村を出立
宜しくお願い致しますm(__)m
「ほら、メリナ。早くなさい」
家の外から母の声が響く。
私はまだ床に置いたままの背負い鞄の中を漁りながら、持っていく物が全部あるか確認していた。
あら、やっぱり忘れていた。
去年の誕生日に買って貰った本が一冊ない。
あれ?でも、どこに置いたっけ?
あっ、お父さんに貸してたんだ。
もう娘の本も読みたいだなんて、どれだけ暇なのよ。
「待って! 今行く」
私は精一杯詰め込んだ手提げ鞄を両手で持って、木の階段を降りる。
ほんと、クソ重い。
いえ違うわ。クソ重くてよ。ん、もっと違う気がする。
んー、お上品に言うには何て言うのかしら。
良かった。玄関は開いたままだ。きっと、お母さんが気を利かせてくれたのね。
外にはお父さんとお母さんが立っていた。傍には近所の人達も。
「ねぇ、お母さん、重いって貴族っぽく言うにはどうしたらいいの?」
お母さんはちょっと間を置いてから教えてくれた。
「たぶん、貴族のお嬢さんは重いものなんて持たないわよ。メリナ、バカ言っていないで、早く挨拶なさい」
そうだった。だから、みんな集まってくれていたんだね。
家の前にズラーと近所の人達が並んでくれている。
「みんな、行ってくるよ。次会うときは、立派になってビックリさせるからね」
「もっとちゃんとしなさい、まったく」
お母さんは口うるさい。
でも、皆も長い挨拶とか、別れのしんみりさなんか欲しくないでしょ。
「メリナ、頑張って来いよ!」
ほら、隣のおじさんも簡単に、でも本当に祝福してくれてるじゃない。
「メリナ姉ちゃん、俺も大きく強くなったら街に行くからな。よろしくな」
おぉ、向かいのレオン君も生意気言うようになったね。10歳にもなってないのにね。
ハイタッチで返しておこう。
「メリナ姉ちゃんだったら、有名な冒険者になれるよ。その時は一緒にパーティ組もうぜ」
ごめんなさい。返事に困るわ。
私は巫女になりに行くの。それも、大都会のシャールの街にある竜神殿よ。村娘から淑女にクラスチェンジするのよ。
レオン君と野犬退治したのも楽しかったけど、お母さんみたいに素敵な人になるの。
でも、レオン君が本当に冒険者になったら、お手伝いくらいはしたいわね。
次々と皆が私に声を掛けてくれる。
だって、今日は私の晴れの日なんだもん。
お空だって、私を祝福するように雲一つない。
「おい、もういいか」
痺れを切らしたお父さんが馬車の荷台から私を呼ぶ。皆と話している間に、もう準備をしていたのね。せっかちなお父さんらしい。
「うん、そろそろ行こっか」
私はお父さんに鞄を渡してから、荷台に昇る。お父さん、大袈裟に鞄を重そうにしているわ。私なら何とか持てるって重さでもお父さんなら余裕でしょ。
ほんとにお茶目なんだから。
「気を付けてね、メリナ。何かあったら帰ってくるのよ」
心配しないで、お母さん。ありがとう。
「大丈夫よ。でも、長いお休みがあったら帰ってくるわ」
「これをどうぞ」
お母さんは手に隠していた小さな皮袋を私にくれた。
開けたら銀貨が10枚くらい入っている。金貨も2枚あるよ。
こんな大金、見たことない。
「あっちに着いたら、色々と入り用でしょ。それで揃えなさいね」
えー、こんな大金、大丈夫なの?
お母さん、ありがとう。いつか恩返しするからね。
涙が浮かんだけど、我慢するよ。
お母さんに一回抱きついてから、お別れした。
こうして私は生まれ育った村を旅立った。
憧れの竜の神殿でお勤めできることになったのだ。
お父さんの馬車の上から、皆が見えなくなるまで私は荷台から皆に手を振り続けた。