クリスラさんの回想
☆聖女クリスラさん視点
私が聖女となったのは、偶然の産物だった。
聖女に選ばれるまで、街の外れで孤児達を健やかに育て一人立ちさせる事が私の教会での務めだった。可愛い我が子達、勿論、血は繋がっていないが、充実した毎日だった。
都市と教会の方針で彼らは都市奴隷の身分で軍属として酷使される事が決まっている。殆どの者が惨い最期を迎えることは、当時の私も熟知していた。
それは一介の僧女には抗えない現実。ならば、出来るだけ良い結末を得られる様に修練を積ませるのみと考えていた。
祖父の伝を使って流離いの武人を雇い、子らと混じって剣技を磨いた。また、院長が魔法大学校の出身だった事から魔法の手解きも子らと受けた。
自らも学んだのは、自分で教えることが出来るようになれば他に費用を回せるという経済的な理由と共に、子らに想い出を作って欲しかったから。
孤児達は全てを失っていた。このまま兵となっても、守る物がなく死を易く受け入れてしまうのではと危惧したのだ。だから、私が常に付いて苦楽を共にしたかった。
たまに、皆で料理を作ったり、近くの草原で遊んだりもした。
死が待ち受けている孤児に日々の楽しさを覚えさせた事は、他の孤児院の関係者には白い目で見られたが、意外にも武の才能を開花させつつあった私に直接文句を言ってくる人間はいなかった。
巣立った子らは孤児院に顔を見せることは稀であった。私が知っていた通り、魔物が跋扈する森や山へ派遣され、使い捨てにされていたのだろう。
魔物を殺せれば幸いだし、そうでなくても、死んだ彼らの血肉が餌となることで魔物達は満足し、人の住む領域に足を踏み入れなくなるのだから。
毎日、私は祈った。彼らの無事と、彼らの安らかな最期を。
死地に赴く前提で、子を育てる。疑問は無かった。考えもしなかった。
全てはマイア様の思し召し。これが最善で最良。人には役割があって、それを全うすることが幸せだと信じていた。いや、そう自分を偽っていたのかも知れない。
何人もの子の内、コリーは特に強かった。あの子に自信と箔を付けさせようと、武術大会にも参加させた事がある。残念ながら、優勝をしても孤児の地位に変化は無く、年齢が来ると自動的に彼女も都市奴隷となってしまった。
しかし、彼女は自らの運命を呪わなかった。与えられた任務を着実に処理し、また、今まで手に負えなかった魔物さえ退治して見せた。
先々代の聖女の甥である貴族アントンに見いだされ、最終的には彼の秘書官の様な仕事に付いたと、まだ孤児院で働いていた私に報告をしてくれた事がある。
私はそれが非常に嬉しくて、いまだ雛であった子らに希望として話したことがある。コリーのような人間が複数生まれれば魔物どもを完全に駆逐出来るのではないかと。もう生贄にする為に孤児を育てる必要もなくなると。
ある日、私は次代の聖女に選ばれた。侯爵家に列なる私は、確かに聖女候補ではあったが、私が選択されるなど、誰も思っていなかったはずだ。貴族間の深謀遠慮の結果、本来、選ばれるべきでない人間が聖女となってしまったのかもしれない。
ただ、私は感謝した。子らを喰らった魔物どもを封じ込める手段を得たことに。
聖女となると、目を失う代わりにリンシャル様から強大な力を与えられる。私はそれを使って魔物どもを退治し、また、斎戒の間などに隔離した。
与えて頂いた魔力が膨大すぎる為か、頭がぼんやりとする副作用はあった。感情の起伏が少なくなり、事務的に日々を過ごす事も多かった。
しかし、それさえも魔物や魔族を始末する時も、恐怖や嫌悪感みたいな物は薄くなり、私は喜ばしかった。目の前で子が倒れても私は怒りを見せずに冷静に戦えた。
マイア様とリンシャル様を慕う気持ちは強くなり、今思えば、リンシャル様にそういった類いの精神コントロールを受けていたのかもしれない。
あの聖衣の巫女メリナが現れ、リンシャル様を消滅させた。そして、声しか聞こえなかったマイア様が復活なされ、私の目も戻った。
あれから私の感情は以前に戻りつつある。しかし、マイア様やリンシャル様を崇める気持ちに変わりはない。
聖衣の巫女はリンシャル様をよく思っていないと感じている。偉大なる神獣であるリンシャル様が我らの肉体の一部をその身に受け入れてくれる、その悦びは我らの教義の外にいる人間には理解し難いものがあるのだろう。
人間は弱く、世界は優しくない。何かに縋らないと耐えられない者も多い。私もそうで、マイア様やリンシャル様の見守りがあって日々の平穏を祈ることが出来ると思っている。
聖衣の巫女メリナは、今日の夜明け前にデュランを去った。
あの娘はマイア様を復活させる、稀代の奇蹟を私に見せた。私が聖女であるよりも彼女がその立場に就くべきである。
事は順調に進み、この数日でデュランの有力者達は無名の彼女を認めたのだ。
しかし、彼女は全て捨てた。
彼女の動きを察知して先回りをしていた私に対して、王都へ向かうと悪びれもせずに言う。「料理が油っぽいから」という口実の裏にどの様な意味が秘されているのかは不明だが、その目には強い意志を感じさせた。
私はそれを認めた。彼女はまだ使命があるのだろう。そう、彼女が崇拝して止まない聖竜スードワットから授けられた重要な物が。
王のシャール出征要請に私は即断した。統治者の命令であるからには、それは当然にそうあるべきであったのだが、リンシャル様のご意向とは別の何かに縛られた様な、操られた様な、そんな感覚が要請を受けた瞬間に私を襲った。
魔力的な何かを喰らったのだろう。そうでなければ、子らを愛していた私が、人との戦地に送るなど有り得ない。
デュランに神獣リンシャルがいらっしゃった様に、王都タブラナルには幻鳥ブラナンが眠っていると、過去の聖女がリンシャル様に聞いたと記録がある。
リンシャル様でさえ「到底勝ち目がない」と仰ったという幻獣。本当に実在したのか。
リンシャル様と同じ様に消滅させるのであれば、今度は一筋縄にはいかないかもしれまんよ、メリナさん。
さて、夜明け。
早速仕事に入らないといけない。
今日はアントンへの説教か。
……説教? そんなもので彼が元に戻るはずもないと思うなぁ。
彼は覚醒してしまいました。悲しいことです。一時の気迷いであればと願います。コリーを悲しませないで欲しい。
あっ、メリナさん、転移の腕輪を持っていったままだ。聖女を辞退するとは言っていませんでしたから、預けておけば良いかな。
デュラン編終わりです♪
さあ、300話突破記念とともに下からポイントを入れるのですよ!
既に入れて頂いている方、大変にありがとうございますm(__)m




