ナタリアとお母さんに報告
ノノン村には夜遅くに到着しまして、自宅と謂えど訪問するには迷惑な時間で、村の近くで野宿としました。
もちろん、寝床は落ち葉の山です。その中に入るととても暖かくて熟睡できますね。
意外に虫も少ないんですよ。いえ、違いますね、人間に害なす虫は少ないんです。
そうですよね。落ち葉に住んでいる虫は落ち葉を食べるのですから。
でも、アデリーナ様はそんな事も知らないお嬢様なのです。マントにくるまって寝られました。
絶対に落ち葉の中の方が気持ち良いと思うんだけどな。
さてさて、私は家の扉をノックします。実家であっても礼儀は必要ですからね。
ガチャと扉が開きまして、ナタリアが出てきました。うん、訪問客を出迎えるくらいには家の生活に慣れているんですね。とても良いことです。
髪も綺麗に整えて貰っていますね。ラナイ村で出会った頃よりも短くなっていますが、可愛らしいですよ。
「あっ……。こんにちは」
「ナタリアさん、お元気そうですね。こんにちは」
私たちの突然の訪問に彼女はビックリされたようです。少し顔色が白くなった気がしますが、毒を盛ったことを未だ気にされているのでしょうか。もう宜しいのに。
「メリナね。お帰り。早く入りなさいな。他の二人もね」
奥からお母さんの声が聞こえました。会ってもいないのに、もう私の仲間がいるのが分かるのですね。流石はお母さんです。
台所兼ダイニングの狭い部屋にある四角いテーブルを囲んで、私たちはお母さんが淹れてくれたお茶を頂きます。
「アデリーナと申します。メリナさんと同じく竜の神殿に勤めておりまして、新人教育係を務めさせて頂いております」
教育? 一切受けてないです。
その後、ルッカさんも簡単な自己挨拶をされまして、それをお母さんは柔らかい笑顔で聞きました。
軽い雑談の後に、アデリーナ様が切り出しました。
「ナタリアを預かって頂いて、本当に感謝致します」
「いいのよ。私もナタリアちゃんとの生活が新鮮で楽しんでいるから」
アデリーナ様は肩掛け鞄から本を出します。そして、ナタリアに話し掛けました。
「この書は聖竜様の有り難いお言葉が綴られています。そして、ここの章ですね。ここは死者への祈りを込めた文言が集められています。毎朝と毎晩、読むのですよ」
コクンとナタリアさんは頷きます。
「残念ながら、あなたのご家族は既に亡くなっておられました。お父様はシャール近くの農園で、お母様は王都の商館で、弟君は売られる前に商人の下で、それぞれ病死されております」
淡々とアデリーナ様は事実のみを仰いました。でも、いつもは温かい言葉であっても冷たさを感じるのですが、今は逆で、少しアデリーナ様の心中が伝わってくるような、居たたまれなさがありました。
ナタリアは黙って涙を流されます。でも、取り乱したりはしません。まだ10歳にもなっていないだろうに、なんと健気なんでしょうか。
「アデリーナさん、お墓の位置とかは分かってるのかな?」
私のお母さんが訊きます。
「はい、それぞれの場の共同墓地です」
「ナタリアちゃん、また一緒に墓参りに行きましょうね。立派に生きているとご報告しないといけないわね」
「……うぐっ……うん……うっ……」
私、気の毒でナタリアを二階にある私の自室だった部屋へ連れていきました。ベッドに案内したのですが、涙を見せたくないのでしょう、うつ伏せになられました。なので、背中を優しく何回も擦ってあげます。
その内に眠られました。
ナタリアもご家族の件は覚悟されていたでしょう。それでも現実を知るのは辛いことです。
お強く育って下さい。私はそう願います。
アデリーナ様はシャールを経つ前からノノン村に来ることを考えておられたのでしょう。あのような本まで用意されていたのですから。酷な事実をそのまま伝えるという事は、なかなか出来ることではありません。
アデリーナ様は、やっぱり上に立たれる方です。
ナタリアの様子が落ち着いているのを確認してから、一階に戻り、村に帰ってきた本題をお母さんに伝えます。
「まぁ、王都の兵隊さんがこの村を襲いに来るの?」
「はい、お母様。突然の事で申し訳ありませんが、一週間以内です。すぐに隠れられる場所に避難される事を提案致します」
「ナタリアちゃんの件も聞いたばかりだし、怖いわねぇ。でも、どうしてなの?」
アデリーナ様は私の謁見式に付随した夜会での出来事、つまり、シャール伯の祖母であるロクサーナさんが王都からの独立を目論んだ宣言について、説明しました。
そして、私がその旗印になっていることも伝えます。
「まぁ、流石に竜の巫女だわ。貴族様にお逢い出来る程に格式高いとは思わなかったわ」
ちょっとずれた感想ですね。
しかし、目の前の同僚は王家の方です。私、端っこですが、ちゃんと上流階級に辿り着いたような気がします。
「大体、分かりました。ありがとう、アデリーナちゃん」
しかし、これは危険です。お母さんはやって来た兵隊さんを皆殺しにしてしまう可能性が高いです!
「お母さん。私は聖竜様と戦争を止めると約束したの。だから、誰も殺さないで欲しいな」
それに対して、のほほんとした顔でお母さんは答えます。
「勿論よ。誰も抵抗しなければ何もしないわ」
何でしょう。言い得ぬ不安感があります。お母さんが無抵抗主義の人みたいに聞こえますが、違いますよ。
今の言葉は王都側が抵抗せずに降伏すればという意味でして、まるで侵攻する側みたいな物言いです。
「お母さん、ラナイ村に近いところに偽の村も作るの。お母さんもその村に来ない?」
お母さんは首を横にゆっくり振りました。
「私はノノンの皆と村にいるわ。そうだ、ちょっと、お父さんにも相談して来るね」
お母さん、外へ出ていきました。たぶん、戦闘の勘を鋭くするために、一人で森に籠るつもりです。その相談ですよ。殺る気マンマンだと思います。大丈夫でしょうか。
「メリナさんのお母様ともなると物凄い性格だろうと覚悟をしていたのですが、普通の方でしたね……。メリナさんが語っていたような豪の方には到底思えませんでした」
「えぇ。意外だわ。コッテン村で兵を抑えないと、ここの村が危ないかもしれないわね」
危ないです。仮に兵隊さんが村の人間を傷付けたら、私と聖竜様の約束が危ないですよ! ……いえ、その時は仕方有りません。戦争ではなく私闘ですと言い訳するしかないですよね。
お母さんと入れ替わりに男の子が家の中に入って来ました。レオン君です。他人様の家にノックもせずにズカズカと、なんて思いません。こういうものですよね、村の生活は。
「あれ、メリナ姉ちゃんじゃん。また帰って来てたのか。ナタリアいる? 遊びに来たぜ」
寝ていると伝えると、残念そうな顔をしました。
「んだよ。メリナ姉ちゃんと遊んでやるか。あっ、スッゲー。そこの姉ちゃんのおっぱい、スッゲー。半分見えてる」
ルッカか。
「うふふ、触る?」
貴様、魔族の本領発揮か!? レオン君を誑かすな!
ルッカさんの顔を殴って窘めました。軽くですよ、軽く。決して首が折れるようには殴ってないです。レオン君には刺激的に過ぎますからね。




