鎧をベリベリと
ノノン村の様子を伺いに襲撃のあった次の日に確認しに行きました。
やっぱりお母さんは凄いです。
王都の兵隊さん達と仲良くなっているのです。村への途上に夜営地を作ってあげて、そこで夕食までご馳走してあげていたのです。
私たちの方はルッカさんがご馳走になっていたというのに、この差は雲泥ですね。もちろん、ルッカさんが泥です。
それから、お母さんが敵兵をぶっ殺していなくて良かったです。
全員姿も形もないくらいに蹂躙して「あら、メリナ。誰も来てないわよ」ってのほほんと言いのける展開さえも私は予想していただけに、余計に驚きました。
「よう、メリナ姉ちゃん。その手に持っているの何だよ?」
レオン君です。今日も元気いっぱいで、王都の兵隊さん達にも絡んでいますね。
村の粗末な物とは違う王都の高価な弓が珍しくて、特にそれで遊ばせて貰っています。
自らが的になって矢を射ってもらい、シュパシュパと受け止めています。矢掴みの遊びは本当にレオン君、上手ですね。私に喋りながらでも掴んでますよ。
王都の人達も誉めるどころか驚愕していますね。
「アデリーナ草だよ。この舌を集めてるの」
「スゲーな。何だよ、このキモい奴。見たことないや。メリナ姉ちゃん、よく、そんなの幾つも持てるな」
そう言われると確かにキモいですね、アデリーナ草は。でも、舌だけにすれば、猫さんも警戒心なくお口にしてくれると思うのです。
「メリナ、こちら王都のカッヘルさん。ご挨拶しなさいね」
お母さんが長身の男さんを連れてやってきました。引き締まった体で、ザ・軍人って感じです。
「どうも初めまして。竜の巫女の見習いをしているメリナです。今後とも宜しくお願い致します」
私は礼儀正しくお辞儀をしました。
「あぁ……。カッヘルだ」
相手は短い返答で、人見知りをされる人なのかもしれません。
「つまらないものですが」
私はアデリーナ草を一本差し上げました。
震える手でカッヘルさんは受け取ってくれました。慣れない土地で緊張されているのでしょう。
お母さんは続けます。
「カッヘルさん、しばらく王都に戻れないんですって。ノノン村も狭いから、メリナの村に置いて貰えない?」
コッテン村か……。あそこも狭いんだけどな。
お母さんは耳許で小さく加えます。
「この人達だと、この辺りの魔物に食べられるのよ。だからお願い、メリナ」
そういう事ですか。魔物の餌を作るのは良くないですね。分かりました。アデリーナ様にお願い致しましょう。
「了解です。では、カッヘルさん、早速ですが行きましょう!」
私は彼の強張った体を解せる様に微笑みながら言います。
「……まだガキじゃないか……。シャールめ、このような子供を利用するとは悪辣な連中だ……」
ほう? 私を子供扱いするとは良い度胸です。レディーと呼ばれるべき、この私をガキと呼ぶのですか。
「あっ、おっさん、バカにするとメリナ姉ちゃんが怒るぞ」
レオン君の忠告は遅いです。
私はカッヘルの胸を殴り、鎧を凹ませてやりました。
くくく、これで自力ではその鎧が脱げませんよ。汗疹になるが宜しい!
あっ、カッヘルの顔が赤くなって来ました。……胸が圧迫されて息が止まりました……か?
ヤバ、死んじゃう!
死んでもいいけど、本気で殴った訳じゃないのですよ。とても後味が悪くなるじゃないですか。
やはり全力の殺意を込めてあげないと死んでいく人達に失礼だと、私は考えるのです。
カッヘルさんは仰向けに倒れました。
もう時間が有りません。
どうすべきなのか。……いえ、諦めても良いかもしれません。だって鎧を脱がすのは手間で、息を戻すまでにあの世へ行ってしまうでしょうし。
私がカッヘルさんを見詰めていると、お母さんがやって来て、彼の鎧をベリベリと襟元から裂きました。まるで紙のようです。
布の服であっても、こんな簡単に引き裂く事はできませんよ! お母さんは凄いです!
一安心ですね、カッヘルさん!
「じゃあ、メリナ、元気でね。また、遊びにいらっしゃい」
「うん、お母さん、ありがとう。レオン君もその内、シャールに来なよ。私が案内してあげるよ」
「えー、メリナ姉ちゃん、結構無茶苦茶だからな。肩車で走り回るとかしそうじゃん。でも、まぁ、父ちゃんが許してくれたら絶対行くぜ」
任せなさい!
私とレオン君は拳をガッと合わせる。
同時に足元のカッヘルさんも動き出しました。良かったです。死の縁から無事に帰還されましたね。
お母さんにもう一度お別れの挨拶をして、私は兵隊さん達を先導しました。
途中、アデリーナ草に何回も兵隊さんが噛みつかれていました。その度に私は舌を回収するために茎を折りました。
どうもアデリーナ草は金属に反応しているようですね。私には全然襲い掛かって来ませんから。
持ち切れなくなった草はカッヘルさんの馬に載せて貰いました。起き上がってから目が虚ろですが大丈夫でしょうか。




