聖女と侯爵
聖女を選ぶのは、デュランの貴族様のお仕事とのです。決定権は侯爵家の一族だけにあります。
聖女による魔族や魔物の駆除はデュラン侯領のみでなく、王都周辺でも期待されておりまして、その聖女を選ぶ権利が侯爵家の威光の裏付けになっているのです。過去に王家が選んだ聖女もいましたが、神獣リンシャルに食べられたと噂があると聞きました。
しかし、王家でなくても、自分達で選んだ聖女に侯爵家は表向きにでも従うのは、何ともまどろっこしい気もします。
当然ながら侯爵家の方々もそう思われるのでしょう。出来るだけ自分達の意に沿ってくれる人を聖女に推薦します。
そんな理由で、侯爵家の身内から聖女が選ばれる事が多く、先程のイルゼという娘も侯爵家の一人との事です。
まぁ、アントン……。自らの主家に対してもあの態度とは、ある意味凄いです。破滅するなら独りだけでお願いします。コリーさんを巻き込んで欲しくないですね。
「クリスラ様が聖女となられて、5年です。正直、次代の聖女を選ぶのはもっと先だと思っておりました」
「聖女は任期制なのですか? それとも、死ぬまで?」
「それは場合に依るのですが……基本的にはリンシャル様がお決めになります。いえ、歴々の聖女様はそう仰っているとの事です。私どもはリンシャル様にお会いできませんので、詳細は分かりません。ただ、聖女様が腕輪を外されたら、そのお告げがあった証しとみなされます」
「クリスラさんは外すだけでなく、私にこれをくれましたよ」
「聖女様が他の女性に腕輪を渡すと言うことは、重大な事です。『今の聖女候補には適任者がいない。リンシャル様の命により、私が選んだ』という意思表示になります」
ふーん。
でも、まぁ、今まで聞いていた話と結論は同じ様ですね。ここの敷地は私と聖竜様の物になりそうです。嬉しいです!
「ここからが大事な話になります」
おっ、そうなのですか。
コリーさんは言いました。
先程聞いた通り、聖女を選ぶのは侯爵家の役目であり、それはリンシャルも認めている手続き。なので、当代の聖女が後継者を指名したとしても侯爵家が納得しなければ、聖女となれません。
今回、私が指名されていますが、侯爵家の誰かによる推薦も必要となります。
で、アントンがその推薦者となったようです。
えっ、と言うことはアントンも侯爵家の一員か……。コリーさんによると、本家でなく分家の様ですが、気に入りませんね。
私が聖女となった暁にはお取り潰しにしてやろうとか思ったのですが、それではコリーさんが路頭に迷ってしまいますか。
「巫女殿、貴方が聖女となるとアントン様が将来の侯爵様となる確率が高いです。今の侯爵様はご高齢で、その、今からの発言は秘密にして頂きたいのですが、死期も近いと噂されています」
デュランのシステムでは、聖女候補を侯爵家の本家や分家が面倒を見るというか、見出だすことを義務付けられています。
これは貴族に大変なメリットがあります。
つまり、聖女はデュランの街全体に影響力を持ちますが、その聖女への大なり小なりの縁故を利用して、後援の貴族も権勢を保つのです。
最たるものがデュラン侯爵家の本家の扱いなのですが、血統よりも、優れた女性、つまり聖女を育成したかどうかが重要視されます。
王都との関係で頻繁に侯爵が入れ替わる事は無く、ほぼ終身制なのですが、その代替りの際は、当代の聖女を推した者、若しくはその家長が侯爵となるのです。
なので、聖女に選ばれる女の人は侯爵家の娘であることが多く、また、彼女らも聖女となる事を望んで、幼少より修行をするのです。
コリーさんはイルゼさんもそんな一人と仰いました。つまり、侯爵家の人です。しかも今の侯爵様の血筋、本家の方です。
「そうなると、私が次代の聖女となるのが問題なのですか?」
「はい。デュラン侯爵家の出身でない聖女様は過去に何人もおられましたが、こういった爵位に係わる時期では珍しいと思います」
「ちなみに、私が聖女となって、更に、現侯爵様がお亡くなりになると、アントンが侯爵となるのですか?」
「いえ、アントン様のお父上かと考えます」
それは良かった。アントンが良い目に逢うのなら、それは絶対に阻止すべきことです。聖女など返上で御座いました。
「繰り返しますが、聖女様が腕輪を他人に渡された場合は次代の聖女候補に適任がいないという意味を表します。これは候補者にとっては非常に不名誉な事態です」
そろそろ眠くなってきました。船の上では好きな時に寝れたので癖になっているのでしょうか。
あっ、聖竜様のご趣味と同じですね! まぁ、将来はこのデュランで二人、いえ、二匹で仲良く日なたぼっこしながら安眠です。
「クリスラ様は平穏を愛する方。大変申し訳ない言い方になってしまいますが、この様なデュランに混乱を招き兼ねない事をされる人ではないと思います。いえ、私には及ばない深慮の結果だとは理解しておりますが」
そこでドアがノックされました。良かったです。延々と続くコリーさんの話が子守唄みたいになっていたのかもしれません。眠気が少し去りました。
コリーさんが立ち上がり返事をしながら、ゆっくりと扉を開きます。
「お久しぶりです、聖衣の巫女メリナさん。その節はどうも失礼しました」
聖女クリスラさんです。顔に皺はないけども、十歳くらいのお子様はいてもおかしくないご年齢に見えるクリスラさんです!
天幕で会った時は両眼を閉じておられましたが、今はしっかりと私を見ておられます。
「そこで出会ったからな。連れてきた」
廊下にはアントンもいました。




