは目を瞑ります。
そして、ゆっくりと唱えます。
「我は薄墨の応具にして、雲鬢の妖姫。雨音が叩く――」
ふむ、マイアさんに続きましょう。
「われはーうすずみのおーぐにしてー、うんびんのぉよーき。あまねぇがたたくぅ――」
「メリナさん、決定的にリズム感が欠落しているし、気持ちが入っていませんよ。棒読みでなくて、いっそのこと、歌うようにすると良いと思います」
はい! 歌えばより良いのですね!
「わっれはうっすずっみの、おっぐ! にしてぇー! うんっ、びんっ、のっよぉーきー。あまーねがっ、たったっくっ――」
「ストップ! ……メリナさん、もしかして、物凄い音痴ですか? 歌うようにとは言いましたが、呪詛みたいです。先程よりも酷い状態ですよ」
「いいえ。私は美声です」
全く何て失礼なんでしょう。一曲聞かせましょうか?
村でも森の中に入った夜には、野犬避けに歌っていました。むしろ声に寄って来るのではと危惧したのですが、お母さんに「大丈夫よ。皆の眠気さえも去るわ」とか、レオン君に「マジスゲーな。人間のレベルを越えてるぜ」とか誉められていたのです。
その後も私は熱唱します。しかし、一向に魔法が発動する気配が有りません。
声だけです。声だけガラガラになって、竜みたいになってしまいそうです!
「メリナお姉ちゃん、かわいそう……」
ミーナちゃんの目に涙が浮かんでいます。私を応援してくれているのですね。
うぅ、頼りにならないマイアさんをどうか許してやって下さい。
「わーれーはー、うっすん、ずぅみんのー」
「メリナさん、うっすんずーみんって何ですか!? 薄墨って普通にしましょうよ。そこだけ、そこだけがリズミカルで気持ち悪いんです!」
くそっ! 他も完璧なリズムな筈です!
何故だ!? 何故、ガランガドーさんは魔法を発動してくれないのですか!?
どこかに行っているんですか! 返事をして下さい! お願いです!
『ここにいるぞ』
わっ! 頭の中でガランガドーさんの声が響きました。
「ガランガドーさん! 早く私を竜化させて下さい」
「メリナさん……?」
マイアさんがミーナちゃんを庇うように背中で隠しました。それから、後ずさるのが見えます。
すみません、でっかい独り言になってしまいましたね。でも、そこまで怯え、いえ、警戒されなくても良いと思います。
『くくく、十分な魔力を蓄えているか。では、始めよう』
はいっ!
私の体内の魔力が激しく動き出し、皮膚の外にまで迸ります。そして、私の意思に関係なく、周囲の魔力も勝手に取り込みます。
四肢が膨れ上がり、破れた服から見えた腕には鱗もぼんやりと出て来ました。その鱗は段々と色が濃くなって黒く変化していきます。ついでに、私の胴も伸びて、また、幅も広がります。腰のくびれが無くなりました。逆に樽のようなボディーラインになります。
これは竜化の過程に違いありません。ついに成功しそうです。
『まさか異空間に転移とはな。虚を突かれたわ』
うふふ、すみません。マイアさんのお願いでしたので。
『しかも、空間の魔力密度が豊富で、主もいない。正に好都合。我の意思がここまで通じるとは……』
? よく分かりませんが、良かったですね。
『メリナよ。我は嬉しいぞ。良くぞ、ここに呼んだ』
えぇ、私もです。
でも、今、思ったのですが、私の体が無くなったら、体の交換が出来ませんね。
『くくく、交換など我には不要』
なるほど、ガランガドーさんは私のために消えてくれるのですね。ありがとうございます。今まで大変にお世話になりました。
私、夜空で一番輝いている星をガランガドーさんだと思って、たまにお祈り致します。
心の中で会話を続けている間にも私の体は変化していきます。首が伸びたのも視界が高くなったことで分かりますし、下を見れば爪が、横を見れば翼が見えます。
あと、正面が見えにくくなると同時に左右の視野が広がりました。恐らく、聖竜様と同じく眼の位置が顔の横に来たからです。
さて、私は確かめないといけませんね。
長い首を曲げて、腹の方へと持っていく。
しかし、そこで体の自由が効かなくなりました。
あれ?
おかしいなぁ。首の稼働域が狭いのかな。
うーん。困ったなぁ。マイアさんに見て貰うしかないかな。ちょっと恥ずかしい。
股間を確かめたかったのに。
ガランガドーさん、雌ですか?
『すまんな。お前の魔力を用いて、我は顕現する。これでお別れだ』
そうですか。さようなら。
でも、質問にはちゃんと答えてからでお願いします。あと、股間周辺に毛は生えていますか?
『緊張感のない娘だな』
ガランガドーさんが消える前に教えて下さいよ。
『消えるのはメリナ、お前だよ。お前の魔力と魂の代わりに、我は復活する』
むぅ?
あっ…………謀られたかっ!?
『そこの小賢しい、愚かな人間がほざいておったが、我とお前は互いに利用関係に過ぎない』
えぇ、そうでしょう。
『お前の成長を手伝い、魔力総量が顕現臨界に達すれば、いずれ、こうなると信じていた。この空間の魔力密度が、それを早めたに過ぎない。メリナよ、これまで楽しかった。お前の最期に礼を言おう』
……舐めるなよ、蜥蜴風情がっ!
『くくく、我は全てを蹂躙する。し……死を運ぶ者としてな』
あっ、名乗りを躊躇った! やっぱり恥ずかしいんだ!
『…………負け惜しみだな。消えろ』
消えるか、ボケ!
私はこの体の自由が効かない状態からでも戦える! ……戦えるかな? ちょっとだけ心配だけど、全力で行きます!




