ブルノとカルノ
小鳥が囀ずる音と顔に差す太陽の光で目覚めました。
まだ少し体が重いですが、動けない程でもないです。
脱がされていた靴を履いてから、ぼんやりとする頭をリセットする為に、私は水場へと向かおうと部屋の扉を開ける。
ある程度の補修でマシになっているとは言え、蝶番を変えたくなる音がします。一回外して錆を取ったのですけどねぇ。
「メリナ様、目覚められたのですね!?」
開けた先の短い廊下にニラさんとその仲間の少年のどちらかが木桶を持って立たれていました。
「おはようございます」
「心配しましたよ、メリナ様。二日前に戻られて、昨日一日はずっとお眠りになられていましたから。ニラが頻繁にメリナ様の部屋へ行くので困ってもいました、ハハハ」
出会った時とは違って、血色の良い顔で少年が笑っていました。服装も綺麗だから、そう見えるのかな。
「止めてよ。私はメリナ様がお汗を掻かれていないかを心配してたの」
「ニラさん、ありがとうございます」
私はペコリと頭を下げつつ、ニラさんの後ろの少年の名前を思い出すのに必死です。いえ、ブルノとカルノですよ。困っているのは、目の前のがどっちなのか、ぐるんぐるん勘を働かさないといけないことです。
「メリナ様、私、皆を呼んできますね」
ニラさんが木桶を置いて走り去っていきました。室内でもやっぱり帽子を被っているんですね。そんなに犬の耳を見せたくないのでしょうか。
「メリナ様、本当にありがとうございます」
ブルノかカルノが私に妙な感謝の言葉を言ってきました。不思議に感じたのは何の事か分からないからです。
「戦争が終わりそうだとルッカさんからお聞きしました。こんなにも早く終結に導くなんて、メリナ様は本当に偉大な巫女様です」
ブルノかカルノは少し涙汲んでいました。
「僕たちの村は貧しかったんです。戦争が続けば、村の皆がもっと辛い目に合っていたと思います」
私は黙って聞きます。名前のヒントがないか伺っているのも理由の一つです。
「前に酒場で村を自ら出たような事をお伝えしましたが、あれは嘘です。僕らは口減らしで村を追い出されました。同じ様な目に遭う子供が増えたら悲しいです。……ニラなんて奴隷として売られそうだったし。……あいつ、体だけは僕らと変わらなく見えますが、まだ8歳なんですよ! 獣人だから大人になるのが早いけど、こんなのおかしいです」
うん、獣人は成長が早いんですよね。普通の人間の倍くらいでしたか。そっか、ニラさんは8歳か……。
……焚き火の前でお酒飲んでたなぁ……。いや、そうじゃない。
「聖竜様も獣人の方にはお優しくするように仰っていました。もちろん、ブルカノ、あなた方が聖竜様のご慈愛を頂けない訳では御座いませんよ。これからもニラさんを宜しくお願い致します」
「は、はい。……ブルカノ?」
しまった! カノブルとかブカルノの方が良かったかしら。
「……僕らが双子とは言え、酷くないですか? ほら、僕は巫女様に酒場で放り投げられた方ですよ」
すみません、全く分かりません。投げたのは覚えていますが、あの時もどっちがどっちなのか曖昧だったのですよ。
私はにっこり笑います。脳内では必死に言い訳を考えています。
……ダメです。頭の回転がまだ鈍い。
適当に行きましょう。
「私はブルノもカルノも大変よく頑張っていると評価しています。しかし、二人がこの先も仲良く過ごさなければ、今の頑張りも無と化してしまうでしょう。自らの欲を出してはいけません。常にニラさんも含めた三人の幸せを考えて頂きたい。そんな想いから、ついブルカノと呼んでしまいました。大変申し訳ありません」
どうです!?
自分の発言ながら意味が分からないですよ! 勢いのみで御座います!
廊下に沈黙が走る。
私は部屋に逃げ帰りたい気分です。たかが、少年の名前が分からないだけで。
よくよく考えたら、似た様な背格好で、似た様な顔をしているのが悪いのです。
「た、大変失礼致しました! メリナ様の深い愛を誤解したように言ってしまい、私は本当にダメな人間です」
素直でよろしい! 助かりましたよ。
このタイミングで、ブルカノの背後にあった家の扉がゆっくりと開かれました。
あぁ、ふんわり金髪が確認できました。アデリーナ様ですね。
「あぁ、お疲れのところに立ち話とは、これも大変すみませんでした。自分の話しかしていませんでした。すみません」
ブルカノは扉が開いた音で振り返り、そこにアデリーナ様がいらっしゃることを確認して、私に謝罪しながら出て行きました。
入れ替わる形になったアデリーナ様にも軽く頭を下げていました。それに片手を軽く上げることで答える白薔薇。優雅ですが横柄に見えますね。
「よく眠れましたか、メリナさん」
「余り実感は御座いませんが、体は動くようになっております」
「そうですか、何よりです。部屋でお話をしましょう」
そう言うと、アデリーナ様はズカズカと私の家の廊下を進んで来ました。
「すみません、少し顔を洗いたいのでお待ちください」
私はニラさんが置いていった木桶に両手を突っ込み水を掬ってバシャバシャします。
ふー、気持ちいい。
「……メリナさん、ここ、廊下ですよね?」
「そうですね。タオル持ってないですか?」
アデリーナ様は黙って、綺麗に折り畳まれたハンカチをくれました。それで顔を拭いたのですが、ちょっと小さいですね。水を余り吸ってくれないのでべちゃべちゃにもなってしまいました。
何か良い柔らかい匂いがしました。こういうきめ細かい所もお洒落するのがレディーなのですね。私、勉強になります。
「ありがとうございました」
「ちょっとメリナさん? そんな汚いものを私に返すのですか?」
「……頂けるのですか?」
「そんなつもりは有りませんでしたが、そうしましょう。普通は洗ってお返しするのですよ。普通なら」
めんどくさいです。アデリーナ様はめんどくさいです。
「ありがとうございます。あと、もう一つお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「部屋でゆっくり聞きたいのですが、まぁ、良いです。仰ってみて下さい」
偉そうですこと。いえ、偉いんでしたね。
「先程の少年はブルノでしたか、それともカルノでしょうか?」
「……難問ですね……」
やはりアデリーナ様も、あの二人を区別していませんでしたか……。
「しかし、彼はブルノでしょう」
なんとっ! 出来る女、アデリーナ!!
「見分け方を、いえ、覚え方をお教え頂いて宜しいでしょうか!?」
「ふふふ、メリナさん、簡単なことです」
アデリーナ様は一旦溜めます。私は唾を飲み込んで、再び彼女が口を開くのを待つ。
「私がブルノと言ったのです。仮に彼がカルノだとしたら、それは彼の過ちです。ブルノに改名してもらいましょう」
……な、何を仰ったのか、すぐには理解できませんでした。何故にその様な涼しい顔なのですか!
そして、私はある事を思い出しました。
「あ、あれですね。私がアデリーナ草と名付けたのと同じなんですね……。何であれ、強引に行けば押し通せる……」
「メリナさん。あれはメリナ草ですよ。押し通せていません」
ふふふ、無駄ですよ、アデリーナ様。
畑の巫女、ケイトさんが「これ、新種かもしれませんね。もう少し調べて、本当なら魔物として冒険者ギルドに登録しておきます」と仰っていたのです。
あの報告書をギルドに提出したら、あの舌をベロリンと出した植物はアデリーナ草と確定するのですよ、世界的に。
私は黙って、アデリーナ様を部屋へご案内しました。




