マリールの観察1
少し閑話です。
☆マリール視点
世の中が急に騒がしく成りだした。切っ掛けは、同室の巫女見習いであるメリナ。
あのバカ、何をどうしたのか全く分からないけど、シャール伯爵様のお城の、しかも一番立派だった巨塔を折った。意味が分からないけど、折った。人間業とは到底思えないけど、折った。
シャールの人間は、皆、その事実を認識できる。街で道に迷った時は、あの目立つ塔の見え方で自分の位置を確認していたんだから。
「聖衣の巫女メリナ様がシャール伯爵を襲った」なんていう噂まで流れている。愚昧な伯爵様に聖竜がお怒りになられたとか、そんな流言も出ている。伯爵じゃないわね。祖母のロクサーナ様の一方的な悔返しによって、シャールとしては前伯爵になってる。気を付けないと、思わず、まだ伯爵様と言ってしまいそう。実家に迷惑が掛かるといけないから、細心の注意が必要だわ。
ったく、メリナは本当におかしいわよ!
あの契約書の事を、実家が全ての服をメリナに供与している事を忘れているんじゃないの!?
私はそこの娘なのよ! 同室の私にどんな恨みがあるのよ! とか思ったけど、同じく同室のシェラのお父さんが前伯爵だ。
メチャクチャよ! 友人の父を貶めるって、そんな事をしておきながら平気な顔で「おはよー」って挨拶できる神経が信じられないわ。
狂犬? 彼女はそんなものではない! 断言できるわ。もっとヤバい何かよ!
何せ、次は王都と戦争をしようとしているんだもん! 死神じゃないかしらね!
……シャールが負けたら実家も取り潰されるだろうなぁ……。
私はそれでも親友のために逃亡という選択肢を明示してあげた。実の父親を失脚させられたシェラであっても、メリナに提案した湖の向こう岸にある別荘の他にも、幾つかの場所を用意している事を私に明かした。
私たち、友達思いだわ。
ねぇ、メリナっ!!
二日前から居なくなっていたから、良しと思っていたんだけど、何故に今朝はスヤスヤとベッドで寝ているのよ!
で、どうして、薬師処に来てるのよ!?
先輩もざわざわしているじゃない! 王都からシャールにいらっしゃっている方も多いのよ! この神殿は!
「いやはや、まさかお呼びになった巫女長がご不在なんて思っていませんでしたよ。ねぇ、マリール」
ふざけるなよ! そこも私の実験机だ!
茶を飲んで、のんびりするな! そもそも、そのお茶もどこで手に入れたのよ。
「邪魔はしないでよ。微量測定しているんだから、体も動かさないで」
……無理だと思うけど、一応言っておこう。
「はい。お任せ下さい」
って、お前な。確かに体は動かしてないわ。でも、茶を冷まそうとふぅふぅしないで。天秤が風で動くんだけど!
あぁ、仕方ない。これでも渡すか。お願いだから大人しくして、先輩も聖衣の巫女には文句を言い辛いのよ。だから、絶対に後から私に小言が回ってくる。
私はガラス製の三角柱を渡す。私の専門ではないけど、これに光を当てると虹が出来ると最近評判のもので、薬師処も手に入れた。プリズムってヤツね。
でも、そこまでで虹が出来るくらいしか使い道が無くて、理論家の先輩何人かが討論の材料にしている程度ね。下らないわ。
「えっ、虹が出来るんですか!? 凄いです!! 私にくれるんですか?」
どうしてよ……。
「神殿の物品だよ。上げられる訳ないじゃん」
「ちょっと、お外に行ってきます!」
はいはい、もう帰って来なくて良いよ。
……そのまま隣国にまで行った方が良いと思うな……。あなたはシャールに留まる必要性は少ないんでしょう。家も家族もここにはいないんだし。
さてと、私は研究を再開だ。
と、思ったのに違うのがやって来た。
フランジェスカ先輩だ。
「また面白いことをしようとしているの?」
またって……。確かにあのメリナ発案の滑る粉は面白かったけど、あんなのは滅多に出来る発見ではない。
「いえ、今日は暇潰しだそうです。巫女長に用事があったみたいですが、ご不在だったとか」
で、メリナは何故に薬師処に来ているのよ! 自分で説明していながら腹が立つわね。あなたには、今、他にすることがあるでしょうに!
