アデリーナの言い間違い
翌日になっても王都の方々は村の外に留まったままでした。
アデリーナ様が「王都側の情報を提示するまでは待ってあげる」とか言うから、その情報を出さずにずっと居ることにしたんでしょうね。
そこの事に気付いているのだと思いますが、アデリーナ様は普通のお顔です。
エルバ部長はそれを心配して、アデリーナ様に突っ掛かっています。
「おい! マジでどうするんだよ。あいつら、絶対に状況を王都側に報告しているぞ」
「そうだと思います。こちらの戦力を測ってもいるでしょう。手柄を上げておきたいでしょうからね」
アデリーナ様、やはり分かっておられましたか。
「しかし、彼らは裏切りません。エルバ部長、これは断言致しましょう」
「アデリーナ、何故だ?」
ここで、にっこりアデリーナ様登場です。とても柔和で日光に輝く金色の髪も優雅です。
手は猫さんの背中を撫でておられます。
「カッヘルが裏切ったと私の独自のルートから王都に偽告しました。王都側の軍の動きについても彼の立場上分かる範囲で証拠として提出しています。加えて、先日の襲撃者ども、つまり、ルッカの僕となった者達ですが、彼らを解放しました。ルッカの指示でカッヘルの裏切りについて彼らからも王都側に報告されるでしょう」
うわぁ、アデリーナ様、とても楽しそうです。性格がとてもお悪いですよ。エルバ部長も少し頬を引き吊らせております。
昨日の段階でカッヘルさんにそこまで伝えてあげれば、大人しくされていたでしょうに。
「軍の動きは何故分かる? 悪いが、お前は王家と謂えど、そこまでの権勢はないだろ、マジで」
「ルッカは良いですよね。空高く飛べて、遠目も透視も使えて、しかも魔力感知まで持っている。お知り合いになれて、とても幸せです」
なるほど、ルッカさんをフル活用したのですね。詳しく本人に聞いていませんが、牢屋の時も私の血を飲んでご自身の魔力を回復させておられました。
村を襲った人の血をたらふく飲んで魔力を補充し、そういう偵察的な事をされていたのですね。
「よぉ、何をしているんだ?」
グレッグさんです。ヘルマンさんと剣の稽古をされていたようで、少し汗を掻いておられます。しかし、世の中、才能と努力の両方が必要でして、お気の毒ですが、料理人の道へ行かれるべきなのです。
「ふーみゃん、今日も毛並みがキレイだな」
「にゃー」
グレッグ、貴様もアデリーナ派なのか!?
猫さんは、猫さんのお名前は、私が決めたかったのです……。
でも、ふーみゃんって呼ばれて、にゃーと鳴きました。尻尾もフリフリでご機嫌にも見えます。私、泣きそうです。
猫さん、あなたもアデリーナに脅されて、本意でもない名前に喜んで見せておられるのですね。
……仕方ありません。私も猫さんの苦渋の気持ちを汲んで、そう呼びましょう。
呼んでみますよ。
「ふ、ふーみゃん」
「シャーーー!」
何故だ!?
大きく口を開けて、鋭い牙まで見せつけられてました。でも、赤い口の中に白くて小さい牙、うん、かわいいなぁ。
また、ご飯を上げて仲良くなりましょうね。
そんな時、ふわりと後ろで風を感じました。そして、ねっとりとした甘いような、それでいて、ほんのり酸っぱいような淡い匂いが鼻を刺激します。ルッカさんの香りです。
大人の女性の香り。それだと思います。若しくは、魔族の香りなのかもしれません。
血を腹一杯に飲まれてから、この匂いをプンプンさせております。簡単に言えば、体臭ですよね。
そんな彼女が空から降りてきたのです。
「どうでしたか、ルッカ?」
アデリーナ様が早速ルッカに尋ねます。
「うーん、昔と違って、結構、道が整備されているのね。とてもスピーディー。予想より早く集結しそうね」
ルッカさんはふーみゃんの頭を撫でながら、王都側の動静をアデリーナ様に伝えていました。
ふーみゃん、ちょっと尻尾がしゅんと下がりました。痛ましくも怯えているんですね。
アデリーナ様は怒鳴りませんでした。餌を上げた私には「死刑だ、死刑だ」って言っていたのに。
「ふーみゃん、大丈夫ですよ。大丈夫ですからね。このルッカは、あなたを助けてくれた人ですよ」
森で助けたのはコリーさんです。アデリーナ様、記憶違いですよ。ふーみゃんの様子に動揺されたからかな。
……いえ、アデリーナ様ですよ。あの黒薔薇です。今までの事を思い出しなさい、メリナ。
抜け目のなさではピカイチです。悪どいことを考えさせたら、この人の上に出る者はいないと思います。間違えないはずです。
であれば、このふーみゃんをルッカさんが何らかの形で助けた? 私が知らないところで?
ずるいです。私もふーみゃんの頭を「シャーーー!」って言われずになでなでしたいですっ!
ノノン村にカッヘル達を見に行った時か?
あの時は私だけで行きました。でも、ルッカさんも朝から不在でした。今思えば、偵察に行かれていたのだと思います。
どこで接点があったのでしょうか?
私はじっと考えます。
これは大切なことです。
なぜなら、同じことをするチャンスがあれば、私も仲良くなれる気がするからです。
ルッカさんは聖竜様だけでなく、ふーみゃんの気まで惹いてずるいです。不貞です!
ルッカさんがふーみゃんから手を離しました。
「ちょっと、あなた、私に興味があるの? ちらちら胸を見てない? シャイボーイね」
あぁ、グレッグさんがルッカさんを見ていたのですね。ルッカさんの胸は上半分が露になっているのですよ、誰だって珍妙な格好だと思うでしょう。
「ルッカ、止めてやれ。男の性だ。許してやれ、マジで」
エルバ部長、その言い草ではグレッグさんが哀れですよ。辱しめです。
「ち、違う!」
グレッグさん、顔を真っ赤にして反論ですね。悔しいでしょう。彼にはシェラと言う想い人がいるのです。
あれ?
シェラとルッカさん、共通点あるなぁ。
「グレッグさんは胸の大きい方がお好みなのでしょうか? 確か、シェラを秘かに見詰めるのが俺の騎士道とか」
「犯罪の臭いを感じるわ。騎士にあるまじき道ね、それ」
「メ、メリナ。見詰めるじゃない! 見守るだ! ……俺は人の味方をする魔族なんているのか、気になっていたんだ」
「うふ、若い子に興味を持って貰ったわ」
「違うって言ってるだろ!」
グレッグさん、心外だと謂わんばかりに、というか心外そのままでしょうが、去っていかれました。
さぁ、もう一度、ルッカさんとふーみゃんの関係を考えましょう。