「そうなの? 残ねーん。遊び道具を貸していたから、何か考えがあるのかと思ったのに」
その時、バシン、ドカッ、バンと扉が三回も鳴った。で、メリナのバカが走ってやって来た。
私、音の理由が分かったわ。両開きの扉を勢い良く全開してバシン、壁にぶつかってドカッ、反動で閉まってバンね。
メリナは開いていた瞬間に部屋へ駆け込んだのでしょう。ほんと、バカ。信じられないバカ。
「マリール、いえ、マリール先生! 本当に虹が出来ました!」
しかも、慌てた割りに言っていることが凡人なのよ。
「でしょ。もう少し遊んでいてよ。お昼は一緒に食べてあげ――」
「せ、先生! 木の板を下さい!」
は? 何を言ってるんだ、こいつ。
「どうぞ、聖衣の巫女様」
フランジェスカ先輩が実験室の隅に置いていた木板を渡す。
で、メリナはそれを指先で鋭く突いた。それから、板を持って翳している。
気にはなるので、私も板を見る。ほっそい筋の穴が出来ていた。
……今の簡単な突きでこんな繊細な穴を開けたと言うの? 爪先程度の細長い穴を……。
武人だ。たぶん相当腕が立つんだ、この娘。知らなかった。一ヶ月も一緒に住んでいたのに気付かなかった。
そら、そうか。魔物駆除殲滅部に配属されているんだから、か弱い訳がないわよね……。
私の靴を臭うための動きも今思えば、瞬間移動みたいだったもの。
「どうするの、聖衣の巫女様?」
じっと板を見続けているメリナにフランジェスカ先輩が尋ねる。
「私、大発見しました!」
なっ!? な、何よ!
私たちはメリナに連れられて外に出る。
で、薬師処の建屋の壁にプリズムで虹を作るのを見せてくれた。
極めて普通だ。ただの虹だ。
次にメリナは移動して隣の施設工作部との境界に立っている木壁に案内する。
そこで板の間から漏れてくる日光にプリズムを当てる。
あっ、白い敷石の上に、さっきよりも色が明確になった虹が現れた!
どうしてだ?
「凄いですよね! で、もっと細い所を通したら、もっと色が分かれて、この赤色と黄色とか、青と緑の所とかの間が分断されると思うんです!」
はぁ。分かれた所で何の意味があるのよ。
メリナは実験室から持ってきた板を太陽に翳す。丁度、光の強い天頂近くに太陽があって良かったわね。
「……残念です」
だね。隙間から入ってくる光の量が少ないから虹っぽいのは見えるけど、よく分からない。
「ジャジャーン!」
フランジェスカ先輩がいつもと違うノリで、虫眼鏡と白い紙を懐から出してきた。
「何で持ってるんですか?」
「ふふふ、日光で遊ぶって言ったら、虫眼鏡でしょ?」
しかし、虫眼鏡でも余り見えないな。
「マリール、顕微鏡持ってくる?」
顕微鏡か……。
うん、ダメだわ。紙の繊維が拡大されてよく分からなくなるね。
そうだ!!
「望遠鏡を借りてきます!」
「マリール、どこを見るの?」
私は先輩の問いを背中に受けながら、太陽が雲に隠れることがないように走って占術部の星見係の所へ向かった。
実家の雑貨部門が納めたのを知ってる。絶対あると思うんだ。
いつも誤字報告ありがとうございますっ!
この話の「悔返し(くいかえし)」は誤字ではありませんでして、一旦譲渡した所領や財産、地位などを戻すことです。
実際のヨーロッパは王権が強くて有り得ないことかもしれませんが、そこは異世界ということでm(__)m




